060.「戦いの狼煙-6」
襲撃の前に予告状を送る、そんなおかしなモンスターの襲撃に備えて街に集まった人間側。現実には起きてほしくない、けれども起きるのならば早くしてくれ、そんな思いがあちこちにあったように思う。
頑張れば奇跡は起きる。いや、奇跡なんてありやしない。いつだって、そんな2つの考えがせめぎ合う現実。俺もまた、そんな渦中の1人として出来るだけのことはしたいと思っている。ただ問題は、どこまで力を発揮するべきか、ということだ。
(準備を待たずに、一人でアイテムをばらまくような奇襲でもすべきだっただろうか?)
俺はそんなことに思いをはせながら、懐から双眼鏡もどき、以前イリスから受け取ったソレに力を込める。ぐぐっと、鮮明かつ拡大されていく視界。拡大した状態でもかなりの距離があるが、見覚えのある体格の集団が見える。種類だけなら……記憶にある通りか。
実際、あのぐらいなら俺の手持ちのアイテムだけでも……いや、後ろにさらに見えるな。
「いるな。かなりの数だ」
「みたいだな。あっちも騒がしくなってきやがった」
俺は目を離さないままそうつぶやくと、隣にいる別の冒険者からと思わしき声。結局、この双眼鏡もどきはそこまでレアではないのか、偵察要因と思わしき軍人が同じようなものを携帯していた。
(ん? あれは……)
さらに細かく見るべく、もう少し力を込める。すると、拡大倍率は上昇し、集団の詳細が視界に入ってくる。ここまで来ると手元をわずかに動かすだけで大きく視界がずれるので、なかなか固定が難しいのだが、なんとかなっている。これも高いステータスの恩恵だろう。
と、先陣となるオークの集団の後ろに大きめの影。しわくちゃの老人の手足のような独特の枝。根っこがかなり気味悪い動きをして走る存在、ウッドゴーレムだ。トレントとは少し違う、どちらかというと悪役しかいない種類だ。
(前の集団のリベンジなのか?)
まだ見えていないが、魔法を使いそうなやつもいることだろう。それこそ亜種だらけということだって考えられる。つまりは、明らかに戦力は違う。こちらに国の軍隊がいるように、相手もその中身、数が増強されている。
「ただの襲撃にしちゃ、手が込んでるというか、不自然すぎる。この街、何かあるんじゃないのか?」
「何かって、地下に魔人の封印がー、とかですか?」
思わず、俺はそう口に出すと緊張をほぐすためか、コーラルがそのつぶやきに乗ってくる。現実にはどうだか知らないが、ゲームではよくある話。何かを守るために街が出来てそこを……というわけだ。
「そんなもんが地下にあったら街なんて作る前にあちこち瘴気であふれてらぁ」
見知らぬ冒険者の笑いに、周囲が乗ってくる。飛び交う軽口に、俺も笑いながら思い出していた。ゲームいた様々なユニークモンスター。ヴァンパイアだっていたし、首無しの騎士だっていた。天を貫くようなよくわからない巨人もいたし、ゲームじゃなかったら相対したくも無いような強力な姿の相手も多かった。その意味では幸いなことに、俺自身が実際に戦うことがあった相手というのは少ない。
ほとんどは攻略サイトや、プレイヤー視点の動画などで見た程度だ。それでも、まったく見知らぬ状態とでは違いはあるだろうから、無いよりはマシに違いない。
ともあれ、そんな中にも人間にとっては純度100%悪、という存在はいくつもいる。自然現象に近いような巨大生物や、ほとんどの相手はたまたまテリトリーの都合で人間とぶつかったり、敢えて踏み込んでいかなければ設定上、被害の無い相手なのだ。
だが、彼らは違う。明確に生きている人間を使って自分の部下を増やしたり、根絶やしにしてテリトリーを広げようとする。例えるなら、死霊をまとめる者だったり、亜人種の王だったりである。
ゲームでは不定期なイベントであったり、そもそもプレイヤーが受注しなければ先に進まないクエストであったりする相手。しかし、この世界ではそんな便利に待ってはくれないだろう。人間側が対処できないときにそんな相手が動き出さないことを祈るのみである。
「! 遠距離の魔法攻撃、始まります」
コーラルの声にやぐらの上を見れば、ここからでもわかるほどに魔法使いは詠唱の声を張り上げ、力が放たれる。魔法の種別は火球、ファイヤーボールだ。別にそれしか魔法がこの世界に無いというわけではなく、消費、威力共に一番使い勝手がいいのだろう。
今、俺たちがいるのは街のそばではない。街からは少し離れた場所だ。平地と、林とが点在し、若干視界は悪いが他の場所はここ以上に迎撃には向かない。
最初は街から離れることに疑問があったが、オリジナルとなる予告にはちゃんと方向も書かれていたらしい。街には最後の砦となる兵力で、予告と違う方向からの襲撃が合った場合に時間を稼ぐつもりなのだという。
(前もそうだったが、これじゃまるでMDの大規模イベントだ)
着弾するファイヤーボールの爆音とその炎を見ながら思考する。拠点防衛型のイベントは参加者の連携が攻める側よりも重要だ。穴の無いように、かといってそれぞれが薄くなりすぎないように。十分な戦力とそのやり取りが大切だ。果たしてこの世界でそれが出来るだろうか?
「そろそろだな。あいつらも痺れを切らす頃だぜ」
そんなジェームズの声が、混乱しかけていた頭に入ってくる。はっとして顔を上げると、こちらで待機していた兵士や冒険者たちが今にも飛び出そうとしている姿が目に入ってくる。モンスター側も遠距離攻撃にもひるんだ様子は無く、勢いを落とさず進軍してきたようだ。
「騎兵隊、進め!」
響き渡る声と共に、軍に動きがあるのがわかった。先行して放たれた魔法による炎が地面を焼き、煙を上げる先へと旅に使うものとは体格の違う馬に乗った兵士達が駆け抜けていく。続けて、金属鎧を一律に装備した歩兵達ががちゃがちゃと音を立てて進んでいく。
音と土煙とが、否応無しに空気を張り詰めさせていくのがわかった。布陣が途切れないよう、徒歩となる俺たちもそれに少し遅れてだが戦場へとその身を躍らせることになる。
(こいつは、かなりの数だな)
相手は街を滅ぼすつもりなのは間違いが無いようだった。というのも地面が見えない、などということは無いが、それでも敵のいない方向を探すのは難しい状態だ。あちこちで戦闘は行われ、あっという間に乱戦となってしまっている。これではあまり大きな手は打てない。下手をすると味方を巻き込んでしまう。
「この……ええいっ!」
右利きなのか、力の限りと言った様子で棍棒を振り下ろしてくる1匹のオークの攻撃をバックステップで大きく回避し、開いた数歩ほどの間合いをダッシュで詰めながら飛び上がり、すれ違いざまに首付近に両手持ちでスカーレットホーンを突き刺す。
まるで牛ぐらいの動物をそのまま切り付けているような手ごたえが伝わってくる。そのまま手に剣を握ったまま刺さった箇所を支点に、ぐるりと回転するように姿勢を無理やり整えた上で手を放して地面に降り立つ。目の前にはまだ無事なオーク!
「貫く手よ届け! 雷の妙手!」
『ピギッ!!』
こちらに襲いかかろうとしたオークへと雷の魔法が襲い掛かり、俺の一撃にか、コーラルの魔法にか、オークは一言叫びを上げ、そのまま倒れこむ。俺は無言で首から剣を抜き取り、周囲の索敵を行う。大人1人分の体重がかかったエグい切り口には目を向けない。戦闘中とはいえ、直視はしたくないものだ。それよりも……。
「助かった。こいつら……強いぞ」
「はい。動きが思ったより速いですし、丈夫ですよ」
しとめた相手から漂う異臭に少し顔をゆがめながらも、少女は警戒を続ける。いつもならば、腹にまともな一撃でも食らえば多少は動揺するだろう相手のはずだが、いくつも槍で貫かれてなお、最後の一撃を放ってから倒れようとすらしている。軍の統率された動きや、冒険者たちの連携で今は優勢と言えるだろうが、時間がたてばどうなるか。
「おい! そっちいったぞ!」
「! こいつっ!」
横合いからかかった声に向けば、先ほどよりも幾分か豪華な装備をした1匹。持っている武器も、ただの棍棒ではなく大き目の鉈のようなもの。ちらりと視線を後ろに向ければ、こちらの背後ではまだ戦闘中の集団ばかり。
(下手に避けて別の方向に向かわれても面倒だな)
そう判断した俺は手早く手持ちのスカーレットホーンを背負いなおし、背中から別の剣を取り出してガードの姿勢をとる。性質としてはディフェンダーに近い、耐久と防御に重点を置いた一振りだ。特別な名前は無く、性能だけそういう調整をしてあるのである。
奇声を上げて迫る相手の攻撃に合わせ、刃で手を切らないように横にして上段からの一撃をまともに受け止める。脳裏に浮かぶ、嫌な想像を振り払い、全身で衝撃を受け流す。幸いにも、両断されるということは無かったが、足元が少し地面に沈むのがわかる。
甲高いとは言いがたい、重厚な金属音。俺と武器が無傷であることにオークの表情が驚愕に染まるのがわかる。いや、正確にはわからないのでそういう気配がした、であるが……。
そのとき、鈍い音と共にオークの体が揺れ、ゆっくりと横に倒れる。見れば、無防備な背中に突き刺さる金属槍。この槍は……!
「おう、おいしいとこ持っていくぜ?」
「キール! いや、助かった」
オークの後ろから顔を出した彼に礼を言い、次の戦闘へと向かう。まだまだ戦いは続いている。時折戦場に降る魔法が、地面にいくつもの穴を開け、互いの攻撃が血肉を撒き散らし、地面が荒れていく。
(仕方の無いことだが……少しな……)
戦いのために、傷ついていく風景に内心、心を痛める。そのときに感じた違和感を大事にしなかったことを、後で俺は後悔することになる。




