057.「戦いの狼煙-3」
「おや、風邪かい?」
「え? い、いや。少し意識が飛んでいた」
俺は横合いからかかった声に正気を取り戻し、慌てて答える。視界に入るのは深い森の姿。それでも日が高いことが差し込む光の量でわかる。背後には小さな水音。
小さな泉と、沸き立つ水源、そして森とが作り出す光景は爽やかな空気と、濃厚な緑のにおいとが入り混じり幻想的ですらある。いつものように、自然は完全に再現されている。俺はこんな場所、現実には見たことが無いが。
「そっか。ここは静かでいいよ。家にいながら自然を感じられる。技術ってすごいね」
見た目は老人そのものである彼が、見た目に合わない台詞を言うとどこかおかしいが、ネットゲームではよくあることだ。ただ……
(なんだ? 何か、違和感が……)
どこかまとまらない思考に、俺はまた沈黙する。ここは……MDの中。彼、古老の庵がいるということは、ちょっと不便な場所のはずだ。どちらかというと街中で過ごしている自分と違い、彼は好んでダンジョンの中にいる。
しかも、戦うためではない。なんとなく、良い場所、光が差し込む広場のようになっている場所だったり、崖の上、建造物の一角等、何かイベントがありそうでない、そんな場所にいるのだ。何のためにといえば、販売のためである。彼も俺と同じ、鍛冶職人系統のスキルを多く高レベルで取得しており、とあるときからは俺と違って量産はしていない。
スタイルを変えた彼はいわゆるささやき、距離を無視した会話をするシステムでは注文を受け付けない。プレイヤーがふとたどり着いた先、あるいは彼のルールを理解し、わかって探し当てた場所で対面で注文を受け付けているのだ。
俺も最初、とある素材を求めて密林のようなフィールドを彷徨った際、小さな泉のある安全な区画に、ぽつんとたたずむ老人姿の彼を見つけたのが最初だった。
一瞬、NPCかと思うような出で立ちで、目と鼻以外はほとんどが白いひげや毛で覆われており、服装もどこか薄汚れた、隠居したような空気をかもし出す、よくある仙人のような姿で、泉の中央にある石の上に座っていたのだ。手に持っていたのは杖ではなく、小さなハンマーではあったのだが。
今、2人がいる場所もそこだ。翁――彼は刻まれる名義か、翁と呼ばれることを好んだ―と2人隣り合って座っている。
「なあ、翁。何でこんなロールをしてるんだ?」
俺は、いつかにもした同じ問いかけを彼にする。前は……そう、たまたま彼に依頼をしにきたプレイヤーと、注文であろう問答をしていたのを目撃したあとだった。プレイヤーは高レベルとは言いがたく、せいぜいが中堅だった。そのため、高い料金は払えないし、素材もそうレアというわけでもない。
それでも翁は最終的に快く注文を受けていた。ゲーム内通貨の儲けがあるわけでもない、スキル経験的にも微妙だ。俺も同じように初級武具を街中で初心者向けに売ってはいるが、彼のそれは何か別の次元のような気がする。
「そうだね……やっぱり自己満足ではあると思うよ」
普段はロールプレイとして老人らしい口調の彼も、俺との時には普通の口調になる。若さを感じる口調。下手をすれば学生じゃないだろうか? そのことが嬉しくもあり、現実を思い出してしまいそうでもどかしくもある。
「そっか。俺も時折自分のためにやってるからなあ」
「やっぱりさ、嬉しいじゃない。たかがゲーム、そういってしまえば同じなのにさ。僕の武具で、まるで現実の力を手に入れたように喜んだり、これで仲間を助けられる!とかすっごい力を入れて叫ぶ人とかさ」
つぶやく翁の瞳だけは若々しく、光を放っている。見た目や動きにデメリットのある老人姿を好んでいる彼らしい台詞ではある。出来れば口調もそれらしいものだとなおよかったかもしれないが。
「ふむ……」
「知ってる? MDって涙も再現するんだよ。以前、仲間を見殺しにしてしまった、力が足りなかった、って僕の前で号泣する人がいたんだよ。ゲームだし、消えるわけでもない。なのに、その人は泣くんだよ」
翁は手を広げ、虚空から一振りの槍を取り出す。何度も広げては閉じたのか、ゲーム内部だというのに随分と古ぼけてしまった……の設計図だ。決して最前線に相応しい性能ではないが、使う人を守り、力になると感じさせるものだった。
「これがその時の。武器だけど、パーティーメンバーのダメージを3割ぐらい肩代わりするんだ。素材的にもこれが精一杯だった。でも、彼はすごい喜んでくれた。これで、守れるってね。そのとき、思ったんだ。僕じゃなくても、ただ強い武具は作れる。君ぐらいの人とかね」
向けられる視線。なぜか俺はそれに答えられない。いつのまにか、明るいのに日差しは感じられない。森の明るさもぼんやりとしている。まるで世界が変わってしまったかのようだった。
「だから思ったんだ。誰かのため、必要とされるユニーク、唯一な物を作ろうと。プレイヤーに必要なのはただ強すぎる聖剣じゃないんだと」
いつの間にか立ち上がった翁は、力のこもった瞳で俺を見る。俺は、座ったまま、動けなかった。何を言っているのかはわかる。けれど、何故今そんなことを言うのか、それがわからなかった。
「強すぎるだけの力は争いを撒き散らしてしまう。それはこの世界に来ても一緒だったよ」
「この世界!?」
翁の何気ない一言に、俺の意識が瞬間、覚醒する。思わず立ち上がり叫ぶと同時に、周囲の風景が泉と座っていた石以外が白いもやのようにぼやけていく。天候が変わった……いや、違う。この場所が……。
気が付けば周囲はスクリーンに囲まれたような光景になっていた。
「最初は村人に守るための武器を渡したよ。そうしたらモンスターばかりか、隣町を脅すようになった。次は街を守る兵士だけに提供してみた。そうしたらこれがまた裏のある兵士でね、色々と大変なことになったよ」
翁がしゃべるたびに、周囲にそのときに作ったのだと感じる武具達が水面ぎりぎりに浮かんで出現していく。最初は笑顔だった人々が、力を手に入れて変わっていってしまうことがモノクロの映画のように映っては消えていく。
「英雄と呼ばれる人に、力を振り絞って一振りの剣を作ったよ。そうしたら英雄は武器の力におぼれて、大きな戦争が始まったよ」
一際巨大な、工房にあった武器よりも大きな両手剣が翁の背後に出現する。色は漆黒。呪い、ではないはずだけど見る限り普通ではない。これが……溺れた英雄の手にしていた物。
「考えうる限りの最高の素材に、詰め込めるだけ特殊効果を詰め込んだのがまずかったね。寿命以外に、彼を殺せる存在はなくなってしまったんだ。そしてだんだんと、そのころには僕も自分を保つのが大変になってきた。当然さ、この世界に降り立ってからもう、その時点で200年はたっていたんだ」
(200!? 人間の寿命じゃない。だが、翁がそうだというのなら、俺も……)
「この世界はゲームの中なのか?」
思考しながらも、今自分が立っているのか、どうしているのかわからない。かろうじて、それだけは口にできた。時間はどうなっているのかどうしてここに来たのか。聞きたいことは多いがまずはこれだ。
「さあ? 自分が夢の中だと自覚できない限り、夢か現実かなんてのは関係がないよね。ただ、200年分の記憶なんて、夢やゲームじゃありえないっていうのが僕の意見かな」
翁は小さく笑い、手を振ると何かが出現してくる。先ほどの黒い両手剣にも似た強いプレッシャー。見覚えのある手持ち部分。無事な姿の、ライトニング・ザンパー……
「僕は僕なりにこの世界に意味を見出し、そして生き抜いたよ。君も、君だけの意味をちゃんと心に持って生き抜けば良い」
老人の姿で持つには違和感のあるその剣が振るわれ、周囲の風景と、俺自身のぼんやりした感覚が切り裂かれる。白い、上下も地平線もわからないようなまっさらな空間に俺達は立っていた。何を、と問いかける前に大きく振りかぶられるライトニング・ザンパー。その輝きを視界に納めながら、俺の思考は加速する。アレを防がなくてはならない。しかし、ただの武具では防ぎきれない、それだけはわかる。盾だ、守るべき物を守れる盾!
「盾生成!!」
突き出した両手の中に、重量感のある白い盾が生み出される。そして轟音、体ごと吹き飛ばされるような衝撃。防ぐには防いだが後何度行けるだろうか?
(くそっ! だが、防いだ!)
「そう、君も言ってたよね。ゲームだからって死んでも大丈夫っていうのは何か嫌だよねって。僕も同じさ。君だって、初心者が無駄に死なないように、ああしていたよね」
片膝をつき、あちこちに走る痛みに顔をしかめながらも相手、古老の庵を見る。翁の言葉に答えるようにか、俺の後ろに見覚えのある武具達が出現する。
「ああ……そうだな」
「さ、これで終わりだよ」
1つ1つの武具の思い出に俺は笑顔になる。翁の言葉と共に再度構えられる剣。盾で防ぐだけじゃあ、足りない! 剣に込められた問いかけ、その意味!
「1人の英雄じゃ、1つの場所しか守れない。そうだろう?」
そう、俺が求めるのは1人の英雄じゃない。たった1人の英雄がいたら、世界は依存する。魔王を倒したあとの勇者は、誰も止められないのだ。周囲にあふれる光、振るわれる剣。
「武器生成!!」
ここが現実ではないからだろうか? その声はいくつも響き、翁が振るう剣へと無数の武器が突き刺さる。1つ1つの強さは最強ではない。それでも、1つ1つが重なった結果は唯一たる1つを……凌ぐ!
耳に届く嫌な音。小さな音を立て、翁の持った剣が半ばからひび割れていく。
「うん。ここがどんな世界だろうと、世界を作るのは僕や君1人じゃない。世界に生きる全ての人たちだ。僕がそれを理解したとき、もう先は無かった。だから、この剣と使い手に託したのさ」
つぶやく翁の姿が徐々に薄れていく。ここでようやく、翁がかつての翁の残滓……夢や幻のような物と察した。本人はとっくに死んでしまってるであろうことも。
「もしかしたら本当の僕はもう目覚めてるかもしれない。元のゲームで何も知らずにね。でも、そんなのは関係ないだろう? 今、ここにいて、何かできる。それでやることは決まりさ」
ぐっと突き出される拳。俺も無言で拳をあわせ、笑う。最初は力に内心、喜んでいた。次はどこか不安になった。
そして……
「「何かできると知っていて何もしないほうがもっと嫌だから」」
いつだったか、2人で語った、将来MDで何をしていきたいという話題のときに、見事にハモった台詞を口にし、うなずく。はじける光。そして浮き上がる感覚。
「ありがとう……この世界での先輩」
俺は小さくつぶやき、その流れに身を任せる。
視界が戻れば、そこは工房の部屋の中。手には壊れたままのライトニング・ザンパー。俺は周囲を見渡し、剣を元に戻して出口へと向かう。ふっと、声をかけられた気がして振り返れば、何も無い。ただ、剣が笑ってくれた気がした。
「さあてっと」
俺は金床の前に座り、材料を取り出す。慣れた手つきでいつもどおりの準備と、作成。ただ、違うことがある。込められる気持ち。
――英雄であれ
――使い手の、使い手にとっての英雄であれ
と。邪龍をなぎ倒す強者じゃなくてもいい。何かから何かを守り抜く、英雄であれ……。
出来上がったショートソードは、強い輝きを放っていた。




