055.「戦いの狼煙-1」
(始まってしまったか……)
表情が苦々しい物になるのは、照り付ける高い太陽のせいではない。それでも視線の先にいるであろう互いをにらみ合う集団に自らを誇示するように、容赦なくその光を注いでいる状況は恨み言の1つでも浮かぼうという物だ。
暑さよりもまぶしい日差しに俺はうめき、気晴らしにステータスウィンドウを開き、日時部分を確認する。数字そのものは読めないままだが、秒数と思われる物が恐らくは一秒ごとに明滅し、分と思われる部分が時折姿を変える。この場にいる人間の多くが見つめている先、細長い建造物の先から、煙が一筋、立ち昇った。
色は、赤。それは、その場に緊張と、興奮を呼び起こす。
「総員、構え!!」
名前も知らない軍のお偉いさんが指揮下の軍勢に指示を出すのがわかる。同時に演説のような言葉が続いている。野太い声、時折拳を振り上げる性か、聞こえる金属音。声の響き方からして、そういった魔法を使っているに違いない。合間合間に、兵士達の怒号が響く。
「ファクトは無理すんなよ。コーラルの護衛頼むわ」
「ああ、そうさせてもらおう」
声がかかったのは俺が自らの属している集団、傭兵や冒険者の陣取っている一角で、想定されるモンスターの情報を頭でまとめていたときのことだった。ジェームズのありがたい提案に乗る形で、自身も双剣を手に取る。背中には何本もの武器が装備できるよう、特別にあしらえたベルトのようなものを背負っている。そこにスカーレットホーンや、耐久度抜群の一振りなどを収め、いつでも抜けるようにしている。乱戦ともなればいちいち取り出していくのも時間が微妙だからだ。
いつかの襲撃を思い出しながら、俺は事の起こりに思いをはせた。始まりは俺とコーラルが白い涙集めから戻って一月程経過してからのことだった。
「ありえないだろう」
俺はそう、断言した。視線の先には、テーブルに広げられた何枚もの紙。端にはほつれた糸のようなものが多く、布のはぎれのような印象を受ける。
「私も最初はそう思ったよ。でもね、僻地の小さな町ではあるけど、既に同じ形で襲撃されているんだよ」
「そんな馬鹿な。モンスターが人の言葉をしゃべるというのは聞いたことがあるが、わざわざ人の言葉で襲撃の予告状を送るだなんて。真似事だとしても手が込みすぎている」
言い争いのような会話の場所は教会のとある部屋。クリスに呼ばれ、訪ねた先で聞かされた内容は衝撃的な物だった。街には話が広まり始めているのか、建物だけでなく外でも人があわただしく走り回っているのがわかる。
「ああ、勿論コレは写しだよ。それでも近隣の街には既に出回っているし、確実に軍が出てくるだろうね。犠牲も出ているようだから、面子がかかってる」
クリス曰く、一週間ほど前にだがとある街、偶然かどうかは置いておいて、地竜を倒した街に予告状が届いたのだという。
――『次に月が満ちた翌日の昼、この街の命をすべて頂く』と。
つたない字、果たして本当にそう読めるのかも怪しい文面だがその予告状を無視することは、できなかった。なぜなら、その予告状は既に首から切断された男性の頭部の口にくわえられていたのだから。その上、犠牲者は僻地のとある町の住人であることがわかった。
理由は、ガイストールを含みグランモールなどを領地として含めている国からその町へと派遣されていた軍人だったからだ。かぶっていた兜がその証拠らしい。
慌てたのは現場と国である。なぜなら犠牲者である軍人が派遣されていた町から、こういう予告があったので念のために援軍を請う、という内容の手紙は既に国に届いていたからだ。
ところが、そんな馬鹿なことがあるはずが無いと国が放置した結果、町は通常の戦力のまま襲撃されるという形での惨劇となり、その犠牲者が新たな襲撃先の予告状と共に無残な姿で表に出てきたのだ。今度こそはと手早く援軍の手配、指示が国内を走っているのだという。
(そんな話、全然伝わってきてないぞ!?)
「情けないことにね、詳報はまったく表に出てこなかったんだよ。今回ようやく同じようなことが起きて判明した」
まったく、冗談ではない。もっと早く情報が共有されていれば被害も減ったかもしれないというのに……。
ともあれ現状としては武具、人、そしてそれらの運用。勿論、予告状がガセで、まったく違う場所を攻めてこないとも限らないのである程度の戦力は各所に残しておかなくてはならない。そのため、冒険者や傭兵が積極的に雇われているという話だ。
「私たちにも治療薬の提供やらの要請が来ているよ。勿論、各方面の工房には武具の提供が依頼されるだろうね」
「ああ、そうだろうな。それで、相手はわかっているんだろうか?」
クリスはキロンのその言葉にうなずき、懐からもう1枚のカードのようなものを取り出す。その模様からは妙に知性を感じるものだ。人間が1枚かんでいると言われも信じられそうな品質である。
「何十枚とそれが一緒に咥えられていたそうだよ」
テーブルの上に差し出されたのは赤く染められたそのカードはトランプほど。その表には奇妙な紋様が描かれており、めくるとそこには家紋のようなものが描かれている。俺は見覚えが無いが、キロンには心当たりがあるようで驚愕に顔が変わるのがわかる。
「オーク……だと? 奴らにそんな知能があるわけが無い。どういうことだ!」
「オークってあのオークか? ぶよぶよしてる割に強力で、タフで、その上に臭い、さらには馬鹿なのかよく他のモンスターに利用されているあの?」
キロンの叫びに俺も思わず口に出す。俺の知っているオークは器用なことは全くできず、欲望のままに暴れるのみだ。たまに多少頭の回るやつがいるが、それだって精々魔法を使うかどうかといったぐらいだ。とてもこんな几帳面なことが出来るとは思えなかった。
「そのとおり。この紋様はオーク達が鼓舞や脅しのつもりか、自らの旗なんかにいつも刻んでいるものだね。それでも彼らはカードで予告するなんてことはしやしない。いつのまにか襲撃し、暴れ、去っていくだけだ」
クリスはどこかおどけた様子でそう言い、一転、真顔になる。俺の知らないオークの一面に驚いていると、その驚きを状況への驚きと思ったらしいクリスの話が続く。
「ところが今回はこんな手の込んだことがするわけが無いオーク直々の宣言。それゆえに方々も慌ててるのさ。上に何かがいるのか、オークの中に異常な個体が出てきたのか、とね」
「やれるだけのことはやらないとな」
「そういうこった。じゃ、行くぜ」
クリスの発言に瞬間、部屋に沈黙が下りるが、俺はその沈黙を破るようにわざと音を立てて椅子を下げ、立ち上がった。キロンも俺に続き、席を立つ。何をするかと言えば、モノ作りだ。俺はともかく、キロンは作ることが戦いだ。
そう、作れるだけのものは作らないといけない。次の満月はほぼ一ヵ月後だからだ。
「あ、どこに行って!……これのことですよね」
工房に戻った俺とキロンを怒ったような表情で出迎えた若い職人が、言葉途中で思い直したのか、活気に満ちた工房内を指差す。そこは既に屈強な肉体を持った冒険者とわかる人物や、揃いの鎧を着込んだ、軍関係者と思わしき人物達で工房の受付はあふれていた。
「おう。必要な時間を考えて、受けれるもの受けられないもの、分けていくぞ」
キロンの指示の元、明らかに無謀な量や中身の依頼には説明をし、妥協案を提示するなどして次々と修理、調整の依頼が確定していく。俺も例外ではなく、少しでも良質な物を作り上げるべく、いくつもの依頼を担当することにした。




