054.「彷徨う影-3」
謎の影が現れたという共同墓地へと探索に来ていた俺とコーラル。そこで出会ったのは半透明のまさに幽霊、な老人だった。とりあえずは襲撃してくるようなモンスターではなさそうだと判断した俺たちは、出てきた理由を聞くことにした。その結果……俺たちはお湯を持ったままとある墓の前にいる。
「お金が無いって、切ないですね」
「話としては、あるのにケチったっていう形みたいだけどな。よし、こんなもんだろう」
老人は墓の1つ、かなり前に死んでしまった人だった。戦って死んだようで、勇敢なる戦士ここに眠る、と読める。とても武器を振り回すようには見えないが嘘は言っていないと思う。
掃除をしながら聞いた話によると、今回の幽霊騒動は生きている人間側に問題があったらしいことがわかる。老人曰く、適当に埋葬された人達の無念さが最近のスピリットの発生原因らしいのだ。
昼間も、見えないが墓地にいるのだという老人の話では、残された家族が少しでも財産を残そうと少々ぞんざいな埋葬を手配し、葬儀代金を浮かせようとしたそうだ。勿論、勝手に埋めるわけにも行かないので教会なりが間には入っているようだが、かなり簡素なものだったらしい。
結果として恨みというよりも、もう少しなんとかならなかったのか、というような思念だけが残り、今に至る、とういうことだ。なぜそんなことがわかるかというと、老人はそうやって嘆きながら消えていった幽霊未満の存在とよく語っていたからだという。
「コーラル、一般人も死んでから、今の話のように意識は残るものなのか?」
「さあ……実験するわけにはいきませんからね。でも、強い力を持った魔法使いや、強い心残りを持っていた人やモンスターが何かに宿ったり、あのおじいさんのように現世に影響を与える存在になるというのは確実にあるみたいですよ」
なるほどなあとコーラルの説明にうなずきながら、視界に入った影に気がつき、腰のシルバーソードを抜き放つ。悪意、と呼ぶにはつたないそれでもよくはない感情の気配だった。
わずかな金属音を立て、剣が月明かりに光る。魔法の灯りを強くしたいところだが、下手に強くして逃げられても困るし、何よりも明るくては存在できない相手が予想される。そう、スピリットだ。
「私は属性なしの純粋な魔力攻撃でいきます。先行、どうぞ」
「了解した。では、行こう」
気配の生じた場所に老人と比べてぼんやりとした姿の影が浮かび、腕を伸ばすように迫ってくる。何も無ければ襲い掛かってきているようにも見えるが、話を聞いた後だと、自分の愚痴を聞いてほしいから近寄ってくるようにも見える。と言ってもそのままふれあいという訳にはいかない。半ばモンスター化したスピリットは一度浄化してその力を奪う他ないのだ。
「気持ちはわかるが、遠慮はしない!」
駆け出した勢いそのまま、手直な1つの影へと右上から左下へと剣を思い切り振り下ろす。手ごたえの無いはずの空間に、布をはさみで断ち切ったときのような感覚を残して、白い影があっさりと切り裂かれる。わずかに響く耳障りな悲鳴。煙が立ち消えるように、影も消えていく。
そして、俺が姿勢を戻す前に後ろから飛来した、幾条かの白い魔力光が別の白い影を貫く。今度は悲鳴をあげる間もなく、影は消えていった。元が一般人だからなのか、スピリットになった経緯がそう悲惨な背景があるわけでもないからか、随分と耐久力は低いようだ。
(随分とあっさりしてるな。コーラルの魔法が強いのか、相手が弱いのか……)
とはいえ、油断しては何が起こるかわからないので、気を引き締めた上で別の影へと迫る。今度は胴を薙ぐように、両断することに成功する。自分の間合いに影がいないことを見、俺は懐の容器を確認することにした。
「1本、溜まってるか」
「問題ないみたいですね。続けます!」
返事に力みを感じるのは、自分の攻撃が通じていることへの興奮か、スピリットが相手ということでの緊張か、微妙なところだ。下手にツッコミをいれず、俺は墓標を壊さないように注意しながらできるだけ広い場所を確保するようにして影と相対する。
モンスターと呼ぶのも微妙な存在らしい影達はもろかった。走り続け、1時間もしないうちに、墓地に彷徨っていた何十体もの白い影を一掃することに成功したのだった。
「追加は……無いな」
「みたいですね。静かになりました」
その場に、2人が立てる足音と、風が立てる木々のこすれる音だけが響く。先ほどまで聞こえていた小さなうめき、影の発する声は聞こえなくなっていた。落ち着くべく魔法の灯りを強くする。これで仮に残っていても近づけないだろうが……。
『おうおう。ありがとうよ』
「!? 急に来るのは、勘弁してほしいな。明るいのが辛くは……ああ、夕方に普通に出て来たな、あんた」
「あれ、着替えられたんですか?」
脳裏に響く唐突な声に、内心の驚きを隠しながら振り返る俺とコーラル。2人の視線の先には、出会った時とは違い旅路の似合う経験をつんだ老人の姿があった。よく見るとちゃんと、足もある。
『それはすまんかったの。改めて、ありがとう。これでゆっくりできる。できれば街の連中にも、ちゃんと埋葬するように伝えてくれるかの?』
「勿論。幸い、ツテもあるからな。しっかり伝えておくよ」
「最後までちゃんとしてもらわないと!」
ずさんな埋葬が原因だったと報告すれば人々が動くのに十分な結果となると思う。この場所は共同墓地だからな……みんなでルールを守って使わなければいけないのはこの世界でも同じだ。
『頼んだぞ……おお、お嬢ちゃん。いい事を教えてあげよう』
疑問を口に出す前に、老人が構えた指先に明らかに魔力と思われる光が宿り、ビー玉サイズの光の玉となり、それがコーラルのほうへとふわふわと漂う。魔力とは少し違う何か……ゲームでもそれらしいものは見たことがある。スキルや魔法をイベントで習得するときにプレイヤーに入り込んでくる球とよく似ている。
『ワシには行使するだけの力はもう無いんじゃがの』
「これは、魔法? それも、浄化の」
戸惑っていた様子のコーラルも、寂しそうな声で語る老人の表情に、その光を自分の手のひらで受け取る。きっと彼女の中で何かしらの声のような物が聞こえているに違いない。俺にとってはシステムのメッセージボイスという馴染みのある物だが、彼女にとっては初体験といったところか。
『そうじゃ。その魔法の光は、狂気と化したスピリットを正気に戻せる。あくまで単一の存在であれば、じゃがな。本当は今回使えればよかったんじゃがの。まだお嬢ちゃんがこの魔法を使えるかどうかわからなかったからのう』
ひげを撫でながらコーラルを見る老人の瞳は優しい。それにしたって、こういうことが出来るということは相当な実力者ということになる。何年も前に死んでしまったのにこうもはっきりと意識と姿を保ってることからもそのことがよくわかる。
『お嬢ちゃんは、ワシらのような相手を見てもいつも、優しい。見るもおぞましい姿になった相手でも、それは変わらないようじゃ。まずは、救いたい、そう思ってくれている』
「でも、しっかりと魔法を撃ち込んでいますよ。敵となれば容赦はしませんから……」
『今日はそうするしか手段が無かったからではないかの? この魔法があれば、まずはそれを使う。そうではないかの?』
「……みたいだな」
自分の手のひらを確認するコーラルの顔が何より物語っていた。どうやら途中の攻撃魔法も、相手がやられたと感じることの無い様にか、敢えてオーバーキルに近いだけの攻撃を放っていたようだった。
「ありがとう……ございます」
コーラルのかみ締めるような返事に、満足したのか老人はうなずいた。いつのまにか、老人の体からはホタルのような光が舞い上がり、透け加減も変わってきたようだ。満足した、ということだろうか。
『ワシはこのままこの場所を見つめるでの。どこかで、彷徨う相手がいたらそれを使ってやっておくれ』
「はい!」
にこにこと笑顔を浮かべる老人は、そのまま古ぼけた墓標の1つへと吸い込まれるように消えていった。後には風や虫の音だけが残る。
「……魔法使いだったんですね」
「ああ、それもかなり前のだ。いい経験になったな」
お墓に刻まれた名前はかすれており、読み取ることはできない。どちらからとも無く、改めて墓標を掃除する。手持ちの適当な布で表面をふき取ると、なんとなくだが墓標もきれいになった気がした。
「戻りましょう。そう遠くないですし、街にそのまま帰りましょうか」
「そうだな。依頼も達成できたし、必要な分も確保できた」
何が必要なんですか?と聞いてくるコーラルに道すがら答える形で、2人は夜の道を馬で街へと進むのだった。
そして翌日、俺は再び墓地にいた。
「やっぱりか」
『おや……どうしてわかったのかのう……』
暗い墓地を照らす月明り。動くものは風に揺られる草木ばかり。そんな中、出会った時のように老人はふわりと浮かび、空と墓地を見つめ続けていた。振り返った瞳は澄んでいる。
「長年あれだけ姿を保っていたような人がそう簡単に成仏するわけがないと思ったんだ」
『じょうぶつ? ああ、世界に同化することをそう呼ぶのか。別の土地から来たんじゃな』
墓地に来た人が使うであろう椅子に座り、老人と向き合う。ふわりと浮きながらも向かい合う姿は半透明で少し光ってるのを除けば生前の姿そのままに思えた。だからこそ、あっさりと消えるわけがないと思ったわけなのだが……。
「ご老人、貴方は精霊なのか? それとも、スピリット……幽霊の類なのか?」
『その問いの答えは難しいのう。恐らくは精霊に近いが、あれらほど自我が薄いわけではないといったところか。お主が聞きたいのは……精霊は命の果てかどうか、生き物が死んだ結果が精霊かどうか、じゃろう』
生きている間はどんな高名の魔法使いだったかはわからないが、老人は俺の聞きたいことを一発で言い当てて見せた。そう、万物に精霊は宿り、力を貸してくれる。精霊の宿っていない物品は死んだも同然の力しか持たず、素材とするには全く向かないスカスカの状態になるのだ。
そんな精霊はどこからきてどこに行くのか……そして、その正体とは……。
『残念ながら、わからん。なってみないとわからんからの。ただ、無関係ではなかろうな……』
半ば予想していた返事と共に、老人との語らいは続き……俺は満足を胸に朝が来る前に街に戻るのだった。




