053.「彷徨う影-2」
現場は郊外の共同墓地ということである意味すぐそこである。狼系の魔物や獣が入り込まないようにか、森を切り開いたうえで壁を作り、利用者は門の鍵を街から持ち出して利用する形のようだった。
「紛失したら銀貨5枚か……結構な代金だな」
「そのぐらいじゃないとだめなのかもしれませんね」
隣を進むコーラルはうっすら汗ばんでいる。まだ初夏というにも早いが今日の陽気は日差しの元では俺も暑さを感じる様な物になっていた。とても幽霊、この世界ではスピリットが出てくるような状況には思えないが、明るいうちに現場を確認しておく必要はあるのだ。
道行くほどに、太陽に暖められた地面の土のにおいと、木々のにおいとが混ざり、ここが自然に満ちている事を感じさせる。時折、耳に届く鳥達の鳴き声と、馬の足音。思い出したようにふく風がさわやかだ。墓地というとやや暗いイメージがあるがよくよく考えたら故人をしのぶ場所なのだから明るいぐらいがちょうどいいのだろう。
「ところでコーラル、暗いのがダメか? 動くはずが無いものが動いてる感じがダメか?」
「どちらでも無いですね。それに、絶対に無理っと言うわけではないんですよ。つい反応しちゃうというか、想像しすぎるというか」
悩んだ表情をするコーラルは日差しの都合か、いつもよりも軽装だ。薄めの生地で作られた様子のローブの下に、動物の皮ではない、恐らくは麻等の植物由来と思われる素材だろう上下。
後衛とはいえ動くときは動く。今日の彼女はズボンのようなものをはいている。女性の服に詳しくない俺には名前はわからないが、膝の辺りを中心に、多少ふくらみを持ったものだ。
いずれにせよ、飛んだり跳ねたりには向いた感じである。全体の色合いは地味だが、胸元につけられたネックレスと、光るブローチはまばゆく、その存在を主張している。ただの装飾品ではなく、なんらかのマジックアイテムであろうことが感じられた。
「月の無い夜は何か感じてもドアを開けちゃいけない、って子供の頃よく言われていたんですよ。今思えば、スピリットが彷徨ってるかもしれないから、ってことなんですけどね。ある夜、外からクレイの声が聞こえて、何でこんな時間にって思わず開けたら、そこにお化けに変装したクレイがいたりして、私叫んじゃいました」
手綱を持つ手にきゅっと力が入ったのがわかる。当時の彼女にとって、よっぽどだったに違いない。とはいえ、話自体はよくある……で済ませていいのかはわからないが、気になる子になんとやらってやつだ。普段はただ一緒にいるだけという感じを見せながら、クレイがコーラルを信頼し、意識しているのは俺ですらわかるのだ。ジェームズならもっとだろう。
「他にも、私が驚くのを良いことにか、よく脅かしてきたんですよ。どこそこの森に幽霊がいた、だの。家が魔法使いだからか、他の家庭以上にスピリットやアンデッドの怖さについて聞いていたんですね。だから余計に気にしちゃって。暗闇を警戒しすぎるというか、そんな感じです。それに、駆け出しのころにアンデッド、ゾンビ退治を受けたときになんですが、気配を感じて、たいまつごと振り返ったらすぐそこに目標がいて、直視しちゃったんですよ」
「なるほど。それは俺も遠慮したいな……昔そいつらばかりがいるダンジョンに潜ったことがあるが、洗っても洗っても匂いが残った気がするんだよな」
より精密に、よりリアルに……それは昔からゲームに限らず技術の進歩と共にあった話だ。綺麗になって毛穴が見えるようになった、なんて笑い話もあったが、ゲームの世界で言えばそれは一長一短となった。迫力あるモンスターはより迫力を持って、と描写されるのまではよかったのではあるが、世界に没入するようなVR世界ではあまりリアルすぎてはプレイヤーへの負担が大きすぎたのだ。それを好むプレイヤーもいるにはいたが、やはり大多数はそうではなく流血部分や、嫌悪感を抱く巨大な虫、アンデッドの類はフィルターも用意されていた。
この世界ではそんな便利なものはないわけだから、恐らくは言葉では表現しがたいほどのモロな姿を目にしたのだろう。なんだか想像しただけでも気分が良くないな。
「そうか。今回は肉体が無い相手のはずだから、それなら大丈夫か?」
「はい! 得意っていうわけじゃないですが、多分大丈夫です」
気分を切り替えて問いかけてみた返事がいやに元気なので聞いてみると、どうもスピリットのようなタイプでゾンビな見た目をしたものは皆無で、ほとんどが白いもやのように半透明で、あいまいな姿をしているらしい。中にはおどろおどろした姿の個体もあるようだが、過去、出現した情報ではほとんどが強力な相手で、山奥の古代遺跡だとか、ダンジョンの守護者のような存在なのだそうだ。
ゆえに、こんな、というと問題だが日常で受けられる依頼の場所に出てくる相手はぼやけた相手しかいないといえるのだ。
そうこうしているうちに俺の倍ほどはある石壁と、小さな門が見えてくる。看板の文字そのものはわからないが、意味はわかる。ここが目的地のようだ。柵上の門の正面に立てば、奥に確かに白い墓標達がここからでも見える。
話によると、埋葬が終わってさあ帰るかという時に鍵を閉めたこの中に問題の影が動いていたということだ。門のそばにそのためと思わしき杭が何本もあったため、馬をそこにつなぐことにする。
「結構広い……ですよね?」
「ああ、今のところ気配も無いしな」
門をくぐると、思ったよりも広い敷地が目に入ってきた。共同墓地ということで相当量の区画を確保しているらしい。その財源やらも気になるところだが今日はまあいい。あちこちに日陰を作るためなのか、木々は生え、埋葬のために使うのか道具を仕舞うような建物もあった。
(ずいぶんと広い……それに壁に古いのと新しいのがある、ということは……)
「必要に応じて森を切り開いて広げてる感じだな」
「そうですね。この方達なんか、200年も前のですよ」
コーラルが示した先には、街を救った英雄が眠る、というような記載がある墓標。どんな人物達だったのか、意識をそちらに少し向けたとき、強めの風がふく。周囲の森がたてる音が今は不気味に聞こえる。
「見て回ろうか。スピリットだけじゃないかもしれない」
「わかりました! 私はあちらから回りますね」
念のため、地面からアンデッドが出てきたような跡が無いか、手分けして確認している間に夕方を迎える。休憩を挟んではいるがそれだけ墓地の敷地は広く、念のための確認にでも時間がかかってしまうのだ。モニュメントへと戻ってきた俺は、剣から手を離して辺りを見渡す。先ほどまで白かったはずの墓標たちは、燃え盛る炎のように赤く染まっている。血のように、ということが無いのが救いか。
(それでももう少し暗くなればそうもなるな……)
「一度、墓地から出よう。何かをきっかけに周囲にたくさん、という状況も回避したい」
ある種幻想的なその風景に視線をやりながら、モニュメントそばの墓標に供えられていた花が乱れていたのを見、それをきれいに直しているらしいコーラルへと声をかける。
「はい。できれば観察してから挑みたいですね。出たところで火を起こしましょうか」
門から一度出て周囲を見るとそばにちょうどいい大きさ、俺の背丈ほどもある岩があったのでそれを背にする形で焚き火を起こし、時間をつぶすことにした。スピリットが出るであろう時間まで過ごすことにしたわけだ。
「そろそろ……いいか?」
「今日は月もかなり欠けていますから、気をつけないといけませんね」
パチパチと音を立ててはじける木に意識を少しむけながら、俺は立ち上がって空と、森とを順に見やる。コーラルの言うように、空にある月の明りは少々心許ない。森に入ることがあるならば、しっかりと明りを用意しないといけない。今回は開けた土地であるから本来なら必要ないが、万一を考えるとある程度は準備しておくべきだろうか。
「よし。行こうか」
「ええ。あ……お湯が余りましたね」
言われてみれば、やかんにしては丸みの無い、俺の記憶で言えばポットと呼ぶべき形状の容器が注ぎ口から湯気を立てている。大体4人ないし6人ほどで使うことを想定した大きさだからかなり余ってしまった。
「2人だったからな。そこらに流して捨ててしまうしかないな」
答えたところで、急に馬がきょろきょろしだしたのでなだめるべく俺はその体を撫でてやる。火の粉でも飛んだのだろうか? 暴れたりしないだけいい馬だな。
「そうですよね。ちょっともったいないですけど」
『そうじゃのう。ワシの家を掃除するのに使ってもいいかの?』
「ああ、かまわな……!?」
2人の会話に混じってきた極々自然な、それでいて唐突な声。思わず返事をしたところで違和感と、その中身に驚いて声の方を向く。視線の先、岩の脇に白い影。白いひげ、白い髪、白い服、全身白い。というのか、明らかに透けている。
(スピリット!? いや、その割りにはっきりしすぎている!)
俺は相手の姿に攻撃をする事をためらっていた。ここまではっきりした相手は、よほどの力を持った相手だろうからだ。それに手の内を先にさらすわけには行かない。ゲームで出会ったような恐ろしい感じを受けないのは不思議なところだが……。
「はわわっ、み、見えてます!」
『見えておるし、聞こえている。でいいのかの?』
慌てて杖を構えることも出来ずに指さすばかりのコーラルを柔らかい笑みで見つめる姿はとても人に襲い掛かるような姿には見えなかった。それでも油断無くシルバーソードを構えた俺に視線を止め、敵意の無い瞳で言葉をつむぐ影は老人に見える。
「ああ。聞こえるし見えている。というかこれは頭に響いているのか?」
『ワシにはもう口は無いからの。思念というやつかのう』
笑い声が頭に響くというやや特殊な経験をしながら、俺は老人の話を聞くつもりになっていた。




