052.「彷徨う影-1」
「こりゃ、ただの素材じゃ無理だな……」
「一体何を……魔道具か?」
その日、俺は工房で持ち込まれた破損した武器を鍛えなおす作業をしていた。状況を確認してのつぶやきに、近くにいた職人がこちらを見るなりそう看破して見せた。無言で頷き返し、壊れた状態のそれを見せてみるが相手は首を振るばかり。実際、魔道具かどうかわかってもそれをどうこうできるかは別の話である。
(そもそもがどうしてその効力を発揮するのか、ゲームじゃ全く解説がないもんな)
ファイアボールを再現する杖があるとしても、材料はわかるが……どうしてか、は実のところ俺もわからない。ただ同じ素材、性質のものを作るには、一度素材に戻して再度、武器生成で作ってしまえばいいのだが、その場合には傷や表面の加工などはなくなってしまう。要は新品だからな。
つまるところ、この世界で俺が何かを直すのならゲーム通りではなく、現実の鍛冶行為に即したことをしなくてはいけないのだ。前の少年に作った剣のように、作り直すのなら別なのだが……。
「勝手に気力が充実する……ねえ。鉄やら鉱石にそんな性質はないし……」
独り言が増えるのは作業する人間に共通したことだと俺は思う。聞いてほしいということもあるだろうし、口にすることで考えをまとめるという意味もある。今回は……両方かな?
壊れた状態で持ち込まれた魔道具は短剣の形をしている。そのまま武器としても使えるが、今は根元部分が折れているからあくまでも短剣だった物、になるだろうか。作り直す、武器相手としては鍛え直すという点では今すぐにでもできる。だが、ろくに調べた様子も無いのにいきなり鍛えなおしを始めては不自然である。
そこで、素材やらを実益を兼ねて確認する作業から入ったのだ。
短剣は━壊れたリヴァイ・マインド━と表示されている。見た限り、メインとなる素材は確かに良い素材だが、すごく貴重、というわけではない。体力ではなく気力ということと、短剣の情報からは士気のようなものに補正があることがわかる。
ゲームのように数字が見えないので士気補正と言っても具体的には本来以上の力を発揮したり、いつも勇気を持って戦えるといったところか。名前は違うが、MDにも同じような武器はそれなりにあった。近い効果では地竜との戦いがあった日に使っていた双剣もそうだったはずだ。
この特殊効果にはメインとなるものの他に、別の素材がいる。その素材は、確か特定のモンスターからのドロップだったはずだ。それがどうしてそういった効果を生むか、に関しては火の様なわかりやすい属性と比べて、いまいちわからない。鍛えなおす方法そのものは学んだので問題は無い。しかし……ちょっとした問題がある。
確かこれはゴースト、それも人型の物だけがドロップしたはずなのだ。
「キロン、この辺りに幽霊、不定形のそんなモンスターが出る場所なんてあるか?」
「彷徨えるスピリット達の事か? なくはないなあ」
受付付近で依頼を吟味している様子のキロンにだめもとで声をかけると、俺の予想外なことに心当たりがあるということだった。設定上、スピリットになり、なおかつ討伐しても大丈夫な存在というのはあまりいないのだ。そこまで現世に心残りのまま死んで力もある人というのが限られるからだ。このあたりは再出現するゲームとは大きく違うだろう所だな。
キロン曰く、外壁の外側にある森に作られた共同墓地、その周りにある森には月が満月に近づくと怪しい影が出てくるらしい。幸いにも墓地や森の辺りから出てくることは無く、夜にわざわざ出歩かなければいいので、実害はないそうだ。正体はまさに墓地の亡霊とも、たまたまそういう物が集まりがちだとも言われている。不定期に攻撃手段を持った冒険者に依頼が出たり、有志で浄化をしているそうだ。
「そうか。ちょっとこの依頼に白い涙が必要だから行ってくる」
白い涙、ゲームでも同じ名前だったそれは前述のモンスターらからのドロップ品で、片栗粉を水で溶いたような液体である。MDでは勝手に出てきた透明な容器に入っており、最初は濁った状態だが放って置くと透明な部分とそうでない部分に分かれる液体だ。アイテムとして使う場合には、ちゃんと振って混ぜないといけないという、よくわからない性質を持っている。
「なるほどな。じゃあ空瓶を持っていけば勝手にそれに集まってくるから楽だな」
キロンの言葉にうなずき、俺は10本ほどの栄養ドリンクの瓶サイズの空瓶を荷物に加える事を決める。聞くところによればこの世界風に言えば彷徨えるスピリットらを倒すと、近くに適した入れ物があればそこに白い涙がたまるようなのだった。大きな入れ物でも溜まるようだが、なぜか小さめのほうが溜まりやすいというのも謎である。落ち着ける場所を探しているのか、なんなのかはわからない。結局は人の魂という噂だからな……そう考えると採取に二の足がというところだが仕方がない。
「そうらしいな。期日も多少あるので、ついでに余分にいくらかとってくるよ」
特に劣化とかはなく、保管しておけばいつでも使える素材ではあるのでいつもお世話になっているお礼がてら、工房へのお土産も一緒に採取することに決めた。
街に出た俺は即座には現場には向かわず、依頼が集まっているであろう酒場に顔を出す。ついでに浄化の依頼でもあれば一石二鳥だからだ。まだ昼下がりだというのにかなり出来上がった様子の冒険者で酒場はあふれていた。依頼のやり取りも頻繁に行われており、街の活気を表している。壁際の依頼書群はかなり減っており、仕事を探す上では時間が遅いことがよくわかる。
「少し聞きたいんだが、スピリット退治の依頼は来てないか?」
俺はカウンターにもたれかかりながら、適当にアルコールの薄いものを頼みつつ、聞いてみる。壁の依頼書達を見た限りでは、今のところ張り出されてはいなかったのだ。スピリット関連の依頼は実入りの無さから敬遠されがちだからな、1つぐらい張り出されてると思ったんだが当てが外れた。
依頼書を見たうえで気になるところでは、ここからは相当距離がある様子の国々で、兵士の募集がかかっていることだった。一瞬、何人もの人間の兵士を倒す、つまるところ殺害する様を想像し、嫌な気分になるがそれも一瞬のことだ。
「あるにはあるが、安いぞ? だから一度下げたばっかりなんだ」
冒険者と何かとやり取りをするのにふさわしい、熊のような体躯のマスターが飲み物と一緒に持ってきた依頼内容には、確かに他の依頼と比べればかなり低い金額が記載されている。確かに手段を持っていれば安く上がるタイプの依頼であるのは間違いない。
魔法を使うか、俺のように何かしらの武器を持っていれば別だが、ただ殴りかかっただけではダメージを与えられないのだから面倒だというのが敬遠されがちな理由である。
「ああ、それでいい。ちゃんと持ってるからな」
俺は背中に手を回し、外套の中からシルバーソードを取り出すように出現させ、鞘ごとマスターに示す。魔法もあるにはあるがわかりやすい方を選んだ。
「おお、準備がいいな。最近の冒険者は、受けた後に攻撃手段で悩んだりするから困ったもんだ。この前は……」
「その辺は終わった後でゆっくり飲みながら聞くよ」
どうやら話好きらしいあごひげの豊かなマスターの話を切り上げ、手渡された依頼書に集中する。と言ってもそう長いわけではない。報酬はともかく、討伐数等に関しての確認だ。見ると、討伐の証明として白い涙を提出してほしいらしい。
確かに、普段は見えない相手を倒すわけだし、普通に肉体のあるモンスターと違って部位を持って帰るというわけにも行かない。空容器は預けてあるということなので、マスターにそれを伝える。
「おお、そうだった。こいつさ、3本ある」
受け取った容器は自前のものより幾分か小ぶりだ。どうやら本当に討伐確認のためだけに必要らしい。現場に出てくる相手を全部討伐しなくてもいいようだ。手早く準備を終え、さて出発かと思ったところで視界に覚えのある相手が入ったことに気がつく。
伸びた髪、独特の色合いを持った石が先についた杖、コーラルだ。彼女は、酒場の中にある出来合いの食べ物を購入したようで、あいているテーブルにつくとそれを広げ始めた。量から、ジェームズら2人はいないことがわかる。
「コーラル、1人か?」
「? あ、そうですよ。2人はまた何か男の依頼だ!とか言ってどこか行っちゃいました。私は私で修行ができますから問題は無いですけど……」
少し不満な様子のコーラル。以前の依頼の顛末を考えれば、またああいう依頼だと思っても不思議ではない。勿論、若干えぐい依頼であったり、むさくるしい男だらけの依頼だという可能性も十分あるのであえて口には出さない。とはいえ、このまま自主練させるよりはいい話が出来るかもしれないな。
「そうか。……あー、これから俺もとある依頼をこなしに行くんだが、来るか?」
歯切れの悪い俺の言葉にコーラルは首を傾げるが、続けて示した俺の空容器を見て顔色を変える。さすが冒険者、空容器を見ただけでどういった依頼かは察したようだった。手段があれば割が良いのがこの類の依頼だ。そして彼女はその手段の1つ、魔法に長けている……長けているのだが、この前と違い、今回は最初からモロな相手だ。そういう方面が苦手らしいコーラルにはつらいに違いない。
「よ、夜ですよねえ?」
「そうだな。昼間には出てこないらしい。森は……出てくるかもしれないが」
聞いたところによれば、現場の森はかなり樹木が生い茂っており、昼間でも結構暗いらしい。そうなれば昼間でも出会えるチャンスはある。コーラルは食事の手を止めて悩んでいる様子だ。嫌だなーという感じではなく、自分の中の何かと葛藤しているように見える。
「やります。行きましょう」
「おう。まあ、襲われてもなにやら周りをうろうろするだけらしい。何か怪我したとか、変なことになったとかは無いらしいから安心だな」
俺が依頼書に書かれていた詳細な情報を伝えると、コーラルはいくらか楽になったのか、少し力が抜けたように見える。凶悪なのになると混乱ならまだいいほうで、そのまま操られるレベルのスピリットもいるらしいからな。
「まだ時間は早いが、現場の確認に行こうか」
「ええ、いざ戦いとなった場合には足元が危険かもしれませんしね」
冒険者としての思考になったコーラルも頷き、手早く食事を終える。出口付近で馬を二頭借りて、俺とコーラルは街の外へと出発した。




