050.「暗闇よりの叫び-7」
「おやおや、戻ってきたというのは本当だったのか、律儀なことだ。目覚ましには早いというのに」
からかい混じりの言葉を投げ掛けてくる若く見える男。その男を指さし叫ぶキャニーはどう見ても普通の女の子にしか見えなかった。やはり、俺に襲い掛かってきた姿は偽り、役目を演じていたのだ。キャニーの叫びにも、男は感情を逆なでするように肩をすくめ、こちらを見るばかりだ。ぞっとする瞳の冷たさは、男が相応の強さを持っていることを示している。
「このっ!」
「騒いで悪かったな。でもよ、忘れたのか? この時間に起きる約束じゃないか」
なおもキャニーが叫ぼうとしたとき、ジェームズがその肩をつかんで皮肉を口にした。周囲の男達は気色ばむが、若い男だけは冷たい笑みを浮かべたまま手を下に下げた。瞬間、周囲からの殺気が迫ってくる。
「下がって!」
「やれるだけはやるさ!」
すぐそばに来ていた男達と戦い始めるキャニーの隣にすべり込むようにして、俺も覚悟を決めて別の相手に向き直った。顔を覆い隠すような仮面をつけたその比較的小柄な1人に攻撃を絞り、右手のショートソードを振るったとき、その相手はしゃがんだかのように沈み込み、俺の攻撃を下からはじこうとすくい上げてきた。狙いは……剣!?
「おおっと!? 何っ!」
弾き飛ばされないように、しっかりと柄に力を入れたところで甲高い音。手に持ったロングソードが半ばから折られたのだ。まだまだ耐久に問題はないはずの……あれは!
明かりに照らされた人影の手にあるものは、どこか櫛を思わせる特殊な形。
「ソードブレイカー!?」
叫びが隙を産んだのか、相手は目の前に迫っており剣を追った物とは別の刃が迫り……弾かれた。犯人は1人既に倒したらしいキャニーだった。
「ちょっと、勝手に死なないでよね!」
「別にそんなつもりはないんだが」
お礼を言うにいえない中、キャニーの反撃に敵は後方にジャンプし、一時的なものか、撤退する。あっさりとその動きに、罠を疑ってしまうが追いかけるしか無い気もする。
「あ、待ちなさい!」
事実、キャニーは知ってか知らずか、人影を追いかけていく。俺と違って彼女はそんなに丈夫ではないはずだ。数字では見えないがレベルだって俺には全く及ばない状況だろうことが予想できる。
「一人だと危ないぞ!」
ちらりと乱戦の模様を確かめ、ジェームズが大きく武器を振るっているのを確かめ、俺もキャニーを追いかける。死角に入ったところで特に調整もせずに再びの武器生成で、手には室内に適した長さの剣が産まれる。洞窟の中なんかでもよく使っていたサイズだ。
二人は出てすぐの空間、裏庭のような場所で相対していた。相手はソードブレイカーに、嫌な照り返しのあるダガーをもう片方の手に持っていた。恐らくは、毒。と、武器を構えていたキャニーの目が大きく見開かれる。
「まさかっ! でもそれはっ!」
キャニーの視線の先にはむき出しのままの人影の腕、そこにはまった大きな宝石のはまったブレスレット。ただの装飾品というわけじゃないだろう……何かのマジックアイテムとみるのが普通だ。
「知り合いか?」
俺の思い付きは、見事に当たってしまいキャニーはうなずいた。かつての仲間という線が濃厚だが、俺は仮面で隠された顔、体つきにどことなくキャニーの面影を見ていた。頭に浮かぶのは地球で見たり読んだりした色々な物語。どうしてこう、世の中はお約束に満ちているのか。この相手は……。
「ええ、親は早い時期に死んだわ。後にいるのは妹だけだった。あいつ、仲間になれば妹は金をやって解放するって言ったのに。それが、なんで、ここにいるのよ!」
何度も攻防を繰り返し、ぶつかることでキャニーは確信を深めたのだろう。そしてその叫びに答えたわけではないだろうが、相手の仮面がずれ……落ちた。現れたのは少女の顔。キャニーと同じ面影のある、より年若い少女。
その瞳はどこかうつろで、正気を感じない。バンダナのように身につけた額の布には、嫌な輝きの石が1つ。
「あれ、やばいやつか?」
「ええ、どうしても抵抗する人間をどうにかするやつらしいわ」
私はつけなくてすんだけど、とはキャニーの弁。こちらが二人なのを警戒しているのか、踏み込んでこない相手を見ながら、俺は嫌な想像を口に出す。
「こういうときに、片割れに言うことを聞かせるため……か?」
「それか、単純に仕留めやすいと思ったんじゃない?」
「なるほどな。で、やるのか?」
「やりたくないけど、やらなきゃ」
悲壮な決意を込めた瞳と声に、俺はため息1つ。ただの鍛冶職人ならここで彼女に任せるべきだろう。だが、俺はただの鍛冶職人では……無い。ゲームだって、俺は一流の悲劇より三流の喜劇の方が好きな人間なのだ。ご都合主義? 無理やりで大味? 上等だね!
「俺はハッピーエンドが好きなんだ」
「はっぴ、って何?」
キャニーに答えず、背中に回した手に手早く武器生成でさらにショートソードをもう1本。相手の動きを考えると小回りが効く方が良い。
「できるだけ動きを止めるからさ、なんとかあれ、取るように」
俺は鍛冶職人であって、ステータス的にも前衛ではない。今から行うのは一見無謀なことだし、合理的ではない。ここで命を危険にさらず価値があるのか?と問われれば、第三者的に見れば、無い、に決まっている。それでも、だからといって。
「何もしないってわけにもいかないだろ!」
相手の動き1つ1つを見逃さないよう、自身のステータスを信じて切りかかる。例え失敗しても俺が死ぬようなことはないだろうという妙な自信を胸に切りかかった。
俺の動きに少しは動揺してくれたのか、ワンテンポ遅れて動き出した片手が滑らかに俺の武器に迫り、再び甲高い音。右手の剣が折られたのだ。そして左手の攻撃を姿勢を変えることで回避し、俺の懐に迫る少女。
右手の武器は無い。左手は回避された後。これで終わり、である。
――通常ならば。
少女の繰り出した攻撃を金属が受け止める。キャニーはまだ俺の後ろにいる。少女の武器を受け止めたのは、俺の右手に生み出された新たな剣だった。器用に体をひねり、ちょうど少女の攻撃が来る位置に生み出した剣がうまく攻撃を受け止める。
表情には何も出ないが、目の前の状況に不可解さは感じているのか、動きが止まった相手に俺は右手に掴んだ剣を突き出す。あっさりとそれを回避する少女。やはり、強さという点では俺に勝ち目は無いか。
「まだまだ!」
再度間合いを詰め、折ってみろといわんばかりに繰り出した攻撃を少女は再び折り、俺は再度生み出した剣で追撃する。普通であれば攻撃方法を変えてくるところだが、少女の動きは同じ。折って、カウンター、だ。本来はそれで十分なのだろう。そんな攻防が何度か続いた後、鈍い音がその場に響く。
「短いとはいえ、折るには苦労しただろ?」
俺は返事が返ってこないことをわかっていながら、そうつぶやく。鈍い音は少女の持ったソードブレイカーが、その櫛のような刃部分を途中からあらぬ方向へと曲げられた音だった。
ソードブレイカーは元々、細い武器を破壊するものだ。もちろん、この世界ではまったく別物という可能性もあったが、最初に折られた時点で、折られた音以外に、ソードブレイカーが発したであろう音も耳に届いていたのだ。
「どうやら理性はなくしても、その分の思慮はなくなるようだな」
繰り返し無理な武器破壊を行うことで役に立たなくなったソードブレイカーを投げ捨て、嫌な光を放つダガーで襲い掛かる少女。かすっただけでもやばそうなその攻撃を2本の剣でなんとか回避する俺。仮にくらっても適当なポーションでも飲めばいいかと思いながら、当たったらまずいと相手に思わせられるように、焦った表情を浮かべておく。
となれば、少女は横からの攻撃に無防備にその体をさらすことになる。同じ暗殺者として、見事なまでに気配を殺した奇襲が、効力を発揮し、キャニーの拳が少女の腹に突き刺さる。カウンター気味に入った一撃はよほどの衝撃だったのか、少女は土の上に転がり、動こうと体をよじるも、立ち上がれない。ダガーをつかんだ手からも力が抜け、地面にダガーが音も無く落ちた。
「こんなものっ!」
感情のこもったキャニーの声とともに、少女の額からバンダナがはずされ、キャニーはその怪しい輝きの宝石に自分のダガーを突き刺し、砕く。あっさりと砕けた宝石を見やり、俺は1つの解決を感じた。気を失ったのか、キャニーの膝の上で目を閉じる少女の姿はどこか穏やかだ。
「これでいいのか?」
「ええ、多分」
他に敵がいないか、警戒しながらの俺にキャニーが静かに答える。いつの間にか、戦闘の音は止み、野太い冒険者の歓声がどこからか響いてきた。どうやらジェームズ達も無事に戦いを終えたようだ。俺も剣を無造作に地面に突き刺し、深く息をはく。
「こんなことは本職に任せたいもんだ」
「男なんだからそのぐらいがんばってよね」
一応の解決を見たことで余裕が戻ってきたのか、キャニーの声は明るい。
「それも、そうか。……そうなのか?」
「ええ、そうよ。借りは返さないといけないしさ」
愛しそうに妹の髪をなでながらつぶやくキャニーの姿に、俺も苦笑し、体をほぐす。聞こえてくる俺を探すジェームズの声に、ひとまずの解決を実感した俺は、あちらの結末を確認すべく声を上げる。廃屋を包む夜の闇に、その声が思ったより大きく響いたのだった。




