048.「暗闇よりの叫び-5」
「何、してるの」
「寝顔の観察だよ。こうでもしないと見られないだろう? 自分を殺そうとした相手の寝顔なんかさ」
月を眺めての静寂を破ったのは、気を取り戻した女の声だった。からかいを込めた声に、暴れようとした彼女の体が揺れる。しっかりと縛ったからな、そうそうほどけるものではない。
こうして見て見ると、一緒に飲んでいた相手で間違いない。店で飲めたということは昨日今日あの店に来たという訳ではなさそうで、つまりは前々から街に潜入していたことになる。だとすると最初から俺狙いだったとは考えにくい。だって、俺は今回初めてこの街に来たのだから。
「なんで俺なんかを襲った? 別に金持ちでも前線で荒稼ぎする冒険者でもないはずだ」
素直に言うとは思っていないが、とりあえずは聞くのが流れだろう。鬱屈した気持ちを振り払うようにできるだけ冷たく言葉をつむぐ。月明かりが刃に反射し、いやな輝き方をするのが目に入る。俺の趣味じゃない……趣味じゃないが、仕方ない。
「あんたのみたいな遺物が欲しいって奴がいるのよ」
縛られたままで、あっさりと答えてきた女の言葉に俺は逆に驚きの視線を向ける。そんな視線に気がついたのか、女は窮屈だろう姿勢のままで器用に苦笑してみせた。今の反応では自分が遺物を抱えていると白状したような物だ。反応してしまった物は仕方ないが……さて?
「私はもう家族もいないから。達成できればよし、出来なければそれまで。そんな使い捨てのヒラなのよ。最後ぐらい好きにするわ」
「妹がいるとか言ってなかったか?」
疲れた様子の告白に、ふと飲みながら聞いた話を口にする。すると、それまでうつむき気味だった顔に生気が戻る。怒りを帯びた物ではあったが……先ほどまでの消えそうな表情寄りは随分と人間臭くて好感が持てる。
「いる……いるけど、私がこうじゃもういないも同然よ。それに、疲れちゃった。訓練だからって毎日仲間内で本気でやり合うし、さ。終わったと思ったらあっちこっちにつれまわされるし」
ぽつりぽつりと、女の口から語られる。それはどこにでもありそうで、どこにもあってほしくない虐げられる者の話。国を広げようとするどこぞの王が始まりだった。そして賛同する貴族たち。既にいくつかの小国は外交という戦争で吸収されていたそうだ。そんな中での圧力に必要なのは圧倒的な戦力、そしてその供給だ。
そのために自分達の国の優位性は保ちたい。そんなときには戦力と、それが使う武具の質が物を言う。ただ職人を囲うだけでは満足しなかったその国が目をつけたのは遺物。遺物さえあれば後は改めて使える人間を捜せばいいだけの話、らしい。
「モンスターもいるってのに。おめでたい話だな」
「まったくよ。ねえ、戻っても、まともには生かしてくれないからさ。やっちゃって?」
女の声には諦めがある。無防備に自分の喉を晒しているのがその証拠だ。これならどこの子供でも腕を突き出すだけで殺せてしまうだろう。だが、そんなことは俺は認められない。そんな終わり方は。許せるものじゃない。
「冗談じゃない」
女が正しいことを言っている保証はないが、こういった組織が失敗した人間や、裏切り者に冷たいのはどこの世界も変わらない。伝えることまでが作戦でもない限り、女は無事にはすまないだろう。思い立ち、腰に下げたままのナイフの1本を手にして歩み寄る。
刃物を持ったまま近づくことで俺の気が変わったのかと思ったのか、ぎゅっと目を閉じた女の期待を裏切る形で俺は縛っていたロープの結び目の1つを少し切り、拘束を解く。
「ちょっと? どういうつもり?」
「別に、このままにしておいても後味が悪いだけだ。街から逃げるなり、戻るなり、好きにしろ。あの動きなら、冒険者としてもやっていけるだろう」
相手が武器を持っていないことは拘束の際に確認している。俺は男が飛び出した窓に近づきながら、周囲をうかがう。本当は一度戻って体勢を整えるか、ジェームズらに支援を頼むべきなのだが、時間がたつほど相手に準備の時間を与えてしまう。
次はそれこそ対処できない形での襲撃もありえるだろう。出来る事なら潜伏先の1つでも見つけておきたい。と、そのとき。
「西側よ。今は使われていない、没落した成金の屋敷があるわ」
「……復讐でもしたいのか?」
背中にかかった声に、振り返らずに言うが、俺はその時彼女の声の具合に感じるものがあった。復讐と決め付けたのには特別な理由はないが、普通、天涯孤独な身だからと暗殺者など選ぶことは無いだろう。つまりは、何かそうしなければいけない理由があったからだろう。話の通りなら妹が人質に取られているか、似たような状況にある。任務に成功し続けることが、その妹が無事であるために必要なのだろう。
「そういえば返してないものがあったなって思っただけよ。返してほしい物もね」
音もなく、そばにやってきた女を見やる。近くで見れば、体格は少女そのものだが、振る舞いにはこれまで彼女が遭遇してきた苦労を感じさせた。表の姿は作っていたのか、本来はあのぐらいの年頃なのか。年齢不詳な今はそれもわからない。目には、先ほどまでのような諦めや狂気は無い。それどころか、良い笑みだ。
「上等だ。俺はファクト、しがない鍛冶職人だ」
「ふーん……まあいいわ。キャニーよ」
ロープを切ったナイフをキャニーに渡し、先を促す。キャニーは体の調子を確かめるように幾度かひねった後に、滑らかに建物から外へと歩き出した。俺も併走する形で、キャニーの後に続く。
こちらを探るように、木箱や塀を器用に使って屋根に飛び乗る後にあっさりとついていってみせると驚かれた。月明かりが照らす中、ところどころ建物による闇を潜り抜けながら、途中の襲撃を警戒して進んでいるとき、キャニーが振り向く。
「ねえ、この前のみたいに隠れてどっかいけないの? ぱぱっと消えてまた出てきたじゃない」
「見てたのか……あれは移動はできないんだよ」
鍛冶に関する遺物はともかく、キャンプに関してはまだ誰にも見せていない。それに関して言ってくるというのは見ていたのは間違いない。この前の路地裏か……人気がないからと油断した俺が悪かったのだ。
「ふーん、あ、向こうにはあんたが鍛冶方面の遺物を持ってるとしかいってないから安心して」
「こんなことになっておいて、安心も何も無いさ。全部ぶちのめすなりしないと寝れやしない」
それもそうね、と笑う姿はこれから死地に赴こうとする人間の浮かべる笑みではなかった。けれど、いい笑顔だ。俺も指摘はせずに走り続ける。二人、夜の街中を走ると不思議な気分になる。
活気のある場所はとうに過ぎ去り、静かな住宅街を抜け、まばらになった家々の間を駆けていく。街の一角にある広場のような場所の手前でキャニーは足を止め、壁に隠れるようにして先を見やった。多少古ぼけてはいるが立派な屋敷だ。だが灯りが全くない……無人なのだろうか?
「アレよ」
「こうしてると普段は人が住んでいないんだな」
近づくとわかるが、建物はともかく庭は荒れ果て、草木が自由気ままに伸びている。塀もあちこちが朽ちかけているようだ。これでは人も寄り付かないか。正面からの移動は避け、路地側からもう少し近づこうと踏み出した途端、足元に違和感。そしてあふれる気配。どうやら何かの罠を踏んでしまったようだ。音は特にしなかったが、何かしらの仕掛けだったのだろう。
「……こりゃ、みんなにどやされるな。安眠妨害だってさ」
「生きてれば、ね」
屋根の上や路地の先から何人もの人影。全員が黒ずくめといかにもな姿をしている。そのうちの雰囲気が違う1人が、前に出てきて大げさに武器を向ける。交渉するような雰囲気には感じないが、聞くだけ聞いてやろう。
後ろから近づいてくる相手には敢えて気がついてない振りをする。俺に向かってくる限りはたぶん、刺さらない。身代わりになるようなアイテムだってこっそりと展開済みだ。
「おとなしくしてもらおうか」
首に感じる冷えた刃の感触。それだけでも俺は斬れないことがなぜかわかる。
俺自身はありきたりな台詞に、ここで独創的な台詞が来ても逆に困るか、と思いながら片手を挙げた。抗議の声を上げようとするキャニーを脇に抱え、そのまま首を捻って後ろを向く。思った通り、相手は刃を慌ててひっこめた。
その様子に確信した。こいつらは俺か彼女から聞きたいことがあるんだと。本当なら、問答無用でこちらを襲えばいいのだ。そうしないのには何か理由がある。
「せっかくこいつをナンパしてここまで来たんだ。最後ぐらい楽しめるように一緒の場所に入れてくれよ」
「好きものだな……ふんっ」
俺のことを侮ってくれればラッキー、そう思っていたがまさにその通りに蔑みの視線が絡みつくのを感じながらも男達に従い、中に通される。向かう先は地下だった。
(ぱっと見は古いが、なんか魔法が要所要所にかかってるな)
後ろ手に縛られ、鍛えられた様子の男に前後を挟まれた抱えられた俺は、地下へとキャニーとともに連れ込まれた。散らかってはいるが、埃っぽさの無い空間だ。何度も使われているのだろうか?
すぐに落ちてきそうな傾いた窓枠も、なんとなく感覚に引っかかるものがある。俺を抱えたままの男が木の板や石床の上を無造作に歩いても足音がしないのも、いくら訓練されているとはいってもおかしい。
ここは、見た目以上に色々とお金がかかっている。見た目がぼろいのも、放っておいただけじゃなさそうだった。それよりも問題は、捕らえられた段階では俺は遺物に相当するものを一切持っていなかったことだ。用意する暇も無かったので仕方が無いのだが、現時点では見た目はただの鍛冶職人でしかない。
俺は何かしらの遺物で色々と作れる、みたいになっているはずだ。それでも今持っていない、となればどこかに置いている、と考えるはず。候補としては工房の部屋等になってしまうだろう。と、一番奥の檻に2人して押し込まれた。どうやら約束は守ってくれるらしい。
床に放り出されるような勢いにわざとうめきながら、ここまで運んできた男を見る。暗殺者は暗殺者でも、力づくで押し通すタイプに見える。顔は隠れてしまっているが目は色々と語るってやつだな。
「心配するな。必要なものをお前が泊まってた場所からこっそり持ってくるだけだ」
「それにしちゃ、殺されそうになったんだがな」
「そんな世の中だ。さて、何事も無く見つかることを祈っときな」
誰に、と言うことも無く、男は扉を閉める。どこかにいった様子は無く、前に立っているようだった。やはり、俺の遺物を探しにいってしまったのだ。もう少し尋問をされたりするかと思ったが予想が外れてしまう。拷問を受けて油断したところをと思ったのだが……さて、どうしようか?




