047.「暗闇よりの叫び-4」
今日は倍ぐらいです。
事件はいつだって唐突だ。慌しく目の前に現れ、そして立ちふさがる。わかっていれば対処できたのに、と人は思うが仮に未来を見通せたとしても、そこにあるのは絶望だけに違いない。自分の未来が、可能性がわかってしまうなど、つまらないことこの上ない。何事も、結果がわからないからこそ先を目指せるのだから。
「気絶させた女の子のそばで月を見ることになるとはねえ……」
恐らくはこれまでの人生で最も他人が聞いたら誤解されそうなセリフをつぶやき、今日のことを思い出す。
その日は朝から受けた依頼の武器を工房のカウンターに収め、道具の手入れをしていた。よほどの専用品ではない限り、既に作ってある中から選んだという体で俺が作ってもキロンたちは気にしなくなっていた。俺も学ぶことは多いし、キロンたちは手が空くから両方メリットがある状態だ。
一通りの作業を終えた昼下がり。後は何をしようか、そう思っているところに来客、ジェームズたち3人だった。3人はこれまでにも時折顔をだし、特にクレイとコーラルはどこにいった何をやったと俺とお茶をしながら語っていた。今日も例に漏れず、工房の入り口付近で談話が始まる。
「でも、最近こっちでも討伐や護衛の依頼が多いんだ」
「そうなのか? それでもこの辺りは前から多いそうじゃないか」
何でもないように答えながら、俺は口にしたお茶の渋みに思わず顔をしかめた。熱い時にはいい味だが冷えるとどうもいかんな……。
(お茶の選択を間違えたな、こりゃ……かといって保温器具はないしな)
今更だが、意外とこの世界での食事は充実している。肉や野菜、果物なんかも、見た目や名前は全然別物だが、世界は変わっても味覚はそう変わらなかったのも幸いしているようだ。時折、リンゴサイズもあるブドウのようなものが出てきたりして驚くが、ほとんどに問題は無い。
だが、やはり工業的な大量生産は出来ないようで、手間のかかるタイプの料理や作物は貴重なようだった。同時に調理器具の類も木製だったり、手作りだったりであまり出回っていない。機械的な物が貴重だから仕方ないのかもしれない。それにしたって、この世界で人間が文明を獲得してから少なくとも1500年はたっているというのに、元プレイヤーが開発したであろう紙造りの施設やそのほかの一部技術以外、発達していないのが気になる。例えば、そう……火薬の類であるとかだ。
「それがですね。以前より自警団や軍による討伐、巡回を増やさないと街道からすぐにも見える距離に出てくるらしいんです」
歳相応の高い彼女の声に意識を戻すと、吹きこんだ風が俺たちを包むところだった。彼女の肩甲骨付近まで延びている髪は亜麻色のように見える。光の具合で少し色合いが変わるのだ。少し金髪でも混じっているのだろうか?
それはそれとして、以前酒場で聞いた噂は本当のようだ。魔物の襲撃であるとか、目撃数が世界中で増えているらしいという話。冒険者としては上手く動けば稼ぎ時ではあるのだが、危ない目にあうことも増えるということになる。
「それでもよ。最近まで平和だっただけで、前はこんなもんだったっていうしな。皆、慣れたものさ」
「そうか。戦いがある分、経済は動いて武具は売れ、そのためにいろんな商人が行き交って賑わう……か。適度な刺激を市場は望む、か」
「難しいことはわかんないけどさ、強くなれそうなのは歓迎!」
クレイが元気良く叫び、剣の柄を掲げて見せる。そんな彼らの装備には思ったよりも痛みが少ないように見える。最近こなしている物は、傷つくことはあっても対処しやすい難易度に留めてる証拠だろうか?
ただ、髪の毛も最近は冒険続きなのか、ぼさぼさだ。
「おいおい、身だしなみも注意だぞ?」
「そうですよ! ジェームズもクレイも、いっつもほうって置くとすぐこうなんです」
からかい半分で言ってみたのだが、どうやらアタリだったようでコーラルが膨れる。その姿はぱっと見はその辺りに一般人としていても不思議じゃない容姿なのに、こうして冒険者をしているというのはいつ見てもファンタジーだ。
勿論これは魔法使いのような肉弾戦をしないタイプだからであって、武器で殴りあい、斬りあうタイプは大体は見た目に比例する。俺自身は意外と引き締まっているのさ、と答えることにしているがジェームズやクレイに限らず、どの冒険者も大体は一目見てどの程度鍛えられているかわかる体つきだ。
この理由は恐らくはステータス。筋力が上がればそれは筋肉が増えた、という結果を導き体格が変わる。筋肉が増えたから筋力の値が変わる、ではなく先に値が変わるだろう状況が面白いところだな。
「いーんだよ。依頼と戦いに問題がなけりゃーな」
「ま、程ほどにな。おお、そうだ。コイツ、使ってみてくれないか」
俺は腰に下げた3本のナイフ、そして缶ジュースほどの大きさの塊を懐から取り出す。作業の合間に作った使い捨てのバフアイテムたちだ。使い捨てとはいっても上手くやれば長持ちするだろうがな。
「何々? 新しい武器?……ナイフじゃん」
「ナイフは大事だぞ。ま、ナイフが役に立つ状況にはなりたくないがね」
手元を覗き込み、あからさまに落胆したクレイを見やりながらも、俺は3本のうち1本をコーラルに手渡す。すると、すぐさま驚いた表情になるコーラル。予想外の感触と、力を感じたのだろう。やはり、魔法使いと特殊な武具達は相性がいいのかもしれない。
「お守りには、なりそうだろ?」
「ええ。結構高いんじゃないですか?」
一言、コーラルに言うと彼女もわかっているようで、そんな心配をしてくる。実際、もしも売りに出すとしたらそう安くない値段になるだろうな。これはもう、身内価格同然だ。この世界でも作れるかのお試しも込めてであるが。
「意外と溜め込んでいるのさ。ほら、ジェームズも」
「ん? コイツはどっかにぶら下げて置きゃいいのか? 使うには向かないだろ?」
俺とコーラルの会話で何かを感じたのか、ジェームズもそんなことを言ってナイフを手にとって眺めている。やはり普段刃のある物を使うだけあって、ナイフそのものが斬るためのものじゃないことを見抜いて見せた。
「その通り。これに使ってる素材は、すこーしだけど魔力を溜め込んでおける。ついでに、それを元にしてそばの生き物が少し活性化するんだ。言ってしまえば元気の元、かな」
簡単に言えば、装備してるだけで効果を発揮する自動回復バフを付与する装備だ。と言っても実は地面に挿し込むことで周囲の土壌へもいい影響を与えるというフレーバー設定があるので畑にも良かったりする。本気で素材も変えれば不眠不休でも体力的には問題ないような効果になるが今回は本当に少しだけ、だ。それでも……。
「命のやり取りをするときには、一回の回避、一回の耐久が決める時もあるからな。助かるぜ」
ぽんっとナイフをしまった辺りを手のひらで叩き、ジェームズが笑う。気に入ってくれたようで何よりだ。ゲームではスキルなどを持たなくても自動回復はあるし、需要はあまりないのだがこの世界ではどうかと思っていたのだ。
「で、これはここを押して魔力をぐぐっと込めて投げつけるとものすごく光る。それだけだ」
再びコーラルの手に筒を渡す。大体缶コーヒー程度の大きさだ。これもあまり需要は無かった物だが画面範囲内のMOBを一定時間気絶させ、無防備になるアイテムだ。相手が強すぎると効果が無かったり、すごく短くなる、そんな奴で、アップデートによる仕様変更で序盤にしか効果の無かったアイテムだが、この世界にそんな設定がないとは思うので使い道はあるはずである。
「……はい!」
戦いにおいて、前衛は当然戦線を維持し、戦い続ける必要がある。後衛となる弓や魔法を使う人間は、なんだかんだと全体を見ておかないといけないものだ。そんなところをコーラルはわかってくれたらしい。別に爆音が出るわけでも、ダメージがあるわけでもないが、使い道は色々あることを考えて使って欲しい。
そうしてしばらく会話を続けた後、立ち去る3人を見送る。俺も次は何をやろうか、そう思いながら中に戻るとちょうどこちらに来るキロンと目が合う。
「少し、頼まれて欲しいんだが」
「別にかまわないさ。それで?」
何でも依頼品を届ける予定だった職人に、名指しで別件の用事が入ったらしく、誰かに届けてもらおうということになったらしい。丁度手があいたのが俺だったということだ。
届け先は繁華街にある店の1つ。どうも店で使う道具の修理依頼だったらしい。
「届けたらそのまま適当に上がってくれて良い。早く片付けてくれたおかげで余裕があるからな」
キロンのありがたい言葉に頷き、依頼品となる荷物を預かる。説明は受けたが中身は見ないのがマナーってものだ。届け先を確認し、徐々に夕焼けが迫る街へと繰り出す。
「ほろ酔いの夕闇というのもいいもんだな……と行きたいところだが酔えないのは少し不便だな」
届け先で、お礼代わりで貰った一杯が思ったよりも強かったのだがステータスの高い今の体はまともに酔ってくれない。多少違和感はあるが、それでも微々たるものだ。ふらつくことのない足取りで、賑わい始めた繁華街を歩く。
このまま帰ってもいいのだが、せっかくなのだからどこかによって話でも……そう思った時だ。誰かの、声が聞こえた気がした。もちろん周囲は騒がしく、声なんてのはたくさん響いている。そう言う物じゃなく……こっちか。
「まあ、お約束だわな」
声は聞こえてこないのだが、視界には路地に入ってすぐあたりに連れ込まれたらしい女性の姿と、それに付きまとう男という繁華街にはよくありそうな構図が展開されていた。
見てしまったからには放っても置けず、さっきの声はこれだったのかなあと思いながらわざと足音を立てて踏み込んだ。
「なんだ、テメエ」
「そういうプレイだったら申し訳ないけどな。お客さん、おさわりは厳禁ですよっと」
俺にからかわれていることは伝わったのか、既に酔っぱらっているらしい男は俺にそのまま殴り掛かってくる。殴り返すのも面倒くさく、そのまま体をひねって足を引っかけ、男を転がしてやった。
そしてそのまま腰に下げたままの長剣で鞘ごと胸元あたりに突き付けてやると、這うようにして男は去っていった。もう少しやれるように感じたのだが……さて?
「なんともあっさりしたもので。さて、怪我はないかい……お嬢ちゃん?」
「誰がお嬢ちゃんよっ!」
遠くから見た限りでは夜の蝶だと思い、声をかけたのだが近くで見るとやや幼さを感じる見た目だった。少女と呼ぶには子供ではないようだが髪の毛は長く、服装は色街の住人であることを主張するような扇情的な物なあたりは本物のようだ。
「悪い悪い。出勤前だったってことでいいか?」
「え、ええ。よかったら来ない?」
袖触れあうもなんとやら、適当に入るよりは彼女から話を色々と聞きだせそう、そう判断した俺は彼女に案内されるままについて行くことにした。賑わう町中を通り、ついた先はその意味では普通の酒場。
こういった場所に相応しく、夜の蝶相手に飲む店という点で、だが。
(となると俺は同伴出勤ってことになるのか。仕組みは異世界も似たようなもんか?)
元の世界ではあまり通ったことは無いが、そう気にすることでもないかと思い直してそのまま腕を引かれ店の中へ。既に賑わう店の雰囲気を味わいながら、彼女と個室で向かい合った。
恐らくは魔法の灯りを使っているであろう店内は雰囲気が出ている。ここに来るまでに見たやり取りからすると……飲んだ後の関係も込みの店のようだ。
「こういうの、嫌だった?」
「知らない年じゃないからな、問題ないさ」
まずは乾杯、そしてあれやこれやと無難な会話が続く。俺は途中で来た目的でもある最近の情勢やら面白い噂でもないかと切り出すことにした。
「そうね……あんまりおもしろい話じゃないかもしれないけれど、行方不明者が見つかったとかの話は最近ようやく聞いたかしら。後は……遺物をいくつも持った人がいるとかどうとか」
「なるほどな……」
遺物を持った人、というのはもしかしたら俺のことかもしれないな。職人たちからそんな話が出ていてもおかしくない。
「お金の稼げる話と言えば外で街道の邪魔をする魔物を倒すぐらいかしら? というか私が儲かるなら儲けたい気分よね」
「ふむ? 何か欲しい物でもあるのか?」
良い服が欲しいといった話ならよくある話であるが、彼女から飛び出したのはややこういう席では相応しくなさそうな話題だった。彼女には妹がいるらしい。妹に良い暮らしをさせたいが……とそういうわけだ。それにしても、彼女はお酒に強いんだな。さっきから強めの物ばかり注がれている。ここであまりにも酔わないのも不自然だろうか。
(適当にフリをして切り上げるか)
ボロが出ないうちにとわざと熱くなってきたとばかりに襟を緩めたりしていくと、彼女も満足そうにうなずいて体を寄せて来た。外ではおさわり厳禁と男を追い払っておいてどうかとは思うが、そういう店ならば仕方ないな。
「ねえ。この後時間ある? よかったら……」
「俺は構わないぞ」
一瞬、怒った顔のコーラルが浮かんだが怒られるのはクレイたちだけにしておいてもらおう。俺の快諾の返事に、笑顔を浮かべた彼女の腕のぬくもりを感じながら店を出、歩きだす。てっきりあの店にそういうスペースがあるのかと思ったが、別の店に向かうようだ。
「せっかくだし、ゆっくりできるところが良いじゃない? あっちだと騒がしいもの」
「それは確かに……」
他の騒ぎが聞こえたほうが燃える、という人もいるとは思うが俺はどうせなら……そんなことを思いながら歩いた先、彼女の足が止まったのは灯りの少ない建物だった。飲みなおす店、ではなくそういう建物、になるようだ。
「ここよ。系列店なの。ちょっと着替えてくるから先に入っててよ」
「ああ」
彼女と別れ、中に入ると何故か受付のいない入り口。そういうもんだったかな? 数歩進むと、その不思議さに気が付いた。ここは……人の気配があまりない……それに静かすぎる。いくらそういうための建物といっても完全に防音が出来る様な技術はまだこの世界にはないだろう。
幾ばくかの疑問を抱えながら、俺は奥へと進み、扉を開ける。瞬間、明かりが消え去る。そして唐突な殺気。その攻撃で直撃を受けなかったのは偶然といっていい。もしくは、これまでの経験によるなんとなくなまさにカンか。ともかく、俺は半ば無意識に前方へと飛び込みながらでんぐり返すことで、左右から襲い掛かってきた刃の直撃を回避した。
「くっ!」
それでもかすったようで、鋭い痛みが両肩に走った。魔法を唱えるのももどかしく、俺は魔法の灯りを発動させる。何も無いがらんどうの部屋に、二つの人影。ひとつは先ほどの彼女、二つ目は……男だ。男のほうが近く、10mも無い。どちらも動きやすそうな、言い換えればどこかはるか遠くの土地にいた忍者を思い出させる。つまるところ……。
「暗殺者?」
俺のつぶやきに、2人が構えを改める。俺も背後に右手を回し、隠していたかのようにアイテムボックスから適当にショートソードの類を取り出した。と言ってもまずは色々と聞きだしたいところだ。相手がそうしてくれるかは別として……。
「答えるわけ無いか。じゃ、いいさ」
言葉の軽さとは裏腹に、そのまま近かった男のほうへと一気に距離を詰める。手加減はしない……するだけ意味がないだろう。男も素早い動きで俺へと襲い掛かってくる。恐らくは確実に仕留めるべく急所を狙ってきている。訓練された、確実な攻撃だ。だがそれゆえに、わかりやすい。
響く金属音と確かな手ごたえ。確実に受け止めた感覚が俺の考えが正解だと教えてくれる。俺の首や胸を狙った正確な一撃を、防ぎきったのだ。こうなると、相手の技量が見えてくる。そこそこ優秀だろうが、基本に忠実過ぎる!
「ふっ!」
気合一閃、相手の構えた剣ごと跳ね上げると無防備な首元が現れた。迷うことなく返す刃をそこにすべり込ませ……横合いからの彼女の剣がそれを防いだ。むしろ男より彼女の方が動きが早いのではないだろうか?
わずかに間合いを取られ、そのまま連携で襲い掛かってくるだろうことを感じた俺はコーラルにも渡した道具を手に、そのまま壁に投げつける。瞬間、弾けるそれからあふれ出る閃光。わかっていた俺は無事だが、相手2人はそうではない。男に襲い掛かり……なんと、顔を覆ったままだというに男はそのまま飛び上がった。振るった剣先がわずかにかすったがその程度だ。
「……どうしたもんかな」
男を追おうにも土地勘のない俺が追いつけるとは思えない。それよりは部屋に残っている彼女、さっきの閃光で気絶してしまった相手から話を聞いた方が早そうだった。
「気絶させた女の子のそばで月を見ることになるとはねえ……」
一応縛り上げ、起きてくるのを待つことにしたが、元々ほとんど酔っていない体から完全に酔いが抜けたのを感じる。かといって宿に戻って寝ようという訳にもいかない。俺は、狙われたのだから。
彼女からはどうにかして情報を聞き出す必要があるのかもしれない。それこそ、人には言えない手段ででも……だが、そういった手段はとれそうになかった。
「人……か」
モンスターとそう違わない、それでも何かが決定的に違う感覚に俺は彼女へと何かを行う気力が一時的にうせていた。ともかく、無事に縛り終えた俺は壁に背を預けて息を吐く。灯りの魔法が切れたのか、周囲には男が破った窓からの月明かりだけがあった。




