045.「暗闇よりの叫び-2」
教会関係者であるミストからの行方不明者の探索依頼を受けた俺達。あまり出入りの無い様子の地下水路に突入し、そこそこの距離を進んだ。今のところは、行方不明者や魔物には遭遇していない。
時折行き止まりにぶつかりながら、地道なマッピングを行いつつ、大きなねずみや虫以外には特に遭遇せず、時間だけが過ぎていった。要所要所に光取りか、ゴミでも投げ入れる場所なのか、日が差し込む場所もあり、そこにはわずかながらも草花が生え、不思議な空間を作り出していた。
時には大きく崩落して、外に出れそうな場所もあった。人気のある街中に穴が開いていれば騒ぎになるだろうから、ここはそういう場所ではないようだった。どうやら放置された土地はいくつもあるようで、上空からこの街を見れば意外と荒れてるように見えるのかもしれない。
(こいつは、思ったより面倒だな。出入りしようと思えばあちこちから可能か)
加えて天候の悪い時などには、あちこちから雨が注ぎ、きっと濁流に近い状態に違いない。再びマテリアルサーチを行うと、明らかに遠くに伸びていく道。この道は街の外へと伸びているように思える。隠し通路の1つや2つあってもおかしくはないが……。
「待て。何かあるぞ」
「え? うわ……何、これ」
2人の声に視線を戻し、そちらに向かうと暗がりに何かの塊が見える。大きさは大人一抱えほど。球体のようだけど、壁に張り付いている。剣でつつくとぬめる感触が返ってきた。自然の物では……無いようだ。
(これは……粘液? スライムか)
「面倒な奴がいそうだな。スライムじゃねえのか?」
「えー、あいつ強いよ……」
中にねずみと思わしき骨だけが残っているのを3人も確認し、顔をしかめるコーラルの声を代弁刷りかのようにジェームズたちが呟きあう。相手の厄介さは3人もよく知っているようだ。
――スライム
旧時代からゲームなどにオーソドックスな敵として登場する奴らだ。時には最弱、時には厄介者、となる存在だがMDにおいては後者、正しくは初心者キラーという形になる。大体が大きく育ち、多少の傷は致命傷にならない。コアとなる部分を破壊しない限り、すぐ再生してしまう。
時には分裂したり、爆発したり、魔法を使うものもいるというのだから恐ろしい。基本的には獲物を取り込み、酸で全て溶かすか、スポンジのように体液を吸い取るか、という流れで襲い掛かってくる。下手に取り込まれれば、四肢のいずれかは犠牲になること請け合いである。
槍のようなリーチのある武器でコアに挑むか、数名で囲んで回復速度以上のダメージを狙うか、魔法を使うか。いずれかがよくある対処法だ。そう考えれば、4人いて魔法使いもいるこのメンバーなら大丈夫だろう。そう、普通ならば。
「っ! 右っ!」
俺は耳に届いた、決してただの水ではない物音にすぐさま体の向きを変え、警戒する。横幅の広い通路。その奥に、何かがいる。ゆっくりと、赤い光がマップを動き出した。マップ上には突然現れたから、そういうことが出来るのか、あるいは……。
「いよいよお出ましか?」
「わかりません。灯り、行きます!」
コーラルが気合一発、魔法の灯りを何かの方向へと投げつける。結論から言えば、コーラルとしては大失敗だったといっていいだろう。俺自身も、いきなりは直視したくなかった。
「うわっ!?」
クレイの叫びも短い。ただ、全てが集約されているといっていい。魔法の灯りに照らされたのは、3mほどもあろうかという黒い大きなスライム、そして中に取り込まれた男性の干からびた遺体だった。
魔法の灯りに照らされ、その視覚的なえぐさは増している。スライムは何かに夢中なのか、こちらに向かってくる気配は無い。その間に俺は一応、犠牲者の観察をする。コアの位置からして、スライムの背中側に来ている犠牲者は当然死亡しているようだ。瞳があった場所が、虚ろな空洞となって4人を見つめている。
都合3匹見えるスライムの1匹の体内には朽ちかけた手斧、そしてぼろぼろになった皮鎧。恐らくは例の冒険者で間違いは無いだろう。良く見ればスライムの足元には何か動物のようなもの。野良犬か何かのようだ。どこからかやってきたこのスライムは地下水路の動物を餌に生きているということだろう。
「……やるか」
「そうだな。コーラル、炎系統の魔法を思いっきり。俺達はその後に仕掛けよう」
スライム系統には炎が1番だ。蒸発するかのように、その体を溶かしていくのだ。後に燃えカスも残らないから彼女的にもちょうどいいだろう。
「はいっ! 強く輝け! 熱き熱波! レッドウェーブ!」
気合一発、ゲームでも良く使われていた炎系統の範囲魔法がコーラルによって放たれ、通路の奥にいるスライムへと襲い掛かる。中の犠牲者ごととなってしまうが、仕方が無い。
気配に慌てて向きを変えるスライムだが、間に合うはずもなく、その巨体を炎が包む。叫びなのか、良くわからない音を立ててスライムが身をよじり、徐々にその音も小さくなっていく。
そして、沈黙。水路としての異臭のする通路に、冒険者の遺体と、動物だった何かが残り、コアを含んだ塊が残った。スライムだった跡は不思議と残らない。思った以上に魔法は効力を発揮し、武器で何か行うまでも無く一般的には回復しようが無いレベルまでスライムを削りきったようだ。
都合3匹、一回に仕留められたことは幸運と言える。こいつらは結構な勢いで繁殖するからな……。問題はまだマップは赤い点が見えることだ。四匹目がいるはずだ……。
「終わったな。遺品を回収しようぜ」
「そうだよね、返してあげないと」
俺が考え事をしている間、2人がそんなスライムのいた場所へと近づき、冒険者の遺品を回収し始めた。
出来れば遺体も何とかしたいところだが、運ぶ手立ても無いので後でミストか教会に届け出るようにしよう。
警戒しつつも手伝おうと俺も1歩踏み出した時、コアの数が足りないことに気が付いた。地面に転がるのは2つ! じゃあ残り1つはどこに行ったのか。マップには赤く光る点はあるものの、距離が近すぎてはっきりしない。
「まだいるぞ!」
叫びながら気配と反応を探り……壁の隙間を見つける。見つかったことに気が付いたわけではないだろうが、タイミングよく飛び出してくるスライム。だが、普段なら届かないコアも、狭い場所から出てきているためか伸ばされた麺のようになった体では手の届くところにいた。
「やらせないっ!」
近くにいたクレイに迫るスライムの細くなった体。彼をそれが貫く前に、抜き放った俺のシルバーソードがあっさりとコア部分に突き刺さり、両断する。途端に今度こそ終わったのか、どろりとコアごと黒い汚水となってスライムは溶けていった。
「あの一瞬で避けるなんて……ここのスライムは強いですね」
コーラルの言葉どおり、あの状態からまさか隙間に逃げているとは驚きだった。咄嗟の判断力なんかスライムには本来ないはずなのだが……そういう個体だったのか、もしくは……。
「お? なんか扉があるぜ」
「本当だ。……開けて見る?」
少し進むと、隠れたような位置に人の背丈ほどの扉。素材は何かの石材のようで、周囲に溶け込んでいる。良く見ると最近にも動いたような感じがする。埃が少ないのもあるし、色が違うのだ。安全面から言えば、あけるべきではない。依頼そのものは既に達成なのだから。
だが……。
「ここで引き下がっては冒険者じゃないよな」
「そう……ですねえ。もしかしたらこの人も中に1度は入ってるかも」
ゲーマーだった頃の気分が俺を後押しし、コーラルもそれに続いた。ジェームズたちは聞くまでもない。ジェームズとクレイが左右に陣取り、俺はゆっくりと扉を開いていく。
そこは何かの部屋だったようで、朽ちた樽やテーブル、棚などが散乱していた。
「祭壇がありますね。ここ、教会関係の部屋だったんじゃないでしょうか?」
コーラルの指差す先にあるのは、マテリアル教の教義を示す精霊と世界の融合を表すオブジェ。扉と違い、中のあれこれは使われた形跡も、掃除された感じもなかった。
「特にめぼしいものはなさそうだ。帰ろうぜ」
「なーんだ……」
「何、教会からすれば貴重な研究対象かもしれない。諦めるには早いぞ」
俺はそういって2人を元気付け、帰りを先導する。最後に扉を閉める際に、思い立って精霊に呼びかけてみた。心の中で、だが……すると、空間にぼんやりと浮かぶ光たち。どうやら成功したようだが……それだけだ。声が聞こえるでもなく、姿がはっきりと見えるでもない現状では事情を聞くこともできない。
結局のところそのまま戻ることになり、帰り道はスライムに遭遇することも無く、無事に地上へと戻ることが出来たのだった。




