042.「先に見える物-4」
その日の目覚めは既に始まったらしい作業の音から始まった。俺が寝坊したわけではないと思うが……仕事熱心な人がいるのか、それともそれだけ納期がまずいのがあるのか。
手早く着替え、工房に顔を出すと俺以外にもまだ作業を始める前の職人が何人もいた。どうやら食事の音を作業の物と勘違いしたようだった。
「おう、おはよう。飯はあっちだぜ」
昨日も見た覚えがある職人の1人が気さくに声をかけてくれ、向かった先は勝手口のような入り口のそばにいくつもテーブル、水場が用意された場所だった。職人達がテーブルに集まり、思い思いに語り、食事をしている。
外には小さな台車に食べ物たちを乗せたものが数台。どうやら毎朝の事と言うことで屋台のように相手から出向いてきてくれているようだった。俺も適当に果物とパン、乾燥しているベーコンのような肉を買い求め、テーブルに戻る。
パンに肉を乗せて一口。思ったよりも堅い……酵母なんかはあまり流通していないようだ。それでも今の俺なら問題なくかみ砕ける。モンスターと戦えるステータスは伊達ではないのだ。肉はなじみのない味だ。豚でも牛でもない。この世界独特のものだろうか? よくよく考えれば牧羊や牧畜といったものは見たことがない。あるにはあると思うが、特に散策をしていないのが痛かったな。
(まだまだ世界そのものには知らないことのほうが多いな)
生活環境は特にまだ知らないことが多そうだと考えながら、話しかけてくる職人に、これからよろしくという意味を込めて答えていく。若い職人からかなり老齢の職人までいるが、彼らに共通しているのは希望のある瞳。ここで頑張ろうという気持ちが伝わってくる。
話によるとここは豪快なものから、繊細なものまで結構幅広くやっているようで、単独の工房というよりは個人個人の職人が寄り集まっているような形らしい。買う側からしても、あちこち廻らずにすみ、依頼も安全にしやすい、ということだ。売り手としても出し抜くということは難しいだろうが、安定して過ごせるという点ではメリットが多いのだそうだ。
食事を終え、今日は何をするのかとキロンの元へ行くと、一抱えほどある木箱を運ぶことを指示される。同じような物がたくさんあるから素材か何かなんだろう。
「中身は炉で燃やす奴さ。毎日使うからな、大切なものだ。ああ、持って行けるだけでいいからな」
(全部アイテムボックスに収納……はやめておくか)
恐らく禁止されているわけではないだろうが、容量がばれるのもあまりよろしくないと考え、普通に運ぶことにした。どこにいくつと記されたメモを頼りに、台車へと必要量を乗せていく。
気になって少しあけてみると、石炭のように見えて少し違う物が見えた。どうも普通の化石燃料のようには見えない。だが、俺自身は使った覚えがない物で、この世界独特の物だろうとあたりを付けた。普通に石炭だとすると、燃やし続けるのに結構量がいるはずだが……。
1つだけ黒い欠片を手に取ると、植物の果て、と出た。文字だけ考えると、石炭でよさそうだが、何かが違うのだろう。こんな状態でも精霊がいるのか、はたまた何かがあるのか。
運び終わったら聞いてみようと思いつつ、向こう側が見えないほどに積みあがった台車を動かしていく。見えなくてもマップの光点は人の位置を教えてくれるし、俺自身が気配を感じられるから問題ない。
道中、すれ違った職人や客と思われる相手は不思議そうに俺を見ていたが何故だろう? 見慣れない顔だからか?
「燃料持ってきたぞー」
「おう! えーっと……左の奥に頼むわ! 同じ様なのあるだろ?」
こちらを振り返らずに叫ぶ職人に苦笑しつつも、言われるままに向きを変えると確かに同じような木箱が。1つは蓋が開いているから使いかけということだろうな。
「わかった。3箱でよかったな?」
「ああ、たの……む?」
今度は返事をしながら振り返った職人の動きが何故か止まる。ここじゃまずかったのだろうか? なぜかごしごしと自分の目をこすっている。
「ん? どうかしたのか? ゴミでも入ったか?」
「い、いや。結構力あるんだな。俺も持てなくは無いけど、腕が震えちゃうぜ」
言われ、改めて木箱を見ると……確かに何もないと重いかもしれない。俺にはそんなでもなかったが……このあたりは一般の感覚がもうわからないのが問題だな。鍛えてるんだよ魔物相手に、とだけ答えて納得してもらった。
他の届け先にも同じ様に運び込み、倉庫のような場所に戻ったところで部屋の隅に、精霊がふわふわと集まっているのが見えた。
(ん? 何かあるのか?)
歩み寄っていくと、布がかぶされたうず高い一角に精霊が出入りしている。徐に布をどかすとたくさんの木箱。在庫か何かか?と思ったが少し違う。蓋を開けてみる限りでは材料であったり、細かい雑貨であったり。そんな中に少し周囲と比べて汚れた様子の木箱。埋もれた様子で、どう見ても周囲の木箱と混ざっている。横に何か書いたものが貼ってあるのが見えた。
「何々……おお?」
良く見ると、日付はすぐ先だ。文言からして、何かの依頼のようだが……。周囲には明らかに時期の違う箱、そしてこの期日。他の木箱はこんな期日が書かれているものはない。
「……これ、まずいんじゃ?」
近くの職人に聞いてもいいが、もし見た通りなら責任者に伝えたほうがいい、そう判断してキロンを探すことにした。後で怒られるかもしれないが木箱は台車に乗せてそのまま運んでしまおう。見つけた時そのほうが話が早い。
廊下に出、一度見かけた場所に向かうとキロンはまだそこにいた。
「おう、ファクト。終わったようだな、なかなか力持ちらしいじゃないか」
「ありがとう。ところで、倉庫でこんなの見つけたんだが」
台車に乗せた木箱を指差すと、キロンだけでなくそばの職人たちも覗き込み……一斉に変な顔になった。やはり、これはこのままではまずいもののようだ。
「うげっ、なんだこりゃ。おい、これ誰が受けた奴だ!」
「俺じゃないっす。あー……あれじゃないですか、去年、貴族が無理やり押し込んできた大量の依頼の中の1つ」
キロンが慌てて木箱にはってあった紙をはがし、職人達に見せると口々に否定の言葉が飛び出してくる。そんな中、一人の職人が放った言葉に俺以外の全員が固まった。
「あ、あいつか……確かにあいつの依頼は他もこんな字だったな」
「俺も手伝った方がよさそうか?」
キロンの手元にある紙を覗き込みながら聞いてみるが、聞く限りでも既に厄介そうだ。素材が問題なのか作る物が問題なのか……恐らくは後者だろうが、一体何を作る依頼なのだろうか?
「ああ、物好きの貴族が他の町にいてな。時折結構珍しい素材で作ってくれってな形で依頼に来るんだ。金払いは上客なんだが、数が多いことが多くてな」
見せてもらった内容からすると今回の依頼は、同封の素材によって同一の燭台を多数、ということらしい。ただの燭台ではない上に、数が結構多いわけだ。
「悪いな、手伝ってくれるか?」
「勿論、とりあえず1個、作って教えてくれ」
形も統一しないといけない以上、スキルでいきなり作り上げるのも難しい。まずはサンプルが欲しいところだ。俺が好き勝手に作るわけにはいかないからな。
「当然だ! よし、近い依頼を持っていない奴を集めろ!」
キロンの指示の元、職人達があわただしく駆け出していく。不思議と、こうして一緒に動いていると急に仲間になったように感じられるから人間は面白い、そう思いながら俺も過去に作った物から似たような物が無かったか、思い出しにかかるのだった。




