040.「先に見える物-2」
普通、この工房に限らず何かを作るという技術の必要な場所はそうそう部外者を見学等させはしない。紹介があって初めて交渉の舞台に上がれる、といったところか。そう考えるとここは気前がいいのか、よほど紹介状が効いたのか……まあ、どちらでもいいか。
順番に行くとぞというキロンについていく。こうしている間にも製作の依頼が入ってきたり、その依頼を終えた職人が棚に武具を置いていったりと、なかなかに騒がしい。
「ここが小さい奴を主に担当している場所だ」
キロンについて奥のほうに行くと、熟練の空気をまとった1人が、熱くなっているであろう金属にハンマーを振り下ろしているところだった。大きさからして槍の穂先に思えるソレが、確実に形になっていく。俺の目には回りに精霊であろう小さな人影が見えていた。
どこか戸惑うような、道路を渡るタイミングを計っているかのように見える。職人がハンマーを振り下ろす際に時折、1匹(?)が飛び込んでいく。
「よし、これでいい」
職人がつぶやき、作業は区切りのようだった。まだ周囲には精霊が残っているところから、もったいなさを感じるがこれが恐らく、一般の職人の事情なのだろう。精霊を活かし切ればもっともっと良い物になるのだろうが……。
「他にも大きさや作業によって作業場所が違う。それらで作られた武具はこっちで受け取りまで待機、その後販売や受け取りにまわされるわけだな」
修理や製作の依頼のルールなどを聞いていくと、俺が思った以上に、体制が整っているようだった。ますますタダで見学するのが申し訳なくなってくる。何かお礼をした方がいいのだろうかと思うぐらいだ。
「おお、そうだ、いいものを見せてやるよ。こっちだ」
「なんだ? 魅力的な彫刻でもあるのか?」
「ジェームズ、それは多分無理だと思うよ」
確かにこういった場合に裸婦像なんてのは定番であるが、俺も恐らくそれは無いだろうなと思う。見える限りでは実用性のあるものを主に受けているように感じるからだ。もっとも、だからこそとっておきは……なんてこともあるかもしれないのだが。
コーラルが静かだなと横を見ればずっとキラキラした様子であちこちを見ている。場所的にはクレイのほうが喜ぶかと思ったが意外な話だ。何が気に入ったのかはわからないが、楽しんでいるならなによりだ。
案内された先でキロンが扉を開けると、空気の違う武具達が立てかけられた棚、そして大きな箱。箱は金属製のようで、何か魔法がかかっているような気がする。大きさは人ひとりが入れそうで、見る限りでは棺桶とも見間違えそうだ。
「これ、保存に使う魔法ですか?」
「おう、お嬢ちゃんは魔法使いだな。それがわかるってことはそれなり以上ってことだ。その箱には乾燥やらの魔法がかかってる。地味だが保管には最適さ、普通に置いておくと……錆びちまうからな」
そう言いながら笑顔だったキロンの表情が改まる。大きな箱に手を置き、そのまま部屋の周囲を見渡し始めた。俺たちもつられてそうしてみると……よく見ると1つ1つが丁寧に飾られ、埃を防ぐためか布はかぶされているが槍や斧、あるいは籠手だろうといったシルエットが見て取れる。
「この部屋にあるのは先祖代々の……とっておき、だな。性能はそうでもないが、技術的には参考になる、そんな奴らが多い。で、この中にあるのはとっておきだ。見るだけでもいい経験になると思うぜ」
真面目な表情でキロンが箱から持ち上げたのは、半ばから折れた剣。誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。きっとジェームズかクレイだろう……そう思っていたが、息を呑んだのは俺だったようだ。
元はもっと長かったんだろうな、とか、随分と金色に近いなとか、そんな感想が浮かび、別の感情に上書きされる。その感情は……なつかしさ。俺は……これを、知っている?
恐らくは両手剣だったであろうそれの残った刃が放つ力、柄や握り手に潜む堅牢さ、それらが壊れている今も尚、伝わる。
「何十年も前にとある山の遺跡の奥から見つかったものだ。製造年代は不明。状況から神話時代とも言われている。修復しようにも素材も製法も不明。下手に弄ればさらに壊れるかも、とあっては触るぐらいしかできないって代物さ。持っても呪われるとかが無いのが救いだな」
「遺物ってことになるのか?」
「それすらわからん。カンでよければ、そうであろう、ぐらいは言えるけどな。少なくとも、存在自体は遺物と呼ばれるに値する物なのは間違いない。持ってみるか?」
思ってもいなかった申し出に俺は慌てて頷き、恐る恐る剣に手を伸ばす。触れる直前、躊躇した。貴重なものだからという意味合いではない。予感、だった。きっと俺のこの世界での人生が向きを変えるだろうという……予感。
そして、それは的中した。手にしたとたん、この世界にきてからは自分の作ったものでしか感じなかった感覚を味わっていた。店売りの量産品と、プレイヤーメイドの違いと言えばわかるだろうか? とにかく、感じるのだ……これが、俺と同じような人間が作った物だと。
(壊れていることは壊れている……か。直せるか?)
直る前のコーラルの持つ杖、眠れし森に感じていたこの喪失感。間違いなく武器としては性能を発揮できないが、そこには確かに感じた。この武器は、まだ死んでいない。
明確に見た目が良いだとか、すごい性能があるだとか、そういったものではなく……何がどうというものではないのだが、どこかに引っかかる感覚。剣を手に取り、おそらく俺にしか見えないであろうアイテムのウィンドウを生み出し、情報を確認していく。
━壊れたライトニング・ザンパー━
雷属性でも付与されたのか、はたまた速度重視なのか、壊れた状態では正確な付与性能はわからない。だが、読み進めていった情報の中に俺が硬直するだけのものがあった。
【製作者:古老の庵】
これまでに出会ったそこらの武器には、人間、などとしか記載されていなかった項目。そこに記された固有名詞。俺には覚えがあった。勿論、この世界でも現実世界でもない。
それは……ゲーム内部での知り合いの名前だった。
まさかこの世界でこんな名前を付けられた人間がいるわけもないだろう。一瞬にして脳裏を廻る当時の彼との思い出。見た目は親子のように違い、実際には親友として語り合っていた相手の名前は、それだけで俺の動揺を誘うのに十分だ。
だが何故だ?
(ここはまだゲームの中なのか? それとも夢なのか?)
色々と覚悟を決めたはずの俺の心が揺さぶられる。似たような変な世界、だけであれば問題なかった。だが、これはなんなのだ? ゲームが1000年も続くはずがない。かといってこんなリアルなアップデートがあるはずがない。いや、認めよう……俺だけではなかったのだ。
「どうだ?」
「あ、ああ。すごいな。直してみたいが、どこから弄った物か……」
簡単に感想をいい、剣を返す。本当は今の状態でも手にしていたいが、あまり長くても心配させてしまうし、そもそも譲ってもらえるような価値でもないだろう。
「よし、俺達はこれで依頼を探しにいくぜ。ファクトはゆっくりしていけよ」
「それならカウンターで相談してみるといい。輸送の護衛だとかはいつでも募集中だ」
渡りに船とばかりに、キロンの提案に頷いて、ジェームズたち3人は先に部屋を出て行く。その背中を見ながら俺は動揺した心を整えていた。目の前にあるものはまずそれを受け入れるべきなのだ。
(これが胡蝶の夢だろうとかまわない。現実であれば必死にやるだけで、夢だったとしても良い夢になるようになれば良い)
状況は俺一人がわめいたところで変わらないのは間違いない。そう考えた俺は、悲観的になりそうな心の向きを変え、ある意味開き直ることにしたのだった。他にもプレイヤーが携わったであろう何かが見つかるかもしれないし、強力なアイテムへの手がかりがどこで出てくるかもわからないのだから。
英雄たちの種をまくのに、素材やきっかけは多い方が……いいはずだ。
「よし、キロン。しばらくお世話になることにしたよ」
「おうよ。まずは、お前さんの腕を見せてもらわないとな」
俺の表情をどう取ったのか、キロンも真面目な声のまま頷き、新しい俺の、俺がやるべき戦いがまた始まる。




