038.「夢の跡」
教会の地下で行われていた奇妙な儀式。その犯人である青年だったものは衣服と、それに包まれたミイラのような遺体だけになった。力を使い果たしたのだろうか?
指や首元には身につけていたであろうアクセサリーが灯りを反射して輝いている。
「おや、あの指輪は……ジェイス君、あの子のじゃないのかい?」
「そうだ……な」
あまり見た目のよろしくない遺体にしゃがみこみ、その老人以上に細くなってしまった青年の指先を手に取る壮年の男性……ジェイス。灯りに照らされた表情は怒りとも悲しみともつかない微妙なものだった。
「あいつと揃いになるようにと作ってもらった誓いの指輪……。事件を起こしたのは彼、娘の物を身に付けたままなのも彼、一体何が……ここで何をしていたんだっ!」
「それは私たちにはわからないよ。でも、若気の至りってだけではなさそうだ」
寡黙な方だと思っていたが、ただ普段は感情を制御しているだけだったようだ。絞り出すような声には恐らくは親としての感情が込められていた。そんな彼の前にクリスは何かの書物を差し出していた。食い入るように読み始めるジェイスを前に、俺は動けないでいた。
「クリスさん、私たちはどうしましょう?」
「ああ、そうだったね。ありがとう。とりあえずこれで私からの依頼は完了だと思っていいよ。近々、正式にファクト君は奇跡の担い手として認められる。どこでも大手を振って信徒を名乗って良い。この街の工房も比較的借り易いんじゃないかな」
「了解だ。ん? これは……日記?」
ふと目に入った、書籍と呼ぶには違和感のある表装の一冊を手に取ると、手書きで何かが順々に書き連ねられていた。後半ほどのたうち回るような文字で、正直ぱっとは読めないのだが……。
「どれどれ……彼の日記のようだね。要件しか書いていない。彼らしいよ……」
~2312年12月8日~
熱心な信徒より街中の露店で見つけたという石を預かる。
素養のあるものが触ればすぐにわかる。何か呪いの様なものがかかった石だった。
封印、もしくは浄化を約束する。
~2312年12月14日~
信徒から預かった石は予想より強力な力が秘められていた。
現在、手製の結界を貼ったポーチの中に封印中である。
私の魔法に日常的に接することで少しでも浄化が進めば良い。
~2312年12月20日~
体調を崩す。出かける予定だった彼女には悪いことをした。
ジェイスさんにも小言を言われたが仕方ない。
娘さんと結婚するからには一層教会のために励むことを約束したばかりなのだから。
~2312年12月26日~
体調が戻る。ずっと寝込んでいた所為か、石の浄化が進んでいるのかよくわからない。
だが以前より禍々しさは減り、逆に宝石としての魅力が表に出てきたように思える。
~2312年12月30日~
この石はすばらしい。ずっと持っていよう。
~2313年1月3日~
忙しさにかまけて日記を放り出していたことに気がついたが、覚えのない記載がある。30日はすぐに寝たような気がするのだが。
記載内容からも思ったより疲れているのかもしれない。
彼女との買出しが終わったら少し休むことにしよう。
~2313年2月15日~
教会の隠し部屋を発見する。まだわからないがかなり古い記述が多い。
研究対象としても楽しみだ。石はもう自分の一部かのように身につけている。
変な様子もないのでもう大丈夫なのだろう。
~2313年2月22日~
なんということだ。概念だけと思われていた古の意志、これを具現化することが出来る。
だが問題も多い。今の人の手には余るだろう。外敵に対して意思統一が出来ていないからだ。
問題点を洗い出して皆に報告だけはしよう。
~2313年2月27日~
気がつくと石を握り締めている。なぜか元気が出るからだ。
研究は順調だ。この手順が成功すれば年内にはこの存在が召喚できる。
~2313年4月2日~
今日は自分のようだ。最近、自分の考えが怪しい。こうして記載している自分が自分なのか、変わってしまった自分なのか、わからない。
今日も一人、ここでなぜか研究をしていた。何故だろう。
~2313年5月9日~
これまで何も反応がなかった、古の意志が眠っているらしい物品たちの中で、
水晶球が大きく光を放った。理由は不明。中に何かがいることがわかったので咄嗟に封印の結界を貼った。何かを閉じ込めることに成功する。
~2313年7月14日~
失敗した。儀式が強すぎたのだ。彼は恐らく魔力欠乏による衰弱で死んでしまった。これでは目立つ。
何とかしなければ。
~2313年9月22日~
彼女がここを見つけてしまった。それに教会内部に用意しておいた儀式の水晶球もいくつか見つけたようだった。なぜかと問われたが、答えは1つしかない。世界のためだ。
私は古の意志によって世界を救うのだ。だから、対処した。
~2313年12月5日~
順調だ。確実にゆっくりとだが古の意志は復活している。水晶球の中にいるのはその自意識の末端だとわかった。大切なことだ。
~2314年5月13日~
今日は古の意志が何かに大きく反応した。同時にその力が大きく膨らんだ気がする。計画が前倒しになるのは良い事だ。
~2314年5月22日~
誰か、止めてくれ。
「ここで、終わっている」
「そんな……書いてあることが本当なら、あの人は」
俺は頭の中をぐるぐると廻る不快感を押し殺すようにして日記を閉じた。情報は断片的だ……だが、何が起きたかは容易に想像がつく。強すぎる力が、良くない物も吸い寄せるという話だ。
「そうだとしても娘を、自分の婚約者を自身の手にかけたことには変わりはないだろう。君たちが気にすることはない。むしろ、よく止めてくれた」
「さて、困ったね。彼が関与していたことを隠し通すことは出来ない。でもこのままでは世間からの下世話な視線は釘付けだね」
クリスが軽い口調で言うが、その表情は真剣だ。確かに身内の不祥事というにはどうも大きな話だ。教会の関係者が精霊をないがしろにするような研究をしていたとなれば一層悪い扱いを受けるだろう。全部すっきりする一手があればいいのだが、そうもいかない、例えば、そう……。
「どうにもならないかもしれないが、彼は大分前から魔物に殺されていて、ここにいたのは偽者だった、というのはどうだろうか。勿論、見抜けない教会という話にはなるわけだが」
「少なくとも、現役の教会幹部自体が禁忌に手を染めていたことは回避される、か」
「魔法使いさんたちは……許してくれないですよね」
コーラルの言うとおり、この地で息絶えることになった魔法使いが浮かばれない……。同じ殺されるにしても、処罰される人間相手に殺されたのと、人間の考えによる罪のない魔物だったとは大きく違うのだ。
「それは君達が気にすることじゃない。私たちが責任を持って以後、弔おう」
「でもっ」
クリスの言葉に反論しようとするコーラルの肩を掴み、首を振る。過去に犠牲になった人たちがどう思うかは、結局は俺たちのエゴに過ぎないのだ。もちろん、ゆがめていいわけではない……が、世の中は全て解決できることなどはなかなかないのだ。このやり方が正しいとは思わないが、全て外に出てはどうなることか。どんな変な形で噂になるか、噂だけでなく、弾圧さえあるかもしれない。
教会は、マテリアル教は今も世界の宗教だ。すがり、祈る人は多い。事実が、それらを押し流してしまうかもしれない。それは、俺たちの手には余る。
「お任せします」
俺は一言、そう言って後日認定のために尋ねることを伝え、コーラルを連れ立って地下室を出ることにする。扉をくぐる瞬間、覚えのある気配が通り過ぎたような気がして振り向けば、あの女性信徒の幽霊のような姿。すぐに部屋の奥へと消えていったが、きっと彼女は彼を許すのだろう。
「ファクトさん、何でですか?」
「そうだな……全部俺がそうしろって言ったからそうした。それじゃ駄目かな?」
地上へと続く長い階段。響く足音にあわせてコーラルが責めるような口調で問いかけてくる。だけど俺は、そんな言葉しか口に出来なかった。力に溺れたのは悪いことだ。それ自体はどうしようもない……ただ、それでも一方的にあの青年を責めることが出来るかどうかは難しいところだった。
「……わからないけど、わかりました。ジェームズだってきっとこんな気持ちだったんですかね」
「次は気楽な仕事を受けたいもんだね」
俺も賢者ではないので、あいまいな答えのまま、昇り続ける。沈黙が産む重くのしかかる何か。だが俺は恐らくコーラルとは違う意味合いの重さを感じていた。変わったという世界のモンスター達。時折耳にする異変。
そこに今回の事件だ。
偶然露店にこんなアイテムが転がっているだろうか? しかも、古の意志が封印されている土地に。何より、日記の記述に記載があった日付。あれは、俺がこの世界で目覚めた日付に違いない。この世界に俺という異物が入り込んだのか、産まれ落ちたのか。それはわからないが、気になる記述があった。
俺が原因であろう日付のほぼ1年前。同様に何かが起きている。俺と同じ様な人間がこの世界にいるのか、それともまったく別の何かなのか。はたまた、全ては偶然なのか。
そして、モンスター側でうごめく黒幕は誰なのか。ゲーム時代に設定されていた世界の災厄、魔王と呼ぶべきかもしれない存在。正確には人間だけでなく、世界に生きる全ての生き物の心が生んだ淀み達。
長大なクエストの先にいるとされるボスでもあるそれらの存在を思い浮かべながら、それらを制するために必要な力の持ち主を探す必要があることを感じ、傍らを歩くコーラルを見る。
「? どうしました?」
「いや、なんでもないさ」
英雄は世界に1人だけとは限らない。彼女も、彼ら2人もきっと強くなる。英雄は後から英雄と呼ばれるのだ。俺はそんな彼らの手助けになることがきっとできる。そう考え、俺は武具生成の腕を磨くことを自分に誓うのであった。
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