037.「外伝-男二人、剣二振り-3」
路地に足を向けた俺の意識は外で魔物と戦う時のソレだ。本当は人目から逃れてお楽しみ、そういう状況を作ったほうがいいんだろうけど、俺の予想が確かなら、実はそれ自体は必要がない。
(必要なのは、隙なんだ)
「ねえ、あれ……」
「うん。あれだ……」
少女が指差す先には別の路地、そして猫のような何か。首元にはまがまがしい雰囲気を感じる首輪をつけている。俺たちの視線に気がつくと、その影は素早く路地に引っ込んだ。
「あっ、待ちなさいよっ」
飛び出そうとする少女を咄嗟に掴み、俺は腰に下げたままのナイフをつまみ、いつでも投げられるようにした。あの猫、何かおかしかった。路地に入ってすぐ、その考えが正しかったことがわかる。声もなく飛び掛かってくる相手にその異様さを感じ取り、ナイフを素早く抜き放った。
「ひっ!」
「下がって!」
左手で少女をかばうように下がらせ、路地の奥、何かの樽の上に座る猫のような何か、猫もどきに視線を向ける。目は赤く輝き、どこかその体も倍に膨らみそうな気配さえ漂っている。毛並みや、ほとんどの部分は通常見かける猫と大差が無い。
だけど、何故だか耳には通りの喧騒がどこか遠くに聞こえていた。相手の……異様な圧迫感のせいだ。
「あ、あれ! 大家さんとこの猫よ!」
「間違いないの?」
「ええ、この辺にあの毛並みは1匹しかいないわ。でももう1匹、別の毛並みの子がいるはずなのよね」
視線を相手に向けたままの質問によどみなく答える少女は嘘を言っているようには感じないし、嘘である必要はどこにもない……つまりは本当のことだ。
(どうする……)
これまでの経験や、ジェームズから聞いた話、酒場の冒険者の経験談。そしてファクトから聞き出した不思議な道具達の噂話。導き出された結論は、相手はモンスターではなさそうだということ。
(あの猫もどきがこの子の言ってる猫なら、斬っちゃまずいな)
そう考えるとさっきのナイフが避けられたのは幸運だったかもしれない。攻めあぐねていることに気が付いたのか、勢い良く猫もどきは体をしならせて素早く俺達に飛び掛かってきた。
「攻撃が軽いんだよっ!」
「きゃっ」
左腕で少女を抱えるように横に飛び、そのまま右手に持ったナイフの腹部分で相手を薙ぎ払うようにたたきつける。見た目どおりの体重なのか、猫もどきは体制を崩し、距離をとることが出来た。
威嚇のつもりなのか、2人の耳に届く小さな声。確かに猫のようだけど、どこか違う。
(いつからこうだったんだ? 正体を隠していただけで最初から? いや、それだと今更な意味がわからない)
視線を猫もどきに向けながら、腕の中の少女の無事を確かめる。少し震えていることに気が付き、絶対に負けられないと気合を入れ直した。
「またっ!? くっ!!」
今度は建物を足場にするように、読みにくい動きで斜めから猫もどきは襲い掛かってくる。なんとか迎撃出来たけど思わず声が漏れてしまう。最後の攻撃は、俺じゃなく少女に向けてだったからだ。
(下手に逃げてもらうと……危ないな。どうにかジェームズに気が付いてもらわないと)
弱そうなほうを狙う知能があるのか、それとも、とクレイが疑いを持った時、彼の脳裏に1つの回答が浮かぶ。さっきの動き、彼女の……。
「それ、投げてみて」
「え? これ? わかったわっ!」
それはただの思い付き。これまでの被害者に共通していて、あの猫モドキが気にしそうな物と言えば……少女がその意味を悟り、首もとのネックレスを猫もどきに投げつけた時、猫もどきはそのネックレスへと無防備に飛び掛ったのだ。
「今だっ! 首輪を!」
「ええっ!」
2人して飛び掛かって、俺たちはその猫モドキを取り押さえることに成功したんだ。俺がしっかり押さえて、少女には取り出した縄でしっかりと縛る。反撃を待つこともなく、手際よくその首輪と体の間にナイフを滑り込ませ、バンドの部分を切断することに成功する。
ハラリと落ちる首輪。
そして、俺は手の中の猫もどきから変な感じが消えるのを感じていた。
「……終わったの?」
「みたいだ。これ、何かのマジックアイテムじゃないかなあ? 呪い的な」
大人しくなった猫もどき……いや、もう猫かな? 何をしていたか覚えてないんだろうな、震えてるや。外套で包んでしまおう。
猫を彼女に預けてナイフを仕舞い、あいているほうの手で首輪だったものを持ち上げてみると、力を失ったのか光が鈍くなった首輪についた石部分がある。
「それ……高いの?」
「いや、つけた相手がこんなんになるんじゃ、結構限られるんじゃない?」
いつの間にか、通りの喧騒がまた耳に届いていた。もしかしたら……簡単な結界のような効力も発揮していたのかもね。だって、通りの人達が先ほどの戦いを気にしている様子も無いんだ。
「これでいいかしら」
「十分だよ」
手近な店にあった籠を彼女に買ってきてもらい、そこに猫を寝かせる。図太いのか、たまたま安心したのか……猫はもう寝ていた。
「かわいいー! あっ、あっちも帰ってきたよ!」
少女の声に視線を向ければ、ジェームズと女性も路地から出てくるところだった。と、女性の手元には1匹の猫。どうやらあちらも同じだったみたいだね……。
「無事だったか。なんだ、お前のほうも猫か」
「うん。知り合いの猫らしいんだけど」
「ええ、3つ目の角を曲がったところの猫ですよ」
少女だけでなく、女性側も猫の飼い主のことを知っており、そう言ってクレイの持つ籠へともう1匹も入れる。起きた猫とは仲が良いのか、飛び出すことも無く2匹の猫は籠の中でご機嫌そうであった。
「変な露店で安かったから買った~?」
「う、うん」
猫を見るなり笑顔で飛び出してきた女性の語る内容に、ジェームズはあきれたように叫ぶ。俺も、猫のいる籠を落とさないのが精一杯だった。こっちはあんな危ない目にあったのに……もう!
「明らかに変なマジックアイテムだぜ、これ。今回はアクセサリを狙うだけですんだけど、ちゃんとしたのを買ってやれよ?」
特別強い言葉というわけではなかったが、実際に被害が出ているという事実が女性を十分後悔させたようだった。ぶんぶんと縦に首を振る女性にそれ以上の追求はせず、宿に戻ることになった。
「お別れ……だね」
「うん。楽しかった」
そう、仕事が終わったならお別れだ。俺には目の前でしょんぼりする少女の姿が演技なのか本気なのか……わからなかった。だけど、演技だっていいじゃないか……そう思えるぐらいには、俺は彼女を守ろうと思ったんだ。だから、最後もしっかりと。
「また、どこかで。今度はお酒ありでどうかな」
「ふふっ、高いのを用意して待ってるわ」
出会った時と同じように、少女は元気に走り去っていった。残された俺はどこか悲しく、どこかやり切った満足感に包まれていた。横のジェームズからの視線を感じる。
「いいんだよ、ジェームズ。俺とあの子は一夜だけの騎士とお姫様なんだ」
「そうかい……じゃ、戻るか」
その後、ファクトとコーラルが帰ってくるまではしばしの休息を楽しみ、数日後に戻ってきた2人と連れ立って次なる依頼を探しに酒場へと向かう。一体どんな仕事をしてきたのか聞いてみたいよね。
「へー、そんなのが売ってたのか。危ないな」
「まったくだ。人騒がせにも程があるぜ」
肩をすくめてファクトに答えるジェームズの視界に、何人もの少女が走ってくるのが見えた。ジェームズはそちらを見るなり急ににやりと笑う。一体何が……てええ!?
「え、嘘でしょ!?」
思わず立ち上がりそうになるけど一足遅く、俺は飛びついてきた誰かの勢いに負けてまた椅子に座り込んでしまった。音を立てる椅子と、驚きの表情を向けてくるファクトとコーラルが目に入った。
「いたーーー!!」
「え、なんで?」
何故彼女がここにいるのか、その上何人も連れ合いがいるのか。それらが俺の思考能力を奪う。真昼間だからか、幾分か厚着だけどそれでもこれだけ密着されたら温かさを感じないわけがない。
「なんでって、みんながお礼を言いたいって言うから」
少女は向き直り、そういって一緒に走ってきた面々を紹介する。口々にお礼を述べてくる少女達に、どう答えたものやらと苦慮しながら応対し、ある意味微妙な空気を生み出していたと思う。と、そんな時だ。
「本当にありがとう! じゃ、これお礼ねっ」
手ぶらのはずの彼女にそう言われ、何がくれるのかと考えた俺。だけど物は渡されず……少女が胸元に飛び込んでくると同時に頬にやわらかく暖かな何かが触れる。
それが何かを正しく理解する前に、他の少女も駆け寄ってくると、両頬に続けて同じ様な感触が襲う。
「えっ……今のっ」
「えへへ~、じゃね!」
俺が問い詰める前に、見事な動きで顔を赤くした少女はそういって仲間とともに店のほうへと走り去っていってしまった。後に残されるのは、俺達と4人と周囲の普通のお客たち。
多分状況を楽しんでいるジェームズと、理由はわからないが面白そうなことになっていると考えていそうなファクト。
そして……。
「何よ、クレイってばずっと女の子と遊んでたの?……不潔」
小さな少女の呟きが、俺の何かを大きくえぐった。違うんだ、そう口にするのもなんだか可笑しな事件。平和は平和……なのかなあ?
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