036.「外伝-男二人、剣二振り-2」
酔っぱらって暴れたおじさんを追い払ったのはいいけれど、お金を貰うのを忘れていた。こういうお店だもん、銀貨1枚ってことは無いと思うんだ。まずいね。
だというのに部屋にいた人だけじゃなく、他の部屋の人達も顔を出して俺を見ると、何故だか笑顔を向けて来た。
「やるじゃない少年! いやー、すっきりしたよ!!」
「ほんとほんと! ねえ、彼女いるの?」
「いたっていいじゃない。いつでも遊びにおいでよ!」
「わわっ、ちょっ、ジェームズ!?」
「お、更にもてもてだな」
(笑ってる場合じゃ……うぷっ、お、溺れるっ!)
絶対にコーラルには言えないなと思う感触に色々と限界を迎えそうになる俺を尻目に、ジェームズたちは話を進めることにしたみたいだ。結局誰かの押しに負けて、俺はまた膝枕をされている。好きなのかな、こういうの。
「最初はこんな子が受けてくれるのかって心配しちゃった。でも、強いんだ」
「別に……ジェームズの方がもっと強いよ。だけどさ、女の人には優しくしろって母ちゃんが言ってた。もう、会えないけど」
本当はこういったお店じゃ俺の今の姿は駄目なんだと思う。愚痴は良くても、涙はしらけるからね。だけど……だけど、ちっちゃな頃にされたのを思い出しちゃった。
恥ずかしくて、顔を見せられなくって後からからかわれるだろうなってわかっててもジェームズたちのいる方を向けなくて、どこか安心する女の人の手に招かれたまま俺はジェームズたちの会話を耳にしていた。
「で、依頼の件だが……何人だ?」
「3人、かしら。今のところはね」
女性が語るところではこうだった。仕事帰りや用事の後、街中を歩いていると路地に何かが光る。ふと路地に入ると何かに飛び掛られ、アクセサリーを奪われたり、ちょっとした怪我をするということが続いているらしい。最初はただの猫かと思ったが、動きやその姿がどうにも違うということだった。
ただ、モンスターにして軽微な被害しかないので大事にもしにくいということだった。確かにそんなんじゃ衛兵にいっても取り合ってもらえないよね。段々と、頭が冷えて来た。俺を撫でてくれていた人に精一杯の笑顔を向けて、体を起こす。ははっ、不思議な気分だ。
「へぇ……そりゃあ、不気味だな」
「そうなのよ。その……さ、立ってる子も場所がね。こんな話が広がっちゃ怖くて仕方ないのさ」
「ジェームズ、俺やるよ」
ここで色々元気になったか?とか言ってくるようならジェームズだって殴ろうと思ってたけど、そんなことはなく、向けて来た顔は何度も見た、依頼を受ける男の顔。俺も同じような顔を出来ているといいなと思いつつ、被害にあった女の人達の特徴や時間などを聞くことにした。
「で? どうするのさ」
「どうもこうもねえよ。歩く、調べる、それだけだ」
すっかり更けた夜。一度宿屋に2人が戻るとファクトからの知らせが届いていた。何か問題でも起きたかな?と思いながら読み進めるジェームズを見ていると、そのままさらさらと返事を書いてすぐに宿のおじさんに渡してしまった。
「何かまずいことでも?」
「いや? あっちはあっちで仕事を受けたから好きに過ごしててくれとさ。教会がらみだ、そのほうがいいだろうと思ってよ」
確かに俺は魔法も使えないし、あまり……賢くはない。ジェームズだって細かいことは苦手だもんね。あの2人の方がよさそうなのは同意だ。こちらはこちらで……街をうろつくのに不自然でなく、それでいて必要な装備はしっかりと整えないとね。主に武器はナイフや短剣等、目立たないものにといった装備を整え、2人して改めて夜の街に歩き出す。
踊るドラゴン亭に寄ったのがまだ夜も早い時間だったからか、街はまだ夜の騒動の中にあった。
「相手は女の人を襲ってるんでしょ? 俺達でどうするのさ?」
「簡単さ、適当に夜の街を楽しみながらちょくちょく路地に入ってりゃ、勝手に見つかるだろ」
(そんな単純でいいのかな? っていうか楽しみながらって……まさか!)
こういう時の俺の予感は当たるんだよね。前もさ、魔物の餌になるようなものを籠一杯に詰めて山を走ったんだ。どうせろくなことにならない……はず。
「お前も言ってただろ? 襲われてるのは女だってよ。だからといって一人は危ないだろ?」
「そりゃそうだけど……」
いつの間に話をつけていたのか、ジェームズの後をついていった先には、大人の魅力にあふれた女性と、元気の良さがどちらかといえば表面に出ている少女、の2人が待ち構えていた。状況的にどうするのかは聞くまでもない。たぶん、少女の方と街を練り歩けということなんだ。
「よろしくねっ!」
「わっ、う……よ、よろしく」
外で出会う足の速い獣を思い出すような鋭い動きからは逃げられず、俺は少女に抱き付かれてしまった。それだけじゃなく、なぜか体を絡みつかせて来る。なんで薄着なのにこんなに温かいんだろうか?
「クレイ君は私みたいな子、好みじゃない?」
「いやいやいや、全然っ、可愛いよっ」
頭のどこかで、これは彼女の生きる術だとわかっていても、目の前の光景に俺は自らの敗北を悟ることになる。それに、ここで断ると……なんだか逆にコーラルに後で怒られる気がした。
「よさそうだな? 最悪の場合はお前が女装する予定だったんだ。それと比べるのは失礼だが、楽しんで来いよ」
ぽそりと、ジェームズの口から出てきた恐るべき計画が実現しなくてよかったという気持ちと、ずっと横でニコニコとしている少女の笑顔に俺の中の後悔のような気持ちは消えていくのを感じた。
結局、納得せざるを得ない状況には少しばかり文句を言いたい気持ちを抱えながらも、夜の街に繰り出したのだった。
(甘かった……楽しんで、ってこういうことか!)
「俺には難易度が高いよ……」
まさに後悔先に立たず。ってちょっと違うかな? もうジェームズは相方と一緒に外に出てしまった。残されたのは俺と……俺の今日の相方だけ。ああ、顔が赤くなってるのわかるよなこれ……。
「何が難しいの? あ……恥ずかしいのかな~?」
「いやっ、そのっ、当たってっ」
自身の左腕にぶら下がり気味に体重を預けてくる少女に視線を向けることも出来ず、俺は途切れ途切れに抵抗を試みる……が、無駄! これ無理だよジェームズぅぅ!!
「ほら、早く行きましょ? 私はこれがお仕事だし、慣れてもらおうと当ててるんだよ?」
「うっ、わかったよ」
耳をくすぐる甘い声。だけどそこに込められた意思を感じた俺はなんとか足を踏み出した。そうだ、これは仕事。ジェームズ曰く、夜の蝶を無残に採取する馬鹿野郎をどうにかするための……。
(コーラルと同い年ぐらいのはずなのに全然違うっ)
と、真面目に考えたところで密着した体のぬくもりだとかは消えてはくれない。叫べたら楽なんだろうけどそうするわけにはね……。でも、コーラルがなんでここで出てきたのかな……怒られるから? なんだろう?
「まずは左から行きましょ」
「う、うん」
周囲からの視線をどうも感じる気がするけれど、立ち止まってるほうがもっと集まる気がした。俺の相手がまだ少女と言えるような姿だからなのかな? でも俺ぐらいの相手ならこのぐらいの背格好で……って違う、集中しろ!
「こうしてるのも楽しいな~。あまり出ないからね」
「そうなんだ……あ、屋台が出てる」
街を歩いていると、歳はともかく組み合わせは俺たちが目立たないぐらい、男女が多い。そういうお店の区画だからなんだけどさ。目に留まった店で砂糖菓子を2人分。色合いは真っ赤で、丸い果実を飴で覆ってるみたいだ。昔の勇者が考えたんだって。
「ありがとね」
「ううん。このぐらいはさ……」
きっと、彼女は俺が想像もできないような人生を歩んでいる。何故だか、そんな気がした。別に職業差別をするわけじゃないけれど、きっと夜のああいうお店でこのぐらいの年頃で働くのはそれだけで……大変だもんね。
ふと、前にジェームズとお相手を見つけた。あっちも俺たちを見つけたみたいで視線だけで左右に別れることを決める。もうすぐ、噂の路地が近づくからだ。
「あーあ。毎日こんなだったらいいのにな」
「それは難しい……今をさ、楽しもうよ」
仕事は仕事。だけど今の瞬間は本物だと、俺は思う。出来れば彼女もそうであってほしい。一時の幻かもしれないけど、楽しい気持ちだけは……きっと偽物なんかじゃないから。だから、俺は横を歩く彼女を、歩きにくくない程度に抱き寄せたんだ。
「きゃっ。もう、そうしたいなら先に言ってよね。ほら、この方が歩きやすいもの」
「あはっ、そうだね」
近づくことで、俺は彼女の胸元にネックレスが光っていることに気が付いた。近寄るとわかるけれど、結構装飾が細かい。屋台で売ってるようなものじゃ何個合わさっても足りなそうな気がする……。
「ん? ああ、これ? 手持ちで一番派手なのを着けてくるように言われたんだよ~」
自慢するように胸元をたくし上げるようにする姿に慌てて視線をそらしてしまう。それによって露わになった顎をつつかれながらも俺は頭の隅で別のことを考えていた。ジェームズは冒険者としても人生としても先輩だ。恐らくはこの指示もジェームズからのものだ。普段、今もおちゃらけてはいるが、押さえるべき箇所は押さえる彼のことだ……この指示にも何か意味がある。
(そっか……襲われた女性には共通点があるっ!)
ジェームズと相手が話していた内容を急に思い出した。俺はよくわからないけれど、こういう商売はお客の目に止まるかが勝負だ。だから外で客引きをしたりする子ほど何かで目立とうとする。被害にあった子たちは、そんな目立つ何かを持っていた子達だ!
「? どうしたの」
「ううん。大丈夫。いこっか」
そうと決まれば話は早い。不思議なことに、やることが見えてきたらドキドキはどこかに行ってしまった。さっきまでは遠慮がちに握っていた手を、自然に手を握り返すことが出来た。そのことに気が付いたのか、少女は嬉しそうに腕を自身の成長途中の胸元に挟みこむようにする。でも今の俺にはそんな誘惑は……通じます、すいません。
どうにか少しだけ緩めてもらわないと……っ!
「ええとっ……っ!?」
(何かが、あった)
変な人が、とかそういうんじゃない。何かが、おかしかった。足を止めて、周囲を観察する。まだ騒々しい通りの中にあって、俺たちはきっと邪魔だろう。周囲の視線が時折刺さり……逆にそれがそのおかしな部分を際立たせた。
丁度露店と露店の間にある空白地帯。そこに、何かを感じたんだ。ここで慌てず、まずはジェームズと合流……駄目だ、時間がかかる。
「守るから」
「え? うん……守って」
俺と彼女は一晩だけの騎士とお姫様、そう思いながら俺はその路地に足を向けた。
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