035.「外伝-男二人、剣二振り-1」
「待たせたな。さて、行くぞ」
いつものように、自信に満ちた声。僕……じゃないや、俺にとってみれば下手すると父さんぐらい歳の離れたように感じるジェームズの顔には笑顔。ギルドのカウンターに依頼の完遂を報告するだけのはずなのになぜこうも笑顔なんだろうか? 俺が見繕っていた依頼書には目を向けず、半ば引っ張るように外に出ていく。こんな時、ジェームズは既に依頼を確保しているのだ。長いとも短いとも言えない経験上、それは間違いない。
今日はコーラルがファクトに誘われて出かけてるから2人だけなのが良いことなのか悪い事なのか……。
「ジェームズ、終わり? それと、またなの?」
「ああ、また、だ。良い店と飯のタネの話を聞いたんだ。行こうぜ」
彼の言ういい店、というのが俺の思ういい店かどうかはわからないけれど、大体半々だ。1つはご飯の美味しくて通いたいと思うところ、そしてもう1つが……さっきは半々って言ったけどまず間違いないのが、綺麗な女の人とお酒が飲める店。情報が集まればなおいい、と言ってるけどどうだかね。ジェームズは女の人が好きだからなあ。
(コーラルがいないから、どこでも行けると思ってるよねきっと)
基本的には僕達は3人一緒だ。最近ファクトが一緒にいるけどそれでもあまり変わらない。どちらかというと、前みたいにコーラルの個人的な用事があったり、先に寝ちゃったときなんかにジェームズに誘われていたお店にファクトもついてくるぐらいかな?
「お酒以外もある店にしてよー?」
「わかってるよ。そのぐらいは考えてある。でもよ、別にお前だって飲んじゃまずいってわけじゃないんだからいいだろ?」
そりゃ、12になれば飲んでもいいけどさ……だからといって楽しめるかどうかは別問題なんだよね。たまーに、俺を見る目が獣みたいに鋭くて興奮した女の人もいるんだよなあ……それ以外はまあ、目のやり場に困る人とか、妙にくっついてくる人も……ってそういうのも込みの店なのかな、もしかして。
「あれだ。踊るドラゴンか……こういう店にしちゃあ冒険した名前だなあ」
「中にすごい強そうな女性だけとか無いよね?」
きょろきょろしていたら、ジェームズに軽く殴られた。と言ってもつつかれたようなもんだけどさ。確かにここまで来て堂々としていないのも変だよね。でもさあ、俺ぐらいの歳でこういう店に物怖じしてないってのもおかしいと思わない?
少しばかり考え事をしながら歩いていると、もう店は目の前だった。名前の通りに看板にはドラゴンらしき絵が。だけどどこかこう……陽気な感じの絵だった。灯りの少ない、ちょっと俺には刺激の強い方面の店よりはこういうのが良いかな? 前に行った隣の席も見難いような店は……声がね、うん。
「いらっしゃいませ。初めてですね? どうぞこちらへ」
「おう、よろしく頼むわ」
出迎えてくれたのはもうすぐお爺ちゃんな感じの人だった。ぴしっとした着こなしで、お屋敷にいてもおかしくないような人だった。でも俺は、それよりも店内の様子が気になって仕方がなかったんだよね。
「綺麗だな……夕日に……虹に……なんだろう、すごいやって言葉しか出てこないや」
「そうだろう? 酒場のおっちゃんの言うとおりだったな」
満足そうなジェームズのほうを見るのも惜しく、どんどんと色を変える店内を見つめてしまう俺だった。空に浮かぶ虹のように、いろんな色が揺らめいては色を変えていく。ふと、その光の元が店のあちこちにある容器だと気が付いたんだ。俺には魔法が使えないけど、コーラルと散々付き合ったからなんとなくわかる。これは魔法だって……ちょっと贅沢じゃない?
「いらっしゃい。あら、こんな若い子、いいのかしら」
案内された先の仕切られた場所にやってきたのはジェームズの好きそうな体格というか胸の大きい女の人だった。その姿を見て俺は顔に出さないところでやっぱりなと思った。こう、歩くごとに胸が揺れるのがわかるような、そんな服装だったんだよね。さっきは綺麗な光景に意識が向いていたけど、全体の雰囲気が今頃襲い掛かってくる。
(うわー、顔が赤いのわかっちゃうだろうな……もう、ジェームズのせいだぞ!)
すぐそばのジェームズを睨みつけるように見るけど気が付いた様子は全くない。それどころか、いつもなら表情を崩しているはずなのにまだ真面目さを保っていたんだ。珍しい、すごく珍しい光景だ。だから自然と、俺も気持ちが収まっていくのを感じた。
「社会勉強ってやつさ。こいつがモテるかどうかも楽しみなんだがな、ほら、頼み事で来たのさ」
ジェームズの手のひらには、いつの間にか握られていたブローチ。店の灯りに照らされていろんな色に輝いているからイマイチ価値はわからないけど、こうやって取り出したということは……依頼のための合言葉みたいなものなんだろうか? だとすると、ここに来たのは誰かに聞かれたくない話があるということだ。
「あら……ありがとう。そういうことならサービスしなくっちゃね! さ、上へ上がって」
ほころんだ笑顔を浮かべる女の人に案内されて、俺はまだドキドキしている胸を押さえながら階段を上がっていく。ちらりと見えた店内では、やっぱり俺が思う以上に女の人が男の人にくっついてお酒を注いだりとかそういうお店だった。
案内された二階は少なくないお客がいた一階と違って、ある程度小分けになっているみたいで音や雰囲気がそれだけ遠くに行くのを感じた。やっと少しは落ち着ける、そう思って深呼吸。何もしてないのになんだか体が火照っちゃうな。
「ねえ、ジェームズ。帰っちゃ……ダメかな?」
「なあに言ってんだ! 経験だぜ、経験!」
勇気を出して頑張ってみたけれど、あっさりと却下されてしまった。ここから1人で帰る度胸は俺にはないよ……他の人の視線がなんだか怖いもん。でも最後までいられるかなあ?
というのも、すぐに女の人がやってきてジェームズのにはお酒を注いで、俺には何故だか人形でも触るかのように抱き付いてくるからだった。
「かわいー! ねえねえ、お姉さんと」
「ご、ごめんなさいっ」
半分以上、からかわれてるんだろうなあとはわかってるけれど、どうしても緊張して変な口調になってしまう俺がいた。大人だなあって思う人から、俺より年下に見える子まで何人も本当に入れ代わり立ち代わりだ。触れる柔肌、すべすべとした指が自分の肌を撫でる感覚にはそうそう慣れるものじゃないと思うんだよね。お酒が飲めたら違うのかな? いやいや、なんだか酔っぱらうともっと駄目なことになりそうな気がする。
(いつの間にか1人で夜の町に出かけてるジェームズと同じことになってそうな……そういう日ってそういうことだよねえ? 俺にはまだ早いよ)
助けを求めようとジェームズを見るけど、あっちはあっちで一人の女の人とお話に夢中だった。恋人かなって思うぐらいイチャイチャしてるから邪魔したらたぶん、怒られる。そう思っていたのだけど、2人の声が大きいからこっちにも聞こえて来た。
「お連れさんはモテモテね。良いの?」
「俺があいつぐらいの頃は男っ気しかなかったからな。たまの遊びも下っ端だからってほとんどお預けでよう……若いうちに楽しみたかったと思ったもんさ」
(あの女の人、なんだか疲れてる?)
今の俺の隣に座ってるのは、なぜか俺に膝枕をさせてほしいと言ってくる人だった。俺がするんじゃなくてされるほうだけど……逆らえずに横になると、顔には太ももの感触と、優しく撫でられる手のひらの感覚が同時に襲い掛かってきた。体は硬直するし、顔は赤いんだろうけどこれがいいのか、女の人は満足そうに俺を撫でるばかり。その間、ジェームズたちの会話が聞けたのが幸いかなあ。
「優しいのね。それで、依頼の件だけど……」
本題に入ろうとした彼女の口を自らの指で押さえるジェームズ。そんな彼に女性が文句を言おうとした時、隣の区画から怒声が上がった。場所は……2個ぐらい隣? そこそこ値段のしそうなこういうお店にしちゃ珍しいんじゃないだろうか?
「もういっぺん言ってみろ!」
「何度だって言ってやるよ! 器が小さいってね!」
こういった場で起こる話には痴話げんかであることが多いんだよね。俺もそれに引っかかりそうになってるのは否定できないけど、女の人の接客で自分に気があると思う男がそれなりにいるんだって。俺を膝枕していた人も、ジェームズの隣にいる人も少しだけまたかといった表情をした後はまたもとに戻ろうとして……音が続いた。
「ジェームズ。まずくない?」
「ったく……陽気に楽しめんもんかね?」
「……色々あるものよ、色々ね」
どうも様子が変だなあと思っての問いかけに、ジェームズも仕方ねえなといった表情だ。隣の女の人も雰囲気が普通に戻ってしまっている。いわゆる白けたってやつだ。コーラルがこうなると後が怖いんだよなあ……うん。
と、そんな俺達4人のいる部屋にまで、さらなる音が響いてきた。今度は瓶が投げられたのか壁に何かが当たって砕ける音がした。少なからず上がる悲鳴。これは、まずいね。
「行くぞ、クレイ」
「うん。みんなが怪我したらいけないもんね」
こういうことを言うとコーラルには怒られるかもしれないけれど、俺もジェームズも女の人が怪我なんてしてほしくないと思ってる。それは冒険者だって変わらない。だからこういったお店の人だからって怪我していい道理は無いと思うんだよね。
さあ、暴れる馬鹿はどんな奴かな?と思いながら廊下に出ようとした時、その区画から逃げてきたのか、乱れた服のままの女性が駆け込んでくる。すぐさま怒声の主であろう男性が追いかけてくるだろうことがその場にいた全員がわかった。
「クレイ、お前やれよ」
「えー? まあ、ジェームズは飲んでるからなあ……」
俺1人というのはちょっと面倒だけど、このぐらいは……ね。女性陣はそんな俺たちのやり取りに困惑した感じだけど説明する前に駆け込んでくる男の気配。
「おっと、ここまでだよ」
「なんだぁ? どけガキが!」
ほんとに、どうしてこうも酔っ払いって乱暴なのかなあ? モテないと思うんだよね。力の入ってない状態で殴り掛かって来たって何の意味もないのにさ……っと。声を荒げて殴り掛かってきた男の腕をつかみ、そのまま横に回り込むようにしながら足を引っかけた。くるりと男の体が俺の腕の中で回転するのがわかる。あんまり力一杯叩きつけるとうるさいし、響くもんね……。
「……あ?」
「ダメだなあ、おじさん。楽しく過ごそうよ。次は……無いぜ」
最後はジェームズの真似をして、魔物に向けるみたいに気合を入れて男を睨みつけた。殺気にもならない程度だけど、あおむけに転がった男には意味があったみたいだ。よくわからない声をあげて走り去っていってしまった。
「あ……ごめん、お金回収し忘れた」
締まらないなあ、と思いながらのつぶやきの答えは、部屋の女性陣からのお褒めの言葉だった。……なんでだろうね?
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