033.「ガイストールの闇-7」
「深い……ですね」
そんなコーラルのつぶやきも、魔法の明りすら届かない暗闇へと溶けていく。あまり強くしていないのもあるが、先の方が見えないほどの地下空間だ。人の手で作ったにしては深すぎる……こんな場所をクリスたちが知らないというのはあり得るのだろうか?
「少し止まってくれ。どうもおかしい……」
しゃがみこんだ際に目に入ったコーラルの体は、細かく震えているような気がした。冒険者と言っても怖い物は怖い、そういうことだろう。彼女の手前、表には出していないが自分も薄ら寒さを感じていた。
足元は階段、幅はそこそこあるが……補強もなしに掘り進めるには深すぎるし、石材も外とは少し違う。この質感、まるでダンジョンのそれのようだった。厄介なことに、触っても石材の素材としての名前が不明のままだったのだ。
夜の海や、新月の森のような闇だけしかないような場所よりも、敢えてわずかに光が照らすがゆえに、その闇の深さを感じさせるような光景。無言で立ち上がり、警戒を強めながら降りていく。
ゆっくりと降りているせいもあるのだが、なかなかゴールが無い。さらに時折、踊り場のような場所があり、少しまっすぐ進むとまた降りる。時にはカーブもあり、確実に地下に降りていることはわかるのだが、歩いている距離や、位置関係が曖昧なままだ。だが、間違いなく普通の建造物ではない。一体誰が何のために……。
幸いなことは、何かセンサーのような仕掛けでもない限りはこのような状況では奥に誰かいるとしてもこちらのことがわからないだろうということだろうか。灯りも入り組んだ状態のため届かないだろうし、不思議と、足音がほとんど聞こえないほどの状態だった。逆に、下からの音が外に漏れないためだろうか?
「最悪、一気に駆け上りながら戻るぞ」
「はい……何も、いませんね」
勿論、すぐそばにゴールがあるということも有り得るのだが、周囲の造りからしてもまだまだ先がありそうである。魔力を吸い取る儀式はこの地下が中心になっているのか、何度も魔法の明りをともさなければならなかった。今も、わずかずつだが光量が減っているのが見て取れる。
かといって余り強い魔力で明りを作れば、攻撃系統の魔法より魔力の量は少ないとはいえ、誰かに気がつかれないとも限らない。
自身のステータスとコーラルに確認を取ったが、今のところは減っていくというより自然に回復する量が制限されている状態だ。戦闘が発生し、それが長引けば相当に面倒なことになるだろう。
そんな思考をよそに、地下への道は続く。思うに、ここは元々は昔の修行場か、何らかの礼拝堂のような場所だったのではないだろうか? 長く、時間の感覚がなくなりそうな時間を歩いて過ごすことで、自問自答をするというような。事実、今は灯っていないが壁には本来は明りだったであろう何かが定期的に見て取れる。そうでなければこの造りは不便極まりないし、誰か怪しい人間が作り上げたにしては、地上ではなく地下という空間を考えれば無理な規模だ。
「不思議です。下にいくほど嫌な予感はするのに、逆に気配がありません」
「確かに妙な感じだな……ああ、気休めかもしれないが、これを」
疲労なのか、魔力の減少なのか、はたまた両方か、コーラルの息が少し上がっているのを感じた俺は外套の内側に忍ばせていた常備薬としてのポーションを1つ、手渡す。例のごとく、ガラス瓶にしか見えない割に地面にたたきつけたぐらいでは割れない。液体の見た目の色は悪いが、一応体力と魔力を両方回復する物だ。とはいえ、自分自身としては使い道の少ない回復量ではある。
「何でも持ってるんですね」
「何、大人のたしなみさ。ジェームズだって備えはしているだろう?」
彼女の純粋な言葉に、誤魔化すように熟練の冒険者であるジェームズを例えに出す。彼も、予備武器の1つや2つ、常に忍ばせているし、ブーツの中にまでいざという時のお金やピッキング用具を持っていると聞いている。ただ、薬草を忍ばせていると聞いたときには、それを使う彼を見るのはともかく、使う側にはなりたくないな、と思った。
頭の隅でそんな取りとめのないことを思い浮かべていると、視界に入る壁の様子が変わるのがわかる。例えるなら、門から玄関へとたどり着いたような違い。無言で、コーラルに合図を送り、自分自身はシルバーソードに手をかけ、先をうかがいながら進む。
角を曲がったところで見えた大きな門。高さは俺の約2倍といったところか。その扉は半分開かれており、その奥は暗闇かと思いきやほんのり明るい。コーラルの顔に緊張が走るのを確認し、明りを消した上で俺は先頭に立って門をくぐった。
(誰か……いる?)
外から見た通り、中にはわずかながら光があり、なんとか周囲の状況を俺に知らせてくれた。見えてきたのは本、本、本。そして、足元に転がるガラクタ。ただ壊れているにしては妙だ。色も無いが、何かが、足りない。
「ここ、おかしいです。みんな、いません」
「みんな?……そうか」
小さな呟きには恐怖が混じっている。俺もその恐怖の原因に気が付いた。この喪失感は……精霊が足りないんだ。最低限はいるんだろうけども、どれもこれも力を失っている。
どこから奇襲されるかわからない、そう思いなおしてさらに進む。広さとしてはちょっとした体育館ほどだろうか? 物で入り組んだ中を進むと、明りの源らしき場所が見えてきた。そして、そこに人影。
(!! 一体誰が!)
「おや、お客さんですか。おお、君ですか。思ったより早かったですね」
「お前は……」
振り返ったのは、昼間に出会った金髪の若者。だが、その表情は地上で見たものとはまったく違う。どこかを見ているようでどこも見ていない。何か、おかしい視線に表情。現実では初めて見るが、こういう表情をするやつは、ヤバイ。
「ここにいるということは、全てはお前が?」
「全て、となると難しいですが、今起きていることは自分の仕業ですよ」
「一体何のために! それに、ここは一体何!?」
あっさりと認めた青年へのコーラルが叫びが大きく響き渡るが気にした様子はない。対するコーラルの表情には珍しく怒りが浮かんでおり、杖を持つ手に力が入っているのがここからでもわかる。さらにはその感情に従うように魔力が渦巻き始めている。
「コーラル、今は抑えたほうがいい。吸われてるぞ」
俺はそんな彼女の手を抑え、前に出た。俺の魔力量ならばまだ大丈夫だが、正面から吸われ続けるのはいい感じがしない。あの水晶球たちは目の前の彼の力を増幅させるためにあったのかもしれない。
「おや、ただの信徒ではないようだ。まるで大海をコップ1つですくい上げているような感覚だねえ」
「伊達に奇跡を起こしたわけじゃないさ。対価に話ぐらいは聞かせてもらいたいな」
出来る限りの皮肉を込めた言葉に、どこかを見ていた青年の瞳が……戻ってくる。大げさに両手を広げ、歌うようなポーズを取り何かを手に……本?
「私はこの場所で偉大なる上位精霊を復活させようとしているのです。君も知っているでしょう? 世界は精霊とともにある。水には水の、風には風の。だが、人間にも主従があるように精霊にも主従と言える立場があるのです」
「お父さんに聞いたことがある……とある呼び名は古の意思……でも、それはただの概念だって!」
「一般的にはそうでしょう。私もここを見つけるまではそうでしたよ」
青年が語るのは過去の歴史。小競り合いを含めて国境線やモンスターと人間の住処とが入り混じったほかの土地と違い、ガイストールは昔から人間の砦だった。ゆえに、多くの伝承、伝説が残っていたようだった。
街を救うために様々な魔法を駆使した過去の勇者達。中には所謂召喚魔法を用いた魔法使いもいたらしい。モンスターの大群を前に、命を賭して偉大なる癒し手や魔法使い達が召喚したものは精霊の上位存在。
これという属性を持たず、どれにでもなれる力。世界のどこにでもいて、どこにもいない。世界により近い精霊。ゆえにはっきりとした自我は本来持たず、ただ流れるように力を流すのみ。本来は自然現象、天災等の時にしか存在を感じられない相手を限定的ではあるが、自らの味方として召喚に成功したのだという。
が、その力は当然のことながら巨大すぎ、かろうじて人間側への被害は抑えられたものの、多くの英雄が命を落としたらしい。その際に、力の破片、精霊の分身ともいうべき存在が、力の干渉を受けてガイストールの地下、今いるこの付近に沈んでいったということだった。
大きな犠牲も払ったとはいえ、偉大なる精霊となれば人々はそれをあがめた。だが、眠り続ける精霊には何も出来ず、あがめたところでご利益も無い。そうなれば人は薄情なもので、熱心にあがめるものは徐々に減っていった。いつしか忘れ去られ、わずかな年寄りと口伝を残して人々の記憶から消え去っていった。
「とある時に、夜の散歩をしているとめまいを覚えましてね、寄りかかったのが君達が入ってきた隠し扉だったわけです。好奇心は恐ろしいですね。自分一人だというのに灯り1つでここまで降りてきていました。そうして見つけたのが……ここです。最初は何のための本かさっぱりでしたが読み続けるとすばらしいことがわかってきました。古の存在に関する証拠とその研究。なにより興味を引いたのは、復活への道しるべです」
そう言って青年はテーブルの上にある水晶球を撫でる。気のせいか、中に何かがいて、嫌がったような? 光の加減か?
「原理は単純でした。力を失った精霊には力を与えてやればいい。だが破片とはいえ巨大な存在です。自分ひとりの魔力では意味が無かった」
「だから他から吸おうとした……最初の頃に犠牲者が出てたのは慣れてなかったからと言うつもりか?」
「ええ、最初は私も加減がわからず力あるものから問答無用で吸い取るというものでした。これはいけない。すぐに騒ぎになった」
「それが、宿泊した魔法使いの事件……」
青年から語られる内容に、俺もコーラルも動けないでいた。目の前の相手を切り捨てて終わり、とはどうも思えなかったのだ。やっていることからすれば、今にでも切りかかってとめるべきなのだが、まだ聞いておかなければいけないことがある気がする。
彼からは見えない位置にある腕を強く握りしめ、それを見たのかコーラルの気配も落ち着いていくのを感じながら、俺は青年から目を離せなかった。
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