030.「ガイストールの闇-4」
「ただいま、何も無かったか?」
「お帰りなさい。少し前に魔力の波動を感じたんですけど、何かありました?」
戻ってきた俺を出迎えたのは、ベッドの上で杖を手に瞑想しているコーラル。ゆらりと、その体から魔力が光となって見えるあたり、彼女も相当な資質の持ち主だろう。どうやら訓練がてら、魔力のレーダーというべきものを周囲に広げていたようだ。
「ん? あー、何かいたよ。後、これ」
「何か……は聞かないでおきます。えっと……それ、今も動いてます。ちょっとずつ魔力というか、何か吸ってますよ」
顔をこわばらせたまま、俺の手の中の水晶球を見ての言葉に慌ててベッドの上に転がし、距離をとる。道理で手にしていた時にもひんやりしたわけだ。ただ冷える場所にあったからじゃあなかったわけだ。
「でも、今はほとんど吸えてませんね。多分、どこか適切な場所におくと効果がしっかり出ると思うんですけどね。教会の建物の中にこれがあったとしたら、話はどうもおかしい方向に転がるんじゃないですか?」
「確かにな……実は……」
俺は外であったこと、出会った相手のこと、特に襲い掛かってきた相手のことはしっかりとだ。あれは一般人相手ではかなりの脅威になる可能性がある。そんなのが建物の中に出て来るなんてのは放っておけない。
「信徒……ですか。知らせたかったのかもしれませんね、これの位置を。何に使うためにそこにあったかはわかりませんけど、隠されてるってことは碌な物じゃないと思いますよ。クリスさんも知らないんじゃないでしょうか」
「こういったものはどんな感じで使われるんだ?」
MDではこういった物自体はあったが、何に使うのかといわれると特に心当たりは無い。というか、十中八九、これはよくないものだろうな。こそこそと隠されていて、あんな幽霊がいるような状況は正常ではない。
「そうですねえ……一番多いのは、四方を囲んで拠点にそれぞれ置く事で中にいる人間の魔力を糧に結界を貼ったり、魔法の力を増幅したり、でしょうか。でもこの教会ではそんな様子はありませんし、大体は象徴的に目立つように置くので、教会の本来のものではないと思いますよ」
「ということは、何か隠してやっている、後ろめたいこと……か」
「ええ。それこそ、教会に住んでいる人間、出入りしている人間からこっそり魔力を集めている、という可能性が高いんじゃないですか?」
語るコーラルは少し大人びて見え、その口調は強い。魔法を悪用していることが許せないのだろうか? こうしてる間にも吸われているかもと考えると良い気はしないよな。1つこうやって持ち出しているから吸えなくなっている気がしないでもない。
「よし、これは明日クリスに聞こう。変な影のほうはどう思う?」
「そんな大きさのモンスターというか、亜人、みたいなのは聞いたことが無いですね。多分、何か魔法で力がそういう形になっているだけだと思います。あるいは……スピリットか」
元の世界風に言えばエネルギーの塊というところか。あんなのがうじゃうじゃいたらちょっと面倒だなあと思いながら、これ以上の結論は出ないだろうということで、寝ることにする。今から報告に行くべきかもしれないが、残りの水晶球も見つけないといけないし、そもそもの使い道がなんなのかがわからないのでは下手に騒ぎ立てても行けないような気がしたのだ。
夜明けまでの間、俺は一人、テーブルに置き直した水晶球の様子を確認しながら考え込んでいた。事件のことだけでなく、この世界の事、これからのこと……俺が出来てすべきこと。既に寝入ったコーラルの寝息を聞きながら、一人考える。
(スピリットを殴ることは俺にも出来るし、武器があれば皆にも出来る。だけど、イベント上NPCでは倒せない敵、はどうだ?)
思い浮かぶのは、文字通りNPC相手には無敵であるイベントの敵だ。ゲームでも演出の都合上、そのままではNPCが負けるか、決着がつかない相手というのはそれなりにいた。この世界はゲームには似ていても別世界であろうとは思いつつ、もしもそういう相手が出てきたら戦いになるのは俺か、俺のようにこの世界に来てしまった元プレイヤーだけということになる。
周囲の大群はNPCに任せ、本陣をプレイヤーが強襲するなんて話はいくらでもあるだろう。それをするためには……力と情報がいる。この世界だとドラゴンがそれに近いだろうか? でもドラゴンたちも倒せないわけじゃないんだよな……。そのぐらいの相手をやすやすと倒すような奴が過去にいたとしたらそれなりに名前が売れているはずだ。その人たちの子孫なら、俺が考えるようなことが出来るかもしれない。
(そんな人が他にいるかはわからないが……俺自身も考えておかないとな)
表向きのボスはこの世界の人々に任せ、俺は言うなれば裏ボスが出てきた時の対処法を手に入れなくてはいけないと思いなおす。なにせ、俺は戦闘力で言えばゲーム的には中堅以下なのだ。とてもレイドボスクラスをソロでやれるような強さは無い。アイテムを後先考えず駆使したら多少は……だろうか。
「これはという相手がいたら武具をさりげなく手に入れさせ、俺自身も実力を上げ……出来れば国の上層部とのコネも作る。一番いいのは俺みたいに作れるのは不可能じゃないというアイテムや情報が手に入ること、か。これが終わったら工房をいくつも当たってみるか……ドワーフ並みとは言わなくても、スキルの所持者の1人ぐらいはいるだろう……」
気が付けば考えは口に出ていた。コーラルを起こしてしまわないよう、ベッドに横になりながらも水晶球を観察する。月明かりがわずかに差し込み、何かを呟いたように感じた。
「これは……思ったより厄介なものが出てきたね。君に頼んで正解だったよ」
やや考え事が多かった夜の後、クリスに会いに行った俺たちは、すぐに水晶球と影について切り出す。それに答えたクリスは個人的には満足そうな、それでいて立場ある人間としては複雑な感情をにじませた。教会、ひいてはガイストールに潜む闇の断片と事件への入り口が俺の前に開いた瞬間だった。
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