029.「ガイストールの闇-3」
街としても大きく、周囲には強力な魔物もそれなりにいるらしいガイストール。そんな街の教会で、依頼を受けることになった俺と、それについてくる形となったコーラル。信徒の1人であろう妙齢の女性に建物内部の案内を受け、祈りをささげる場所だとか時間、その方法といった各施設の利用方法について教わることになった。
(ごく普通の……教会、か)
実際、説明の間には特に妙な気配もなく、特別なことは何も起きなかった。敢えて言えば、予想より広いので迷いそうだなと思ったぐらいか。本当に何かが起きているのか疑問に思いながらも、時間だけは過ぎていき、特に進展もなく、夜となってしまう。
「結局、何も発見できなかったな……。コーラル、俺のせいでちょっと面倒なことになったかもしれない。すまない」
「いえ、これも経験ですよ。こうでもしないと教会に寝泊りするってことは出来ないですからね」
同情か、本心からかはわからないけれどもコーラルはまったく気にした様子はない。俺はそのまま用意された部屋のベッドに腰掛け、鎧は着たままで剣だけを壁に立てかける。表向きのアイテムボックスたる布袋はベッドの脇だ。
「クリスさんの話は、その人たちの気のせいかもしれないんですよね?」
「いや、であれば調査だけでも良い、とかそういう中身のはずだ。クリスは解決、といった。つまり、何かは起きているんだ。それがどういった物かは……わからないが」
もしかしたら、神官だとかそういう類の何かで感じ取っているのかもしれない。探知用のスキルはいくつもあるし、スキルが無くても何かを感じる、ということはゲーム時代でもよくあったことだ。
「そうなると、明日も地道に探索ですか?」
「いや、こういう超常現象といえば夜が定番だ。今からもう1周しよう」
俺がそういうと、なぜかコーラルは大きく体を震わせる。杖を始めとして冒険用の装備を解除しているコーラルは普通の街娘のような姿をしているのだが、その顔はいたずらがばれた子供のような表情だ。つまりは、肩もあがり硬直した姿である。
「……もしかして、夜というか、こういうの……苦手だったか?」
「……(コクリ)」
無言で頷かれ、その後につぶやかれた内容によれば、灯りのあるここにいる分には全然大丈夫なんですが、とのこと。まあ、そうだよな……俺は電気のある明るい夜に慣れ過ぎているんだ。今は平気に感じているけど、実際に夜の建物を歩くとなればきっと……まあ、やってみないとわからないな。
俺自身も姿がはっきりしない相手が得意というわけではないが、ゲーム時代もそうだったかアンデッドや幽霊タイプの依頼は割が良いことが多く、ある程度割り切ってなんとか我慢していた。専用のゲームみたいに描写が細かかったら駄目だっただろうけどな……。
「それでよく一緒に依頼を受けてくれたな?」
「いや、まあ。慣れないといけないことですし、明るいうちに終わったら良いなとか考えてました」
しゅんと落ち込んだ様子のコーラルに、俺はそれ以上言えずに息を吐く。ここで留守番をしてもらうというのは悪手だろうか? と言っても無理についてきてもらってもな。
「まあ、襲われたという話はないから大丈夫だろうから、俺だけで行くよ。コーラルはここで一応、魔力的な気配が無いか、探りながら待っててくれ」
「はい、お気をつけて」
そのうち、専用の依頼でも受けてゴースト退治したほうが良いような気もしつつ、布袋を肩にかけ、俺は扉を開けて夜の教会内部に歩き出す。扉を開けた途端何者かが!なんていうお約束は無く、暗がりが広がるばかりだった。
(この明るさは月明かりか……目立つから下手に光源用に魔法を使うわけにはいかないな)
採光用にか、いろいろな場所にガラスと思われるものがはまった窓があり、そこから月明かりが差し込んでいる。十分ではないが、足元につまづくというほどでもない。それでもところどころ、物陰が真っ暗になっているあたりは良い気分ではない。
半端に見えるというのは錯覚を起こしやすい物だ。何でもないような物が幽霊に見えたり、風の音を声と聴き間違えたり。そんな中、何かいそうな気分に時折足を止め、耳を澄ますが特に歩いている人がいる様子は無い。今の所、巡回の信徒などはいないようだ。
(街で酒でも飲んでない限りは皆、夜は早いな……当然か)
人影が無いことを確認した俺は、普段は布袋にしか見えないはずのアイテムボックスから、祝福を受けた銀を素材にした剣、所謂シルバーソードを取り出す。ぎらりと、月光に反射する姿からは力を感じるが、その意味ではこの武器は何も特殊ではない。
何故銀がゴーストのような存在やアンデッドなどに有効なのかは俺には原典の覚えが無いが、どのゲームにでもあるだろうアイテムの1つだ。この世界ではまだ遭遇したことは無いが、他の武器よりは期待できそうだったから選んだのだが、燐光のように光る姿を見ていると不思議と気分が高揚する。
アイテムボックスを小さくして腰に下げ、剣を鞘に収めたままで建物の中を歩き続ける。まだ脅威のある相手がいるとは限らないのに向き身の剣を持ち歩くわけにも行かないわけだが……今のところは何もないな。
気をつけているつもりでも、コツコツと自分の足音が静かな空間を満たしていくのがわかる。そこだけ聞くとただのホラーゲームである。
1時間か2時間か、教会内部をぐるぐると回り始めて夜も更けてきた。建物の外にも一応出てみたが、月明かりに照らされた空間があるだけだった。教会から外には出る必要もないのでまた建物へと戻っていく。
(既に術中にはまってるとかないよな? 一度コーラルの元に戻るか?)
薄暗い中で過ごしているとどうにも感覚がおかしい。自分の動きや呼吸、足の運びになにやら微妙な感覚を覚えた頃、視界と音に違和感を覚えた。
まず、足音が多い。正確には、俺の足音にまったく同じ感じで別の足音が重なっている。そして、視線の先には……月明かりが差しているはずの通路の突き当たりに影があった。何かに光が当たって、という形ではなく、文字通り黒い影の塊があるのだ。
さりげなく、手元の剣に手を伸ばし、気配を探りながら歩く。影のある場所まではまだ20mはありそうだ。覚悟を決め、剣を抜き放ちながら背後へと回転しながら切りかかり、そこにいた存在に驚愕しながらなんとか剣をそらす。
ずっと正面の黒い影以外に、背中側に変な気配を感じていたのだ。ところが振り返った先にいたのは半透明の女性の信徒の姿だった。着ている服や格好からして教会関係者なのは間違いないだろう。
これがいかにもな姿だったり、もっと恐怖を感じる姿であったなら、俺は剣を振りぬいていただろうが、剣をそらすことが出来た理由として、その泣き顔があった。目の前の相手は何かを心配するように、涙をたたえた目で俺を見つめている。
(まさか本当にこんな場所に来て、幽霊と遭遇するとは……)
「何を伝えたい? 死んでくれ以外なら大体聞けると思うぞ」
話しかけてくる様子の無い姿に、逆に俺から話しかけてみた。話が通じるのなら何の問題もないし、何も通じないなら……どうしようか?
見る限りは特に手が無いだとか、目が光っているだとかそういった様子は無い。ごく普通に幽霊というと変だが、怖く感じる要素もない。顔立ちから言って女性だと思うのだがフードを被っているからなあ……。
どうにもらちが明かず、向かい合ったまま、後退、即ち通路の奥へと一歩足を動かした途端、彼女は俺の服をつまむように手を伸ばし、首を横に激しく振った。
(なんだ? 止め様としている?)
疑問が浮かんだ瞬間、嫌な予感が背筋を走る。そうだ、怪しい何かは後ろにもいたのだった。どうしてすっかり忘れていたのか。迫ってくる殺気に近いその感情に、今度は迷うことなく手の中のシルバーソードで振り向きざまに切りつけた。
同時に無理と思いながらさっきの幽霊をかばうように動き……驚いたことに、泣き顔の女性をかばうことが出来た。試しに魔力を手のひらにまとわせたら触れたのだ。かばった腕も、剣を振るった側もわずかな手ごたえ。剣を振った先、そこにいたのは黒い、紫色を混ぜたオーラのようなものをまとった小さな存在だった。
一瞬、精霊か?と思ったがそうであるならば襲ってくる理由がわからないし、目の前の相手はどちらかというとモンスターのような気配を感じる。大きさ的には子供としては大きく、大人としては小柄、といったところ。
手ごたえのわりにシルバーソードの一撃は十分効いた様で、もがきながらその影は消えた。通路の先にはもう何も無い。先ほどまで見えていた黒い影は今の相手で間違いなさそうだが……あれがクリスの言っていた奴なんだろうか? それにしてはあのまま襲われていては一般人は無事に済むとは思えない。
どういうことだ?と思いながら改めて振り返ると、幽霊の彼女はそこにいなかった。慌てて周囲を見渡すと、とある壁に半分ほど体をめり込ませ、そのまま消えていくところだった。どうやら先ほどはあの黒い影がいるから動けなかっただけのようだ。
彼女が消えた壁の辺りに歩み寄り、ふと思い立ってコンコンと手の甲で叩いてみる。上から下まで叩いていくと、丁度人間の胸元辺りの音だけが違った。次に手のひらや指先で触っていくと、指が引っ掛けられそうなくぼみを見つける。
「ん? 開きそうだな」
つぶやき、少し力を込めて動かそうとすると、小さな音を立てて、CDケースほどの大きさで壁の石が外れる。タイルのようなそれを手に持ちながら、石が外れた箇所に目をやると、小さな水晶球が収められていた。念のために剣の先で一応つついてみるが、特にいきなり反応するということは無かった。
隠されたようにある水晶球。もしかしたら教会の結界だとか、何か必要なものかも知れないが、明らかに怪しい。このまま戻して、明日報告しようかとも思ったが、日が昇ればここもそれなりに人の目に着く。これが何かの陰謀の一部であったりしたら余り人目につくのもよろしくないことだろう。
もし、教会に良いほうの何かだったら謝ることにして、そっとその水晶球を手に取った。壁にタイルもどきを戻し、俺は今日の探索を打ち切ることにした。
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