026.「小話-大地の民との出会い」
「やべえな、あいつは」
最初の感想はそれだった。我ながら芸がない。もっとも、今の状況では芸等必要ないのだが。ちらりと視線を向けるのは同行している若い2人、クレイとコーラルだ。どっちも突然のことに動揺を隠せていない。魔物と出会うのは当然初めてではないが、衝撃的だろうな。ただの採取依頼のはずが面倒なことになったぜ。
「山羊もどきがいなかったらどうなってたか……コーラル、大丈夫か?」
「うん。私は大丈夫」
薬草類の詰まった袋を掲げてみせるあたり、まだ余裕はありそうだ。うむ、それでこそ……だな。クレイのほうは確認するまでもない。逆に飛び出すのを抑えるのに必死だぜ。
(この圧迫感……ヌシか? いや、そうでもないのか……)
身を隠す森の中から、気配の方向を伺うと、その巨体が遠くに見えた。あの羊たちの乱入のおかげでだいぶ時間は稼げたようだ。こちらが風下のため、たまに漂う血の匂いが嫌な気分にさせるが風上よりマシだ。こうして退避と、思考する時間が得られたのだから。
「あいつら、この辺りを逃げ回ってたの?」
「みたいだな。あの1匹は逃げ切れなかったようだが。随分と混乱した様子だったな」
ちらりと見えた限りでは手負いだったように思える。そうすると出かけているというドワーフの魔法使い達があの熊もどきに襲われた可能性は……考えるだけ無駄か。今を乗り切らなくてはいけないのだ。それに仮にもこの土地に生きるドワーフがむざむざとやられることはないだろう。
(この熊もどきは、普通ではない奴に違いない)
俺はこれまでにこの森で出会った動物達を思い浮かべていた。どこか知っている姿そのままではなかったが、基本的な部分は同じという相手ばかりであの熊もどきが当たり前にいるとは思えなかったのだ。口から炎を吐く熊など、そうそういてたまるか。
確かに動物としての熊も相応に巨大だが、目に見える相手は動物のそれとはいろいろと異なっていた。炎もそうだが、目に見えるほどの光というべきか、何かをまとっており、その効果は不明だ。
(強さそのものはなんとかなりそうだが、一発の重さと速さがやべえな)
防げるのは俺ぐらいか……2人だと吹っ飛んじまうな。となれば取りうる手は少ない。まずは、このまま距離をさらに稼ぐ。
「いいか? このままゆっくりと下がるぞ。下手に交戦する必要は無い」
まだどちらかと言えば初心者に近いとはいえ、やはり2人も冒険者だったようだ。俺の言葉に頷き、静かに下がっていく。その際に枝を踏むような真似も特には無い。
(このまま戻ってあいつが里にやってきてもやばいな。どこかで倒さないとまずいか?)
相手から漂う気配、そして自分達との位置関係を確かめながら、俺は迎撃のための覚悟を決め始めていた。最悪の場合、方向を変えるぐらいは……。
「くっ!?」
瞬間、奴が吠えた。ただの遠吠えや叫びではない。まるで魔法のように影響を与える力を感じた。自然と、奴から目が離せない。惹きつけられているのだ。俺でさえこうなのだ。若い2人は硬直さえしている。良くない、かなり良くない状況だった。
「ちっ、こんなところでびびってちゃ、世話ねえな」
そんな軽口も果たしてどこまで有効か。いや、ここはやるしかない。未知の相手に萎縮していた自分を叱咤し、全身にやる気をみなぎらせる。冒険者は冒険してなんぼだ。無茶や無理をするのではなく、冒険する者、だ。
「やるぞ。逃げるのは難しい」
「ジェームズ?」
「そうだよな、逃げても逃げ切れないかもしれないし」
大げさに武器を構えてやると、多少の差はあれど2人とも後ろで同じように武器を構えなおすのが感じられた。本当は、こんな若い2人を命の危機にさらすのは俺の望むところではない。だが、冒険者を選んだのは2人自身なのだ。だったら、上手く導いてやるだけだ。
俺に、その資格があるかどうかは別として。
熊モドキはそんな俺たちに視線を向け、悠々とした仕草で近づいてくる。どう料理しようか、考えているのだろう。負けるとは露ほどにも思っていないのだ。
「上等だ! こちとら腕一本で何でもこなす冒険野郎だ! 知らない相手に興味はあってもびびってちゃーいけねえよな!」
「おうよ! やってやる!」
「あ、私は女の子だし、魔法ですけどね?」
いつもどおり、俺が前衛、クレイが中衛、コーラルが後衛、と迎撃の姿勢を取る。直撃を食らわないよう、集中しながらの戦いが始まる。
その戦いは、長くもあり短くも感じた。少なくとも俺たちは生き残っていた。
「はぁはぁ……やるじゃねえか」
言いながらも、疲れがにじむのを隠せていないことに内心舌打ちをしてしまう。視線だけは負けないようにと、相対する熊もどきを睨んだ。元から体力のありそうな姿に見合う体力が相手には備わっていたようだ。
(幸い、まだ大怪我は無い……が時間の問題だな)
事実、かする爪1つとっても勢いが乗った一撃であり、俺たちにはそれだけでも致命傷がすぐそこに顔を出しているような物だ。
(世の中には少人数で空を舞うドラゴンと戦える奴らがいるってんだから、まだまだ俺も甘いぜ)
「ジェームズ!」
刹那の思考、その瞬間を狙う攻撃をクレイの声に知らされて体をひねるとぎりぎりのところを相手の攻撃が通っていった。その後も互いに致命傷には遠く、時間だけが過ぎていく。素早い動きにコーラルの魔法も手持ちの中では決定打を欠いていたのも問題だった。
「攻撃魔法そのものでも、何かを使う拘束のも間に合わない……!」
(雷の魔法であれば当たるか? いや、あれはわかりやすいからな、こいつなら回避するかもしれん)
既にいくつかの魔法は発動前に読み切られていたのを感じる。コイツは、これまでに何度か魔法使いと戦ったことがあるに違いない。そして生き残っている……厄介な相手だ。
(俺が動きを止めて魔法を直撃させるしかないか?)
残念なことに、俺とクレイの攻撃も分厚い毛皮に邪魔をされてあまり効いているようには見えない。誰かが決定打のために囮にならなければならないか、そう冒険者らしくどこかで考えた時、聞きなれない声が届く。
(この声は……!)
ごく最近聞いた気がする声と合わせて生じる気配。その瞬間に熊もどきの足元が大きく陥没した。ちょうど熊もどきの移動先を狙った見事な穴開けの魔法だ。コーラルではまだこうはいかない。相当な熟練具合を感じる。
視線の先で、胸元まで一気に落下した熊もどきがどこかの誰かへと吠えていた。
「今だ! コーラル、電撃! クレイ、行くぜ!」
「はいっ! 轟く雲間の怒り! 雷の射線!」
コーラルの杖から、ホースほどの太さの電撃が走り、熊もどきの胸元に直撃する。そこは元々か、俺の攻撃が効いたのか皮が切れて生身が見えていた。そんな場所に雷があたればどうなるかは言うまでもない。
「よしっ! そこだっ!」
勢い良く走りこんだクレイと、振りかぶった俺の攻撃がほぼ同時に決まり、急所に近い位置を攻められた熊もどきはその体力を大幅に減少させ、勝負は決まった。
「今のは、ドワーフ……ですよね?」
「だと思うんだがな」
答えながらも俺にはあまり自信がない。なにせ、はじめてに近いんだからな。一人、クレイだけは目を輝かせていた。
「絶対そうだって! グラントのおっちゃんと同じだったもん!」
騒ぐクレイの声が聞こえたのか、最初から姿を現すつもりだったのか、森の一角から何名ものドワーフが出てくる。戦士の体格の奴が多いが、何人かは魔法を使いそうな杖を手にしている。彼らの後ろには仕留めたのであろう獲物が積みあがっている台車がある。
「人間よ、無事だったようだな。グラントの名を知っているということは客人か」
「ああ、俺たちともう1人で、ほんの少し前に世話になり始めたばかりさ」
答えつつも、念のために熊もどきが絶命しているのを確認しておくのを忘れない。熊は生命力の強い獣、あるいは魔物だ。こうしてる間にもいきなり起き上がってくることだって否定できない。
「なるほど。その様子だと里に戻るところなのだろう? 我等と共に行くと良い」
先頭のドワーフが3人に提案し、返事を待つまもなく片手を挙げ、何事かをつぶやく。すると、俺達とドワーフ達の目の前で、森の一角が音も無く新たな道を作った。
「我等はこの土地と共に生きる者。互いに融通しあうのだよ」
目の前の光景に言葉を失う俺達に、ドワーフは何でも無いように言い、時には、移動の要望にこたえて直接土を掘って木々を移動するのだと教えてくれた。
「よろしく頼むわ……よし、2人とも。帰るぞ」
予想外の戦いに疲弊した体にあと少しだと鞭をうち、ドワーフたちと一緒に帰路につくのだった。
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