022.「北の地で-4」
後悔先に立たず。先人たちはやはり、良い言葉を残す……そう実感していた。目覚ましも無いのに目が覚めた朝、起き上がろうとして体が重い……二日酔いかと思いきや、ただの寝不足のようだ。そういえば昨晩は遅くまでジェームズに付き合っていたな……。
「こんなことで飲むのもなんだが、仕方ないな」
手持ちのポーションから状態異常を主に回復する物を一気に飲み干す。良薬口に苦しの言葉通り、効果と味はある意味比例していた。そのおかげか、すっきりしつつ眠気も吹き飛ぶという状態となっている。本当はしっかり寝る方が良いのだがそうも言っていられない。
身支度を整えながら、今日の予定を振り返ることにした。確かあれだけ泥酔しながらもジェームズはしっかり情報を確保しており、そのうちのいくつかは精度も高そうだった。需要のある薬草類の話、そしてふわもこの毛だらけの魔物の集団の話だ。毛だらけというのは聞いた限りでは羊のでかいのだろうな。
廊下に出て、若い2人を迎えに行った頃にはジェームズも起きだしてきていた。そのまま4人そろって相談が始まり……俺が手に入れたドワーフの里へ一度行ってみたい、ということになった。
「よし、行くか! ファクトも準備は良いか?」
「俺はいつでも。2人も良さそうだな」
音頭をとるジェームズからは昨日の泥酔の様子はカケラも無い。よほど慣れているのか、隠しているのか……まあ、何かあればフォローすればいい。聞いたドワーフの里はこの街から確か北西であった。
「あれ? ファクト、装備を少し変えたの?」
「ああ。一通りは外に出しておこうと思ってな。少し動きにくさはあるが大丈夫じゃないかな」
今の俺の装備はスカーレットホーンに、栄光の双剣、そして赤い鞘のショートソード。最後に腰のベストにはヒートダガーとやや重武装だ。その時その時出せばいいからと装備を仕舞いっぱなしだと、第一印象でひ弱な印象を与えるかもしれないな、なんて思ったのもある。
ゲームと比べて一番の違いがこうして出しておくアイテムがかさばることだろうか? 重量的には余裕があるはずでも持ち歩けない量、状況というのは間違いなくある。それを確かめる意味でもこの試みは重要だと感じた。
「ここまで何も無し、か。いいことではあるなあ」
しばらく進むも道中、モンスターに襲われることも無く進み続けた。整備はあまりされていないが、通るのに問題はない程度の道だ。普段は通る人間が少ないんだろう。
ふと、クレイを見ると真剣な顔で周囲に気を配っていた。良いことではあるが、悪い事でもある。
「クレイ、緊張しすぎても疲れるぞ。こまめに休息は入れるんだ」
「そうなんだけどさあ。酒場で聞いた話がすごかったんだ。だからちょっと……」
きょろきょろと周囲を見渡している姿を見るに、どうもただ緊張しての警戒ではなさそうだった。話を聞くと、件の山羊もどきは集団で走っているようで、一際大きな集団にとある隊商が一気に粉砕されたらしい。生き残りの話だと大きい奴はちょっとした小屋ほどもあったとか。
(なるほど、そんな奴らがいるかもしれないとなれば気にもするか)
「脅かしたら逃げますかね?」
「どうだろうな。案外怒って襲い掛かってくるかもしれん。っとと、話をすれば……おいでなさったぜ」
言霊、という考えがある。口にするとそれは力を持つという話だ。そう思うぐらい、あまりにもタイミングの良い出来事だった。向かう先の林がゆっくりと倒れていくのが見える。つまりは誰かが切り倒してるか、なぎ倒している。土煙を上げて見えてきたのは……。
「こっちに来ます!?」
「群れ……じゃないか?」
悲鳴のようなコーラルの声に一瞬焦りが浮かぶが観察の結果はそれを押さえつけた。最初は話の通りに巨体がたくさんかと思ったが、そうでもなかったのだ。まだ距離があるが、確かに羊のようなもこもことした姿。ただし、この距離でもわかるほど大きい。
「群れからはぐれた数匹のようだが、避けるか? 倒して見るか?」
「仲間を呼ぶかもしれないよな!? だったら避けよう!」
確かにクレイの言う通りであった。今のところは何か目的があるのか、道をまっすぐ走ってくる様子だが下手に手を出せばどう変わるかはわからない。羊が走っていくのとは反対側に馬を進め、やり過ごすことにした。
このままやり過ごせるか、そう頭をよぎった時になぜか走っていた1頭が向きを大きく変えた。そいつが向かう先は、俺たちがいる。
「見つかった!?」
「いや、何か変だぞ?」
まるで赤ん坊や子供が駄々をこねるように、首を振り続ける羊。その割に走りは尋常ではなく、土煙をあげてこちらに走ってくる。下手に受け止めるのも避けるのもまずい……か?
「転がす! 追撃頼むっ!」
馬から飛び降り、スカーレットホーンを抜き放って相対し、わずかな時間に動きを観察する。別の何かに集中して碌に前を向いていない。このままなら何か仕掛けても当たるまで気が付かないだろう。かといってただ避けても馬に当たるし、まともに受け止めるのも無傷では無理だろう。
脳裏を地竜のタックルを受けたシーンがよぎるが、今回はそれほどでもない。狙うは……足!
「転がってろっ!」
山羊の突撃はかなりの勢いがあり、俺はその勢いを利用する形ですれ違いざまに前足に攻撃を加えた。すぐさまよろめき、巨体がゴロゴロと転がっていく。上手く転倒させることに成功したのだ。
大きな音を立て、茂みに突っ込む山羊に3人が追撃をかけ、仕留めることに成功した。
「ふー、後はどっかに行ったか?」
「そうだな。しかし、なんでコイツだけ曲がってきたんだ? ファクト、わかるか?」
(いやいや、俺はそこまで物知りではないが……ん?)
動かなくなった羊を観察していくうち、一つの場所に目が留まった。そこを見ながら腰からヒートダガーを手にして羊のそれと見比べる。形は少し違うが、よく似ている。
「あ、角ですね!」
「そうみたいだ。思ってもみなかったところで材料が見つかったな。毛皮は、なんかごわごわしてるが1頭でもかなり取れそうだな」
ひとまず角を切断した後、毛皮は出来るだけ剥いでみることにした。上手くすればドワーフとの交渉に使えるかもしれないし、駄目でもいくらかでは売れることだろう。
「でっけえなあ……美味いかな?」
「一応モンスターだから、やめとけ」
「意外と体は細いですねこれ」
俺が角を袋に入れて、他の確認をしている間、3人はそんな話で盛り上がっていた。
その後は無事に旅を続け、途中で薬草を採取したりで目的地と思われる廃墟が見えてくる。
「教会……か?」
「大分古いが、あの塔部分なんかは間違いないな」
中央付近に、確か鐘をぶら下げるのに使っているはずの塔が見える。ちなみに教会の信じる宗教名称はマテリアル教である。現実世界だとマテ教だとか、まてきょ、だとか呼んでいた記憶がある。
誰かが手入れをしているのか、はたまたご加護でもあるのか、廃墟呼ばわりされる割には非常に綺麗だ。もちろん、人が住んでいる気配は無いが。周囲には生い茂る草木。元はそれなりの場所だったかもしれないが今は廃墟群、あるいは自然に埋もれた姿といった方が正しいだろう。
多少開けた場所の木に馬をくくり、4人で探索を始める。お宝は恐らくないだろうし、魔物がいるということもないだろうけども……。
「うっすらですけど、魔法の結界みたいなのが覆っているような……」
「俺にはわからんな。ファクト、クレイ、2人はどうだ?」
「変なプレッシャーは無いよ?」
「俺もだな。ただ、特定の魔法やアイテムがないと素通りしてしまう空間があるとは聞いたことがある」
罠が無いかを確認していた俺は、壁や床の素材に注目し始める。年月がたっているのか、やや苔むした場所もあるが……ある一角だけは綺麗なままだった。比較的、ではあるが壁の色もやや新しい。恐らくはここが、当たりだ。
「そこか……よし、まず俺がそいつ無しで行ってみる」
緊張した様子で進んだジェームズは何事もなく、壁までたどり着いてしまう。拍子抜けといった様子で戻ってくるジェームズだが、俺は逆にそのことで確信を深めた。彼が歩いたとき、若干だがゆらぎがあったのだ。
念のために他の場所を探るが、特別なものは無く小部屋がいくつかあっただけであった。
(いよいよ、だな)
「今度は俺がこれを持ってそちらに行ってみよう」
壁際にいるジェームズへ向け歩き出し……瞬間、不思議な感覚と共に視界は切り替わった。明るかった視界はやや暗くなり、建物だった光景は全く別の物に変わっていた。
ただの小部屋のはずの空間が、長く続く通路になっていたのだ。後ろを振り返れば、見える限りでは元来た場所ではない光景。そのまま戻ると……また視界が急に変わる。
「なるほどな……こういうことか」
「よかった、急に消えたから何があったかと思ったぞ」
「あれが転移……何も魔力は動きませんでしたよ。すごい!」
「俺も早くくぐってみたい!」
立ち止まって考え込む俺に駆け寄る焦った様子のジェームズと比べ、若い2人は好奇心の方が勝っているようだ。若いうちはそうでなくっちゃな。慎重になるのは大人になってからでいいと俺は思う。
「手でもつなぐか。そのまま入って俺1人消えるっていうのも面倒だ」
普段しないことにちょっと気恥ずかしさはあるが、手をつないで先ほどのように進むと……再びの感覚が俺を襲った。手にはつないだままのクレイの手の感触がある。
「ここが……ファクト、あれって魔法のランタン?」
「どうだろうな……お?」
「きゃっ」
「なんだっ!?」
驚きの声に合わせてという訳ではないだろうけれども、声と同時に音が響いたと思うと、通路のような道の先に灯りが増えた。1つ……ということは1人か?
徐々に近づいてきた光の持ち主は人型だった。見た限り、恐らく彼は……ドワーフ。
「誰かがくぐってきた気配にやって来れば新顔が4人とは、珍しいのう」
聞こえたのは自分達にもわかる人語。どこか訛りがあるようだが聞き取れないほどではない。やや低めの身長、がっしりとした体格。髭をもじゃもじゃとさせた噂に聞いたドワーフの姿そのものがあった。
「もしかして……ドワーフさん?」
「いかにも。ふむ、珍しい歳の差の組み合わせだのう」
「ああ。おっと、初めまして。見ての通り人間です。少々お尋ねしたいことがありまして」
一歩前に出、喋りだした俺を、ドワーフは見つめてくる。最初はただの観察かと思いきや、何かを感じる。かと思えば、驚きに顔を染め、その瞳にも変化があった。
(あれ? 俺、何かやったか? 盗みは……してないよな。ヒートダガーは買っただけだしな)
良く考えれば初遭遇なのだから何かやったわけはないのだが、思わずそう思ってしまったのだ。と、ドワーフが持っていた袋からふわりと、光る小さなものが出てきた。それは俺が持ったままのヒートダガーに向かい、ヒートダガーからも赤い小さなもの、精霊が出てくる。
双方の精霊は踊るように絡み合い、俺の周りを飛んでいた。思わず目で追ってしまった後、ドワーフがまだこちらを見ていることに気がつき、視線を戻す。結局、無言になったのはわずかな間だろうか?
「お主、精霊が見えるな?」
ドワーフの衝撃の一言が、広くない通路に響き渡った。
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