018.「明日の行き先」
夢、夢を見ていた。真っ白な世界。真っ白な空。真っ白な地面。響く小さな声。
1度は面倒くささに見捨てた俺だが、すぐさま取って返して拾ってしまった。小さな、小さな命。 ゲームをするのもそこそこに、面倒を見ることになった小さな子猫。一人身の寂しい空間を埋めてくれた存在。自分にも何か出来るかな?と思わせてくれた存在。
いつのまにか帰ってこなくなったが、窓辺に居ついていたあの猫は今どうしているだろうか? 元気でやっていると良いのだが。俺は、今も選べるだろうか?自分が後悔しない様、何かを、誰かを。この、現代文明の欠片も見当たらないファンタジーな世界で。
気が付けば俺は地球を眼下に見る場所に浮いていた。青い星、雲があり、大陸があり……と、そこまで見て気が付く。ここは地球ではない。あんな横長の大陸、あるはずもないのだ。
(ここは、宇宙か?)
上下もない空間は後ろを見れば暗闇に点滅しない光、星々だ。だがうっすらと、何かの膜がスクリーンのように見える。まるで星を何かから守るような大きな球体状の膜。
唐突に、気配を感じてそちらを向く。遠く、遠くに誰かが浮いている。自分と同じ境遇だろうか? そう思って目を凝らすもよくわからない。けれど、なんとなく女性だとわかる。動かないその姿は、寝ているように見えた。こんな、よくわからない場所で? それに……何か羽根のようなものが……。
そこまで考えた時、俺の意識はどこかに浮かび上がるように引っ張られた。
目が覚めたとき、俺はベッドの上だった。何か、ごちゃ混ぜになった夢を見ていた気がする。天井を向きながらぼんやりと過ごすと焦点が定まってきた。部屋の感じから、街中にある宿屋のようだ。窓は暗く、壁にあるランプの光が部屋を照らしているところから、朝や昼では無いように見える。
「ここは……くっ」
体を起こすと、痛みというより立ちくらみに近い症状が頭を襲う。どうやら魔力の枯渇によるふらつきのようだ。確かMDでも総魔力の1割を切ると、ハードの制限内ではあるが、不快感が襲ってきた覚えがある。視界に入るゲージは確かに真っ黒だった。
うっかり食事も取らずに丸一日、ゲーム内にいた後の目覚めのよう感覚からして、半日か1日以上はここで寝てしまっていたのではないだろうか? まだ動かない頭でそんなことを思い浮かべていると、部屋の扉が静かに開く。
「お邪魔しま……あ! 目が覚めたんですね」
部屋に入ってきたのは、水桶を持ったコーラルだった。防具を外し、女の子然としたかわいらしい私服姿だ。胸元は少々ささやかなようだが。
「おはよう、でいいのかな? ジェームズはここにいるのか?」
「あ、はい! 呼んできますね!」
俺が呼び止めるまもなく、水桶を部屋に置いてすぐに駆け出すコーラル。その元気な様子を見て、出会った頃の印象との違いに一人、笑う。出会った頃のコーラルは少しおどおどした様子が目立った。清楚な美少女、といったところか。今は少し丁寧すぎるかな?ぐらいに収まっている。
戦闘中はどちらかというと冷静に勤めようとしているのか、冷たい口調が目立つ気はするが、戦時に口調やらが変わるのは良くあることだ。
待っている間、ぼんやりと空中に自身のステータスを含めてウィンドウ群を展開させてみるが、まだ魔力のバーは真っ黒のまま、ゼロだ。回復ポーションを使えば強制的に少しは回復するだろうが、今は必要ないだろう。バーが動く様子も無いので、まだ3日は経過していないということになる。
ゲームではHPに相当する体力用のバーは少し黒い。今もじわじわと白くなっているところをみると、戦いのダメージは抜け切っていないようだ。
MD時のように具体的な数値が見えなくなっているので詳細はわからないが、後1割ほどは黒い。
数値そのものがわからないのはその他のステータスも同様のようで、数値の書き込まれていないメモリが時折あるだけで、筋力やらその他の値も、バーの長さで相対的にわかる程度だ。基本的には最後にゲームで確認したとおり、所謂DEXに相当する値だけはとにかく高い。
他人と正確に比較が出来ないので不明瞭ではあるが、武器などのアイテム補助なしでは米俵を2つ担ぐのが限界というぐらいだろうか?
それでもこの世界の冒険者からすれば、中堅以上の動きは出来そうではある。特に、特定の部位を狙ったり、器用さが要求される状況では俺の思考が追いつく限りは様々なことが出来そうだ。
落ち着いたら、本格的に訓練をしてみようと思っている。ステータスとしては強くても、まだまだそれを使う術が甘いのだと思う。自分の実力を把握し、有効活用すべく経験を積まなければいけない。
バタバタと廊下を走る音。どうやらコーラルが帰ってきたようだ。複数聞こえることから、ジェームズも一緒なのだろう。
「よーう! 思ったより元気そうじゃないか」
「だからといって手加減なしで叩かないでくれないかな」
開口一番、ジェームズは豪快に笑い、ベッドにいる俺の肩を勢い良く叩く。さすがに本職に勢い良くやられると体に響くんだよな。後ろのコーラルの視線がジェームズを貫くが気が付いている様子はない。
「細かいこと言うなよ! ま、倒れた時は少し焦ったぜ」
「そうですよ。あのまま起きないのかと思っちゃいました」
真面目な顔に戻ったジェームズにコーラルが続くが……あれ、クレイがいないな。
「クレイはどうしたんだ? 用足しか?」
「たいしたことじゃない。研ぎなおしにいってもらってる。ほれ」
答えてジェームズは椅子に座り、持っていた大きなスイカぐらいの何かを投げてきた。
「っと。なんだよ……おおう!?」
布袋に入っていたのは、鱗模様の何か。いや、この色、この感触!
「まさか、オジハルコンか?」
手にとってウィンドウをさりげなく確かめるが、間違いは無い。が、ゲームで入手していたものとは明らかに雰囲気が違う。思えば今回相手にした地竜はかなりでかかった。素材達も、相手によって性質を変えてくるということだろうか。
「おう。やっぱりわかるか。初見で見分けるとかさすがだな。国の担当者ですら何日も検査にかかるっていうのによ」
「私も初めて見ました。ジェームズは知ってたみたいですけど……」
なんでもないようにジェームズが言い、コーラルはオジハルコンの輝きに目を奪われている。冒険者稼業の長そうなジェームズのことだ、どこかで見る機会があったのだろう。
「まあ……な。それでこれをどうしろと?」
「どうもしないさ。やるよ、お前に」
何かを作れといわれるかと思ったが、出てきた言葉は驚きのものだった。この世界でのレア素材の価値はまだはっきりとわからないが、相応に価値のあるものなのは間違いない。
「他の奴らは普通の鱗やら、爪やらで既に頭が一杯さ。俺はさっさと牙やらをもらって、こっそりとこいつを取ってきたわけだ」
曰く、遅れてやってきた貴族のお偉いさんが、分配を宣言したそうだ。何でも、予定より大規模な襲撃だった割に犠牲は少ないということで、約束の報酬外のボーナス扱いなのだそうだ。貴族にしてみれば、自分の領内でこれだけの強敵が防げたということで良い材料になるらしい。
「ほー……ところでこいつ、どこにあった?」
牙やら爪というようなわかりやすい部位と違い、何々の心臓、のようなアイテムはMDでは、相手の構造データが消え去った後に残る、という具合だったのでオジハルコンの具体的な採取場所などは不明なのだ。
「……ここだよ、ここ」
ジェームズが微妙に嫌そうな顔をして、自分の下の方を指差す。足? いや、あの位置は……。
「え? おい、これ金……」
コーラルもすぐにわかったようで、真っ赤になって部屋を出て行った。
「そういうこった。こんなんぶら下げて動くんだから、すげえよな」
あの地竜、雄だったのか……。
「貴重品には変わりはないから、ありがたくもらっておく」
ベッドの傍らにおいてみるが、聞くまでは神々しかった輝きが、今は妙なものに見えるから人間不思議である。
「そうしとけ。で、どうする、今後。このまま戻ってもアレは何なんだ? お前は何者だって聞かれるぜ?」
丁度二人きりになったからか、ジェームズは真面目に話を切り出してきた。
――俺は、異世界から来たんだ。
そう告白できたらどんなにすっきりするだろうか? 無論、いくらジェームズ達でも信じてはくれないだろう。それに、信じられても後が怖い。何故来れたのか、俺にも説明は出来ないし、証明も出来ない。
奇跡の力、と言われてしまうのだろう。
「村に伝わる遺物だったのさ。あれで壊れてしまったけどな。見ての通り、すごいことが出来るが、すぐ消えてしまう。普通じゃ使いようが無いだろ?」
何故出来たのか、何故今出来ないのか。相手の納得できる答えを用意できない俺はこう答えるしかなかった。
「ま、そう言うしか普通はないわな」
ジェームズも色々と想像していたようで、すんなりとそう答える。
「……すまない」
「何を謝る? お前は街を、守っている人間ごと救った。それでいいじゃないか」
思わず謝ってしまった俺を叱るようなジェームズの言葉に嘘は無いように聞こえる。だが、現実的には追及してくる人間のほうが多いだろうことも予想できる。
「ただ、他の奴らは納得しないだろうな。そんなほいほいと良い遺物があってたまるか!ってな。と、ここで1つ、手がある。教会を知っているか?」
考え込んでいた俺に、ジェームズがそんなことを言い出した。俺は黙って頷き、先を促す。
「ま、大地や空、全てに宿る精霊と共に、って奴だな。これの教義の中に、奇跡があるんだよ。精霊に好かれた者が、時折起こすってな」
川が左右に割れたり、鳥達が遠くまで運んでくれたり、枯れ果てた森が元の姿に戻ったり、等々。大体10年に1回あるかぐらいだそうだが、皆無ではないらしい。
「俺が精霊の奇跡で武器たちを生み出せた、と」
「ああ。なにせ、奇跡は決まったことが起きるわけじゃないからな。そんなことあるわけがない!とは誰もいえないのさ。もっとも、教会の関係者に地味にマークされるだろうことは間違いないがな」
それでも、現状よりはマシそうである。
「それしかないか……」
大分楽になってきた体を起こし、俺もベッドに腰掛ける形でジェームズと向き合う。
「一応、今は戦いの疲れで寝込んでいる、としてあるから何日かはこのままでも過ごせるだろう。街は勝利の宴の真っ只中だ。誰も気にしないさ。ただ、グランモールには戻らないほうが良いだろうな」
「え? 何かあったのか?」
グランモールに、とはどういうことかと聞くと、武器を渡したグランモールの使者が、貴族と一緒にここについた頃には戦闘が終わっている、ということで慌てて情報を集め、俺がかかわっていることを知ったらしい。そこで、グランモールにある工房が差し押さえられそうだとかなんとか。
隠すことなく、貴族が街の入り口で叫んでいたためにジェームズたちにも聞こえたらしい。
「ここの場所は誰も喋っちゃいないし、後は目の前の地竜の有効活用のほうも重要なようだな」
どこにいるかもわからず、目覚めるかわからない俺自身より、在庫として工房にある武具やあるかもしれない秘密と、地竜の素材のほうが重要ってところか。今戻っても、貴族子飼の兵士がずらりと……か。
部屋に放り込んでおいた祝福された武器達が多分、回収されているのだろうが、仕方がない。と、廊下を歩く複数の足音。
「ただいまー! あ、おはよう、ファクト!」
「はわわ、戻りました」
武器を抱えて元気良く入ってきたクレイに、先ほどのインパクトが微妙に抜けていないコーラルだった。
「おう、ちゃんと巻いてきたか?」
「もちろん! 色々裏口から出てきたぜ」
どうやら、ここに直接は来ないように色々と考えていたようだった。
「迷惑をかけた。みんな無事でよかった」
「へへっ、まあな!」
「私の魔法がもっと上手ければ……」
「最後は持ってっちまって悪いな!」
三者三様、わかりやすい反応である。合計4人と少し手狭になった部屋で、俺の心は少し、軽くなっていた。
「よし! じゃあまた明日来るぜ」
「あれ? これからファクトとどこに冒険に行くかを決めるんじゃなかったの?」
退出しようとしたジェームズにクレイが何でも無いようにそんなことを言い放った。
「ん? そうだったのか?」
「あー……ほれ、これで街で暮らしにくくなるだろうから、一緒に冒険できたら楽しいかな、ぐらいは言ったけどよ」
俺の追及の視線に、ポリポリと頭をかきながらジェームズが答えてくれた。
「で、でも! ファクトさんがいてくれれば心強いですっ!」
フォローのためか、コーラルまでそんなことを言ってきた。
「んー、世界の色々な場所、色々な事を知りたいから誰かと一緒というのはありがたいが、ずっとは難しいぞ?」
俺が欲しい情報である世界のことであったり、街やダンジョンのことなどを聞ける環境は非常にありがたい。
「そりゃそうだ。出会いがあれば別れがあるってな。気の済むまで一緒にいれば良いし、目的があれば別れれば良い。で、どうだ?」
ジェームズとしては俺の体調が戻ってから酒の一杯でも引っ掛けながら、というつもりだったのだろう。妙に照れくさそうな表情だ。
「そうだな。そんな形でよければ、こちらからお願いするよ」
俺の返事に、若い二人ははしゃいでいる。
「それで、どこに行くんだ?」
「ここから北。岩山と森、湖に大河と、精霊の恵みあふれた土地、ガイストールさ」
モンスターの住処も近いから、最前線だけどな、とジェームズは付け加えた。俺がOKを出すと、3人は自分の部屋へと帰っていく。
(ガイストール……か。そこならわかるか?)
俺は一人、思考をめぐらせる。激戦区であれば、わかるかもしれない。この戦闘で感じた違和感、見覚えのないモンスターたち。自慢ではないが、MD時代には攻略サイトは良く目を通していたし、戦えないクラスのボスですら、画像や動画でその姿を覚えてもいる。
だが、ウッドゴーレムの傍にいた影、そして地竜に乗ってまるで指示を出していたかのような奴らは覚えがない。アイテムですら、遺物を除けば、見覚えがないものは無いのだ。
新しい発見は、俺に何をもたらすのか。この世界での明日の行き先は、まだ、トラブルが多そうである。
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