017.「冒険者稼業-4」
俺は大きくジャンプし、敵陣のど真ん中に着地していた。そのまま目に入った大柄のオークに迷わず突撃していく。相手は突然俺が飛び込んできたことで驚いているようだ。俺自身も驚いている。なにせ、遠慮せずに飛び上がったら何メートルもいきなり飛び上がったのだから。
だが今は動きを止めている場合ではない。
「せいっ!!」
オークの右側に抜けながら力任せに右手に握った金色の剣を袈裟懸けに振りぬく。武器を振り上げた状態の、無防備なオークの右腕はバターナイフで切られたバターのようにすんなりと切り落とすことができた。
(後20秒ぐらいか?)
脳裏にカウントを浮かべながら、とにかく両手の剣を振るうことに集中する。すくい上げるように振るった左手に握った銀色の剣がゴブリンを無造作に両断し、返り血とともにその命を草原に散らした。
ポーションの効力が切れるまであとわずか。1匹でも多く切り裂くべく、手近な相手にえり好みせずに襲い掛かる。体に満ちていた高揚感が消え去り、重さが戻ってきた時、戦況は拮抗していた。
冷静になり、あたりを見渡せば各所で人間側は奮闘していた。何名かでグループを作り、互いの隙をカバーしあう形でゴブリンやオークと戦っている。と、背後から襲い掛かってきたゴブリンの顔に刺さる1本の矢。
「よう、やるじゃねえか」
「少しは覚えがあるんでね。このままならいけそうだな」
声をかけてきたおっちゃんをカバーするように俺は剣を構え、飛び掛ってきたゴブリンを蹴散らす。答えながら、俺は戦場に違和感を覚えていた。今のところは問題が無い。無いがゆえに、おかしい。
何かが足りないのだ。
土煙の発生源はまだ遠いだろうが、それ以外に確かいたはず……慌てて視界を戦場の輪の外にやれば、オークとウッドゴーレムに守られるように、杖を持った人影、見覚えが無い相手が何匹もいた。
構えた杖に魔力が集まるのがここからでもわかった。
「魔法が来るぞ! よけろーーー!」
一人、その集団に駆け出しながら叫び、警戒を促すも1歩、遅い。杖の先にはっきりと赤い、炎が生み出されるのが見えた。もう少し範囲の狭い魔法を使うと思っていた俺の予想を裏切るものだった。
(味方ごと!? なんだってんだ!)
都合3発の、恐らくはファイヤーボールが、一番混戦しているように見える集団に問答無用で放たれる。今もゴブリン達と斬りあっている彼らに回避する余裕は無い。迷わず、俺は火球と彼らの間に身を躍らせた。
背筋を焦がす緊張と恐怖、モンスターたちの魔力が俺を上回り、ファイヤーボールの威力が高い結果であれば、ここで終わる。
だが、俺は自分の体と勘を信じた。魔法で生み出される何か、はそのままでは干渉できない。ファイヤーボールを剣で斬っても、素通りするだけだ。今構えている2本の剣は所謂魔法剣になるので、何らかの干渉を行うことは出来るはずだ。
時間差でまっすぐ迫る3発のファイヤーボール。最初に到着する1発目に外側から左手を振るい、軽い手ごたえとともにそのコアと思われる部分に干渉することに成功する。爆音、そして何かにはじかれるように左手が剣ごと飛ばされそうになる。上手くファイヤーボールの効力を誘発することに成功したようだ。
力を込めて耐え、右手で2発目へと同じように切りかかる。そして爆発。今度は威力が高いのか、反動が重い。
(くっ! 腕を戻せない! ならっ!)
3発目のために姿勢を整えることが出来ないまま、俺はその体でわざと3発目を受け止めた。要は、直撃を受けたわけだが。
「ぐぅぅぅぅっ!!」
体を焼く炎、吹き飛ばさんとする爆発。なんとか踏ん張ることには成功し、髪の毛がアフロになっていそうだなあなどと、どうでもいいことが頭をよぎる。こうして思考できているということは、火球は俺を倒すには至らなかったということだ。
だが……
「あっちぃぃぃーーーーっ!!!」
俺は剣を握ったままで叫ぶ。全身を炎が包んだわけで、ダメージは余り無くても熱いものは熱い。
「服がっ、服がっ!」
特別、アイテムではない部分の服が燃えているのを見るや、俺は草原を転げ回った。幸い、ファイヤーボールに巻き込まれたのか、逃げたのか、近くに人間もモンスターもいない。チラッと視界に入った限りでは、本来の目標だった集団も無事なようだ。
「はー、はー。よし、やるか!」
消火を完了し、俺は気を取り直して構えを取る。何せ、こうしている間にも周囲では戦闘が続いているのだから。
後で聞いた話だが、ファイヤーボールの直撃を3発も――外から見ると2発目までも直撃に見えたらしい――受けながら戦い続ける俺の姿に、神の使いだと思った人がいたとかいなかったとか。
新しい敵集団、ウッドゴーレムへと駆け寄りながら確認したダメージは自然回復で何とかなる程度だった。これでわかったことは、ダメージそのものは低くても、熱さや物理現象とでもいうべき物達にはそのまま、影響を受けてしまうということだ。
恐らくは台風のような暴風の元では動きにくいし、溶岩を泳ぐ、というのも無理じゃないかもしれないが俺の心が持たない予感だ。そうなると、見た目はマングローブの木々の幹を太くして上に伸ばしました、という様子のウッドゴーレムの攻撃も、ダメージは無くてもその衝撃は十分脅威だと思われる。
声なのか、木がきしむ音なのか区別がつかない声をあげ、ウッドゴーレムの枝が迫る。長剣と長い枝では、射程的に勝負にならない相手なので、攻撃を受けるたびに回避しては横合いからその枝を切りつけていく。
周囲の声から、まだ戦いは続いているようだ。このまま俺がこいつらを抑えることで、後ろの面々は普通の相手と戦えることになるはずだ。枝の1本1本も、人間で言う腕にあたるのか、切りつけるたびにウッドゴーレムが叫ぶ。
「ジェームズ達は無事だといいんだが……」
「呼んだか?」
帰ってくるとは予想もしていなかった声が背中に届き、大剣の強烈な一撃が弱っていたウッドゴーレムの幹に半ばほどまで食い込む。
『~~~~~ッッ!!!』
「凍てつく飛礫、唸れ! 氷の弾丸!」
動きの止まったそのウッドゴーレムへと、こぶし大もある氷塊が次々と叩き込まれ、その命を刈り取る。動物とは違う、叫び声とも思いにくい声が響き、その絶命を知らせた。コーラルの魔法だ。振り向けば、クレイもコーラルを守るように、その剣を振るっている。
「このっ! えいっ!」
ゴブリン3匹を相手に、しっかりと戦っている。まだまだ荒削りなようだが、力の良く乗った良い攻撃だ。将来が楽しみだ。
「助かる。あっちはどうなったんだ?」
「半分ぐらい倒したところで、こっちの伝令が到着したから、半分に分かれて援軍に来たって訳だ」
周りを見れば、各所の攻撃も人間側が優勢なようだ。これで行けるか、という時、どこからか叫びが聞こえる。
「ド、ドラゴンだーーーっ!!」
顔を向ければ、遠くで人影が空を舞い、吹き飛ばされているのが見える。恐らく、騒動の中心にいる相手に吹き飛ばされたのだ。空には何もいない。その上でドラゴンといえば奴しかいない。俺は無言で二振りの剣を見、特に刃こぼれしていないのを確認する。
(うん、まだ大丈夫だ)
「ジェームズ、フォローよろしく」
「お、おいっ!」
背中にジェームズの声を聞きながら、俺はそれでも自分の予想が外れてくれることを祈りながら、駆け出した。後になって思えば、俺は全部自分で背負い込もうとするのは、覚悟を決めるのとは違うということをわかっていなかったのだ。
今回は、周囲の面々と協力すべきだったし、そうすることで自分が目立ちすぎることも無かっただろう。もっとも、相手は正面から挑んで簡単に勝てる相手ではなかったのだが、人生は、そんなことの繰り返しではあり、ままならないものだ。
「地竜、だな」
土煙を上げ、迫ってくる存在、地上を走る強モンスター、地竜だ。特別なフィールド以外では時折しか見かけない、レアモンスターのような物。
(かなり……でかい! こいつはジェームズ達がいても、勝てるか?)
相手は、海にいる鯨と良い勝負が出来そうな大きさだった。モンスターは長く生きるほど大きく、強くなる。当然、寿命はあるのだろうが、寿命を迎えた老モンスター、なんてものはMD時代でも見たことが無い。
代わりといってはなんだが、幼生ともいえる時期はあり、クエストでも成体では倒せないような相手の幼生時期を狙って倒すことが条件な物もあった。
前に見える相手は、逆に長く成体として生きていた相手だろう。こうして相対していても、プレッシャーを感じる。ふと見れば、地竜の背中にまたがった杖を持ったモンスターがにやりと笑う。きっと、矮小な人間が1人で挑んできていることをあざ笑っているのだろう。
湧き上がる闘志を隠さず、両手の武器を構えて迎撃の姿勢をとる。相手は成長した地竜だ。だが、一撃で持っていかれるほど俺の命は、MD時代の努力は安くない。
「ぁぁあああっ!!」
絞りだすような叫びとともに、真正面から地竜の突撃を両手の剣で受け止め、その威力を確かめる。硬い鱗に当たる金属同士のような音、そして確実に感じる質量差による衝撃。俺はダメージこそ少ないものの、ガードしたまま大きく後方へと吹き飛ばされていた。
「ははっ、こいつ相手じゃ、辛いな」
痺れかけている左手をちらりと見ながら、俺は強さ的には地竜あたりが重傷を負うか負わないかのラインだと肌で感じていた。恐らくはこの世界で言えば既に、余程の冒険者でなければ有り得ない強さなのだろうが、俺自身は落胆していた。自分が、この程度なのだと。
勢いのままぶつかった地竜の肌は軽い傷があるだけだ。恐らくは、適当に斬りつけてはまともにダメージが通らない。それでもやることに変わりは無い。
アクションゲームのように迫る地竜の爪を、MD時代のモーションを思い出しながら回避していく。思ったとおり、モンスターの動きには共通点がある。連撃も、思い出した軌道のままに迫ってくるのを見、俺は勝利が見えた気がした。
「なんだこいつ! ええい、ファクト! 下がれっ!」
追いついてきたジェームズの一撃が地竜に迫るが、バックステップで回避される。よけるということは、ジェームズの攻撃はダメージになるといえそうだ。地竜と俺たちを中心に戦場は作られ、周囲の剣戟も再開される。
「俺とクレイであいつを誘導する! コーラル、アースストリームの準備を! ジェームズはごついのを決めてくれ!」
「わかった! 任せろ!」
「…っ!(こくっ)」
元気良く答えるクレイと、黙って頷くコーラル。ここで聞き返してこないあたり、冒険者としてはもう合格と言える。
「しくじるなよ!」
「そっちこそ!」
駆け出し、目や肌の柔らかそうな部分を狙いながら、高速で両手の剣を何度も振るっていく。地竜は背中にいるモンスターの指示を理解しているようで、的確にガードや回避をしてくる。
(引っかかってくれると良いんだが……)
俺が狙っているのは、コーラルの魔法により、顎から胸元にかけてをジェームズの前にさらけ出すことだ。ダメージの通らない攻撃を繰り返しながらも、コーラルの魔法が決めやすい位置関係を作るべく、回避先を調整していく。俺の隙を埋めるように、クレイの攻撃が的確に地竜の攻撃を邪魔する。
「……来た!」
逃げ回る俺達にいらついたのか、大振りになった爪を余裕で回避し、その前足にあるやわらかそうな部分を切りつける。
「クレイ!」
「おうさ!」
俺が合図を叫んだ頃には、クレイは駆け出しており、反対側の足を切りつける。まったく致命傷とはいえないが、なんとか決まった攻撃。相手が怒ったように叫び、そして……
「弾ける大地、噴出せ! 地の噴流!」
噴水のように巻き上がる土が地竜の体をわずかだが、浮かせることに成功する。相手の攻撃が俺にはダメージは無くても衝撃が伝わるように、地竜にも魔法そのものではダメージが無いが勢いは伝わる。見えて来た色の違う地竜の下側。
「これで決めるぜっ!」
ジェームズの渾身の突きが、無防備になった地竜へと迫る!
結論から言えば、決まったと思った攻撃は――――外れた。俺の視界に入ったのは、黒い、影。
「と、飛んだ!?」
誰かの声が聞こえ、俺は地竜がジャンプしたことを悟る。
(コイツ、MDじゃ飛んだことなんか一度も無いはずっ!?)
俺は失念していたのだ。MDに共通点があり、似ている世界だからといって全てが同じではないこと言うことを。モンスターが同じ行動をするなんて、誰が保証したのか。相手にだって考える頭ぐらい、ある!
見上げた視界にはかなり上にまで飛び上がった地竜。俺の真上に落ちてくるようで、回避しようにも、今からでは間に合わない。身体能力を駆使したとしても、ぎりぎり間に合わないだろう。
ジェームズ達が範囲の外にいることが救いといえば救いだ。追い詰められた思考がフル回転し、ゆっくりとそんなことを考えながら、これで終わりか?とどこがで俺がささやく。
と同時に、まだ動ける!ともう一人の俺が叫び、最後の1手を取り出した。MDじゃほとんど使うことも無くなった一手。
「廻る精霊の恵み! 制限開放・武器生成!」
瞬間、全身を万能感が包み込む。全ての枷が、取り払われた瞬間だった。迫る地竜の姿、そこに向けて両手をつきだし、詠唱すらも省略して力を発動させる。耳が痛くなるような音を立て、無数の武器が産まれていくのがわかる。そこに落ちてくる地竜、それは言うなれば落とし穴の下に槍があるような状態だ。
地響き、そして土煙。地竜の巨体が生み出す衝撃はそのままでは俺を吹き飛ばすだろう。だからこそ、俺は敢えて地竜の目の前にすべり込むように近づき、衝撃を受け止めた。体に響く衝撃は一気に俺の体力ゲージを削っていくのがわかる。だからといって死ぬことはない。俺を殺すなら、地竜の10体ぐらいは連れてくるんだな……なんてな。
土煙が収まり、地竜の巨体が見えてきたとき、俺はその瞳と目があった。まだあきらめていない命の瞳。だから俺はさらに力を振り絞る。
「貫け」
ただそれだけで、目の前の口の中に無数の槍が生まれ出る。頬から、顎から、そして頭から突き出た槍はその命をほぼ奪い去った。後はもう、熱が抜けていくのみだろう……。
「ジェームズ、止めを」
「はっ!? わかった!」
そばに彼がいるのを感じた俺は、彼に手柄を譲るかのように声をかけ、期待通りにジェームズは無防備な地竜へととどめを刺した。
地竜から力が抜け、地面に倒れこむ。そして、切り札の時間が切れたようで無数に刺さっていた武器たちはなぜか消え去っていく。ゲーム時代よりは長持ちしたかな?とは思う。それを見たゴブリンをはじめとして、モンスターたちは全てが撤退を始める。モンスターがかなり離れたのを確認し、俺もようやくと言う様子で剣を収め、大きく息をはいた。
「助かった……か。グッ」
全身を蝕む予想外の痛みに声を漏らしながら、倒れないように踏ん張る。なんとか発動した切り札、制限開放・武器生成のおかげで地竜を足止め、迎撃できたことに満足しながら、代償に内心頭を抱えていた。
ゲームであるMDの名前を冠したスキルは、魔法のように呪文のような一言で正確にはスキルとは言いがたい効果を生む。あらかじめ登録されたスキルの、再詠唱、再使用の時間をキャンセルし、さらには使用時の魔力消費を無くし、必要アイテムの制限解除の効果を発生させる。
使用時には、現時点の魔力全てを消費する上、使用後は1Lv上昇するか、
・3日目までは魔力が回復しない
・4日目以降、2週間は回復量が半減する
・Lvか、期限の条件を満たすまでは登録スキルは使用不可能
と、廃人泣かせの代償を負う必要があり、後半ほど使いにくい奥義になる。
だが、前衛タイプで言えばどんな強力な技も効果時間内であれば連続で繰り出せるし、無数のファイヤーボールを叩き込むことも出来、俺であれば普段作れない武器をほぼ同時に作成可能だ。今も、普段であれば材料確保にかなりの時間を必要とする武器たちを一気に生産したのだ。
「この感覚……久しぶりだな」
頭が痛いのは、作成が出来ないということは、鍛冶職人として致命的だということだ。多少は現実の鍛冶の手順も覚えているとはいえ、それもゲームでの必要にかられての補助的な知識だ。さすがに1から作成の手順や必要なこと、は覚えていない。何より、突然製作の速度やら対応範囲が変化するのもおかしな話だ。どうしたものか、と悩みながら、俺の意識は遠のきそうになる。
倒れ込みそうになる体が支えられる感覚。薄らぐ視界には真剣な表情のジェームズがいた。
「ファクト……お前、一体……」
「後で……話す。悪いが……」
そう、ちゃんと答えられたかどうか定かではなく、貧血にも似た感覚と共に俺の意識は深いところへと落ちていった。
意見感想、その他評価等いつでもお待ちしております。




