016.「冒険者稼業-3」
中盤ぐらいまでは大きな変化はあまりありませんのでお気軽にお読みください。
目の前にある差し出された手。それを取れば、後に困難が待ち構えている。手を取らなくても間違いではない。でも、見逃せば心を満たす罪悪感。
そんな選択、世界にはあふれている。それでも、選択しなくてはいけないし、見逃すことも……出来ないことが多いだろう。
「あれか……もう少しだ、頑張ってくれよ」
俺は馬上から、目的地となる街の壁を見つめる。馬をぽんぽんと軽く叩くと、任せろと言わんばかりに力強く歩き出す。くくりつけたいくつもの布袋は随分と重そうだ。アイテムボックスに仕舞ってしまうのが一番楽なんだがどこで取り出すかも問題だ……。
こんな風にして荷物を運ぶのにはわけがある。貴族からの依頼を受けてから、地図代わりに話を聞こうとジェームズ達を探したが、やはりというべきか既にグランモールにはいなかった。白兎亭に残っていた冒険者に話を聞いたが、彼らは近くの街ぐらいしか知らず、広い各地を旅するような冒険者はいないようだった。
ましてや他の国の情報などは、商人から聞くぐらいしか、という状態だ。となると、酒のつまみにと、遠い土地での冒険話を聞かせてくれたジェームズたちは、今のところ誰よりも俺の欲しい情報に近いことになる。
集合場所が馬で3日ほど、大規模な作戦の集合が1週間ほど先であることを確認し、工房に戻る。約束した武器の準備だけはしないといけない。その後であれば多少の距離はなんとか出来る……と思う。
じわりと足元に迫る焦りを抑えながら、5日目を明日に迎える。冷静に考えれば、普通に鍛冶による作成であれば、5日であっても到底有り得ない速度なのだが、遺物ということでなんとか押し通すことが出来るだろうか?
あのときの使者の顔も、半ば疑っていたし、今後も作れとうるさいかもしれない。期間短縮の理由はどうしたもんかと考えていると、来客。イリスだった。
「元気してるかー?っと、何か悩み事か?」
顔に出ていたのだろう、イリスが俺の顔を見るなりそういい、近づいてくる。そういえば彼女も遺物の研究をしている1人だ。そうなれば違う町に出向いたこともそれなりにあるに違いない。
「ああ、実は……」
作成を手加減しているという部分は隠し、ジェームズたちに聞きたいことがあることと、手伝いに行きたいがために頑張って、なんとか間に合いはしたがそのままでは早すぎて後々問題になるだろうことを伝える。
「なるほどな。……使えるかもしれないな。仮に、毎日寝ずに作業出来たら不可能ではないのか?」
「まあ、遺物もあるし、多分」
そういうことにしておこう。毎日どころか半日もいらないのだが黙っておくことにしよう。
「よし、じゃあ心当たりがある。任せてくれ」
そういったイリスから、とある提案がされたのだった。
「すまないな、イリス」
「なあに、知らない相手じゃないからね、大した話ではない」
あの後、馬車を借りて武器を詰め込み、貴族の元へ向かっている。まずはこちらから出向いて意表をつき、話をやりやすくするのだとイリスが言うからだ。
「助かる。そういえばイリスは何の用事だったんだ?」
「ああ、そうだったそうだった。これだ」
イリスが取り出したのは、古ぼけた小箱ほどの何か。てきぱきと操作して出来上がったそれは、覗き込む部分がついている。イリスの使い方からすると、双眼鏡のようにも思えるが……。
「以前、街の古物屋で見つけたんだがな、私が覗いても何も起きないんだ。でも君だったらと思ってね」
覗いても向こう側が見えるだけで変化が無いそうで、ただのガラクタか?とほうっておいたそうだ。受け取り、隅っこに変なスイッチでも無いかと確認をする俺。覗き込むと、確かに向こう側がただ見えるだけだ。
「へー。見た目からすればこうして覗くのはアタリだと思うんだが。ん、小さい石がくっついてるじゃないか」
丁度、おでこのあたりに来る位置に、良くみると小さい、ゴマ粒ほどの石が埋め込まれているのを見つける。となると……覗き込んだまま、そこを意識してスキルを使うように魔力を込めてみる。
すると、距離の都合からぼやけて見えていた市場の景色が鮮明に見えた。双眼鏡としての拡大ではなく、単純に視界としての距離が拡大された感じだ。
「おおっと? 見えた見えた。うん、遺物か、魔法のアイテムだな、これ」
機能からして、コンフィグにあった視点変更の1種か、戦闘時のズーム部分か、いずれにしてもピンポイントにシステムの1部が切り取られた状態のようだ。高性能なマジックアイテムという可能性もあるが、遺物だとしたらコンフィグや基本システムも遺物になっていることになる。
オン・オフを設定できるような項目まで遺物になっていたとしたら、その可能性は、様々な危険も孕んでいる。
「魔力を通すのを止めると、すぐに元に戻るのか……」
考え事に、双眼鏡モドキへの魔力供給が止まったことで判明した条件をつぶやき、この双眼鏡モドキはレンズを利用した拡大ではないからか、視力が上がったかのような見え方になることを確認する。
イリスに渡し、使い方をレクチャーする。魔法を使わずとも、魔力そのものは冒険者等には常識的な話のようで、イリスも簡単な説明でコツを掴んでいた。
「なるほどな。しかし、私程度だとすぐ疲れるな」
鍛えていない魔力では少なくない消費のようで、すぐにイリスは双眼鏡モドキから顔を離す。
「でも、偵察だとかにはばっちりじゃないか、それ」
俺が言うと、イリスは頷いてそれを手渡してきた。イリスも噂は聞いていたようで、「行くんだろう?」の声とともにおもちゃを見つけた子供のような笑みを浮かべる。
「使用感をレポートで頼む。しっかりとな」
……ちゃっかりしてるな、うん。そうこうしているうちに到着した貴族の館のでかさに驚く。迎えに出てきた使者は、馬車に積まれた武器の量に驚愕し、1日早い理由を求めてくる。
「私が以前、着けていると疲れなくなるペンダントを持ってきたのを覚えているだろう? 同じようなものを発見できてね、彼に売ったんだ。理由は、わかるだろう?」
後で聞いた話によると、その遺物はすぐに壊れてしまい、二度と動かなかったそうだ。そんな使い捨て状態では、使い所が難しいということで貴族もそう興味を示さなかったそうで、使者はその話に納得して代金を支払ってくれた。
行くなら早いほうが良いというイリスに礼を言い、丈夫そうな馬を借りて、目的の街へと旅路を急ぐことにした。今回は一人旅である。
街を出てすぐに、馬に移動用の補助アイテムを使い、全力で走ってもらう。まるで自動車のような速度で移動する馬に、途中にいたゴブリンも追いつけずにいた。そして……冒頭に戻る。
「何者だ!」
声をかけてくる門番。グランモールと同じか、それ以上に感じる街の規模、その門番となればやはり、ちゃんとしている。殺気混じりの声に、俺は馬にくくりつけてあった袋の1つを持ち、袋の口を開く。
「グランモールから武器の補充と、増援だ。多少は腕に覚えがある」
「おお! そうか! よし、今あけるぞ」
強張っていた門番の表情がほころび、いそいそと門が開けられる。袋の中には、話を円滑に進めるためのディフェンダーが5振り。他にも軽装備だがいくつかの装備を門に近づく前に取り出しておいた。
中にいた兵士らしき1人に武器を渡し、頑張ってくれた馬を撫ぜて、厩舎に預ける。荷物を背負い、案内を受けて冒険者が集まっているという酒場へと足を向けた。
「さて、いるかな? っと!?」
賑わう酒場に顔を出し、きょろきょろと周囲を見渡した瞬間、背後から迫る殺気! 荷物もあるので大げさに回避し、襲撃者を……
「はっはっはっ! やるじゃないか」
豪快に笑っていたのはジェームズ。手には箒、って箒であんな殺気を出さなくても……そんな心の声が聞こえるはずもなく、ジェームズは箒を壁に戻して俺の肩をバンバンと叩く。
「なんだ、結局来たのか」
「商売だ、商売。たんまり武器の代金はもらったさ」
俺の言葉に、「そういえば鍛冶職人だったな。忘れてた」などと言い放つジェームズは酒場の奥に歩き出す。そちらについていくと、同じテーブルには若い男女、クレイとコーラルだ。2人の手元には酒ではなくジュースの類があるようだった。
「よう、まだ問題は起きてないみたいだな」
酒場に緊張はあるが、一戦交えた、という感じでもない。となると例の襲撃の続きや作戦はまだ始まっていないということだ。
「それがそうでもないの。今日、西門の方角に敵の集団が見えたの。まだ遠いようだし、すぐに戻っていったけど」
そう言うコーラルの表情は硬い。彼女は前衛2人が怪我をしないかを良く心配していた。今回も、大規模らしい敵の集団に突っ込むであろう2人のことを気にしているのだろう。魔法を使う人間らしく、少女の見た目の割には、敵を倒すことに遠慮がないのは心強い。
「俺やクレイ達は貴族の主力と一緒に西門で迎え撃つ予定だ。一応、他の門も警戒の戦力は置くんだがな。どこに行く?」
「余り目立ちたくないからな。西以外にするよ」
日当たりも良いし、南かな、などと言って場を濁す。肩をすくめると、背負ったままの荷物が音を立てる。
「そうか。背中のは武器か?」
「そうそう。俺も手ぶらじゃ戦えないからな」
アイテムボックスから先に取り出しておいた武器達、そして腰にぶら下げた何本かのポーション。ちなみにポーションの入っている管は、ガラスのように見えて妙に丈夫だ。触った感触と叩きつけても壊れないものだから、ペットボトルかよ!などと叫んだ覚えがある。と、そのときである。遠くから怒号のような叫びが聞こえ、俄かにあわただしくなる。
「大変だ! モンスターが来たぞ!」
酒場の雰囲気が一変し、冒険者や兵士は表情を固くさせる。
「ジェームズ! 行こう!」
クレイが叫び、飲みかけのジョッキをテーブルに残したままで立ち上がる。黙っていたのは緊張からだろうか? 良くみれば飲んでいたのは酒でもジュースでもない。水だ。他のテーブルも殆どが水か、それに近いものだった。
「北西からゴブリンの集団だ! オークもいるぞ!」
続報に何人かが駆け出し、他の面々も装備を身に着けて酒場を出て行く。
「んじゃあな。ファクト、何かあったら頼んだぜ」
「何も無いほうが良いよ。クレイ、コーラル、気をつけてな」
残っていた南門に行く予定の集団と合流し、俺も歩き出す。俺の頭の中は、ある懸念でいっぱいだった。
――今まで、特に襲ってこなかったモンスターが街を襲う
――さらには単一ではなく、複数の種族が同時に襲撃
何かが俺の頭に引っかかり、その疑問を解決しようと思考をめぐらせる。
(そうか、単純にイベントと考えるべきか)
MMORPGらしく、MDにも襲撃イベントやら、集団を倒すクエスト等は多彩だった。ソロでいけるようなイベントであれば、敵アジトを襲撃! 終わり!という感じだが、複数プレイヤー前提のイベントでは複数の戦線が出来ることも珍しくなかった。
そう、今回のように守るべき場所が複数の場合には、2箇所目の襲撃ということもあったのだ。そんな記憶が、俺の緊張を持続させる結果となり、遠くに戦闘の騒動を聞きながらも、どこか貧乏くじを引かずにすんだとばかりに落ち着いた様子の仲間を見る、落ち着かない様子の俺、という構図を作り出していた。
「よう兄ちゃん。緊張か?」
話しかけてきたのは、山男!という風味の男性。恐らくは普段は猟師なのだろう。
「まあね。こうもモンスターが来るんじゃ、商売上がったりじゃないかい?」
「まったくだ。とっとと終わって欲しいね」
しばらく男性と談笑し、他の有志の民兵の人達と南門の外にある柵のそばで待機する。
「お、おいっ! あれはなんだよ!」
自分達だけ危険を犯さずに終わっていいのかな?と心のどこかで思っていた頃、神様はそれを見ていたように、トラブルを巻き起こすのだった。メンバーの中でも目の良い、猟師だったおっちゃんが叫び、慌てて弓を構える。
「ははっ……まいったね、こりゃ」
こんなところまでセオリー通りでなくなって、いいと思うよ、自分は。俺の視界には、本隊と思われた西門のモンスター軍団とは別の集団。気配のなかった森に、急に現れたいくつもの影。
懐から準備しておいた双眼鏡モドキを取り出し、目を凝らして見れば、前衛としてのゴブリン、背後に見えるオーク、そして杖のようなものを持った影、何よりやばいのがウッドゴーレム、そして……さらに後ろに、地上を走ってくる何かと思われる土煙。
門と森とはかなりの距離があり、土煙はさらに遠くなので詳しくはわからない。ただ、この配置で雑魚なわけがない。単体ずつなら多分、勝てる。土煙の正体が予想の範囲内であれば、特に。
だが、俺の周りには人間がいる。恐らくは英雄ではない、なんとか戦えるだけの人間が。犠牲を減らそうと思えば、無茶をしなくてはならない。その意味では有り得ない、湧き出るアイテム、見たこともないスキル、といったものを駆使しなくてはならないだろう。
最初からこっそりアイテムを出しておけば良いとも思えるが、それにしたって名も知れない存在が駆使していい量では収まらない。ここを切り抜けても、その後は俺は街にはいられない。囲おうとする貴族に追われ、下手をすれば人を斬らねばらないだろう。
(……何を悩むことがある?)
強く握っていた手を開き、にじんだ汗を見る。ぬめる手、不快感を覚える息苦しさ。それらが否応にも、目の前が現実であることを、正しくは現実としか思えないことを示していく。ならば、当たり前の心を持った人間としてやることはただひとつ。
――勝つ!
「迎撃する! 何人かは伝令を! 弓の担当者は射撃用意! 前衛は集まれ! バラバラは死ぬだけだ!」
スカーレットホーンを抜き放ち、頭上へと高く掲げ、その赤い光を周囲に示す。幸いにも、俺の思惑通りに、及び腰だった面々の顔がやるべきことを取り戻した顔となり、集団に動きが戻っていく。
武器を構え、陣形を組み、やるべきことを心に思い描く。俺も、背中に武器を入れた袋を背負い、いつでも突撃可能なスタイルになる。双眼鏡モドキがなくてもゴブリンであることがわかる距離になったとき、視界の半分近くはゴブリンで埋まっていた。
まるでファンタジー映画の草原での戦争画面を見ているようだ。だが、数で言えば、まだなんとかなるだろう。
(ゴブリンだけなら……余裕なんだがな。今のうちに)
覚悟を決めて右手をベルトに回し、1本のポーションを手に取る。赤色の液体、回復用ではなく、バフポーションの1種だ。正直、こいつの在庫はわずかだし、その後が問題だがそうも言っていられない。そのままでは、勝てない状況を覆すには、実力そのものを覆すしかない。
ならば、俺のやるべきことは……。
「まっすぐ来るとはなっ! 赤き暴虐の角!!」
赤色の液体を飲み干し、効果が体を満たすのを感じてすぐにスキルを発動する。いつぞやの対オークとは段違いの威力と範囲で、赤い光がまっすぐに集団に襲い掛かる。ぐぐっと、魔力が減る手ごたえとともに、一気に俺の魔力が3分の1ほど消えたのがわかる。
ゴブリンの集団を光が飲み込み、俺の正面の集団が全て消える。埃だらけのフローリングを通販で買うような掃除機をかけたように、いきなりの空白。突然のことに、ゴブリンもこちらも動きを止め、困惑が周囲を満たす。
赤色のポーションは筋力増強、STR上昇のポーションだ。時間は1分、在庫が少ない理由はこれだ。 効果は絶大だが、ゲーム中の日常で使うには意味がない。今の俺のように、ユニークボスに手堅い一撃を、という使い方をしていた記憶がある。
スカーレットホーンを袋に収め、取り出すのは金色と銀色に輝く長剣。うっすらと周囲ににじんでいくその光は、周りにいた集団をやわらかく包む。
「さあ、皆で始めようか。勝てる戦いを!」
「ああっ! やるぜ、皆!」
怒号のような叫び、満ちる気合。ようやく正気を取り戻したゴブリンと、追いついてきたオークたちへと、こちら側の集団が突撃していく。
――後でとある小国の史実に、俺らしき存在の記述が刻まれる最初の戦いが、今始まる。
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