013.「カワリモノ、二人-4」
人生にセーブポイントは無い。それは他の何もかも全て共通だ。他のプレイヤーと同じ時間を過ごすゲームだって変わらない。自分がいてもいなくても世界は変わっていく。となれば、この世界に来てしまった俺を除いた世界が今もどこかでその時間を刻んでいるのだろうか?
「どうした? 何かおかしい物だったのか?」
「あ、いや……場所は近いのか?」
途中で拾った誰かが落とした布袋だったものを見つつの思考が現実に戻ってくる。イリスにしてみれば、なんでそんなものを見ているのかというところだろうな。
「この丘を越えた辺りらしいのだが……あれじゃないだろうか?」
「確かに建物のような……それに、動いてる奴がいるな」
イリスの声に俺もそちらを向けば、丘の下、坂を降りた先の平坦な土地にある、廃墟のような建物のそばに動く何かが見える。この距離からでは正確にはわからないが、人間にしてはでかい。そして、建物全体がなにやらうっすらと緑色に光る何かに覆われている。
(これは……あたりか?)
「イリスは何か見えるか?」
「いや、何か動いているというぐらいしか」
なんでもない応対の中、俺は確信を深める。イリスにはあの光が見えていない、と。自分が選ばれた存在だとか言うつもりは無いが、やはり俺は何かが違うようだ。馬を止め、準備を行うことにする。
イリスにも何本かの状態異常回復用のポーション類を渡し、自分はベルトなどの各所にナイフやアイテム類を装備し、突撃に備える。
頭には何もつけず、首には小さなペンダント。時計のように丸いそれには小さな宝石が何個も時計の数字のように埋め込まれている。各色が状態異常に対応しており、その影響から遠ざけてくれる。
背中には防刃の効果がある黒いマント。紙やすりのような印象を受けるその表面は、撒きつけてしまえば大概の剣や刃物は切り裂くことは出来ない効果を持っている。鎧は愛用のエルブンチェインだ。陽光を浴びてもそう熱くならない辺り、普通の金属ではないのだろう。
手に持つのは一見、何の変哲も無いロングソード。幾本も用意してきた中で、正面から戦闘をするのに用いるための1本。主なメリットの1つが、補正として入る筋力への多数のボーナスだ。代償として、1度の攻撃の度に魔力を消耗する。
遺物の調査にはあの影の排除が必要だろう中、一撃一撃の威力を上げる必要があるので、これにしたのだ。MDでは狩に使うには代償が激しいので使いにくかった1本だ。柄と、鍔、本体とが交差する位置に光るルビーのような赤い宝石。意識して魔力をそこに注げば、体がふっと軽くなる印象を受ける。
俺の予想が正しければあの建物に今のまま影が入っている状態ではまずい。なんとか追い出したうえで俺が入れば別だが……イリスだけではだめかもしれないな。いや、遺跡が生きていれば大丈夫か。そうすると、まずは先手を取ってこちらに注意をひきつける必要がある。
「イリス、俺があそこにいる奴らをひきつけるからその隙にあの建物に突入してくれ。ただし、突入は笛で合図をしたらだ」
手元に運動会に使いそうな小さな笛を持ち、俺はイリスに見せながらそんなことを言った。
「ほう? もう見当がついているのか、なら任せよう」
俺の作戦は何も知らなければおかしな話だ。だがイリスは、俺が何かを知って提案したことを察し、乗ってくれた。そうした方が面白いから、なんて理由じゃないといいのだが。
(さあ、来いよ…!)
イリスが俺から離れていくのを見、剣を右手に持って駆け出す。敢えて目立つように、大げさな動きでだ。
「うぉぉおおーーーっっ!!」
わざと大きな声を出し、遺跡へと走り寄る。坂の半ばほどまで来た時点で、影はこちらに気がついたのかいくつかの影が動きを変える。相手は―オーク!
ゲームグラフィックの向上は全ての描写に恩恵を与えた。当然、敵も味方も。そして、良くも悪くも。アンデッドはもとより、虫系やら、ほとんどのファンタジー作品のモンスターは、3D描写はリアルであればよい、という法則から例外的に外れた存在だ。
旧世紀から今にいたるまで、粗い、もしくはデフォルメされたモンスターが存在するゲームが生き残っているのはそのせいだ。リアルすぎるモンスターの口やらは怖すぎたのだ。当然、この世界ではそんな配慮はない。醜悪な姿から想像しやすい声が俺に呼応するように響き、先頭の1体が右手にその武器、棍棒を構える。
坂を駆け下りる俺に合わせるように俺から見て左上から振り下ろされる圧倒的な質感を、ぎりぎり左に少しかがむことで回避する。と同時に右手を突き出し、駆け下りた勢いのままにオークの右わき腹付近に深く差し込む。脂ぎった肉を突き抜ける嫌な感触。巨体であるオークすら、その勢いに少し後退し、俺はそのおかげで動きを止める。
『ピギィィ!?』
甲高いが耳に残したくない悲鳴を聞き流しながら、柄までとは言わないが、かなりの長さが食い込んだ剣を一時的に装備から外してアイテム化し、消滅させる。途端噴き出すオークの血は……赤さを感じる緑とよくわからない色だった。
痛みにか、倒れこむそのオークを尻目に集まってきた他のオークたちを眺め、改めて虚空から剣を実体化する。アイテムボックスである布袋を使う方が雰囲気は出るし、周囲から見て違和感は無いのだが今は仕方が無い。
「さて、派手に集まってもらおうか!」
オークの体格は2m半ばから3mほど。やはり、でかいにも程がある。このクラスでこの巨体なのだから、オーガや巨人クラスはどれだけでかいのか。
俺から見れば無防備に近寄ってきた2匹目の間合いにすばやく踏み込み、振り上げた右手の前腕に上段から切り下ろすことで剣をたたきつける。肉を切り、骨に到達した手ごたえとともに反対側へと俺の体ごと剣が抜ける。
今はたまたま即死になった以外では殺さない。多対一だし、声に集まってもらわないといけない。俺の目論見どおり、右手を切られたオークは悲鳴を上げて後退する。生々しい断面と噴出す血には意識を向けないように努力し、次の相手へと向かう。
死角の多いオークをかく乱するように動き、その腹を、足を、手をと次々と切り裂き、辺りはその血で段々とひどい有様になってきた。戦闘そのものはあまり時間が経過していないと思うが、じりじりと焦りのような気持ちが沸いてくる。だからか、怒りに勢いを増すオークの攻撃に段々と俺も大雑把な回避になってくるのが実感できた。
「なんとかのひとつ覚えってかぁっ!」
気持ちを切り替えるべく、大きく後方へと跳んで回避した棍棒が地面へとたたきつけられ、大きな音を立てた。そのオークの右側へ回り込もうとしたとき、オークは裏拳を繰り出すようにたたきつけたはずの棍棒を振り上げてくる!
「くっ! 重いっ!」
顔面を狙うその一撃に回避が間に合わないと考えた俺は、とっさに両腕で剣を構え、棍棒の勢いに乗るように後退した。剣にぶつかった棍棒の威力を利用し、大きく間合いを取ることに成功する。
オークが、笑った気がした。それは仲間の復讐を果たせる喜びだろうか? それとも矮小な人間に対する侮蔑の笑みだろうか? 奴らは気が付いていない。今の攻撃でも俺が大して被害を受けていないことに。
「どっちにしてもここまでだ!」
集まってきているオークはざっと10。見えない位置にまだいる可能性もあるが、状況は変わった。視界にある建物の光が、薄い青に変わったのだ。つまり、中にいたオークが全部出て来た証明でもあった。
(よしっ! あと一息っ!)
視線がそちらに向いたのを狙って、オークの1匹が上段から力強く棍棒を振り下ろしてきた。回避しようにも、周囲はオークや建物などで上手い広さとはいえない。そのまま剣を構えていたのでは、防御しきれない。
「っ! こなくそっ!」
とっさに左手をマントを巻き込むように突き上げ、剣を横にして棍棒をまともに剣で受ける。
『グゥッ?』
砕けたスイカのようになっている俺を予想していたのだろう。疑問の声を出すオークの前の俺は無事だ。そのままなら左手を切っていたであろう刃はマントの効力によりその鋭さを発揮せず、結果として俺は左手を剣の先のほうで支えることに成功する。体に響く衝撃、補正を受けた筋力はオークの一撃を軽く耐え、逆に押しかえす!
(ここで決めるっ!)
心中で叫び、俺は剣の象徴でもある宝石に決まった量の魔力を注ぎ込む。光る宝石、建物を覆う光とは比較できないほどの強い赤い光が俺を中心に発生する。この剣、スカーレットホーンには固有のスキルがある。スキルそのものは、剣や槍を習得していけば覚えることが可能になるメジャーなスキルとほぼ同じものだ。この武器を装備している時のみ使用可能なスキルということになる。
こうして実際の戦闘となれば筋力補正と同様に頼りがいのある能力だが、ある程度継続して長時間戦闘する必要のあるMD時代にはネタアイテムでしかなかった1本。
「貫き、消し飛べ! 赤き暴虐の角!!」
武器の名前と同じ技名を叫び、剣を槍の一撃のように突き出すと赤い光が衝撃を伴ってオークたちを飲み込んだ。真正面の光の前にいたオークは何かにえぐられるように大きく体に穴をあけて吹き飛び、周囲に舞う濃い光が接した部分が噛まれたようにちぎれ、オークが息絶えていく。
後に残るのは屍のみだ。
このスキルの代償は―筋力に比例した魔力―である。元から筋力に補正があるのに、さらにその筋力が消費を底上げする、というネタ具合だ。筋力優先で育てていたキャラの場合、通常の戦闘は可能でもスキル発動が出来ない、ということも有り得たらしい。
Lvの都合から相応に魔力を持っているさすがの俺も無視できない程度の消耗だ。
なぎ倒された様子の射線上の木々、MDだと敵にしか影響が無かったからわからなかったが、フィールドへの影響はかなりあるようだ。今回は相手が相手なのでなんとかなっているが、この攻撃ですらあくまでも序盤の切り札に過ぎない。そうそう連発も出来ないし、中堅以上の相手には打つ手にはなったとしても、決め技になるようなものではない。
そう考えると上級者が使っているスキルや魔法群が如何にすごいものか、わかるというものだ。相手を全滅、とまではいかなかったが数えられる程度に数は減っている。程なく、好機と見た俺は笛を咥え、音を響かせる。近くの林に身を隠していたイリスが飛び出し、オークの後ろを大きく回りこむようにして建物に向かうのが見えた。
「そのまま中にいてくれ! 絶対に出ないように!」
俺の声とイリスの動きにオークが慌てて遺跡の中に入ろうとするが、何かにはじかれたように立ち止まったり、なぜか遺跡をよけているものまでいる。遺跡を覆う光は緑。
「よし。効果が出てる!」
自分の予想結果に満足した俺は、慌てた様子のオークたちの掃討にかかった。
「それで、ここは何なんだ?」
「ここはな、休息用の結界なんだよ」
オークを倒した俺はあっさりと光をくぐって遺跡に入り、中央付近にある噴水跡の様な物の前に立つ。
「結界? あの結界か?」
「そう、ここに入った物と同じパーティー、まあ仲間は入れるが、敵対者、今回で言うとオークたちは入れない。どこか認識が壊れていて、誰でも入った相手をメインにした判定だったみたいだけどな」
そう、ここはMD時代に各所にあった回復の泉とか呼ばれていた中継ポイントだ。今は枯れているようだが、この噴水みたいなものからは本当に水が出、ゲーム内通貨を支払うことで状態異常が回復したし、この施設の範囲内にいるだけで自然回復が一時的に早くなった。
ぺたぺたと噴水部分を触っていた俺は、コイン投入口と思わしき部分を見つけたが、明らかにさびている。
一応、手持ちの銀貨を数枚入れてみたが反応はない。小さな金属音が聞こえただけだ。
「動かない、か」
「早く調査しないか? オークがまたいつ来るか……」
「大丈夫さ」
心配そうなイリスに俺は笑みを浮かべ、答える。範囲内にはモンスターが入ってこない安全地帯なのである。狩場と街の中間ぐらいにあることが多く、人気の狩場傍の泉にはプレイヤーの露店も多く賑わっていた記憶がある。
MDとまったく同じならオークは使えないはずだが、別のものなのか、認識が少し壊れているのか。ゆえに、逃げ込んだらモンスターは襲ってこないし、いつもより怪我は速く治るし、先に入られたら見失う。獲物を追いかけていた猟師も、武器を構えて必死に探そうとしたら、見失うだけではなくはじかれていただろう。
「誰かが逃げ込めば守ってくれるけど、先に人間以外だったり、その人に敵対している相手がいると守ってはくれない、そんなところかな」
「見たところ持ち運びも出来ないようだし、戦争のキャンプ代わりに使われるということもなさそうだ」
安心した様子のイリスは意気揚々と遺物を探索し、色々と調査し始めた。俺はその間に外に出てオークの装備やらをあさり、めぼしいものを確認していた。素材になりそうな金属武具を奪っては素材にしたり、フィールドに返していくことを続ける。
「こいつらも大丈夫……さて、俺の限界はどこかな?」
ゲームと違い、限界はイコール死、である。適当に挑んでいく訳もいないだろう。
「限界は自分の思い込みが作り出すものさ」
「イリス、もういいのか?」
背後にかかった声に振り返れば、イリスが小さな何かを手に持っていた。
「ああ、壊れて落ちていたこいつだけでも持って帰って研究するさ。ま、私からすれば君は既に十分に英雄の域だがな。戦争にすぐ引っ張られるぞ」
息絶えたオークの足を、棒でつついて死んでいることを確認しているイリス。
「かもな。でも密告はしないんだろう?」
俺は予感を持って答えていた。
「当たり前だ。こんな面白い研究材料、渡してたまるか。今回もグレイウルフを退けた後は無事にたどり着きました、ってとこさ。まあ、あの商人からどんな噂になってるかは心配だな」
イリスの顔はまさにおもちゃを見つけた子供そのもの、輝いていた。
「ぷっ。変な奴だな、イリスって」
「お互い様だ。オークをなぎ倒す鍛冶職人がどこにいるんだ」
どちらからともなく笑いあい、馬を置きっぱなしの丘に向かい、ゆっくりと街へと戻る。ふと、眠っている泉から音がした気がして振り向き、思わず笑顔が浮かぶ。
「ファクト? おお……今日は疲れたし、また来よう」
2人の視線の先で、遺跡を覆う光が薄い青から、どこか濃い青になっていく。まるで流れる川面のようにゆらめく光はお礼に手を振っているかのようでもあった。儲けは無いが、どこか満足した気分を胸に、街へと戻るのだった。
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