011.「カワリモノ、二人-2」
まだ朝といえる時間帯、俺はイリスと一緒に街道を進む。のどかな馬の足音が時折の風に消えていく。同行するイリスはゆったりとした外套に、汚れてもかまわないようにか、地味な色合いの布の服に皮鎧。女性用に作られたものなのか、胸元は少し突き出ており、弓道の防具のような質感を感じる。
「その鎧は何の皮なんだ?」
「これか? 名前は確か、スケイラー……だったような? 何種類かいてな、とある種は身を守るために丸くなれるそうだ」
アルマジロっぽい奴なんだろうか? 触れば鑑定も出来そうだが……どこまで鑑定できるやら。それにしても、だ。
(今更だが、今喋ってるのは何語になるんだ……?)
スケイラー、つまりは鱗のなんたら、という意味になるであろう単語に、俺は馬上でそんな疑問を抱いた。だが、確かめようが無い。文字を見ればなぜか読めるし、喋れば相手に通じ、相手の言葉もわかるのだ。これが、何らかの力で自動翻訳されているのか、はたまた同じ言語を用いているのか、俺には証明できない。
「結構良い質感だが、高いのか?」
「安くは無いな。だが贅沢品というわけでもない。値段で言えば、君のその鎧のほうが圧倒的に高いだろうさ」
結局、こんな質問で誤魔化したが、イリスの目利き具合は俺の予想を超えていた。特に紹介した覚えは無いのだが、今の俺の装備であるエルブンチェイン、どこか緑色を感じるソレ、を好奇心の瞳で見つめている。
「そんな鎧を平然と着込んでいる辺り、私のカンは当たっているということだ。次は何が出てくるやら。目的の遺物も期待できそうだ」
この場での追求をするつもりはないのか、イリスは小さく笑うと姿勢を整えた。その表情は真面目そのもの。先ほどまでの緊張感の無い表情からの変化に、俺は内心戸惑いを隠せないでいた。
「君には言うまでも無いかもしれないが、遺物は危険なものも多い。故に、発見してもすぐに接収されてしまう。貴族であったり、王であったり。わかりやすい利益は独占されやすいのだな」
最初は何を言い出したかと思ったが、その中身に黙って聞くことにした。どうせ目的地までは時間がある。楽しい会話……では無くても話したいときは誰にでもあるだろう。
「ある時解明した遺物は、モンスターを退治する切り札になるような人の背丈の倍ほどもある炎の弾が変哲も無い棒から飛すものだった。その時のスポンサーは貴族だったが、いつもは村々のために戦っていた彼はそれを奪い、褒美だと言って私を無理やり横に従え、モンスターではなく税金を納めていないという名目で村を焼いた。彼が村々を守っていたのは、自分に税金が良く集まるようにする為だったんだ」
その棒はオーソドックスな攻撃魔法であるファイヤボールなりを再現する遺物だったのだろう。ゲームとして当たり前に経験してきた俺にしてみればどうということはない威力だろうが、何の防御も無く、Lvも足りないとなれば致命傷のラインを遥かに超えた威力になったのだ。
語るイリスの表情はどこか暗い。俺も釣られるように神妙な顔をして先を聞く。
「次に解明したのは、使用者の疲労と引き換えに治癒の効果を発揮する水がめだった。水がめに入れた水を飲めば、大抵の怪我や病気は快方に向かったんだ。でも、それは無償の施しをする教会から、積んだお金の量で治療の優先度が変わる教会に成り果てるきっかけになってしまった」
他にも指折り数え、イリスは自分の発見した、わかりやすい効果を持った遺物が生み出した結果を語っていく。
「それは……遺物が悪いわけでも、見つけたイリスが悪いわけでもないじゃないか」
「そうなんだとは思うし、わかってもいるんだ。人は何故、遺物を敬い、恐れ、惹かれるのか? まさに力だからという面があるのだと思う。人は弱い生き物だ。強さ、力に惹かれてしまう」
俺は思わず言ったようにどんな道具、どんな力も、使い方次第だ。どこか遠くを見つめるイリス。慰めようと何かを言おうとした俺を制するように、イリスはまだ言葉を続ける。
「だが、私は諦めない。ちゃんと正しく使ってくれる人もいる」
言葉を区切り、イリスがこちらを見つめ、わずかに微笑む。
「今回の話もそんな流れでね。君の事をそのスポンサーの1人、自警団の上層部が伝えてくれたんだ」
「だと思ったよ。でも俺だって遺物に目の色を変えるかもしれないぜ?」
わざと意地悪く言うと、イリスは笑顔ですぐさま返してきた。
「何故だか、君なら、遺物が遺物ではなく、理解できる何かなのだと扱ってくれそうな気がするんだ。正しく理解し、正しく伝えてくれそうな気がする」
「俺はそんな大層な存在じゃないさ。買いかぶりってやつだ」
俺の何を感じているのか、そんなことを堂々と言い放つ彼女はその後何も言わずに微笑み、前に向き直る。それからしばらくは会話も無く、街道を進んでいった。
数時間ほど進んだ頃、耳に悲鳴が届く。女性の金切り声、というわけではなく、純粋に現状に対する男性の恐怖の悲鳴。命の危機をこめた叫びだった。遠くない距離だ……どこだ?
「!? 盗賊か、モンスターか。遠くは無いが、どうする」
「行ってくれ。これなら自分の身を守るぐらいは出来るさ」
俺は馬上で警戒の姿勢を取り、イリスに確認すると俺が渡した武器である槍を構えていた。事前にこれでつつくなりしてくれと渡しておいたのだが、その姿は妙にしっくりしていた。
自信満々のその様子に、俺は頷き、馬を走らせるべく手綱に力を入れる。
「後からゆっくり来てくれ。そりゃっ!」
俺の合図に、馬は力強く走り出す。小さくなるイリスを視界に収めながら、悲鳴の聞こえた方向、街道の先へと向かう。
姿勢を低くし馬にしがみつくようにして、続けての悲鳴が聞こえないか、集中する。幸いなことに、すぐにもう一度、悲鳴らしきものを聞くことが出来た。男の声だ、こっちか!
「! あれだっ!」
再度の叫び。耳にしたそれはかなり近かった。馬を走らせたまま、俺は視線をめぐらす。街道沿いの林の奥、鳥が飛び立っていくその中に何かが動いていた。近づけばすぐにわかった。間違いなく、人だ。
「後ろに何かいる……でかい!」
この距離からでもわかる。あれはモンスターだ。そうなれば俺がやることは1つ、モンスターを止め、人影、男性を助けることだ。まだ見ぬ相手だ……倒すとは言えない。
「まずは足を止めないと……当たれ!」
左手で手綱を持ったまま、右手でナイフを二振り、人影の後ろを走る巨大な狼に投げつける! 馬上からということで思ったようには飛ばず、残念ながら直撃はしなかったが、相手は俺に気がついたのか、動きを止め、後ろに大きく距離をとった。
「大丈夫かっ!?」
俺はその間に商人風の男性の傍に駆け寄り、無事を確かめる。傷は多かったが、大きな怪我は無いようだからすぐにどうということはないだろう。
「はっはっ! た、助けに来てくれたのか?」
俺がここにいることが信じられないとでもいうように、男性の顔は驚愕に染まっている。悪いが相手の動きを考えると怪我の具合を細かく確かめている余裕はない。
「話は後だ。この馬で俺の来たほうへ! 連れが途中にいる!」
「わかった! グレイウルフは1匹だけじゃないはずだ、注意してくれ!」
狼に抜き放った剣を向けたまま叫ぶと、手馴れた様子で男性は馬に乗り、駆け出していく。問題は、目の前の狼、確かグレイウルフとかいう奴だ。
『グルルルルル……』
俺という存在を図りかねているのか、微妙に間合いを取りながらじりじりと動いている。その牙、爪は体躯と相まってかなりの威力を発揮するだろう。恐らく、受けても死ぬことはないだろうが、試すつもりも無い。
ゴブリンとは違う、獣としての殺気。瞳に感じるのはペットでは有り得ない、強烈な意思。落ち葉も無い地面は、しっかりと足に力を感じさせる。林の木々は、どこまで邪魔をしてくれるかはわからない。この足場であれば相手の動きも、十分発揮されるだろう。
男性がまともに走って逃げ切れるような相手ではなさそうなところを見ると、遊ぶだけの知能はあるようだ。そうなれば、簡単にはいかないかもしれない。俺を厄介だと見るや迂回していくことも考えられる。
いつの間にか少なくなっていた呼吸を整え、俺は武器である麻痺効果のある長剣を構えなおした。わずかな金属音に、グレイウルフの背中が反応する。
(来るっ!)
MD時代に回避のコツであった、相手の肉体的な動きを感じる感覚がグレイウルフの動きを掴んだ。高速で走る車のように一瞬で間合いを詰めたグレイウルフの爪が回避した俺の脇を通過し、腕ほどの太さの若木にぶつかる。嫌な音を立て、半ばからへし折られたその若木に驚きを隠せず、更なる攻撃の回避は大きくなってしまう。
よだれを撒き散らしながら開かれた口には、これまた幾多の獲物を噛み砕いてきたであろう、がっしりとした牙が並ぶ。
「どわわっ!」
下手に武器でガードすれば、その力で武器ごと体を持っていかれそうな気がした俺は、過剰とも言える距離で間合いを取ることで回避する。その姿に、この世界で目覚めた時のことを思い出した。
(落ち着け。俺はこんな相手に負けはしない!)
どこかの俺が、そう強く叫ぶ。目覚めたばかりのあの時だってパンチ一発で吹き飛んでいったじゃないか。ステータスと、スキル差をアイテムや経験で埋めてきたあの頃を、思い出せと。
「ははっ、良くみたらあの相手にそっくりだな、お前」
獣の見分けなどつかないのに、そんなことを口にしていた。訳も分からない時でもなんとかなった相手と同じ、そんな思い込みのような気持ちと共に俺は落ち着きを取り戻す。ふつふつと湧き上がるのは闘志だ。
「悪いが、ここで終わらせてもらう!」
叫び、大胆に俺は狼へと攻撃をしかける。正面ではなく、右後ろにいつの間にかいたもう1匹の元へ向かって!
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