010.「カワリモノ、二人-1」
「ふふ、急な客にお茶菓子まで出る鍛冶場は初めてだ」
「近所のおばちゃんにもらった奴だけどな。それで?」
唐突に俺を訪ねてきた、微妙な年齢の様子の眼鏡姿の女性。髪は肩ぐらいまで、色は黒、と日本を思い出す感じだ。スタイルは悪くなく、服の上からでも整っていそうなことがわかるが、その姿からは学者というか、研究者のような空気を強く感じる。
いずれにしても、戦闘をするイメージは無い。となると護衛の用事だろうか? 連れて行ってほしい場所、か。
「危ない場所に行くなら、俺じゃなくて白兎亭に行った方がいいんじゃないか?」
実際問題、俺はここに来てからは倒したといってもゴブリンぐらいだ。その規模はともかく、単独の強さとしては一般的な冒険者でも余裕のはずだ。話に変な尾ひれがついているわけでもなさそうだが……誰かを守りながらというのはソロとは全く別物だ。
「いや、君じゃなくてはいけないのさ」
女性はにやりとした笑みを浮かべ、そんなことを言った。こちらを探るような……いや、鑑定しているときの知り合いはこんな顔だったな。知ることが楽しい、そんな返事だったような気がする。
「おっと、私の名前はイリスだ。他でもない、遺物使いの君に用があるんだ」
―遺物、MD時代のものと思われる魔法やスキルが限定的に再現可能なアイテム達
俺の場合には、自分の能力ではなく、武器作成のために使える遺物を持っていると思われている。それも、今のところは武器がすごいことに!ぐらいの…はず。戦うための物は見せていないはずだしな。
「ほう? でも、武器を作って欲しい、じゃなく連れて行って欲しいとはどういうことなんだ?」
俺の疑問に答えるように、イリスの懐から取り出される小さな箱。妙に古めかしく、時代を感じる。そして何よりも、これがただの箱ではないことは気配から感じる。
「これも遺物さ、対象に向けて起動させると、年齢がわかる……それだけだがね。私は遺物関連を研究して回ってるんだ。その中でわかったことはいくつかある」
授業をする先生のように、イリスは語っていく。
・遺物は基本1機能しか持たない
・使うたびに何かしらを消耗する
・とりあえずは誰でも使えるものと、そうでないものがある
等々
「後、動かせないものがある。建物そのものが遺物だったりとかね。でもこういうタイプの場合、複数の効果を持っていることが多いんだ」
イリスの話によれば、それに目をつけて、戦争に有効な遺物を下手に動かそうとして1部が破損し、効果が無くなったものもあったらしい。閉じ込められたりした話もあるらしいから迂闊には触れない、とそういうことか。中々に興味深い話だ。
「遺物を1度でも使った人間は、他の遺物を起動させやすいという説もある。そこで聞こえた遺物使いの話、というわけさ」
「じゃあ近くにそういった遺物があるから、そこに連れて行け、と?」
ただの探索や護衛ではないというなら、そのぐらいしか理由が無い。それでもその話で言えばイリス自身でもいいわけだがサンプルは多い方がいいってことか。
「話が早くて助かる。近くといっても、馬で2日といったぐらいの距離がある。だから、今すぐじゃ無く、準備が出来てからと思ってるよ」
そう言ったイリスが無遠慮に工房の奥に向かうのを慌てて止める。危険物があるわけでもないが、もう少し許可というかなんというか……ああ、もう。
「おい、何してる!」
「特には。噂の人物の仕事場だ。見学したいじゃないか」
しれっと言い放つイリスの表情は本気だ。間違いなく、好奇心から突撃していくタイプだ。イリスの瞳は、興味で一杯の様子である。あんまり強くいうと余計にこじれそうだな。
(こいつ……いや、悪気は無さそうだ)
「下手に触らないでくれよ。見る分にはいいからさ」
なんとなくだが、説得できない感じを覚えた。トラブルを起こしても「ん、そうか?」とか言って何も気にし無さそうだと思ったのだ。実際、工房そのものはありふれたものなのだから、すぐに飽きるだろう。どうしたものかと考えた時、扉が勢い良く開け放たれる。
「こんばんは! 母ちゃんがここに包丁持って行けって」
「ああ、見せてもらおう」
胸元に布で包まれた何か―多分包丁を抱える姿には見覚えがある。確か近くに住んでいる子だ。少年から受け取った包丁は微妙に右に反っていた。こうなっては普通では捨てるしかないだろうな。
「? 何かに挟んだのか?」
「よくわかんないけど、頼むよ!」
漬物石でも落としたか、変に力を入れたのか。その辺りは渡す時にでも聞くとしよう。
「わかったわかった。終わったら届けるから帰っても大丈夫だぞ」
少年に帰宅を促し、椅子に座って包丁を改めて眺める。イリスが時折歩く音と、火の入ったままの炉の音だけが部屋に響く。
「……すぐに直さないのか?」
作業を始めない俺を疑問に思ったのか、問いかけるイリス。俺がすぐに遺物を使ってちょちょいってやるもんだと思ってたのだろうか? もしそうなら帰らずともすぐに渡していたところだ。やれるけど、やらない。
「包丁は普通なら研ぎなおすぐらいしか出来ない。そこで遺物の出番というわけさ。ちょっと庶民的だけどな、使うにも手順がいるんでね」
答えながら、俺は包丁を指先で撫でていく。イリスには見えていないとは思うが、俺は包丁の精霊の様子を見ていた。素材に宿っているのか、包丁という形に宿っているのかはまだわからないが、微妙に不健康そうな様子の小人が見える。
その姿は、男の子のようにも、女の子のようにも見える。もしかしたら、人間である自分に合わせた姿なだけで、不定形という可能性もある。
普通に直すかどうか悩んだが、イリスは俺のことを遺物使いだとわかって来ているわけだから、多少は使っても問題ないだろう。そう考え、俺は小さなハンマーを手に取り、視線だけで虚空のメニューを操作する。
ネットゲームの中には、無駄と思える魔法やスキルなんかは結構存在する。MDにもそういったものはあり、衣服の破れを直す魔法や、裁縫方法のほか、刺繍なんかも結構自由に出来た。
鍋の穴をふさぐだとか、本来のゲーム的にはまったく無意味なことも、なぜか生活スキル詰め合わせ、みたいな形で持っている。
泥水をろ過するスキルなんかは、旅先の雰囲気作りにばっちりだった。いざとなれば、器用な家政婦のようなことも出来るだろう。今からやるのはそんなスキルの1つだ。
包丁を金床の上に置き、刃先から手持ち部分までを指先でなぞっていく。このとき、ちょっと指先に魔力を込めるのがポイントだ。魔法を使える冒険者なんかであれば、うっすらと包丁に光の線が残るのが見えたはずだ。後は決まった強さの魔力を込めてハンマーで軽く叩くだけ!
「ほお……」
小気味良い音を立てて、ハンマーが振り落とされた後には綺麗な包丁が一振り。武器修理に関連するスキルを覚えるために必要な前提スキル、その名も、台所のお母さんの味方、である。微妙に長いし、水場の汚れも落とす同じ名前のスキルがある。どちらかというと、スキル群の総称みたいな感じだ。
「見事なものだな」
イリスの言葉どおり、包丁は反りも直り、新品同様に光っている。彼女も、この結果が遺物の効力だと思っているようだ。俺自身の力だと知られたらどうなるかな、解剖でもされるか?
「さて、もう少ししたらこれを届けに出かけるが、イリスはどうする?」
「そうだな、工房はありきたりなものだったし、一度戻らせてもらおう。ではな」
好き勝手なことを言い放ったイリスが工房を出ていき、一気に静かになった。残る静寂が妙に耳に痛い。
「……なんだかなー」
かなり、自由人だ。俺も自由な方だとは思うがそれとはベクトルが違うな。
(まさか危険な場所でも勝手にあっちこっち行くんじゃないだろうな?)
妙な不安にかられたが、行き先にモンスターがいるようなら、変に動かないようにしっかり言っておかないといけない。それにしても、遺物に関する良い話が聞けた。
―もし、前衛系統の最強ランクスキルたちも遺物になっているとしたら?
きっとそれは聖剣だとか、魔槍だとか呼ばれているに違いない。魔法であれば魔道書であったり、無駄に豪華な杖なのかもしれない。代償にもよるだろうが、相応にそれらを使える存在がいたとしたら、きっとそれはこの世界の存在では対処できない脅威になるだろう。
ファンタジーでありがちな、古代文明の遺産ということになるのだろう。
「そうなると、俺は無限の遺物を持っているようなものか……」
コンフィグによる設定1つ取っても、きっと使いようによってはすごいことになる。一人つぶやきながら、包丁を届けに行くべく工房を出た。
帰り際、白兎亭によって、近くにあるらしい遺物について聞いてみることにした。
「ここ10年は動いたことが無いって、壊れてるのか?」
マスターに情報料を払って聞いた情報は、そうであろう遺跡では、最近は何かあったという話は聞かないということだった。
「いや、まるで都会の噴水みたいな遺跡なんだが、街道から離れてる都合上、ほとんど訪れる人間はいない上に、何も起きないらしいぜ?」
それでも、昔は色々と不思議なことが起こったらしい。曰く、モンスターに追われて逃げ込んだら、なぜかモンスターはどこかにいった。曰く、怪我が寝てる間に治っていた。なるほどと思うようなことから、信じられないような物まで。狩の獲物である鹿を手負いで追い込んだと思ったら、見失った挙句、帰ろうとしたら無傷の鹿が反対側から出てきた、といった話もあった。
遺跡自体は、大きい柱がいくつもあるものの、本来であれば見失うような場所ではないそうだ。
(……? それってもしや……)
過去に起こったことから、俺は遺物の正体に見当がついた。恐らくだが、危険の無い状態、かつ無事な状態でそこに行っても、何も起きないように見えるはずだ。特に、この世界の人間にとっては他の効果も無意味だろう。
「わかった。ありがとう」
マスターに礼を言い、ついでに依頼達に面白いものが無いかを確認する。物資の輸送から、商隊の護衛、貴族からの討伐依頼等等。
「お? オークもいるんだな」
モンスターの部位確保の依頼の中に、オークの牙を可能な限り多く、というものがあった。期限は依頼が取り下げられるまで無期限、入手した分だけ白兎亭に持ち込めば良いようだ。特に依頼を受ける表明も無くて良いようなので、覚えておこう。
他にも、狼の毛皮などの入手希望の依頼があったのでいくつかメモを取ったり、必要であれば依頼を受けることをマスターに告げに行くことにした。回復用のアイテムも、まだアイテムボックスには相応に所持している。一気に致命傷となるダメージを受けないようにすれば、かなりの無理は効くだろう。
「ええーっと、麻痺武器に自動回復の…短剣でいいか」
後日、出発日をイリスから伝えられた俺は、準備のために虚空のメニューを視線で動かしていた。出発日と言っても、伝えてきた翌日、つまり今日なのだが。
メニューは指での操作のほか、視線や意識を向けるだけでも動くようなので、パントマイムのような姿にならなくてもすむのが地味に嬉しい。機械のサポートはなさそうだから、魔法の1種になるのだろうか?
世界を探せば、このメニュー操作を見れる人物も見つかるのかもしれない。独りなら、状況に応じて入れたり出したりが1番早いのだが、今回は同行者がいるので、出来るだけ最初から出しておくことにする。
いざ戦闘となれば、守りながら戦うことには困難が予想されるので、イリスに渡すアイテムも準備しなくてはいけない。普通の布袋に、携帯用の食料などを入れ、水筒も用意し、各所に剣やらポーション類やらを備え付けていく。
目立ったところでは、長剣2本に、投げナイフ10本、ロープ類といった具合だ。後はイリスの準備具合を見て、調整することにしよう。
「そろそろか?」
工房の扉を開けて外に出ると、道の向こうから二頭の馬を従えて歩いてくるイリスが見えた。工房に不在の札を出して、イリスを迎えることにする。
「やあ、準備はよさそうじゃないか。ほら、君の馬だ」
言われてようやく、馬の準備をしていないことに気がついた。
「? 馬が無いって俺、言ってあったかな?」
「どこにも飼ってる様子は無かったから、そうじゃないかと思ったよ。君は歩いて行けるかもしれないが、私は普通の体力しかないからね」
肩をすくめて言うイリスから、一頭の手綱を預かる。馬のことはよくわからないが、かなりいい馬だと感じた。
「最近乗ってなかったな、よっと」
ゲームじゃ大抵、乗ろうというアクションをするだけで乗れてしまうせいで、特に練習した覚えは無かったが、なんとか行ける様だ。
「では行こうか。丸一日は街道を進むことになる。暇かもしれないがね」
先を行くイリスに従う形で、街を出る。暇つぶしが意外な形で出来ることになるのは、半日ほど進んだ頃のことだった。
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