099.「ドール・ジャングル-3」
(何もいなさすぎる)
森に踏み込んでしばらく、何も起きていないことに逆に警戒を強めていた。確かにモンスターのほとんどいない安全な森ではある……と聞いていた。それでも獣の1匹もいないのはおかしい。鳥すらいないのだ。というよりも……他の生き物の気配がない?
(あるのは濃密な緑の匂いと……時折の陽だまりの花々、か)
音を立てるのは俺とアルス、そして姉妹だけ。何が出てきてもいいように警戒して進むのが馬鹿らしいほどの静けさだった。このまま屋敷にたどり着くまで何もないのか、そう思った時だ。
「いたっ!?」
叫び、茂みの一角に踏み込んで剣を一閃したアルス。だが、そこには何もいない。ただ草を刈り取っただけ。いや、何かがいたのだろう。
「……帽子?」
呟く彼の足元に転がっていたのは、子供サイズにしてもさらに小さい帽子だった。落ちていたにしては綺麗だ。今、落ちたのだ。少し緩んでいた気持ちが一気に引き締まるのを感じる。このサイズの物を持ち歩くようなモンスターはいない。いるとしたらそれは……。
「とりあえず持っていこう」
確証がないために口には出さず、帽子をアルスから受け取りさらに進む。目の前の光景自体はさきほどまでと変わらないままだった。けれど、4人共が変化を感じている。何かが、いるのだ。
気配は感じないが、確実にいる。そのことが感覚を研ぎ澄ましていく。虚空の地図情報にも俺たち以外の光点は写っていない。生きている奴がいないということになるのだが……。
「そこっ!」
屋敷までは半分ほどといったところでキャニーの声とアイスコフィンが発動した音が響く。正確にはアイスコフィンの発動が先で、声が後だったが。鋭い氷の槍が俺たちの頭上、重なる枝葉をまとめて貫き、落ち葉のように舞い降りてくる。
そんな中、ひらひらと揺れて地面に落ちる何か。
「服……ね」
シャツとズボン、そしてワンピース。いずれも中身は無く、サイズは小さい。もしもこれを着ていたとしたら、中身はとても小さい。まるでそのサイズのモンスターを倒して素材が手に入ったかのような状態だ。
「この大きさ、女の子の遊ぶ人形みたいですね」
そう、その大きさはちょうど手でつかめるぐらい。アルスの言う人形、という言葉に俺は動きを止めた。考えていた可能性の1つに、人形があったからだ。だがその人形は人間サイズが基本で、こんな小さなサイズは聞いたことがない。俺が知らないだけなのか、それとも他の理由があるのか。
アルスには無言で頷き、警戒を続ける姉妹に目だけで答え、前に進む。この様子だと、屋敷に近づくほどに変化がある。そして予想通りに正面から何かが飛んでくる気配。
「……!」
小さな音をたて、地面に落ちたものは、靴。ミリーが素早く割り込んでアイスコフィンを振るった結果がこれだ。また中身がいない……いや、消えたのか?
「どうやら敵は小さな強者のようだ。油断するなよ。接近されたら怖い」
(恐らくは魔法生物の一種。だがそんな奴いたか? それに、消えるのがよくわからない)
『ゴーレムタイプ、と考えるには材料が足りないところね。それに、この感じからすると私は下手に手が出せないみたいよ。狭い場所で私が力を使うと変に暴走し始めるかも』
俺だけに聞こえるように調整してあるユーミの声に、わずかにうなずく。相手に実体があるならどうにかなるが、もしもスピリットのように干渉は出来ても実体が無い、だと厄介だ。
「建物が見えてきたわ……」
「あれ? ウサギ……じゃないですか?」
道の先、ぽっかりとあいた空間に屋敷が見えて来た。木々に邪魔されて見えなかった庭らしき場所もここからなら見えてくる。アルスが指さす先にはくさむら、そして確かにそこには茶色い毛並みのウサギが顔を出している。
「普通の動物もいるのかし……ひっ!?」
思わずもれる悲鳴はキャニーかミリーか。だが、無理もない。どの世界でも共通ともいえる小動物の癒し。そんな相手が、ころりと音を立てそうな動きで……首だけが草むらから転がった。つぶらだと思っていた瞳はよく見れば光がない。うつろな黒い瞳が周囲を、俺たちを写しこむ。ウサギの胴体だけが、何もなかったようにその場に佇んでいる姿はひどく恐ろしくもある。
(モンスターを殺した時の光景とは……同じようで、何かが違う。これは、遊び? いや……)
「ひどい……」
「……? エア・スラスト!」
しゃがみこみ、ウサギを供養しようとしたのか、歩み寄るアルスの頭上に何かを見た気がした俺は、一息に魔法を発動し、枝葉ごとその空間を風で飲み込む。俺の感情が乗ったのか、本来より幾分か荒れた様子の風が葉っぱや枝ごと影を飲み込み、その姿を日の光の下にさらす。
「やっぱり、人形か」
「私、見たことあるわ。ほかの家の子だけど、持ってたもの」
4人の視線の先には、某アリスのようなエプロンドレスを着た小さな人形。その手には小さなナイフ。不釣合いなそのナイフが日の光を反射し、襲撃の合図となる。人形、アリスはそんな感情があるかはわからないが、迷わず俺にその体を大きく跳躍させてきた。
その速度は異常だ。まるで人間のように一気に間合いをつめ、正確に首元を狙ってくる。あたかもそれが最良の方法であると信じきったロボットのように。確かにこれは抵抗できないだろう。ただの動物であれば、だが。
「甘い!」
叫んでパラライザーを横なぎに振るい、アリスをナイフごと両断した、はずだった。甲高い音をたて、アリスのナイフは俺の剣を受け止め、勢いは殺しきれなかったのかそのまま屋敷のほうへと吹き飛ぶ。そのままくるりと空中で回転したアリスは、追いすがるまもなく、屋敷へと走っていった。
その姿は人間そのものだが、速度と行動が明らかにミスマッチだ。おそらくは移動にすらなんらかの魔法が影響しているのだろう。これまでに出会った相手、服を残して消えた相手もなんらかの人形だった、そう考えるのが自然だ。
「厄介ね」
「……人体みたいな急所もない模様」
「首をはねるしか……ないんでしょうか?」
「かもな」
それぞれの感想を胸に、俺たちは森を抜けた。目の前に広がるのは静かな庭と、人の気配のない屋敷。きれいで、整ったその姿が今の俺たちには舌なめずりをして獲物を待つ獣に見えた。
手入れされた庭木、今にも住人が出てきそうな綺麗な屋敷は明らかにおかしい。つい昨日、あるいは朝まで人がいましたと言われても信じられそうな状況なのだ。きっと何か良くない物が待っている……それでも、いかなければならない。
俺は3人を鼓舞するかのように、先頭に立ってまずは庭へと歩を進めるのであった。




