最終話 はじまりの話
目が覚めて最初に視界に飛び込んできたのは、最愛の妹の心配そうなまなざしだった。
仰向けで寝ている自分のことを、上から見下ろしている。
どうやら寝すぎてしまったらしい。ニコラさんよりも遅い時間に起きるなんて、もしかしたら初めてのことかもしれない。
寝起きのぼんやりとした頭で、昨日のことを思い出す。
嫌われても、いいと思った。
むしろ、嫌われてでも、救わなければと思っていた。
だって、私は巫女の力を、お役目を、投げ出したのだから。その責任を取るのは、当然のことだと思った。
それでもやっぱり、大好きな可愛い妹に嫌われてしまったのを、目の当たりにするのは怖いわけで。
ここはいつも通り、おはようございますニコラさん、と声をかけるべきでしょうか。それとも、昨日は大変でしたね……? っていうのはちょっと違う気がするし……。
そうぐるぐると考えて、ええいとりあえず無視されてもいいから挨拶だけでもしよう、と口を開きかけたその時。
「ごめんなさいっ!」
ニコラが、勢いよく頭を下げた。
「ニコラ、さん……?」
「わがまま言って、たくさん心配かけて、ごめんなさい。おにいちゃんのこと、一緒にいたのに、なんにもわかってなくて、ごめんなさい。それから、だいっきらいなんて言って、本当に本当にごめんなさい!」
一息にそういうと、ニコラさんは元から下げていた頭をさらに深く下げる。
予想外の反応に戸惑う私を、ニコラさんは不安そうなまなざしで見つめる。
私が何か言うのを待っているのだろう。そんなニコラさんを少しでも早く安心させたくて、私はがばりと起き上がると、昨日のようにやさしく抱きしめた。
「謝らなければいけないのは私のほうです。何もかも全部あなたに丸投げして、説明もせずに焦って強引に行動して。……本当に、おにいちゃん失格ですね」
そうつぶやく私に、ニコラさんは微笑みながら言った。
「ねぇおにいちゃん。昨日サナちゃんにね、あんた達兄妹は、二人して自分のせいだ自分のせいだって、馬鹿じゃないの? って言われちゃった」
だからね、私はもう、なんでも自分のせいにするのはやめたんだ。
そう囁くと、ニコラさんは私をぎゅうと、抱き返してくれた。
幼くて、泣き虫だった彼女は、いつの間にこんなに大きくなったのだろう。
「ニコラさん、ありがとう」
どれほどそうしていたのだろう。
ニコラさんに抱かれているのはとてもあたたかくて、居心地がよくて、永遠にこのままでいたいと思ってしまいそうになる。
けれど、すべてがすんだら真っ先にやらなければいけないことを思い出して、私はその誘惑に打ち勝った。
ニコラさんのもとを離れると、部屋の隅にある戸棚の引き出しから、小さな箱を取り出す。
そして、中に入っていた一枚の封筒を、ニコラさんに手渡した。
「カイラスからの手紙です。あなたへの想い、受け取ってください」
ニコラさんは受け取った封筒を一度ひしと胸元で抱きしめると、丁寧に封を開けて手紙を読みだした。
「大好きなニコラへ
オレはニコラのことが、初めて会ったときからずっと、大好きでした」
べたな告白に、顔全体が真っ赤になるのを感じた。
だって、男の子にすきだって言われるのなんて、生まれて初めてだったから。
「いつもお日様みたいに明るくて、まぶしくて、そんなニコラとずっといっしょにいられたらいいなと思っていました。でも、オレはしんじゃったから、それはできません」
次の行を読んで、かなしくなった。
そう、カイラスはもういないのだ。すきっていってくれてありがとうって、とってもうれしいって、伝えることもできないのだ。
潤む視界で、さらに読み進める。
「でも、すこしの間はなればなれになってしまうけど、オレはぜったいにニコラのもとへもどってきます。ニコラの子供に生まれ変われたらいちばんだけど、風になっても、とりになっても、虫になっても、花になっても、必ずニコラのそばで、ニコラのことをまもるってやくそくします。だって、オレはつよい男なんだから」
大切な手紙に、雫がこぼれてしまった。文章の上に落ちたら、滲んで文字が見えなくなってしまう。
慌てて両の手で拭うのに、次から次へと溢れてきて、とまりそうになかった。
「いままでいっしょにたくさんあそんでくれてありがとう。たくさんやさしくしてくれてありがとう。あの日、お祭りのあの日、ブランコに乗っていたオレに声をかけてくれてありがとう。
それじゃぁ、また、どこかで
カイラスより」
手紙はそんな言葉で締められていた。
しゃくりあげる私の頭をなでながら、おにいちゃんは箱から再び何かをとりだした。
「これは、モニカさんからです。ニコラちゃんにあげて、って」
それは、色紙でおられたお花だった。
遠いところからやってきたお友達が、私のためにのこしてくれたもの。
「おにいちゃん、届けてくれて、ありがとう」
泣きながらそう告げると、おにいちゃんは黙って私の頭をなで続けてくれた。
最初は、私のせいだと思った。
私がもっと早くみんなをとめていれば、いや、凧揚げしようなんて言わなければ、こんなことにはならなかったのだと。
そんなことを言い訳にして、私はみんなを閉じ込めた。
自分の中に縛り付けて、どこにもいかないでほしいと思った。
それなのに、みんなは私のためにこんなものをくれた。
モニカちゃんはお花の折り紙を。
カイラスは想いのこもった手紙を。
サナちゃんはやさしい嘘を。
「みんな、ありがとう。ほんとうに、ありがとう」
この声はきっと届かない。
けれど、それでいいのだと、みんなはいるべきところに行ったのだからと、そう思った。




