騎士は思う
起。
「では最後に“徒手空拳”の訓練を行う!」
勇ましい騎士団長の号令とともに、騎士たちは最低限の防具以外の装備を外す。
「剣が折れ、矢が尽きても、我々には強靭な肉体がある!神の光に守護されし肉体がある!潔く散ることは美徳ではない!殴ってでも、蹴ってでも、頭突きをしてでも、魔族どもを滅するのだ!!!」
もう何度目か分からない、騎士団長の檄。
騎士であるカティは、既に一言一句を違えないレベルで、その言葉を覚えていた。
『剣が無くとも腕がある。腕が無くとも足がある。足が無くとも体がある。体が無くとも頭がある。』
カティが所属する、オニルミア王国騎士団に伝わる格言である。
確かに、格式とか名誉とか、それを重んじる時代はとうの昔に過ぎ去ってしまった。
何としてでも、一刻も早く魔族を、そしてその力の源である魔王を殺すこと。
それが全人類の共通命題となった今、そのために使えるものは使うのである。
もっとも、弱い魔法なら無効化してしまう光魔法を習得した騎士――オニルミア王国騎士団入団には習得は必須条件――というのは、素手でも十分強いのだが。
ともかく、そういった事情から、人間種最強と名高い、歴史あるオニルミア王国騎士団も、格式などをほっぽりだした言葉を、隊の格言として重んじているのだ。
それにオニルミア王国騎士団から、勇者の随行員――すなわちパーティメンバーが選出されることになっていた。
各種族からパーティメンバーが選出される予定ではあるが、魔力ではエルフに、筋力ではドワーフに、俊敏性では獣人に勝てない人間としては、せめて根性くらいは勝っていたかった。
ちなみに、人間にも光魔法への相性の良さやオールラウンダー性という特徴があるのだが、自分の長所というものは中々に見えないものである。
「……ふぅ、終わりか。」
厳しい訓練を終え、カティは独りごちた。
「ようカティ。お前いつも根詰めてるな。」
カティの独りごとに反応し、同僚が声をかける。
「ああ、是非とも勇者様のパーティメンバーに選出されたいからな。」
「お前も物好きだな……わざわざ死地に向かうなんて。だいたい、お前みたいに家柄、容姿、資産、実力。全て揃っているのになんで勇者のパーティメンバーなんかに……。それとも、名誉もほしいのか?」
茶化すように、同僚は問う。
だが、その疑問はもっともだった。
王国の中で、片手で数えられるくらいの大貴族のもとに生まれたカティは、家柄は当然申し分なく、また、容姿も十分すぎるほど整っていた。
騎士としての資質――光魔法と剣技の実力も騎士団の中でトップクラスである。
また、彼は人柄も優れていた。
身分の分け隔てなく人に接し、驕ることも無い。
そして何より、その黄金の輝く髪は、「神のごとき髪」として、知れ渡っていた
想像上の「騎士」を体現したような、まさに童話の世界から出てきたような人物であった。
「……そんなものはいらないさ。ただ、少しでも召喚される勇者様のお役に立ちたいと思ってね。」
「まぁ、お前がそう言うのならそうなんだろうが……副団長に勝てるのか?」
ぐっ、とカティは難しい表情を作る。
勇者のパーティメンバーに選ばれるのはオニルミア王国騎士団から一人。
すなわち、一番強い者が選ばれるのである。
副団長は、カティより10歳上の騎士で、若くして副団長の位を得た人物である。
何より、オニルミア騎士団最強として名高い。
現在22歳のカティは、自身が発展途上であることを自覚しており、3年後ならともかく、現在は及ばないと考えていた。
「……選抜まで、あと1か月ある。何とか追いつくしかない。」
「そうだろうなぁ。俺は頑張れとしか言えんが……少なくとも魔族共にいなくなってほしいのは、俺も、いや、皆思っている。しかし、同時に、その後の世界も考えなきゃならんと思う。……そう考えられるようになったのも、“勇者召喚”っていう希望が出てきたからなんだが……俺は、カティ、お前はその後の世界に、必要な人材だと思うのだけれどね。」
「……ありがとう。」
「ま、ここまで来ると、無駄死にはしたくないわな。お互い生き残ろう。どんな形であれ。」
「そうだな……。」
その後、同僚と共に光魔法の発現に欠かせない神への祈りを捧げ、一息入れてから再び訓練を開始する。
体を痛めつけるような訓練は体に悪いが、何とか1か月後に間に合わせなければならない。
「ハッ!ハッ!ハッ……」
剣を振りながらカティは思う。
――自分はそもそも、“勇者召喚”に反対だ、と。
他世界から勇者を召喚すると言えば、何となく聞こえはいいが、カティは、召喚の本質は誘拐であると考えていた。
少なくとも、意志ある者を他の世界から勝手に呼び出し、帰り道も無いのに、こちらの都合を、しかも命が掛かるお願いをするなど、狂気の沙汰である。
そう考えたカティは、しかし、その意見が通ることが無いと知って、ならば少しでも勇者に寄り添えるようにと、何とか勇者のパーティメンバーに選ばれたいと思っていた。
しかし、その障害は大きい。
最強騎士団の、その中で最強と名高い副団長に勝たなければならない。
「ハッ!ハッ!ハッ……」
夜は更けていく……