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降臨

 青白く光る苔が足元を照らす洞窟に、靴音がこだまする。忙しなく他のプレイヤーとすれ違いながら、二人は水路沿いに奥へと進んでいった。

「うわー……」

中腹まで来たところで視界が急に開け、ぽっかりと天井の高い広場に出た。その空間では、十数人のプレイヤーがモンスターを淡々と狩り続けており、スキルエフェクトで足元も見えないほどに光り輝いていた。

「廃人御用達かよ……」

「よーし、良い石落ちろー!」

引くタクミと、対照的にテンション高く範囲魔法攻撃をぶっ放すマサオ。とーすとでは、モンスターの取り合いで諍いが起きないよう、パーティーメンバー以外の標的は重複しないようになっているので、遠慮なくぶちかますことができる。しかもこれだけの人数が同じ場所で狩りをしていると、常にモンスターが湧き続ける。ということで、狩場を移動することなく狩りが可能なのだ。

「あ、MPなくなっちゃった」

慌てて回復するマサオ。アイテムを使う以外にも、『集中』というスキルでMPを回復することができ、魔法使いの必須スキルとなっている。が、

「コラ!タゲ付けたまま放置してんな、死ぬぞ!」

集中スキルの使用中は、他の魔法スキルと同様、詠唱中に動くことができない。しかも、詠唱短縮の効果外なので、狩り残しがあると十秒近い詠唱の間、タコ殴りにあう。一見強そうに見える魔法使いの、最大の弱点だった。代わりにタクミが、マサオに集まってきたモンスターを狩ってやる。

「一匹ずつ狩れよ、頼むから。お前防御も低いだろ。俺が死んでもお前が蘇生できるけど、逆はないんだからな」

「わかったよ……」

説教され、渋々一匹ずつ狩り始めるマサオ。効率は落ちるが確実に仕留められるので、安定して狩りと回復ができている。これなら、期待通りの成果が得られるのではないだろうか。二人の性格をなんとなく理解し、暇を持て余しはじめた俺は、マサオに訊ねた。

「真青さんって、王子様装備目指してんの?」

「うん。私、可愛い男の子が好きなんだー」

記憶が正しければ、マサオの口調はゲーム内でもトゥルッターでも『僕』だったはずだ。てっきり、大会の副賞はお姫様ティアラを選ぶのだと思っていたが、王子様ブラウスで着飾った自分好みの少年アバターに王冠を被せることで、理想のキャラクターが完成するということのようだ。

 プレイヤーには、アバターに自分が着たい服を着せるタイプと、アバターを着せ替え人形にして遊ぶタイプがいるが、彼女は後者らしい。微笑ましく思いながら二人のプレイを見ていると、不意に画面が赤く点滅した。

「うわっ、何だ?!」

地響きと共に、画面が揺れる。それまで好きなようにスキルをぶっ放していたプレイヤーたちが、慌てて広場の出口に走っていく。


 洞窟の奥から現れたのは、広場の高い天井に頭が着きそうな大きさの、黒いドラゴンだった。


「やだ、緊急ボスじゃん!」

それは、アイオラ鉱山内に稀に出現する巨大モンスター、アイオラドラゴン。噂では、地域ごとにその地域でプレイヤーが通常モンスターを倒した数だけ蓄積される隠し数値があり、一定値に達すると緊急ボスが出てくるらしい。とはいえ、この乱戦で全員が倒したモンスターの数をカウントできるわけもなく、未だ詳しい数値は謎のままだ。

「ねえ、あれって私たちでも倒せるかな?」

「アホなこと言ってねえで逃げるぞ。せっかく拾った石、パアにする気か」

二人のアイテムインベントリには、+三十台の石がいくつかある。売れば多少は足しになるはずだ。しかし、ダンジョン内で戦闘不能になった場合、ダンジョンで手に入れたアイテムのうち半分をロストする。勝率が不確定な敵に挑むより、逃げたほうが得策なことは明らかだった。

「もし勝てたら、いいもの落とすかもしれないじゃない?」

「ここを狩場にしてる廃人ですら逃げてんだろ!俺らが勝てるわけねえ!」

「でもホラ、何人か残ってるよ?一発殴って逃げ回れば、吸えるんじゃないかな」

「浅ましいこと考えるんじゃありません!」

二人がぎゃあぎゃあと押し問答をしている間、ふと視線を逸らした俺は、あることに気付いた。


 ヘッドセットの脳波スキャンが終了したことを告げるポップアップが、三台目のディスプレイに表示されていた。


× × ×


 「ちょっとだけ!試しに殴ってみない?」

「俺は逃げるぞ」

言いながらも、タクミはマサオをいつでも庇える態勢でドラゴンを見据えている。今のところ、ドラゴンの標的は果敢に戦っている他のプレイヤーにあり、範囲攻撃さえ避けれはなんとか立ち回れそうだ。

「……一発だけだからな!一発入れたら走れよ!」

「やったー!」

言い出したら聞かない従妹にタクミが渋々頷くと、水色の髪の少年は喜々として、撃てる魔法の中で一番威力の強い火属性魔法の詠唱を始めた。タクミはその前で、壁を務めるに徹する。

火炎放射ドラゴンブレス!」

杖の先から放たれた炎の柱が一直線にドラゴンに襲いかかり、横っ面に弾けた。が、しかし。

「っげ」

ドラゴンの長い首が、ゆらりと二人のほうを向いた。金色の眼が、怪しく光った。見ると、先ほどまで攻撃を受けていた他のプレイヤーが、戦闘不能になり倒れている。

「やだー!!!」

「だから言っただろー?!」

大きめの溜めの後に吐きだされた熱風を、二人は間一髪で避けた。

「くっそ!」

仕方なく、自分に標的が移ることを期待して真空刃カマイタチを放つタクミ。続けて、ヘイトを溜める咆哮ライオンを使うと、ようやくドラゴンの標的がタクミに移った。

「おい、逃げろ!」

自分が引きつけている間に足の遅いマサオを先に逃がし、攻撃を避けながら後を追えばなんとか――。

 と、マサオがドラゴンの追ってこられない通路へ脱出したのを確認して、タクミは油断してしまった。

 直後、アイオラドラゴンが一定ダメージを受けた後に発動する、広場全体の地面が対象の範囲攻撃が、彼を襲った。

「た、タクミー?!」

岩陰に隠れていたマサオが、慌てて戻ってくる。蘇生を使おうとするが、広場にアクティブプレイヤーが一人しかいなくなった今、ドラゴンが狙うのは、必然的にだった。

「ひっ?!」

いくらゲームとは言え、リアルな3DCGのドラゴンが、自分目がけて火を吹く迫力は、恐怖しか与えない。思わず、春果自身まで目をつぶってしまった。が、

「ちぇすとー!」

気の抜けた掛け声と、スパーン!という小気味よい音が聴こえ、熱風はマサオを襲ってはこなかった。そして、

「キャスト、跳蹴グラスホッパー!またの名をジャスティスキック!」

おそるおそる目を開けると、人影がドラゴンの鼻っ柱にドロップキックをお見舞いするところだった。ふざけた攻撃なのに、ドラゴンのHPゲージがざっくりとえぐれる。蹴りの反動を生かしてくるくるとアクションスタントのように回転し、マサオの前に降り立ったのは、

「おまたせ♡」

ミニスカートのメイド服に身を包み、ハリセンを携えた成人男性・・・・のアバターだった。振り向き、にこっと笑ってピースサインを決めた。

「マサオさん、早くあか……じゃないや、タクミを蘇生して。あいつは俺がなんとかするから」

「もしかして、佐藤君?」

「俺は×しゅがー×!いいから、早く!」

パッと頭上にアバター名を灯しながら、メイド服男は再びドラゴンに向かって走っていった。危なっかしくはためくミニスカートの下には、しっかりガーターベルトを着けていた。

「マサオ、早く起こせ」

「あ、ごめん。キャスト、蘇生フェニクス!」

呆気に取られている場合ではない。今度こそタクミを蘇生する。

「タクミ、死んで報酬切れてると思うから、もう一発ぶつけてー!」

「お、おー!」

ドラゴンを翻弄しながら助言するしゅがーに困惑しながらも、タクミは二度目の真空刃を放つ。

「ちなみにこいつ、弱点は水だから、火炎放射より水鉄砲エレファントノーズのが効くよ!」

言いながら、スパァンと再び小気味よい音が響く。

「そろそろさっきの範囲攻撃来るよ、構えて!」

「構えてって?!」

「俺が合図したらジャンプ!ハイ、さん、にー、いち、跳べっ!」

訳もわからず、言われるがままに二人がジャンプした瞬間、ドラゴンが吠えながら地団太を踏んだ。足元の空気が揺れる。着地すると、何事もなかったかのように平然とした地面があった。

「これで終わりだ!キャスト、鯨尾ホエールダイヴ!」

しゅがーのハリセンが青く光り輝き、渾身の水属性斬撃スキルと共に、黒いドラゴンの体は地に伏せた。

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