MASAOとTKM
気を取り直して、俺は思う。真青と初めてまともに話したその日に、電話番号まで手に入るとは思わなかった。赤城はいい奴だ。
「大会終わったら、部活は気が向いたときに来てくれればいいからね。それまでは、ちょっと拘束しちゃうけど……」
真青は眉を下げ、ごめんね、と手を合わせて謝った。
「いいよ、最終的に引き受けたのは俺だし。そんなに申し訳なさそうにされると、逆に居づらい……」
俺に何のメリットもないことを気にしているようだが、俺にしてみれば、赤城巧という今後の高校生活を円滑に送るための最強の切札とも言える男と知り合いになれた上、真青の連絡先という、金を積んでも手に入らないアルティメットレアなものまで手に入ったのだ。どうせ、家に帰ってもやることは一緒だ。真青に気にかけてもらうようなことではない。
「そうそう。せっかく入ってもらったんだし、しっかり働いてもらおうぜ」
俺の心中を察してか、にやにやと赤城が笑っている。どうして彼らは、こうも人心掌握に長けているのだろう。そこが人気者たる所以か。一ミリメートルでいいのでコツを教えていただけないだろうか。
「佐藤くんの設定が終わるまで、私たちのアバターの紹介でもしてよっか」
「そうだな」
地味男子のささやかな劣等感など知らず、二人はそれぞれが使っているPCの前に行き、ヘッドセットを被った。
真青がゴーグルを着けると、モニターに『TreasureStoneOn-line』のロゴが表示された。真青のゴーグルにも、同じものが表示されているはずだ。
VRシステムを売りにするゲームには、ベッドや椅子などに身体を預け、脳を一種の催眠状態にして脳波のみで遊ぶダイヴスタイルと、基本操作を脳波に任せつつも現実の身体の自由も利く半脳波スタイル、そして映像のみをゴーグルに投影し、操作はキーボードやコントローラを使用する旧スタイルがある。とーすとは、完全に身体をコンピューターに任せてしまうのは怖いというユーザーや保護者の意見に配慮して、好きなプレイ方法を選ぶことができる。切り替えることもできる。
学校という場所柄もあるからか、二人は半脳波スタイルを利用しているようで、真青が話しながらログインした。
「さっきトゥルッターで見せたけど、私のキャラはMASAOっていうの。……大会に出られるなら、サブもちゃんと育てておけばよかったな」
画面の中で、水色の髪の少年アバターが石畳の街並みに降り立った。くるんと回転し、少年の目線に切り替わる。マサオなんて芋っぽい名前だから、てっきり中身は男だとばかり思っていたが、そのまま苗字だったとは。ということは、
「俺のキャラはTKMな。わかりやすいだろ」
マサオの視界に横から入ってきた金髪の剣士が、手を振った。やっぱりそうか。二人でよくつるんでいるのは、トゥルッターでの気の置けない返信の応酬や、対人のチームのことで知っている。
「もしかして、引っ越した友達って、『ともぴ』って人?」
この二人なら確か、一ヶ月ほど前まではもう一人仲間がいたような、と、金髪ツインテールの少女アバターのことを思い出した。そういえば、最近ぱったりと見かけない。
「なんで知ってるの?」
うっかり滑った口に、ゴーグル越しに二人の視線が突き刺さる。まさかキャンプファイヤーを囲んで楽しく食事した仲ですとは言えない。
「通りすがりに見かけたような気がして……」
「智のランク上げ手伝ってた頃かな?智、家ではプレイできなかったから、八十の壁越えるのが大変でさ」
ということは、三人ともトゥルッターのフォロワーではないか。なるべく個人が特定できそうな情報は呟かないよう心がけていたが、粗忽者の俺が、よく今までバレずにやって来れたものだ。肝が冷えた。
「元気にしてるかなあ。なんとかして、向こうでもプレイできるように頑張ってみるって言ってたけど、音沙汰ないよね」
「そうだなあ」
赤城が腕組みして頷いた。同時に、画面の中の剣士も腕組みする。脳波プレイでは、「こう動こう」と脳内で思ったことがそのまま反映されるので、リアルの動きと同じ動きをすることがしばしばある。飲み物を取りに離れるときなどは、受信機能を切っておかないと、アバターまで歩いてしまうこともあるので、注意が必要だ。
「見ての通り、マサオは魔法使いで、タクミは剣士ね」
職業の概念がないとーすとでは、プレイスタイルに応じて各々が勝手に職業を自称している。くろすは料理人を名乗っているが、ウヴァロ王国杯で使った獲物が弓だったので、他のプレイヤーからは弓士だと思われているようだ。その上で、料理を筆頭とする生産系マゾスキルに手を出していると思われているらしい。が、逆だ。生産をやるために何よりDEX(器用さ)が必要で、攻撃力がDEXに依存する弓が一番使いやすかっただけだ。間違えないでいただきたい。
「石は何入れてる?」
「スロット見る?」
すぐに画面に、装備一覧が表示された。平均的な四スロットの装備が並び、やはり平均的なステータスの石が登録されている。
「基本的に、魔法使い装備かな。スキルは攻撃中心だから、回復補助はあんまり。でも、蘇生石はちょっと取るの頑張ったんだよ」
胸を張る真青。なんだか手の内を見ているようで申し訳ない。
「蘇生石って、昼ドラのレアだっけ?」
「そうそう。なんだ、詳しいね。助かるー」
横で赤城が笑いを堪えて震えていた。カンストのことは言わないでいてくれるというのは、本当らしい。
昼ドラというのは、高原にいるフィールドボス、ヒーリングドラゴンの略称で、頭部の部位破壊をするまで自分と眷属を延々と回復・蘇生してくる上、やたらHPが高いという面倒くさいモンスターだった。しかしヒーラー職が欲しがる蘇生スキル付きの石は、このドラゴンが低確率で落とすものしか存在しないので、常に討伐パーティの募集が行われている。
「詠唱短縮も付いてるじゃん。粘ったなァ」
「最終的に、普通の蘇生石売って貯めた金でアホみたいな値段の詠短付き買ったんだよな」
「あ、言わないでよ」
赤城がバラし、真青が口を尖らせた。
石の種類には、大きく分けて七つある。
一、ステータス付き
二、アクティブスキル付き
三、パッシブスキル付き
四、ステータスとアクティブスキル付き
五、ステータスとパッシブスキル付き
六、スキル二種付き
七、ステータスとスキル二種付き
の順にレア度が高くなっており、ステータスのみしか付いていない石は捨て石と呼ばれ、あまり需要がない。
一番流通しているのが、ステータスとスキルが一つ付いた石で、全石と呼ばれる七つ目は、ドロップすればそれだけで一財産が築けるほどの高値で取引される。そのため、自分が使うわけではなく、一攫千金を夢見て日夜ダンジョンやボスに挑む輩も多い。
「俺のも見るか」
「うん」
頷いて、隣のディスプレイに移動する。タクミの装備一覧には、同じく四スロットの装備が並んでいた。
「属性剣と、攻撃と防御だな。あんま詳しくないから、攻略サイトのセオリー通りにやってるよ。全石なんて持ってない」
「でも、そこそこのステじゃん。集めるの大変だったでしょ」
強い敵ほど良い数値の石を落とすが、+30を超えると急にドロップ率が下がる。しかしタクミの装備には+50台の石がちらほらあるので、良いほうだと言えるだろう。石には熟練度というものがあり、使っているとステータスやスキルの威力がアップするのだが、剣やプレートアーマーに付いている石の熟練度は最大値まで上がっていた。
「サッカーやめて暇だったしなあ。春果と智に付き合ってあっちこっち行ってたら、それなりになった」
だはは、と笑う赤城。なるほど、二人の大体の装備はわかった。
「佐藤君のスキャン、もうちょっとだね」
三台目のディスプレイを見た真青が言った。進行度を示す画面の青いバーは八割ほど進んでいた。
「あと、何か見たいものある?」
背伸びをした真青の黒い髪がさらさらと揺れるのに目を奪われながら、俺は少し考えて言う。
「じゃあ、二人がモンスターと戦ってるところ見せてよ」
正直、くろすと二人には装備に差がありすぎる。これはあと三ヶ月でどうにかなるとして、彼らが普段、どんな動きをするのか、知っておきたかった。
「オッケー、じゃあどっか狩りに行こうか」
「お前、なんか欲しい装備あるって言ってたろ」
「王子様ブラウス?」
「それ」
「王子様ブラウスって……。ガチャ装備じゃん」
非課金でも十分に楽しめるとーすとだが、別途料金を払うことで、便利アイテムや見た目の良い装備を手に入れることができる。例によって、ラインナップからランダムで一つアイテムが手に入る形式の金食い虫な上、大半が消費アイテムで、装備が手に入る確率は高くない。バイトもしていない学生には、敷居が高い。
しかし、ガチャ装備もプレイヤー間で取引ができるので、ゲーム内通貨を貯めれば――リアルマネーの代わりに時間を使えば――課金装備を手に入れることができるのだ。
「相場どれくらいだっけ」
「この前見た露店では、三百万くらいだったかな……」
真青が乾いた声で笑った。通貨の単位は『S』で、昼ドラと十回戦って出るかどうかという蘇生石が、一つ二十万Sで売れる世界だ。単純計算で、昼ドラを百五十匹倒さねばならないことになる。
「効率よく稼げるところって言ったら、アイオラ鉱山かなァ……」
「アイオラ?何かあったっけ?」
二人は首をかしげた。
「通常モンスター三種類が、全部石落とすんだよ。狩りまくれば、一時間くらいでも一つ二つ、そこそこのステータスの石が……」
「うわあ」
赤城がぞっとした顔をした。一時間程度で音を上げるとは情けない。
「なるほど、+50台が出れば一つ五万で売れるから、出るかどうかわからない蘇生石を狙うより効率がいいってことね?」
「そういうこと」
真青のほうが、理解が早かった。廃プレイヤーの素質があるかもしれない。
「そうと決まれば、アイオラに行こ!」
「マジかよ……」
言うが早いか、マサオはワープポイントに走り出し、タクミが浮かない足取りでそれを追いかけた。