パソコン部との邂逅
いよいよ運命の放課後になり、俺たちは部室に集合した。PCを立ち上げている間に、麻木先生もやってきた。大きなバックパックを右肩に背負っている。
「机持ってこい」
「はーい」
床を占領しているマットを端によけて、代わりに部室の半分を占領している古い机を赤城と俺で一台ずつ運び出し、二つくっつけて広めのスペースを取る。その上に、バックパックの中身――できる限りのスペックを積んだ、持ち運べるギリギリの大きさのノートPCと、ヘッドセット他のVR機材。
「電源」
「はいっ」
真青が延長コードを引っ張ってきて、先生が差し出した電源のプラグを繋げた。
「赤城、その辺にスクリーンあるだろ。出して」
「スクリーン?これ?」
歴史などの授業で稀に使う、細長い筒に三脚が付いた小型のスクリーンを、言われた通り奥から引っ張り出しながら、赤城が首をかしげた。
「何に使うんだよ」
「スペシャルゲストに、俺のPCの映像を映して見せてやろうかと思って」
「スペシャルゲスト?」
すると、扉が開き、
「こんにちは。やってるかい」
おでん屋台の暖簾をくぐるかのようなノリで、プロジェクターを抱えてそろりと顔を覗かせたのは、
「こっ!校長先生!」
「はぁ?!なんで?!」
由芽崎第一高等学校現校長、原田源一氏だった。白髪の多い髪を綺麗に撫で付け、ふっさりと口髭を蓄えていつも柔和な微笑みを浮かべている、小柄な初老の男性だ。
「いやね、ゲームの大会って、どんなことをするのか気になって。麻木先生に訊ねたら、観に来たらいいと言われてね」
「で、ついでに職員室からプロジェクター持ってこさせたってか。校長に」
「人聞きの悪いこと言うなよ、校長先生は快く引き受けてくれただけだぞ」
「そうそう。お邪魔するわけだからね」
人格者で有名な原田校長は、よっこいしょとプロジェクターを麻木先生の机の端に降ろした。慌てて真青が椅子を持ってくると、礼を言って腰かける。赤城がスクリーンを組み立て、麻木先生がピントを合わせる。
「学校の名前出すんだから、校長先生にも、何するのか知ってもらったほうがいいだろ?」
「それもそうですね」
一瞬不安そうな顔を見せた真青は、すぐに納得して頷いた。
「最近のゲームはすごいんだろう?教育に取り入れている学校もあると聞くし、気にはなってたんだよ」
通りすがる生徒はおそらくいないだろうが、念のための音漏れ対策にヘッドホンを受け取った校長先生が、わくわくしている。頭の柔らかい教育者でよかった。同時に、下手な試合は見せられなくなった。
「こんなもんかな。お前らも準備しろ」
「りょうかーい」
俺たちもそれぞれのPCに散って、準備を始める。ヘッドセットを装着した麻木先生は、自分のPCを操作して呼びかけた。
「鶴崎先生、聴こえますか」
「はいはい、聴こえてますよ」
スピーカーから、鶴崎先生の声が聴こえた。ボイスチャットアプリで連絡しているらしい。打ち合わせの声を後頭部で聞きながら、俺は鞄から秘密兵器を取り出した。
「何それ」
目ざとく気が付いた真青が、目を丸くする。その声に、赤城もこちらを向いて、眉をひそめた。
「良いもん持ってんじゃねえか」
麻木先生がマイクのスイッチを切って笑う。言い方が、俺のスクーターを見た店長とそっくりだった。
「何って……お気にのキーボードっす……。これがないと戦えない……」
置き勉でいつもスカスカの鞄に隠し持っていた秘密兵器、ゲーミングキーボード。とーすとを始める前、FPS時代から使っている相棒だ。
「VRゲームに、キーボード使うの?」
真青が驚くのも無理はない。最近のゲームといえば、専用コントローラがあるか、タッチパネルを使用したものか、脳波で感覚的にプレイするものがほとんどだ。キーボードやアナログコントローラを使って遊ぶゲームは、もはやレトロゲームに分類される風潮すらある。
「もしかして、こないだ一対一やった時もそれ使ってたのか」
「そうだよ。かっこいいでしょ」
本体に繋いでセッティングしながら、赤城の呆れ声を聞き流す。とーすとは、先進的な技術をいち早く取り入れながらも、未だにキーボードやコントローラでの操作にも対応しているところが、俺はとても好きだ。直感で操作できるというのは面白い点ではあるが、反面、ほんの少しの迷いやためらいも動きに反映してしまうのが煩わしくもある。生産活動はダイレクトに感覚が伝わってくる脳波プレイのほうが楽しいし、ただのモンスター程度なら問題なく戦える。が、一瞬が命取りになる対人戦は、できる限り慣れた環境でやりたいというのが本音だった。何なら、椅子も持ってきたかったくらいだ。
「最悪二人ともやられても、敵討ちくらいはしてみせるから」
ぐっと親指を立ててみせると、赤城は呆れ、真青はほっとしたように眉を下げて微笑んだ。
「学園エリアの、校門前に集合でいいか」
「了解です」
「おっけー」
「大丈夫です」
麻木先生の号令にそれぞれが返事をして、ヘッドセットを被った。
ログインして宝石学園エリアに向かうと、案の定、新エリアまでの道はプレイヤーでごった返していた。普段対人戦をしなくても、一応更新内容は確認しておきたいというのが、マザーグランデの住人の性というものだ。
「すごい人だねえ」
学校を模したフィールドの校門前に集合し、ルリが背伸びをして辺りを見回す。
「先生、どこかな」
「えーっと……あれじゃないかな」
俺は辺りを見回して、彼でなければ他にいないだろうというプレイヤーを見つけた。
白いスーツに赤いシャツ、黒地にカラフルなドット柄の入ったネクタイを締め、左右違う色のブーツを履いた、背の高い男性アバター。キャラメル色の癖毛に、兎の耳の生えた白いミニハットを被っている。よくよく見ると、麻木先生を俺たちと同年代にして、きちんと身嗜みを整えたらそうなるだろうという端正な顔をしていた。
「先生ですか?」
「おっ、来たな」
一番見た目が中身と似ている真青が声をかけると、気障な兎男は、よっと手を上げた。
「改めて、ルリです」
「蘇芳」
「ナルです」
「昼に話した通り、USAGIだよ。カエデ装備とは恐れ入ったぜ。二スロットじゃねえんだろ?」
さすが生産廃、まず目を付けたのはカエデ装備だった。
「はい。駆く……ナルのお父さんが、カエデさんだったんです」
「マジか。後でレシピよこせ」
即カツアゲ体勢だった。原田校長が見ているはずなのに、めちゃくちゃ私情挟みまくりだ。自由すぎるぞ、ウサギ先生。
「いいですよ」
世話になっているし、斡旋するのはやぶさかではない。どうせこのタイプは、流通目的ではなくレシピをコレクションしたいだけだ。
「各人、武器は?」
「俺が刀、ルリが双剣、ナルが銃だよ」
「へえ。銃も使えたのか、お前」
正体がバレているので、弓使いだと思われていたようだ。
「パソコン部は?」
「俺の見た目は伝えてあるから、そろそろ来るだろ」
他に、兎耳を生やした男性プレイヤーは見当たらない。そもそも彼が被っているウサ耳ハットは、サービス開始初のイベントだった『マザーグランデ・イースター』の景品だったものだ。復刻イベントは来ていないので、当時遊んでいたプレイヤーしかレシピを持っていない。今は兎耳といえばアクセサリーのウサ耳カチューシャが存在しているが、当時はウサ耳ハット以外に兎耳を生やせる装備はなかった。以来この二年、ずっと被っているのだろう。プレイヤーには分かりやすい目印だった。
「あの……。麻木先生、ですか」
少しして、宝石学園ブレザーを着た赤い髪の男性アバターが、先生に声をかけてきた。
「おう、今野か?」
「そうです。こっちでは、Kon+ですけど」
今野先輩改めコン先輩の装備を見て、「ブレザーやめといてよかったな」「そうだね」と、蘇芳とルリがこそこそ喋っている。危うくネタが被るところだった。この分だと、大会にも同じ装備のチームが出てくるに違いない。
「俺はUSAGI。よろしく」
「USAGI……?まさか、トルマリのシールドブレイカーの?」
「なんだよ、もうバレたか」
コン先輩は案の定、突然のビッグネーム登場に慄いていた。
「鶴崎先生は?」
「参加しない部員の画面を、横から覗いてます。えっと、とりあえずメンバー紹介しますね」
真面目なコン先輩は、後ろに連なる部員を紹介しようと視線を移し、
「ああ、本名はいいぞ。こっちも言わないしな」
ウサギ先生が先手を打った。一応、俺たちのことは隠してくれるつもりでいるらしい。
「じゃあ、プレイヤー名だけ。左から、まっする、かに☆たま、凛子、Se15です」
それぞれが先輩の声と共に自分でも名乗る。まっするは名前の通り筋肉質な体型の、灰色の髪の男性。かにたまはアッシュグリーンの髪に細い釣り目の、ひょろりと背の高い青年。凛子は黒髪のツインテールに眼鏡を掛けたクールビューティ、セイゴはいまいち特徴の無い、金髪のイケメン。俺たち三人も名乗ると、お互いの頭上に名前が点灯した。五人フルメンバーらしい。少し面倒臭そうだなと、俺たちはお互いに目配せした。
「で、その後ろにいるのは、鶴崎先生に視点を貸してるサバみりん」
小柄で真面目そうな茶髪の女子が、ぺこりとお辞儀した。
「ふーん、分わかった。それじゃ、移動するか」
制服の一団が増えたことでいよいよ学校行事の様相を呈しつつ、一行はぞろぞろと新フィールドに向かって歩き出した。




