理由
「頼む!」
真青に続けて、赤城も頭を下げた。
学生大会の条件は三人以上となっているため、必要なのは幽霊部員ではなく実働部員。うちの学校は兼部が不可のため、現在部活に入っておらず、かつ準備日数が足りないので、元々とーすとをやっていて、ある程度戦える人材が欲しい。贅沢を言うなら連絡が取りやすいよう、同学年が好ましい。げきま部のことを人に話さない口の堅さがあればなお良し。二人が探していた人材はそんなところだろう。帰宅部でとーすと古参プレイヤーで真青と同じクラス、そして友達が少ないので噂が広まる可能性が低い俺は、まさに適任と言えた。
しかし、
「断る!」
俺は即答した。
「だよなあ」
赤城は予想していたようで、息を吐いた。
「佐藤君、大会興味ない?」
真青の大きな目に落胆の色が滲んでいて、胸が痛む。俺は、少しためらってから口を開いた。
「……まず、俺は真青さんに騙されて連れて来られたんだよ」
なにしろ、彼女はゲーム素人のふりをして俺を釣ったのだ。何か裏があることを察知しながらホイホイ釣られた俺も俺だが、真青も真青だ。
「それは、その……。私がゲームするなんて誰かに言ったことないから、言い辛くて……。ごめんなさい」
眉をハの字にしてしょげる姿を見せられては、糾弾する気も削がれる。まったく、卑怯な武器だ。情に流されるなと自分に言い聞かせ、俺は話を続けた。
「知られたくない趣味だっていうのはわかるから、怒っちゃいないよ」
普段彼らが属しているコミュニティでは、ゲームをするといってもせいぜいスマートフォンのアプリゲームくらいが関の山だ。コンピューターゲームにはまっているなどと言ったら、からかわれることは容易に想像がつく。または、以前にもそういった経験をしたことがあって、言い出しづらかったのかもしれない。
「けど、気分は良くない」
「ごめんなさい……」
頷く赤城。真青も反省しているようで、再び謝罪の言葉を口にした。
「この際、名前を貸すのはいいよ。俺が断ったせいで廃部になっても後味悪いから」
なんらかの事情で所属する部活が学校の規定に満たなくなってしまった場合、すぐに廃部になるわけではない。一ヶ月の猶予が与えられ、期間内にもう一度規定に沿うことができれば、存続できるのだ。件の三人目が、学年の変わり目に引っ越したのなら、期限は四月いっぱい。今日を含めて、あと一週間ほどしか登校日がない。既に部活に入っている鈴木ではなく、帰宅部の俺をロックオンしたことにも、そういう事情があったわけだ。
「でも、大会に出るのは嫌だ」
「なんで?」
今度は赤城が訊ねた。
「だって、今度の大会って、身バレするじゃん」
応募要項によると、宝石学園杯は中学生の部、高校生の部、大学生の部に分かれており、参加者は事前にチームメイトと通っている学校名を申告しなければならない。もちろん、架空の学校名で参加しようとすればすぐにバレる上、新規登録時に個人情報を細かく入力せねばならないので、運営には年齢をごまかすこともできない。
更に、本戦は都内の会場でリアルタイム実況付きとなっていた。前回大会が盛況で予算が降りただけとも考えられるが、副賞欲しさに息子や知り合いの子供のアカウントを使って参加を試みる、大人げない大人を排除するためでもあるのだろう。
「いくら本名も顔も出ないって言っても、学校名がわかればプレイヤーもすぐに特定できると思うんだよ」
昔からテレビなどでは学生限定のクイズ大会なども行われているし、これを機に教育分野にもVRシステムがより浸透するのではないかと、メディアからの注目度は高い。加えて、昨今は海外に影響され、動画サイトに顔を出したり本名でSNSに登録する人間も多くなった。
しかし、何か事件が起きたとき、関係者のSNSが特定され、散々にプライバシーが拡散される事案が頻繁に起きていることも確かだった。一度ウェブ上に出た情報を完全に抹消することは、ほぼ不可能。安易に個人情報を出すのはあまりにも危険だ。
それに。
「真青さん、学校の人たちにバレたくないんでしょ?」
「うっ」
「おら、騙したの根に持たれてんじゃねえか」
赤城が真青を肘でどついた。女神をどつくとは、この男何者だ。結構強めの衝撃だったと思うのだが、本人は慣れているのか気にもせず、苦笑しながら言った。
「そこは、サブキャラ使ったりして、上手いこと……」
なかなか諦めが悪い。ならばと俺は切り返した。
「サブで勝てる?勝つ必要がないなら、適当な友達に頼んで始めてもらえばいいんじゃない?」
「うう……」
見る見る肩を落として小さくなる真青を見ると、いじめているようで気が引けるが、間違ったことは言っていない。俺の平穏な高校生活が懸かっているのだ。
反論がなく、そろそろ諦めてくれるかな、と思ったときだった。
「でも!」
膝の上でぐっと拳を握り締め、真青は叫んだ。
「私は大会に出たいの!優勝したいの!」
普段教室で見るおしとやかな姿からは想像できない強情な音色に、俺は驚く。赤城は慣れているのか、苦笑を浮かべ手を振って、悪いな、と示した。俺は、声のトーンを落として訊ねる。
「ただの思い出作りとか、有名になりたいとかじゃなさそうだね。目的は?」
すると、真青は瞳に強い光をたたえ、俺を睨みつけて淀みなく言い放った。
「王冠を、私のアバターに被せたい!被りたい!」
赤城が、はぁーあ、と呆れた顔で溜め息をついた。
王冠とは、公式イベントの最優秀プレイヤーに配布される限定装備のことだ。イベントごとにデザインが違い、数が極端に少ないことからゲーム内で破格で取引される。過去にはリアルマネーで取引されたり、チート行為で複製を作りゲーム内で売る者が出て、逮捕される事件まで起きたほどだ。正規の手段で人手に渡るのは、せいぜい有名廃プレイヤーの引退撒きの時くらい。ちなみに、くろすもウヴァロ杯の時に、金枠に赤い布のゴージャスなものを貰った。
そして、今回の学生限定大会の優勝チームに配布される王冠は、可愛らしいティアラか、金枠に宝石のあしらわれた丸いフォルムのクラウンから選ぶことができる。歴代でも一、二を争う良デザインだと話題になっていた。
「しょうもない理由すぎて、俺からはこれ以上頼めねえ」
「巧ぃ」
苦笑いする赤城と、涙目で縋る真青。そして俺は、
「っふ……」
つい、笑ってしまった。口を押えて肩を震わせる俺を見て、二人が顔を見合わせる。
「っくっくっく……。いいじゃん。そういうの、好きだよ」
変な笑い方をしたせいで引きつる腹筋を押えしばらく笑ってから、
「気が変わった。大会、出ていいよ」
笑いすぎて出てきた涙を拭い、なおも笑いながら頷いた。
素敵じゃないか、装備のためなら身バレも厭わないその情熱。料理スキルとネタ装備に心血を注ぐあまり、対人戦大会に手を出してしまった俺としては、親近感を覚えざるをえなかった。
一方で赤城は、わけがわからない、という顔をしている。真青もぽかんと口を開けて固まっていたが、言葉の意味を理解するにつれて、花が咲くように明るい顔になっていき。
「ホントに?!いいの?!」
椅子を弾き飛ばして立ち上がると、俺の手を取ってぶんぶんと振った。
「う、うん」
「ありがとう!」
真青の、最高に可愛らしい満面の笑顔に、俺は――。
「……惚れたな?」
ぼそりと赤城が呟いた声は、俺の耳にも、真青の耳にも届いていなかった。