魔法少女マユたん
「先生、敵チームはどの辺にいてる?」
ライムが訊ねた。
「えーっと。裏山にせくめと。モイは学校近くの大通りにいたけど、迷彩で消えて現在位置不明」
せくめとさんは、迷彩を使わない。迎撃からの返り討ちが趣味なのだ。もちろん、返り討ちにする自信と実績があるからこその、たちの悪い趣味だった。
「よりによってボスかい!しゃあない、かち合わんように学校向かうわ」
ライムはせくめとさんとの一騎討ちを避け、先に蘇芳と合流する道を選んだ。一方、
「ルリ、ちょっとストップ。その道、最短ルートで学校に向かうと暗闇とかち合う。五芒星撒いてるからすれ違うだけでバレるぞ」
「うわっ、危なかったー。ありがとうございます」
好戦的な妖怪たちは、恐らくこちらが学校に集まろうとしていることを予測している。手頃な位置で姿を晒し恰好の的となることで、敵を炙り出そうとしているようだった。それは、どこからでもかかってこい、という宣戦布告であり、余裕であり、チーム戦初心者である俺たちへのハンデでもあった。
「眞柚良が東側にいる。ナル、なんとかしろ」
横暴なナビゲートは、相変わらず俺にだけ指示が雑だった。俺は屋根の上を走りながら、不満を漏らした。
「無茶言うなァ。マユたんって、『魔法少女マユたん』でしょ?」
「よう知っとるやん」
「そりゃ知ってるよ。有名だもん」
実際に会うのは初めてだったが、噂はかねがね聞いていた。「魔法少女なんて可愛いもんじゃない、あれは魔女だ」「あいつのせいで甘ロリがトラウマになった」「高笑いが聴こえたら逃げろ」など、数多の対人好きプレイヤーから畏れられるフリル地獄だ。
「ウサギ先生、マユたんどの辺にいる?ゴシブラで狙えそう?」
「今、公園に入った。狙って来いってことだろうな」
「わかった」
東側住宅街の中には、小さな公園が一つだけある。ジャングルジムやシーソー、砂場などが設置された、どこかで見たような公園だ。
俺は自分の目でも確認するため、周囲の建物よりも背の高い十階建てマンションに入り、エレベーターで屋上に上がった。
程なくして屋上に着き、ゴシブラのスコープで公園の敷地を覗くと、確かにマユたんはそこにいた。腰に手を当て、フリル傘を肩に担ぎ、不遜な態度で待ち構えていた。
「ナルが東側にいること、相手に知られてるんですか?」
「コロセウムのシステムをどこよりも知ってるギルドだぞ。俺ができるくらいなんだ。フィールドにポップして迷彩を使うまでの一瞬で初期位置を探して伝えるくらいのことはするさ。ナルだけじゃない、全員初期位置は把握されてると思っていい」
ナビゲーターがいるのは、向こうも同じというわけだ。おそらくナビ担当以外にも、面白がって団員たちが集まってきていることだろう。
「厳しいなー。とりあえず交戦してみるけど……。先に落ちたらごめん」
俺は狙いを定め、きょろきょろと辺りを見回すマユたんがこちらに背を向けた瞬間を狙って、挨拶代わりの一撃を放った。すると、
「そこかー!キャスト、跳躍!」
通常なら盾で防ぐところを、あろうことか跳躍で躱すついでにこちらに向かって飛び出してきた。度胸というか、もはや酔狂だ。
「こっわ!」
続けて撃った弾も、屋根の上を走りながら傘で弾かれた。
「あはははは!!ねえ誰のサブなの?教えてよ!キャスト、水鉄砲!」
噂の高笑いと共に、傘の先から水の球が発射された。フリル傘は杖分類なので、魔法の攻撃力が上がる。当たるとかなり痛い。
「やだよ!キャスト、火炎放射!」
水属性の攻撃を、火属性で相殺する。じゅわっと音を立てて湯気が昇った。マユたんは益々楽しそうな笑顔を浮かべて、俺を射程内に入れようと迫ってくる。
「逃げないでよお、遊ぼうよお」
「やだってば!」
屋上から飛び降り、住宅街の中を走り振り切ろうとするも、マユたんは俺を見失うことなく追いかけてくる。やはりプロのナビゲーターがいるようだ。遠距離対遠距離な上、攻撃力もおそらく向こうのほうが上。
「やりづらいなー……」
路地をジグザグに走り抜けながら、愚痴をこぼす。しかし、やりづらいからと言ってやらないわけにはいかない。短い詠唱で撃てるため魔法使いが好んで使ってくる低威力スキル、蛍光を避けたり撃ち落としたりしながら、俺は背後に迫るフリルを確認した。
「キャスト、暗幕!」
「にゃんっ?!」
振り向きざまに暗闇付与を放ち、マユたんが目元を覆われて怯んだ瞬間、来た道を引き返す――つまり、マユたんに突っ込む。
「キャスト、短銃剣」
「あ゛ぁ?!短銃剣?!」
交戦する直前で、拳銃にナイフが生えたような珍妙な武器に持ち替えた俺に、やっと少し目が見えるようになったマユたんの素が出た。怖い。
「キャスト、加速」
スピードを乗せて斬りかかるが、マユたんが動揺したのは一瞬のことで、冷静に傘で受けられる。
「キャスト、風斬砲!」
後方にふっ飛ばされて体勢を崩すマユたんに、もう片手の短銃剣で至近距離からぶっ放した。短銃剣は片手剣と銃の二種類の武器に分類される。銃の中では珍しい、近接向きの武器だ。もちろん、刺傘同様それぞれの攻撃力は高くない。
「いたぁい!」
肩に食らって、しおらしい悲鳴を上げるマユたん。しかし、俺が狙ったのは胸だ。背筋の寒くなる悲鳴だった。
「キャスト、泡」
「うえっ」
暗幕の仕返しとばかりに、即座に傘の先端から発射される泡。大した攻撃力は持たないが、水鉄砲以上、粘網以下程度に動きを鈍らせるスキルだ。更に、
「キャスト、足枷」
一瞬視界が泡まみれになった瞬間放り投げられたのは、鎖の先に鉄球のついたアイテムだった。
「あーっもう!」
飛び退いて避けようとするも、泡のせいで上手く動けず、鎖は俺の右足に巻き付いた。ここまで俺の動きを見て、利き足がどちらか判断したのだろう。その冷静さにぞわりと背中が冷える。俺は即座に鉄球を抱えて、踵を返した。
「どこ行くの?そっちは学校じゃないよ?」
マユたんの質問には答えず、俺は走る。鉄球の重さと鎖のせいでスピードが出ない上、泡でベタベタとあちらこちらがぬめり、不愉快極まりない。なんでこんな感覚までリアルなのだ。ちょっとした拷問に使えるのではないか。段々と距離を縮められながら、俺は思うのだった。
やがて辿り着いた東側の踏切は、ちょうど踏切のバーが閉まっていくところだった。
「残念、塞がれちゃったね」
カンカンとけたたましい音が鳴り響く中、マユたんは、立ち止まった俺に向けて傘を構えた。住宅街の中にあるこの踏切を超えるには、バーをくぐって線路に侵入するか、屋根の上を走って飛び越えるしかない。が、脚が思うように動かない今の状態で線路に侵入すれば、走ってきた電車に撥ねられかねない。跳躍を使っても、重さのせいで屋根に飛び乗れるほどの高さは出ない。
「どうする?」
ニタリとマユたんが笑った。魔法詠唱の光が傘の先に集まる。口では余裕ぶっており、明らかに優位な状況でも、いざとなればスキルをキャンセルして近接戦闘に切り替えられるように、半身で警戒を怠らない。
「……さすが百鬼夜行だなァ」
俺は抱えていた鉄球をゴトンと地面に落とし、両手を上げて降参の意を示した。
「あれ?思ったより諦めいいね。じゃあ、一思いにやってあげる」
そう言ったマユたんが掲げる傘の先に、詠唱が完了しいつでも撃てる状態になったことを示す光る球が現れた。視界の端で、ゆっくりと電車が走ってくるのが見えた。
「キャスト、光槍!」
「キャスト、転移!」
マユたんが、魔法トップクラスの攻撃力を誇るスキルの名を口にするのと、俺が叫んだのと、踏切を電車が通過したのは、ほぼ同時だった。
「はぁ?!」
目標物に到達するスピードもトップクラスの光槍は、電車の窓に当たって弾けた。マザーグランデのオブジェクトは、モンスターよりも強い。
「キャスト、ゴシックブラススナイパーライフル」
走り続ける四角い車両の上に出現した俺は即座に武器を交換し、構えた。威力の高いスキルは、総じて反動も大きい。つまり、マユたんは今、動くことができない。
「キャスト、電磁砲」
「くっそ!覚えてろー!!」
覗いたスコープの向こうで目を見開き、完全にキャラ作りを忘れているマユたんの額を、バチバチと音を立てる光線が貫いた。