武器の相性
ユニフォームが決まったところで、俺は二人に訊ねる。
「じゃあ、カエデ装備を赤・青・白で揃えるってことで。二人とも、サブの性別は?」
「男ー」
「私は女の子だよー」
「わかった。一応聞くけど、どっちの服がいい?」
「男ー」
「男装ってかっこいいね?私も男物にしようかな」
大体予想通りの回答が返ってきた。
「わかった」
「ありがと、よろしくね」
真青に、愛らしい微笑みを浮かべてお礼を言われると、いくらでも頼みを聞いてしまいそうになる。
「そうなると、これからの活動は、そのカエデ装備に付ける石の調達と、サブのランク上げか?」
「それだよー!」
時刻は六時。届け出をしていない場合の完全下校は七時なので、あと一時間ほどしかない。黒板を消し、粉っぽくなった手をはたきながらマットの上に戻ってきた真青が、頭を抱えた。
「佐藤君のことだから、八スロットのカエデ装備持ってきてくれるんだよね?石、足りないじゃん!」
妙な信用を得てしまった。持ってきますけど。
今彼らが持っているのは、四スロット装備だ。ということは、石を全て流用するにしても、二十八スロット分の石を新たに調達しなければならない。そこで、ものはついでと、俺は訊ねた。
「二人とも、サブの戦術はメインと同じ方向で行く?」
「一応、その予定。メインが持ってる石が、一番いい奴だし」
「俺も。いまさら戦い方変えろって言われても、慣れないしなあ」
二人が口々に頷くのを聞いて、俺は腕を組んで考えた。
赤城の戦い方は、彼の性格によく合っていると思う。元々、広いフィールドで敵と味方の動きを把握しながらボールを蹴っていたことが大きいのだろうが、面倒見が良いこともあって、壁剣士が板についている。というか、どの職を任せても、時分で立ち位置を見つけてそれなりの力を発揮できるポテンシャルがある。
問題は真青だった。あまり周囲の様子を見ず、なりふり構わず強いスキルをぶっ込みたがる。言ってしまえば狂戦士。攻撃は最大の防御、やられる前にやれ。そんな感じだ。しかし、彼女は魔法使い装備。詠唱中は動けない上、MPが切れると攻撃手段をなくす。可愛らしい少年アバターを王子様にしたいからと魔法使いを選んだのだろうが、好戦的で隙の多い彼女の戦い方には、はっきり言って合っていないように思えた。
故に、俺は提案した。
「真青さん、双剣使ってみない?」
赤城が、へえ、と面白そうに口の端をもたげた。
「双剣?」
真青が首を傾げる。さらりと肩から落ちる髪に気を取られながら、俺は続けた。
「うん。対人で勝つことを目標にするなら、いつも同じ武器じゃなくて、相手と戦略に応じて装備を変えることも必要だと思うんだよね」
あくまでも、魔法使いは向いていないとは言わない。普段のプレイは好きにすればいいのだ。だって、遊びなんだから。
「例えば、弓は接近戦に弱いよね。だけど、同じ遠距離の魔法とやりあった場合、通常攻撃でもそれなりの火力が出る弓と、MPが切れたら何もできなくなる魔法じゃ、明らかに弓に分がある」
対人戦に慣れたプレイヤーならば、苦手な間合いに持ち込まれた場合の対策もしているだろうが、言い出したらキリがないので単純な話で進めていく。
「そこで双剣なんだけど。まず一番に、モーションが速い。一撃の火力は下がるけど、手数で補える。速い攻撃を活かしてスキルキャンセラーにもなれる」
武器にはゲームバランスの都合で補正が入るので、+100の石を付けたところで実際に100の火力が出るわけではない。双剣は両手に一振りずつ好きな片手剣を持てるのだが、一撃のダメージはおおよそ半減する。どの武器も、一長一短なのだ。
「ははー」
真青はいつの間にか、鞄からルーズリーフのノートを取り出し、マットの上に広げて真剣にメモを取り始めた。
「第二に、さっきも言ったようにMPがなくなっても叩ける。真青さん、さっきMPが切れて、回復する間に攻撃喰らってたよね?対人は一撃が致命傷になることはわかるでしょ?……アイテムで回復すればいいんだけど、今欲しい装備のために節約してるところみたいだし」
多彩で強力なスキルは魅力的だが、値段が張るMP回復ポーションをコンスタントに買えるだけのゲームマネー、または一定時間回復力アップなどの課金アイテムが使えなければ、魔法使い職はソロでは非常に立ち回りにくい職なのだ。おそらく、大会にもあまり出てこないだろう。あらゆる魔法の詠唱時間やクールタイムを把握して、コンボを繋ぐ器用さがあればまた別だが、それこそ一朝一夕でできるようになるものでもない。
「状況に応じて武器を持ち替えるなんて、考えたこともなかったなあ」
なんせ彼女には、理想のお人形を作る夢がある。その上、欲しいステータスとスキルの付いた石を集めるのは一苦労だし、武器を変えれば使うスキルも変わるので、面倒が増える。他のゲームでは職業ごとに使える武器がきまっていることが多いということもあるし、思いつかなくても無理はない。
「あと、モーションが速いってことは、逃げ足も速いんだ。魔法は詠唱も反動も長いから、どうしても逃げ遅れるでしょ。真青さんフットワーク軽いし、すぐに次の動きに移れる武器のほうが、向いてると思う」
普段は存在すら気にしていないであろう空気男に、自分の欲望のために積極的に話を持ちかけ、紙切れ一枚のために学校中を駆けずり回る情熱。もはや反射で動いていると言っても、過言ではない。まともに話す前は、もっと穏やかな淑女かと思っていたが、なかなかどうして、激しい気性を秘めたるお転婆姫様だった。赤城は俺の言いたいことに気付いたようで、顔を隠して笑っている。
「で、そうなると、石の配置が重要になってくるんだけどさ」
「配置?」
「二人とも、今とりあえず空いてるスロットに石を入れていってるよね」
「うん」
「それだと、武器を取り替えたときに無駄が出るじゃん?攻撃方法を魔法から物理に切り替えたら、魔法攻撃力が依存するINT(賢さ)は必要なくなる」
「そっか。ってことは、攻撃力になるステータスは、武器に集中させたほうがいいんだね」
試験で常に学年三位以内をキープしている真青は、すぐに理解した。
「ためになるな」
隣で真青のノートを覗き込みながら頷く赤城も、勝負事に関しては真剣そのものだ。
「確か、学園杯は課金アイテムが使えないだけで、装備の入れ替えはOKだったはずだから……。敵が近距離なら遠距離、魔法なら物理、って感じで攻撃方法を入れ替えれば、敵も対処がしづらくなる」
「なるほどなー」
そこで、赤城があることに気付いた。
「てことはナニか。バトル中に早着替えするって手もあんのか」
「気付いちゃったね。そうなんだよ」
彼らは知らないかもしれないが、廃プレイヤー向けダンジョンには、序盤は魔法攻撃をガンガン撃ってくるが、MPが切れると近距離の物理攻撃に切り替えてくるというボスもいる。おそらく、開発は初めから、バトル中に装備を変更することを想定してこのゲームを作っている。
「いいじゃん、戦隊ものっぽい!」
いわゆるフォームチェンジ。にわかにテンションを上げる真青だったが、
「アホか。石が足りねえつってんだよ」
赤城にチョップを喰らって黙らされた。世界広しと言えど、真青の額に手刀を打ち込める男は彼くらいのものだろう。
他のチームがどんな戦術を使ってくるかはわからないが、フォームチェンジをすると、スキルが総入れ替えになるというデメリットもある。それに、学生が使える時間の縛りを考えると、大幅なフォームチェンジをしてくるチームはそういないはずだ。武器の入れ替え程度で対処できることが好ましい。
「とりあえず、基本の戦術を考えよう。真青さんが双剣――いわゆる暗殺者型になるとすると、俺も近接になって、三人それぞれで各個撃破を狙うか、俺が中~遠距離で二人の援護をするかだけど」
唸っていると、赤城がため息をついた。
「こういうの、智が得意だったよな。本当、惜しい奴を失くした……」
くっ、と大げさに口元を押さえて、嘆いてみせる。別に死んだわけではないが、確かに大会を前にしてブレインが抜けたのは痛い。俺は、今までの経験や人に習ったことを伝えているだけだし、チームの戦略を立てることはさほど得意ではないのだ。なんせ、ソロプレイヤーだから。
「まあ、残りの時間は石の配置の見直しと、真青さんは試しに双剣を使ってみるってことでいい?もし使い辛かったら、他の武器も検討しよう」
「うん、わかった。そうだ、アクセサリーも決めなきゃね」
アクセサリーは、装備の他に二つまで付けられる補助装備だ。ピアスや眼鏡、指輪など、現実でもアクセサリーに分類されるような小物から、獣の耳や尻尾、触角や羽まで多岐に渡る。石は付けられないが、ドロップ品や生産スキルで作ったものには、ステータスにパーセント強化を与えるものや、状態異常に耐性をつけるものなど、微量の効果を持っているものもある。
「楽しくなってきたー!」
真青は背伸びをして元気に叫び、さっそくモニターの前に戻って、ノートを広げた。