鬼神襲来
翌日、日曜日。昼からトルマリのカフェの隣にある洋食屋に集合したのだが、
「おいーす……」
蘇芳は渋い顔をしていた。
「大丈夫?」
「夢に出た……。二度と行かねえ」
昨日のショール城探検を引きずっている蘇芳を労わりつつ、それぞれにパスタを巻く。一方のライムは、随分と上機嫌だった。
「ま、心配事も消えたわけやし、これからは気兼ねなくバトルに集中できるな?」
「大会に向けて練習はするけど……。バトル?」
ルリが首を傾げる。すると、
「前に言うとったろ?百鬼夜行と練習試合組んだるって。今日の夜辺りどや」
椅子からはみ出る九尾をふっさふっさと一際楽しそうに振りながら、狐娘はそう提案する。
「随分急な話だなァ」
「しゃあないやん、ボスが急に暇んなったから遊べ言うんやもん」
ボス。その言葉に、俺は背筋がうすら寒くなった。ライムもとい、百鬼夜行のタラバがボスと称するプレイヤーというと、一人しか思い当たらない。
「ボスってまさか」
「そう!そのまさか!」
「うわっ?!」
突然背後から大声を出されて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。ライム以外の二人も、驚いて振り向く。
「わっはっは!驚いたか?」
そこには、真っ赤な髪をパイナップルの葉のように後頭部で結った美女が、快活そうな笑顔を浮かべて仁王立ちで立っていた。猫耳よりもやや丸っこくモフモフとした毛並みの獣耳が生えており、興味深そうにこちらを向いている。
「ボス、後で紹介するって言ったじゃん。なんで先に来るかなー」
「そりゃ、敵の情報は早めに知っときたいからな!」
グラマラスな身体に布面積の少ないビキニアーマーを纏い、小麦色の肌を惜しげもなく晒す彼女は、標準語に切り替えたライムと楽しげに話す。
「誰?」
その傍ら、ルリが俺にこそっと訊ねた。
「百鬼夜行のギルドマスターだよ……。”鬼神”のせくめとさん」
誰が言い出したのか知らないが、『鬼神』と『奇人』を掛けているらしい。ウェブ上の大人には職業不詳が多いが、彼女もまたそんな一人だ。
「んん?よく知ってるじゃないか!誰のサブだ?」
釣り気味の大きな目で、俺を値踏みするようにじろじろと見ながら、せくめとさんは訊ねた。
「そのうちわかるよ」
せくめとさんは、ウヴァロ杯では準々決勝まで進むもあーさんに敗れた。そしてそのあーさんに勝った俺は、大会終了後に彼女に幾度となく勝負を挑まれていた。
「ほう」
ニタァ、と犬歯を見せて怪しく笑うワイルド系美女。ただし、
「つまり、おれとバトったことがあるってことだな?」
美女なのは見た目だけで、中身は男性だったりする。とーすとのボイスチェンジャーは、非常に優秀である。
「ふーんなるほど、面白そうじゃん。何時から遊ぶ?今からでもいいぞ?」
そわそわと体を揺らす様は、まるで獲物に飛び掛かる直前の猫のようだった。
「今からって、面子揃ってんの?」
ライムが訊ねる。
「おう。今んとこ、おれとモイとマユたんとくらら」
「げー、やる気満々じゃん」
部外者には誰のことだかいまいちわからないが、ライムの反応を見るに、ギルド内でも面倒くさい――もとい、戦えるメンバーばかりなのだろう。百鬼夜行は『厨二万歳』をコンセプトに、メンバーに適当な基準で二つ名を付けている。おそらく、せくめとさんが言った三人も全員二つ名持ちだ。これは、負け戦を覚悟せねばなるまい。
「まあ、おれは今日一日暇だから、そっちの都合に合わせる」
背骨の終わりから生えたライオンの尻尾をゆらゆらと揺らすせくめとさんを前にして、俺たちは顔を見合わせた。
「俺はいつでもいいけど」
「私も、今日は特に用事ないから大丈夫」
「俺もー」
口々に頷いた面々を見て、ライムが頷き、代表してせくめとさんに返事をする。
「だってさ。じゃ、十分後にコロセウムのホール集合で?」
「ん、おっけー」
せくめとさんは即座に頷き、爪の長い親指を立てると、
「それじゃ諸君、十分後にまた会おう!」
ひらりと手を振って、高らかに笑いながら店を出て行った。
「明るい人だねー」
「せやろ。ちょっとうるさいけどな」
「誰がうるさいってー?!」
閉まったと思った店のドアが再度開き、せくめとさんが顔を覗かせた。
「なんでまだおんねや!!」
「おっ、その喋り方久しぶり!」
「しまった!」
うっかりいつものノリで突っ込んでしまったライムが、頭を抱えた。
今度こそドアが閉まり、窓の外をライオン系美女が走り去るのを確認してから、
「強いな」
「うん」
ルリと蘇芳が、真剣な顔で呟いた。