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ぴーすぃーちゃんインマザーグランデ

 「はぁーあ。俺はタイムアタックからやるかなあ」

浮かれている女子二人の後ろ姿を見送り、蘇芳は意気消沈した様子で、広場の端にいるパステルパープルのウサギを見た。

「あ、俺も」

こういうのは、面倒くさいものから潰していくのがいい。男二人で連れ立って、ぴーすぃーちゃんの元へ向かった。すると、タイムアタッククエストを受けるべく群がっている人だかりの中に、麦わら帽子とオレンジドレスが見えた。隣に、ウサギ先生作の鮮やかな赤色のドレスも。

 わざわざ声を掛ける必要もないかと、彼女らの隣をすり抜けた時だった。ミカミカが急にこちらに振り向き、じっと俺を見ている気がした。いや、アバターが違うのだから、きっと気のせいだろう、と思ったら、

「お兄様?」

「へっ?!」

素っ頓狂な声を上げてしまった俺に、ピンク頭の少女の表情がぱあっと明るくなった。

「やっぱり、お兄様ですよね?!」

しまった、と口を押えた時には既に遅く、一目散に駆け寄ってきたミカミカを追ってきたマオマオと、俺の隣の蘇芳が怪訝な顔をしている。

「……本当に?」

マオマオが、おそるおそる俺を見上げた。

「えーっと、うん……。今は、ナルって呼んで……」

とりあえず、くろすの名前を出される前に先手を打った。

「なんだよ、またメインの知り合いか?」

「うん、そう」

ある美さんの前例があったので、蘇芳はすぐに察してくれた。ありがとう、空気読みスキルSランク。

「お兄様ってなんだ」

蘇芳がミカミカに訊ねるが、

「お兄様は、お兄様です!」

だめだ、会話がかみ合わない。

「そういうキャラなわけ?」

「ちっがうよ!ミカミカが勝手にそう呼んでるだけ!」

慌てて弁解するが、蘇芳は新しいネタを見つけた顔で、ニヤニヤと口の端を釣り上げた。おのれミカミカ。

「てか、なんで俺だってわかったの?」

ナルとくろすの中身が同じだということを知っているのは、商店街の各位とある美さんくらいだったはずだが、と首をかしげると、

「歩き方が一緒だったので……」

ミカミカは、ぽっと顔を赤らめた。

「えっ、何それ気持ち悪い」

「はうっ」

背筋がぞっとした。つい口を突いた言葉に、ミカミカはガガーンと音がしそうな勢いで仰け反った。歩き方で相手の変装を見破るなど、貴様どこぞの名探偵か。俺限定で発動しているのだとすると、余計に気味が悪い。

「変な知り合い多いな、お前……」

「ミカミカは特別おかしいと思ってるよ……」

「ひどいですー」

口ではそう言うものの、嬉しそうに身をよじらせている。もしや『特別』と言ったせいか。いよいよおかしい。

「もう一人は?」

人見知りを発動してミカミカの後ろに隠れているマオマオに、蘇芳が視線を向けた。

「ま、マオマオ」

高い位置から見おろされ、びくっと肩を震わせながら、物怖じしない桃色娘と正反対の少女は、辛うじてそれだけ言った。

「マオマオと、ミカミカだな。俺、蘇芳」

蘇芳が人懐っこい笑みを向けると、少しだけマオマオの警戒が和らぐ。さすが、コミュニケーションの鬼は野良猫を手懐けるのもお手の物だ。

「お兄様と蘇芳さんも、これからタイムアタックですか?」

頑なにお兄様呼びをやめてくれないミカミカのことは諦めて、俺は頷いた。

「うん。今回の上位報酬って何?」

タイムアタックには毎回ランキングがあり、クリアタイムの速かったプレイヤーには特別報酬が出る。制限時間自体は余裕を持たせて設定されているので、歩いて狩場に向かっても大丈夫だ。しかし、急がねばならない理由がそこにあった。

「千位以内がらぶぃくんのぬいぐるみ三十個で、五百位以内だとぬいぐるみ五十個とATK+60の跳躍ラビット・毒無効スキル石、百位以内でスキル石が二個になって、一位は王冠がもらえるそうです!」

「それはまた……燃えるね」

ぬいぐるみはゴーレムの核になる他、レシピや限定グッズの交換にも必要になるそうなので、いくらあっても困らない。+60の全石も魅力的だ。

「お?一位取って彼女にプレゼントか?」

「いやァ、王冠は自分の実力で取ってこそでしょ」

とーすとにおける王冠とはいわば金メダルのようなものなので、当人以外が持っていてもあまり意味はないのではないだろうか。ウヴァロ杯の王冠も、譲ってくれと交渉してくるプレイヤーは度々いたので、価値観は人それぞれだが。

「シビアな彼氏だなあ」

「か、彼女?」

「……彼氏?」

会話を聞いていた二人が、交互に俺と蘇芳の顔を見た。

「お兄様、彼女がいるんですか?!」

「絶対いないと思ってたみたいな言い方だね」

「そういうわけでは!」

当たっているが、なんとなく不愉快だったのでからかうと、ミカミカは千切れそうな勢いで首を振った。

「そうなんですか……。彼女、いるんですね……」

乾いた笑顔で徐々に肩を落とすピンク髪の少女に、蘇芳が口を出した。

「待て待て、諦めるのは早いんじゃね?すぐ別れるかもしれねえし」

「そうですよね!」

ミカミカはすぐに笑顔を取り戻した。切り替えが早い。

「せっかく諦めてくれそうだったのに!」

赤城と真青の噂を断ち切るという目的は既に達成したので、ほとぼりが冷めたら別れたことになるのだろう。しかし、わざと何も説明しなかったのに。この蘇芳、完全にミカミカで遊んでいる。いや、むしろ遊ばれているのは俺か。

「もうなんか、どうでもいいや……。早くクエスト受けようよ」

ぴーすぃーちゃんに辿り着く前から疲れてしまったが、まだ本番はこれからだ。


 人ごみを縫い、ようやく紫のウサギの元へ辿り着き、挨拶もなしに話しかけた。

「ぴーすぃーちゃん、クエストちょうだい」

すると、

「ああ、ちょうどよかったわ!浅瀬のモンスターがね、私の作ったお菓子を狙ってるみたいなの!なるべくたくさん倒してきてちょうだい!三十分以内に三十匹以上倒してきてくれたら、アナタにもお菓子を分けてあげるわ!」

鈴の鳴るような可愛らしい声で、やや高飛車めに命令してくる。これがウサギの着ぐるみではなくて、黒髪の美少女だったらよかったのに。じゃなかった。彼女が言っているお菓子は、ぬいぐるみと交換でレシピも貰えるのだそうだ。ぬいぐるみ収集にも励まねばならない。

「今のタイムアタックランキング一位のスコアは?」

「そうねえ、四分五十七秒かしら」

「おっけー!」

約五分。移動時間に往復二分程度掛かることを考えると、実質使える時間は三分間。一匹六秒。それだけ聞けば大丈夫だ。笑顔で親指を立てると、クエスト詳細の画面が目の前に現れた。スタートボタンを押すとカウントダウンが始まる仕組みで、ボタンを押すまで、装備やスキルの確認はできるが、その場から移動することができない。ちなみに、クエスト中のワープアイテムの使用は不可。戦闘不能になるとクエスト失敗になるので、死に戻りもできない。いかに一直線に走るかというところがポイントだった。

「お兄様ー!一緒に行ってもいいですか?!」

案の定、ミカミカがびしっと挙手するが、

「付いてこられるならご自由に」

「ふぇっ?」

ゴーグルを下げて、召喚するのは鉄天馬グルファクシ

「あっ?!ずりーぞ俺も乗せてけ!」

俺が何をするつもりなのかわかった蘇芳が、抗議の声を上げる。

「やだよ、クエスト受ける奴は全員ライバルだもん」

「そんなー!」

「じゃ、皆も頑張って」

ミカミカの悲鳴にも耳を貸さず、俺はさくっとスタートボタンを押した。

『スリー、ツー、ワン!クエストスタート!』

「キャスト、加速チーター!」

わざわざこのために撮り下ろされたらしいぴーすぃーちゃんのシステムボイスと共に鉄天馬に飛び乗った俺は、全速力でパステルブルーの空を駆けた。

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