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らぶぃくんインマザーグランデ

 六月になると、巷には急にじめじめとした生ぬるい空気が漂い始めた。

 ゲーム内でも、日本の気候を採用しているトルマリは雨の天候が多くなった。島はアイテムで気候を変えることができるが、デフォルトは日本の気候なので、やはり空気が湿っている。そんな中、植えた牧草が伸びて家畜が飼えるようになったので、とりあえず牛を一頭購入した。

「うーん、でもやっぱ、牧草の質が悪いと牛もあんまり美味しそうに食べないなァ」

柵の向こうを眺め、俺は唸る。牛乳を出してくれる白地に黒斑の牝は、文句も言わず大人しく草を食んでくれているが、ある美さんの島で見た牛よりも元気がない。

「牧草って、どうやって品質上げるの?」

日曜日の朝、当然のように俺の島にいるマオマオが、同じく柵の向こうを見ながら訊ねた。夏が来たからなのか、頭に付けていた花の飾りが、つばの広い麦わら帽子になっている。裁縫スキルが育ってきたので、作ってみたらしい。初めてスロットが四つ開いたそうで、満足気だ。

「上から肥料を撒くといいらしいよ」

「ふーん……」

牧草は一度種を撒くと、あとは勝手に育ってくれる。通常の作物と比べると手間が掛からないのだが、逆に考えると、後から土を掘り起こして肥料を混ぜて、ということができない。本当はもう少し土のランクを高くしたかったが、拘りすぎるといつまで経っても動物が飼えないので妥協した。牧草の質はのんびり上げることにして、牧舎の中の餌箱に入れる飼料の品質を上げることから考えよう。なんと、飼料は錬金術スキルで作るらしいのだ。

 森を作るべく更に土地を増やし、木の苗も植えたので、いずれは落ち葉からも肥料もが作れるようになるだろう。楽しみだ。


× × ×


 週が明けると、朝から真青がそわそわしていた。

「駆君、早く行こっ!」

終礼が済むなり、上機嫌で急かしてくる。金子さんと藤田さんによって瞬く間にクラスに例の噂が流布されたので、堂々と喋っていても怪しまれなくなった。ただし、一部からの視線が怖い。現状、完全にあの兎に負けているのだが、彼らはそんなことは知らないのだ。


 ナルは先週のうちに無事壁を越えることに成功し、蘇芳も壁越えまであと一息。そして、

「らぶぃくんエリアは、宝石学園東側だったよね!」

「せやな!いつもコラボイベントのエリアあるとこや!」

女子二人は、きゃあきゃあと楽しそうに前を歩いている。

 らぶぃくんコラボエリアには、らぶぃくん、ぴーすぃーちゃん、はーてぃくんのNPCがいて、それぞれ別のクエストを発注してくるのだそうだ。

「とりあえず、らぶぃくんゴーレムの核が欲しい!」

教育テレビの人形劇の背景のような、やたらファンシーなパステルカラーの街並みを歩きながら、ルリが言う。土は使い捨てだが、核は一つ持っていれば使い回せる。ただし、クエストで手に入るのはその素材だ。錬金術で錬成せねばならず、ランクが存在するので失敗したときのことを考えて、多めに欲しい。

「このために錬金術Sランクにしたんだから」

そう、ナルと蘇芳がせっせとランク上げをしている間、ルリはひたすら錬金術スキルの熟練度を上げていた。好きこそものの上手なれとはよく言ったものである。

「クエスト内容は、らぶぃくんがアイテム集め、ぴーすぃーちゃんがタイムアタック、はーてぃくんがモンスター討伐なんやって」

ライムが、ギルドメンバーから聞いた情報を伝えると、

「ぴーすぃーちゃんが一番鬼畜じゃねえか」

蘇芳が眉をひそめた。どれもイベントクエストの定番だが、中でもタイムアタックは面倒くさいと評判だ。ランダムに落ちているアイテムをいくつ拾ってこいだとか、イベント専用モンスターを何匹討伐してこいというもので、クエスト完了までにかかった時間が規定以内ならアイテムが貰える。つまり、完了しても規定時間を過ぎていたら、骨折り損なのだ。

「まあ、核の素材になる『らぶぃくんのぬいぐるみ』は他のウサギもくれるみたいやし、ゴーレム作りたいだけやったら無理にせんでもええんちゃう?」

「だな。俺経験値目当てだし、一回ずつやって終わりでいい」

イベントクエストは、初回クリア時にランクに応じて経験値が貰えるので、壁真っただ中のプレイヤーにはなかなか美味しい。いくらぴーすぃーちゃんが鬼畜でも、森の鬼畜司祭よりは優しいのだ。


 「らぶぃくん!」

ルリが満面の笑みを浮かべて、広場の中心にいたらぶぃくんに話しかけた。

「やあ!ボクに何か用かな?」

例のいい声だった。

「喋った!!!!」

ルリが大興奮している。テンションが、テーマパークで着ぐるみに遭ったときのそれだ。

「ハグしてください!」

「違うやろ!」

コンマ秒でルリの後頭部にライムの手刀が飛んだ。しかし、

「いいよ!」

「ええんかい!!」

青いウサギは男前だった。

 とーすとのNPCは、携帯電話の秘書機能アプリくらいの受け答えはできる。なんと、極端に不愛想だったり無口なキャラクターを除いて、大体のNPCがしりとりに付き合ってくれるのだ。しりとりに勝つと何かいいアイテムが貰えるので、それを追求していたプレイヤーもいた。が、『図書館のミリアに勝てない』と言い残して引退してしまったという伝説がある。

 しりとりはさておき、各NPCには特定のワードを伝えた時だけ特殊対応がある。らぶぃくんの場合はハグだったというわけだ。案の定、周囲のプレイヤーたちがざわついていた。

「じゃあうちも!」

きゃー!と、二人揃ってらぶぃくんの懐にダイブした。しまった、ツッコミまで懐柔されてしまった。なんて恐ろしいウサギだ。戦慄する俺の隣で、蘇芳が口元を歪めていた。

「蘇芳蘇芳、着ぐるみに嫉妬しても空しいだけだよ」

「うっせ」

NPCとは言え一応奴はオスなので、許しがたいようだった。俺にはどうすることもできないが、頑張ってほしい。

「他に何か用はある?」

「あっ、そうだった。クエストください!」

ハグのモーションを解いたらぶぃくんの声で我に返ったルリが、慌てて本来の目的を告げた。

「じゃあ、パーティの準備を手伝ってもらおうかな。レッドキャロットを三十個、持ってきてくれる?」

「どこにあるんですか?」

「トルマリの周りにいるモンスターがたまに落とすらしいんだ。お願いできる?」

「はいっ」

ルリはすっかりらぶぃくんにメロメロだ。彼も「可愛い男の子」に分類されるのだろうか。いやまさか。そんなことを考えている間に、ライムも同じクエストを受注し、

「じゃ、行ってくるね」

さっそく、二人でニンジン狩りに出かけてしまった。

 残された蘇芳は、青いウサギに完全敗北したのがよほど悔しいのか、盆の窪をさすって長いため息をついた。

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