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にわか雨

作者: 勝目博

その日雨が振ったのは偶然かも知れない。

今思えば、運命だったのかも知れない。


突然のにわか雨に打たれ、僕は近くの屋根に飛び込んだ。

そこは小さなお店の前。スナックらしかった。

時間はまだ六時前。店にはシャッターが下りたままだ。


営業先から直接帰宅することになっていたが、

いきなりの雨は僕の足を止めた。

独り者の僕はハンカチなどは持ってはいない。

スーツだってニ着くらいだ。肩の雫を手で払いながら

僕は忌々しい空を睨んだ。

「まったく、あと十分我慢しろよな」

十分あれば駅まで着けただろう。そう思うと憎らしくてつい毒づいた。

「あらあら、大変ね」

不意に近くで声がした。

若い女性が僕の脇に立っていたのだ。僕は知り合いかと思い、

顔を覗き込んだが、見た事もない女性、しかもかなりの美人だった。

しかし、だからと言って笑うわけにはいかない。

「そうですね。忌々しい雨です。で、何か」

僕は自分でも馬鹿な質問だと思ったが、口から出た言葉を戻すことはできない。

「ごめんなさい。お店を開けたいの」

僕はシャッターの前に陣取っていたことに気が付いた。

「あ〜。これは失礼しました。どうぞ、どうぞ」

僕は慌ててシャッターの前から立ち退いた。

すると屋根から滴り落ちる雨水に頭から突っ込んでしまった。

「ひゃ〜、冷たい」

恥ずかしげもなくとんでもない声を出してしまった。

女性はクスクスと笑い、シャッターに鍵を差し込んだ。

僕は諦めて立ち去ろうとしたが、シャッターはすんなりとは

持ち上がらないようで、女性は四苦八苦していた。

「手伝いましょうか」

と、僕はシャッターに手を掛けた。

「ありがとうございます。もう、古くて……」

勢い良く持ち上げると、きしんだ金属音とともシャッターは持ち上がった。

「じゃあ、頑張ってください」

変な挨拶だが、そう言って僕は駅に向かって雨の中を歩き出した。

「ちょっと待ってください」

その女性は店内に入り、直ぐに傘とタオルを差し出してくれた。

「忘れ物だけど、長いこと置きっぱなしなの。良かったら使ってください」

「ありがとうございます。遠慮なく使わせていただきます。今度持ってきますね」

そう言って僕は傘を受け取り、タオルで頭と肩をふき取りお礼を言って、

駅へと向かって歩き出した。

女性の顔が視界の片隅に入っていたが、僕は振り返らずに歩き続けた。

本当ならば一杯飲みたいと思った。それほど美しい女性だったからだ。

しかし僕の財布は給料前、ヒラヒラ一枚しか残ってはいなかった。

あと三日。どうやって過ごすかを考えていたのだ。


アパートで傘をたたむ時、ふとその傘に名札が付いていることに気が付いた。

名札があるなら届ければ良いものを……などと考えながら見てみると、

僕は驚きで一瞬固まった。

親父と同姓同名。男手一つで僕を育てた親父の名前だ。かと言って良くある名前でもない。

不意に二年前に死んだ親父が、蘇った気がした。

僕は給料日が待ち遠しかった。

就業後直ぐに銀行に駆けつけ、自動支払機から五万ほど引き下ろし、

傘を持ってあの店にやって来た。

既にシャッターは開かれ、小さな看板が表に出ていた。

「こんばんは」

僕はゆっくりと扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

あのときの女性が、カウンターの中でグラスを拭いていた。

「あら、雨に日の……」

どうやら覚えていてくれたらしい。

「あの、これ。お返しに上がりました」

そう言って僕は傘を差し出した。

「気にしなくても良かったのに……」

「飲んでいっても構わないですか」

そのつもりで来たのだが、断わるのが礼儀とさえ思えた。

「もちろん、飲み屋ですもの」

そういう笑った顔も一際美しく見えた。

二杯目のウイスキーを開けた時、僕は傘の名前について聞いてみた。

「さあ、このお店は、母のお店だったの。でも、去年死んで……」

女性は一瞬うつむき掛けた。

「そうですか。ごめんなさい思い出させてしまって」

「良いんです。でも、閉めてしまうと、母との繋がりが消えるようで

 OLを辞めて店を引き継いだの」

女性は懐かしそうに店内を見回した。まるでそこに自分の母親がいるかのように。

「そうだったんですか」

どうりで水商売らしくない女性だと思ったわけだ。

「ちょっと待ってね」

そう言うと女性は古いファイルを取り出した。

それは名詞ホルダー。

「有るかもしれないわね」

そして女性が探し当て私に見せた名刺。それは紛れもなく親父の名刺だった。

僕はホルダーから取り出した。まさかこんな所で、親父に出会うとは想像すらしなかった。

何気なくその名詞を裏返したとき、僕は驚きの声を上げそうになった。

そこには女性の字で、(一番好きな人)そしてハートマークが残されていた。

僕は名刺を女性に渡した。女性も名刺を見て驚きの表情を浮かべた。

無口だった親父。余分なことは言わず、母も死後は笑顔も消えた親父。

その親父はこの店でどういう風に時間を過ごしていたのだろうか。

そして目の前の女性の母とは、どんな関係だったのか。

そんな想いに耽っていると、

目の前の女性が右手を差し出しにっこりと笑った。

「私、京子。よろしくね」

僕はその手をしっかりと握り締めた。

そして暖かさが身体に沁み込むのを感じた。

親父の言いたい事が、理解できた瞬間でもだった。


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― 新着の感想 ―
[一言]  書き方に共感が得られなかったので、★★にしてしまいました。個人的に、どうしても段落がほしいです。実物の<本>に慣れすぎているのかもしれません。  ストーリー的には、古典的であるなと思いまし…
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