生存者たち
新しく見つかった生存者たち。
彼らはどうも地球での生活をあきらめたらしく、アズラに保護を求めてきたらしい。
『近隣の、生存可能な星系まで連れて行ってもらえないかと言っている。代償として、できうる限りの情報を支払うそうだよ』
聞けば、少し前に地球に漂着した船の乗組員で、スイスの片田舎の一角で生き延びていたらしい。
おお。よくそんなところで人に見つからずにいられたもんだなぁ。
「あれ、スイスの山の中って他にもいなかったっけ?」
『それとは別口だね。ちなみにその者たちはスイスといってもドイツに近いあたりで、今度の者たちは少し違っているようだ』
「そう。代償としては釣り合うの?」
『輸送の手間としてはゼロも同然だからね。あと、彼らに居住区の一部を使ってもらおう。四百人以上いるそうだし』
「よんひゃく……大所帯じゃないか!」
いきなりそんなに、しかも異星人が増えて大丈夫なのか?
『大丈夫だよ、彼らは生活力が非常に高いから、環境さえあれば世話はかからないはずだ。それに小さいんだよ』
「小さい?」
『大きさは、ほら、こんなもんだね』
「え」
提示された大きさに、俺は目が点になった。
「突然の要請に快く応じてくれて礼を申し上げます。わしがカムノ族長老のジダ・カムノでございます。そしてこれが、わしの孫の……これチチャよ、挨拶せんかあいさつを」
「あ、うん」
ポカーンと俺を見上げていた、まるでおもちゃの人形みたいな、ちっちゃな女の子。
うん、その、なんだ。俺もポカーンと見ていたから、うん。おあいこだよな。
確かに、彼らは小さい。
小さいというか、なんというか……。
なぁ、俺のひとりごとを聞いてる人がもしいたら質問したいんだが。
もし君が、目の前に蕗の葉の下の人とか、ファンタジーな小人種族とか、とんがり帽子のリル○星人とかが現れたら、なんて反応する?
そう。
彼らは本当に小さかった。子猫よりも小さく、普通に手のひらの上に乗るサイズだった。
身体はおそらく2.5等身といったところ。ただし、その身長に折り合うくらいの大きなとんがり帽子をかぶっているので、実際の身長よりも高く見えるけどな。といってもやはり、その身長は帽子含めても15cmを超えるものではないだろう。
人間に比べて比率的に頭が妙に大きいのは、まぁ体自体が小さいからね。知的生命体として理解できる。
大きなとんがり帽子をかぶっているのは、おそらく小さな身体を守るためなんだろう。
うん。
ひとつひとつは理解できる、できるんだけどさ。
擬人化動物に、今度はとんがり帽子の小人ときた。
これじゃSFじゃなくてファンタジーアニメだろって俺の違和感はもはやマックスだ。
「こんにちは。わたし、チチャです」
「ああ、ご丁寧にありがとう。ユウといいます」
ちっちゃいけど、挨拶はきちんとしていた。
ああ、それにしても本当に髪の毛は真綿のようだし、そして唇は小さなつぼみのようだ。
やばいな、どこぞのハンチング帽の青年みたいな危険発言してるぞ俺。
ところで、やっぱりゴロニャンは苦手なのだろうか?
「は?アマルーがどうかなさったので?」
「え、アマルーって……ああそうか、ああいえ、ごめん」
「?」
これは、翻訳かな?
アマルーってのは、あのニャンコ先生の種族の事だったと思う。つまり、ゴロニャンが猫、またはニャンコと翻訳されて、それがディータラ語か連邦語とやらを経由して彼らの言葉で、アマルーに相当する言葉に変えられているんだろう。
なんというか……。
いや、俺がわかる言葉は日本語の他は、この体に最初から書き込まれているらしいディータラ語だけだからな。翻訳に頼るのは仕方ないのだけど。
うん、普通のトカゲのつもりでアルダー、つまりトカゲ人な人たちと話してて失礼な事を言うかもしれないし、これは今後ちょっと要注意だな。
さて。
「ようこそアズラへ。俺は主に戦術担当なので細かい交渉や生活環境の話なんかは別の者がする事になると思いますけど、どうかよろしく」
「はい、こちらこそよろしくおねがいします」
興味深いので、少し話を聞いてみた。
こんな小さな異星人が地球に住んでいたっていうのも驚きだけど、なんでまた地球なんかに来たんだろう?
そうしたら、意外な事を言い出した。
「まぁ、村の慰安旅行だったんですな。それが地球の近くで船が故障しまして」
「ああ、そういう事ですか」
そんな観光バスで温泉行くようなノリで、はるばるよその星系まで来たのかよ。
すげえな、どんだけ気長な連中なんだよ。
「生活領域はどういうところがいいんです?場合によっては安全確保が大変ですが」
「アズラ殿に資料を見せていただきましたが、森の中がよさそうですな。何しろ我々は小さいもので、あなた方用の街には少々住みづらいものでして」
「なるほど、そりゃそうだ」
これだけ小さいと、巨人の国に迷い込んだようなもんだもんだろうしなぁ。
「アズラ、いやここはミズラかな。ちょっといいかな?」
『なんです?』
途端に声が聞こえてきた。
「彼らをサポートできるサイズの小型サボットってあるの?」
『狭所用の小さなものがあります』
映像が出てきたけど、形が蜘蛛型だった。
「彼らのサイズだと不気味じゃないか?別の形はないの?」
『すみません、他はちょっと』
「なら、稼働時にはわかるようにランプを点灯させて。あと、会話能力つけられる?」
『わたしたちがサポートすれば可能ですが、なぜ?』
「話ができる相手なら、不気味さもやわらぐだろ?それに生の声を直接聞けるじゃないか?」
『なるほど、わかりました。すぐ手配しておきます』
ああ、生の声を直接聞けるに反応したのか。やっぱりここの人工知能って、情報集めに貪欲だよなぁ。
そんな事を考えていたら、長老さんがなぜか微笑んだ。
「いろいろ考えていただいているようで。感謝します」
「あーいや、俺の考えなんて適当なもんだし、そんな感謝されるような話じゃないんで」
単に、自分と同サイズ以上の蜘蛛なんて怖いだろっと思っただけだしな。
「それより、いきなり地上がひどい事になったのに、よく無事だったね。自然に近い環境にいたんでしょう?」
そう、驚くのはそこだ。
なんか自然の中に、絵本に出てくる小人の家みたいなの作って暮らしてたらしいんだよね。そんな生活してたのに、よくこんな状況に耐えられたもんだ。
「我々の落ちた船なのですが、飛べないだけで機構は生きていたのですよ。近年は倉庫などにも利用しておりましたが、緊急時の避難先にもしておりまして。
あの時、森の木々や鳥たちが異常に騒ぎましてな。しかも急激な温度変化に、これはタダ事ではないと皆で逃げ込んだところにこの大異変が」
「なるほど」
そうか。宇宙船としての機密が生きていて資材もあるなら、とりあえず難は逃れられるんだな。
あれ、でもそれだったら?
「手近な星域に連れて行ってほしいと聞いたけど……それだと故郷に帰りたいんじゃないの?」
「宇宙にさえ出られれば、こちらの通信がおそらく届きますでな。あとは何とかなると思いますので」
「なるほど……」
自分たちでできるところは、自分たちでやりたいと。
思惑もあっての事だろうけど、好感がもてるなぁ。
「なるほど了解。ミズラ、彼らをよろしく頼むね」
『はい、了解です』
小人、もといカムノ族たちとの話を終了し、次にいく。南米にいたっていうトカゲさんたちと、それに混じっていた日本人の学者と話すためだ。
こっちはアズラに搭乗するわけじゃないから、もちろん通信ごしだけどな。
『どうも、こちら青アルダーのケケ・ガロといいます。以降、お見知りおきを』
「こりゃどうも、ユウです。こちらこそよろしく」
トカゲさんたちはアルダーというそうだけど、さらに色によっていくつかの種族がいるらしい。このケケ・ガロさんは青らしいけど、その名乗りの通り、全体に青っぽい色彩に覆われているのがわかる。
しかし、トカゲが立っているというより……二足歩行のはてに人間みたいに直立した小型恐竜って感じが近い気がするなぁ。
『さっそくですが、まずは安否からですな。こちらに日本の方が混じっておりましたのでその報告を。おいホシ』
『おう』
ホシ?名前、いや呼び名か?
『保科という。まぁ日本人だ』
トカゲの人が引っ込んで、ぼさぼさ頭に無精髭のおっさんが出てきた。
白衣を着ているあたりが、いかにも科学者という感じだ。
「こりゃどうも、ユウといいます。こんななりですが一応は日本人です」
こっちは、見た目が狼人間だからな。ちゃんと宣言しておかないと。
俺を見た白衣のおっさん……保科氏は、ほほうと俺をしげしげと見つめると、
『見た目は完全に異星人だな。どういう経緯でそうなったか尋ねていいか?』
「ひとことでいえば、元の肉体が再現不可能だったそうで。彼ら目線ではこれが人類なんですよ」
『ほほう、犬系の種族に助けられたって事か。まぁトカゲでも犬でも我々の目線では大差ないが、珍しいな』
「そうらしいですね。宇宙でもこの系統の種族は多くないとか」
『らしいな』
ウンウンと保科氏はうなずいていた。
「そういう保科さんは、どうしてオン・ゲストロにおられたんですか?宇宙にいた地球人なんて初耳なんですが」
『初耳?違うだろ、きいた事ないか?20世紀に女の子がひとり宇宙に出ているそうだぞ?
まぁそれだけじゃなくて、歴史的には何人かいるとも聞いたが』
「そうなんですか?」
『行きがかりとか、何かのサンプルに連れて行ったとかいろいろらしいけどな。
まぁ、いつから異星人が地球に来ていたのか知らんが、逆の立場を思えばそんなもんだろうさ』
そういうと、どこから取り出したのか煙草に火をつけた。
「それ、タバコですか?」
『ん?そうだと言いたいとこだが実は違うんだな』
頭をふりつつ保科氏は苦笑した。
『オン・ゲストロの爺さんはいいパトロンなんだが、あっちにはタバコがなくてな。彼ら的にはタバコは毒性が強すぎて商品には向かないんだとさ。
ただ、こういう嗜好品ってやつには興味をもったらしくてな。
こいつは、彼らが作った試作品のまぁ、宇宙タバコってやつらしい』
「へぇ……」
それはつまり、地球のタバコを元に新商品を開発したって事なんだろうか?
いいのかそれ?
いやまぁ、毒性を排除した単なる嗜好品なら、それはそれでいいのかもしれないが。
「で、うまいですか?」
『個人的には、優等生すぎてちょっとな。悪くはないんだが毒の味がしねえ』
「それはいい事なんじゃ……」
『体にいい嗜好品なんて、面白くもなんともねえだろ』
「そういうもんですか」
『たぶんな』
保科氏はにやりと笑った。
『まぁ、俺らの事はいいだろ。
多少なりとも生き残りがいるらしいけど、俺たち含めても地球人は二十人と残ってないんだろう?だったら生物学的には全滅と同じだしな。
それより、環境を戻すためのアイデアがあるってこっちの先生どもが言ってるんだが、そっちは乗る気あるのかい?』
「アズラは乗り気みたいですよ。彼らにとっちゃ異星だけど、長年この星を見てきた事もあって、それなりに愛着もあるようですね」
『そうか。なら話を進めてもいいかもな。オイ』
そういって、保科氏は画面の向こうでトカゲの学者たちと何か話した。
「なんですって?」
『ガロやザリイたち……ああ、トカゲの連中な。
彼らは直接アズラとやりとりするってさ。まぁ、俺は専門外だしお前さんも戦術担当なんだろ?惑星改造の知識なんかないし、その方がいいだろ』
「そうですね」
ふむふむと俺はうなずいた。
「それで、保科さんはこのあとどうするんです?」
『俺?いや、俺はまた研究に戻るが?』
「えっと」
ちょっと予想はしていたが、やっぱりか。ブレない人なんだなぁ。
「一応聞きますけど、ご家族とか親戚とか友達とかは」
『いないって事はなかったよ。
でももう何年も行き来がなかったわけだし、そして今の現状だろ?
俺としちゃ、今できる事を精一杯やるだけだな』
「そうですか……」
まぁ、そういえばそうか。
葬式をあげようにも、そもそも誰も残ってない。故人たちの顔を知るのも本人だけ。そして遺体も一切ない。
この状況では、いわゆるソーシャルな葬儀なんてなんの意味もないもんな。核家族の時代になって、大規模な葬式が家族だけの見送りに変わっていったように。
だったら、自分なりに祈りでも捧げて終わり、でもいいのかもしれない。
さて。
俺もそろそろ、今後の自分を考えなくちゃいけないのかもしれないな。
どこぞのハンチング帽の青年みたいな危険発言: TVアニメ『とんがり帽子のメモル』に登場した地球人の青年、オスカーの事。彼がメモルを賞賛した時のセリフをさすといえば、同アニメを見た方ならすぐピンとくるでしょう。




