スレ違い
その古ぼけた作業船は、彼らの言うトゥム銀河の田舎の外れにいた。
一見してわかるほどの酷いポンコツのその船をどこかの銀河文明の人が見たら「どこの安物解体業者だよ」と呆れるだろう。
解体業者とは、素人の開拓者などの手におえないアステロイドや惑星を破壊する事を仕事とする者達である。
もう少し説明しよう。
新たに移民などのルートを開拓するとして、目的の星系の手前に航路上、邪魔になる天体があるとする。自動航行の移民船が近郊を通ると危険だとか、恒星の燃え残りで引力がでかくて危険だからとか、そういう理由である。
小さな星ひとつ程度なら、開拓船にもついている破砕砲で壊してしまえばいい。
だが質量が大きすぎて撒き散らされた岩塊が危険など、問題がある場合はそうもいかない。
そういう時は専門の業者に作業依頼をするわけだ。
ところでこの業者にはいくつかグレードがある。また大きなところも小さなところもあり、業者に頼む時は事前に世評などを吟味したほうがよい。連邦などである程度の基準を作っている事もあるが、最新の実態を反映しているとは限らないからだ。
それで問題の作業船だが、彼らは安さで評判の、裏返せば内容は三流の業者だった。
三流といっても仕事自体はちゃんとこなすので、その点の心配はない。だが限りなく安価にすませるために人工知能を使った特殊な仕事をするため、事前の契約にないという理由でどこかの避難民が住んでいる星を破壊してしまったり、そういう問題をいくつか起こしまったり、時として問題も起こすあたりが三流の三流たる所以だった。
そう。要は三流の名の通り、あまり上等な存在ではなかったといえる。
そんな彼らだが、今回はちょっと変わった仕事を受けていた。
「だいたいよう、このご時勢にまさか『紙』で依頼書出してくるなんてよ」
紙なんてはじめて見たぜ、と珍しそうに見つめる男、名はエクサ。アルカイン族とかアルカなどというのだが、要は普通の人間である。髪は茶色で、肌は浅黒い。
「しかし、ちゃんと規約通りにできている。ならば問題ないだろう」
「そりゃそうなんだけどよぉ」
ぼやく相棒に冷静に返した男、名はミトラ。彼も同族であるが、髪の色しエクサより明るい。ブロンドでも通用するかもしれない。
「問題があるとしたら、紙に書かれた命令書は手作業で写すしかない事だな。どこでミスが入り込むかわからん」
「全くだよな。ミトラ、確認してみたのか?」
「クソ上司でなく本社に直にな。確かにこの書類のデータで問題ないそうだ」
「直接って、おいおいミトラ、大丈夫なのかそれ?」
本来ならば、それをするのは越権行為とみなされる。
「非常事態だからな。いくら本社でも、紙で依頼してくる客なんぞ前代未聞だって話でな、特別扱いで、記載内容を双方で読み上げも行って確認した」
「そうか。ならいいんだが」
彼らの世界では、紙は博物館や資料館にあるものだった。実務で利用されている事などなく、実際、エクサに至っては紙そのものをはじめて見たというありさまだった。
当然だが、こんな状況ではスキャナーやコピー機ののような技術も忘れ去られてしまっていた。もちろん資料館などには存在するのだが一般人は知らず、また、そもそも紙に書かれた文字をスキャニングして文字として取り込むという発想そのものも失われていた。
それでも優良な業者であれば、きちんと手順を踏んで確認するものだが、彼らにはそういう技術も知識もない。安くあげて儲けるためには不要の知識だからだ。
ゆえに彼らは、わざわざ自分たちの目と手で確認するしかなかった。
「よし、こんなもんか。マザー、確認しろ。間違いないか?」
『確認します……はい、記載事項の通りに打ち込めていると思われます。ただし68番目の座標桁の文字が判別不能ですが』
「そこは本社担当によると『7』だそうだ」
『本当に間違いありませんか?そこの値が違っていると、全く無関係の星系を破壊する結果になりかねませんが』
「そのための本社のお墨付きだ。万が一間違っていても、それは本社の責任という事になる。我々は指示の通りにやればいい、そうだろう?」
『……了解いたしました』
船の人工知能らしきものは一瞬、何かを考えたようだ。
しかし、すぐに納得したようだった。
『それでは、このデータにより作業開始しますか?』
「そうだ」
うむ、とミトラは大きくうなずいた。
「わかっていると思うが最終確認だ。方法は『職人芸』、多少時間がかかってもかまわんが確実にやれ」
『了解です。
方式選択アガロマネジ。解釈、ガス惑星はそのまま残し、岩塊タイプの惑星については表層を洗浄の後、リリパの囁きにより破壊。最終的に壊した惑星痕跡は軌道にのせ、アステロイドに組み込む。以上でよろしいでしょうか?』
「大変結構。現在の状況はどうなっている?」
『全体を調査いたしましたところ、第三惑星に大量の生命体反応がありました』
「ほう?」
『ご存じのようにリリパの囁きは非常に少ないエネルギーで星を破壊いたしますが、初動がとてもデリケートです。大量の生命体がうごめく状況では惑星上のリリパ圏形成に悪影響を与えますので、まず惑星上の生命群をある程度駆逐する必要があります。
よって第三惑星につきましては、リリパをかける前に全惑星を野焼きすべきと判断し、手頃な小惑星を牽引しつつ移動中です。まもなく衛星軌道に到達いたします』
「ああ、それでわざわざ小惑星を拾ってきたのか。わかった」
状況が把握できたミトラは、ウムとうなずいた。
「知的生命体の反応はないのか?呼びかけはしているか?」
『呼びかけはしております。しかし惑星上にも通信反応はないようです。空間雑音だけは強烈なのですが、知的生命体らしき証拠は何も』
「空間雑音?なんだそれは?」
耳慣れない言葉に、男たちは首をかしげた。
『大量の電磁波が第三惑星の表面を飛び交っているのです。単に飛翔生物が多いのかもしれませんが、ずいぶんと強い電磁波も観測されております』
「電磁波ねえ」
ふむ、と男たちはそれぞれ、首をかしげたり腕組みをした。
「まぁ、知的生命体がいなきゃ問題なかろう。契約上も規約上もな。
ただ、研究者とか商人が上陸している可能性はゼロじゃない。面倒事はごめんだからな、呼びかけだけはやっといてくれ」
『了解いたしました。今からお食事ですか?』
「うむ、頼んだぞ」
それだけやりとりすると、ミトラとエクサは立ち上がり進もうとしたのだが、
『もうしわけありません、ちょっとお待ちいただけますか?』
「ん、どうした?」
『今申し上げた電磁波なのですが、たった今、いささか奇妙な情報があるとの報告が上がりました』
「奇妙な情報だと?」
『はい、これです』
そういう声がすると、男たちの前の空間に大きなモニター画面のようなものが開いた。
「なんだこれは……規則性のある信号に見えるが?」
そこには何か、意味のわからない記号の羅列があった。
『どうも、電磁波に各種の情報を乗せて通信しているようなのです。天然の生命体としては情報量が多すぎるようですし、いささか奇妙です』
「ふむ。何とか解析できるか?」
いやな予感と共に、男たちは席に戻った。
「繰り返すが、通信波は確認されていないのだな?」
『はい、ありません。連邦式だけでなく、量子通信をはじめとする通信技術そのものが全く利用されておりません』
「ふむ……」
ミトラは少し考えこんだ。
「ミトラ、量子通信がないならどっちにしろ問題ないんじゃねえか?星間文明がないという事は、知的生命はいないってこったしよぉ」
「いや、待てエクサ。言いたい事はわかるがそうもいかん」
ミトラはエクサにそう答えると、モニター画面の一部をサッと操作して画面を拡大した。
「これを見ろ、原住民の映像なんだが」
その映像を見たエクサが一瞬、えっという顔になった。
「え、まさかこいつら、アルカ人なのか?」
「そのようだな」
モニターには、第三惑星の地上にあるどこかの都市らしきものが写っている。
「ふむ、知らない文字だな。読む事はできるか?」
『この文字は銀河連邦の未加盟星系言語ファイルに該当があります。少し前に当時のアルカイン王国の第一王女によって報告された「ニホン語」と呼ばれる言語のそれだと推測可能です』
「ほう。して、なんと読む?意味は何だ?」
『シンジュク・エキと書いてありますね。エキとはこの星の軌道型運搬システムのビューロの事を意味します』
「ほう、ビューロがあるのか?ラインはどのあたりまで伸びてる?スロークか?パイントか?」
『地上のみです』
「……なんだそれは?」
『なんだ、と言われましても。空中にラインを這わせている地域は全くありませんし、地下にラインを掘っているところでも地下100クラルを超えるところは存在しません。ちなみに20クラルを超えたものを大深度地下と表現する事もあるようです』
「それはまた、とんでもなく原始的だな。
質問を変えよう、宇宙への進出度だ。他星系への進出はあるか?」
「ありません。そもそもこの文明は、衛星軌道の外に同胞を送り出した事がないのです」
「……やはり無理か。仕方ないな」
星系内でもいい、どこかの星に進出している証拠があれば、それを理由に作業停止、または時間稼ぎも可能なはずだった。あるいは、連邦式の通信で彼らの呼びかけに答えてくれれば。
だがこれでは、どうしようもない。
ふう、とミトラはためいきをついた。
だが、そうなると納得できないのはエクサの方だった。
「おいおい冗談だろ、なんでこんな辺境にアルカがいるんだ?」
アルカ、もしくはアルカイン族。この銀河系における筆頭第一位には遠く及ばないが、それでも結構な位置を占める繁栄した種族のひとつである。
ちなみにアルカ族の生息領域はもっと銀河中心に近い地域に多い。こんな辺境ではまずアルカの文明など見かけないはずだった。
だから、確かに驚くのも無理もない。
「まぁ、蜥蜴どもには寒すぎるしな。猫たちが住むには自然が少なすぎるだろう。なるほど、我らが同胞にはいい環境かもしれんぞ?」
「ど、どどどうすんだよミトラ、いくら現住生物ったって同胞のいる星なんてっ!」
目を剥いてモニターに目をやるエクサ。だがミトラの方はクールな顔を崩さない。
「変わらんよエクサ。文明レベルを調査し、問題なければ……仕事するだけだ」
「……いいのかそれで?」
「もちろんいいのさ。エクサ。
考えてみろ、この銀河にどれだけの知的種族がいると思うんだ?
そして、彼らと同じ姿をしているというだけで、すべてを同族とみなそうとしたら……この銀河は大混乱になってしまう、そうだろう?
だからこそ、どこから人で、どこから違うかの境界ができた。違うか?」
「……まぁ、そうだが」
次第に冷静になってきたのだろう。椅子に座り直したエクサに、ミトラもうなずいた。
「まぁ、仕方あるまいよ。
この映像を見る限り、なかなか円熟した文明をもっていそうなのに……ここまでやっていながら、未だに同星系のどの星にも一切進出していないのだからな。
たぶんこの分では、この星には他星系に進出する未来などあるまいよ」
「そうなのか?なぜだ?」
「宇宙進出の原則という話を知らないか?
地上の生命である我々が宇宙に進出するためには、越えなくちゃならない難しい壁がたくさんあるんだ。既に進出している我々にはそれこそ想像もつかないほどのね。
だからこそ、特に黎明期には、その星の総力を挙げて外に出る努力を重ねなくちゃならん。たとえ、そのために色々と進出後に問題が出たとしてもね。
この星は……おそらくそれをやっていない。ほら、これを見てみろエクサ」
パッパッパッと画面を切り替えていくと、そこには無人の衛星群が映っていた。
「こりゃ無人ステーションか?ずいぶんたくさんあるんだな」
「おそらく地上から操作しているんだろう。自動機械の発達はなかなか見事なものじゃないか。
でも、おかしいだろう?
ここまで自動機械が発達しているのに、なぜその手を借りて他の天体に進出したり、その準備のための有人大規模ステーションを作らないんだ?」
「そうだよな。どんな種族もひとつの星だけにとどまりつづけたら、待つのは破綻と滅亡なのに」
「そういうことだ。つまりこの星の連中は、あがる気がない者たち。星とともに滅びる者たちってことだ」
「なるほどな、わかった」
星とともに滅びる者たちとは、彼らの言い回しで「消しても問題ない現住生物」という意味だった。
エクサが納得したのを確認すると、ミトラは頷いた。
「準備が済み次第、作業を開始しろ。全惑星を焼きつくすのにかかる時間は?」
『この惑星の自転速度で、二回半あれば充分かと』
「よろしい。
では、その時間を使ってリリパ弾頭の出力と打ち込み先を計算するのだ、できるな?」
『はい、おまかせください』
約一分後。
彼らの船は牽引していた小惑星を解き放ち、目の前の惑星に向けて、そっと押し出した。
宇宙文明どころか、まともな宇宙船のひとつもない未開文明である。抵抗などあるわけもないし、また再三の呼びかけにもかかわらず、中止を求める応答もなく、宇宙文明の住人がいる気配も全くなかった。
ゆえに、直径300kmにもなろうかというその小惑星が向かっていくさまは、どこまでも静かで、そしてゆっくりだった。
『命中します』
惑星表面が煮えたぎり、まくれ上がっていく。薄皮のような地殻が小惑星によってぶち抜かれ、その中にある灼熱の地殻部分をも削りこんだためだった。
その熱エネルギーと衝突時のパワーは、その小惑星をみるみるうちに破壊し、液化させ、さらには灼熱の蒸気へと変えていく。
これで、もうこの第三惑星は終わりだ。
小惑星は、第三惑星そのものを破壊する力はない。こんな小さな小惑星には、そんな力はない。
だが。
灼熱の岩石蒸気が地上を炎で覆い尽くし、海を干上がらせ、生命を焼き尽くすには充分だろう。
「宇宙への道を開いておきながら、母星の中でぬくぬくと生きる事しか選ばなかったんだからな。
母なる星と共に滅びるのなら幸せだろう?」
「……」
「さて、食事にいくぞエクサ。随分遅くなった」
「お、おう」
「後は任せたぞ。今のうちに第三惑星破壊の準備もはじめておいてくれ」
『はい、お任せくださいませ』




