世界を救ったその後は。
最初の数行がふと頭に浮かんで、衝動的に書いちゃいました。設定なにそれおいしいの?な勢いのみで書いたものなのでツッコミ不可でお願いします。
ひらりひらりと薄紅の花弁が舞う中、少女が1人歌っていた。
遠い異界の歌は、寂しげでどこか郷愁をそそる不思議な余韻を残し春の柔らかな空気にとけて消えていく。
そよ風が少女の長い黒髪を優しく揺らし通り過ぎていった。
少女は唄う。
ただ一心に空を見上げ………。
いや、見つめていたのはここではない遠いどこかだったのかもしれない。
整った面差しには何の表情も無く、ただその眼差しだけが強い渇望をたたえていた。
少女の視界から外れた位置から、青年はその姿をただ痛ましげに見つめていた。
彼女がこの世界に召喚されてから、護衛兼見張りとして、1年の年月を共に過ごしてきた彼にとって、少女は、仲間と呼ぶにはもう少し心の深い位置まで入り込んでいる存在だった。
だからこそ、ただ歌い続ける少女の心を思い、憐れんだ。
突如、異界の地に召喚され無理難題を押し付けられた。
異界を渡る際に得た異能を使い、壊れゆくこの世界を救う事。
成人もまだの少女にとんでもない重責を無理やりに押し付けた。そうせざる他ない程にこの世界はギリギリだったのだ。
いや、と、青年は想う。
言い訳を重ねた所で何の意味も無い。
この世界が壊れた所で、他の世界の住人であった少女には何の影響もなかったのだから。
人と争う事など考えた事も無かったであろう少女を巻き込んでしまったのは、我々の罪だ。
それでも。
突然の事に最初は泣いてばかりいた少女は、涙を拭き立ち上がる事を選んだ。
その裏で、全てが終われば元の世界に帰れるのだと甘言を囁いた者がいたなど、青年はしらなかった。
ただ、少女の行動を勇気あるものと捉え、呑気にも感動したと精一杯の忠誠を誓った。
あの時の、複雑そうな少女の笑顔の理由が今になって分かる。
自分は、目の前の事しか見えていない愚か者だったのだと。
そうして、時に傷つき、涙を流し、泥にまみれて、それでも前に進み続けた少女は、遂にこの世界を救ってみせた。
世界は歓喜に包まれ、人々は口々に少女を讃えた。
そうして、少女に待っていたのは、元の世界に帰る術など無いという冷たい現実だったのだ。
名誉も地位も金銀財宝も、少女にとっては何の意味も無いものだった。
痛みや苦しみに耐えたのも、全ては元の世界に帰るためだったのだから。
皆が喜びに沸く中、少女は1人涙を流した。
その日から、喜怒哀楽のはっきりしていた少女は人形のようになった。
話すことも、笑う事も、怒る事すら無くなった。
食事すらも満足に取ろうとはせず、ただ、ぼんやりと空を見つめ、故郷の歌を口ずさむ。
仲の良かった侍女や、苦楽を共にした仲間の言葉すらも届かぬ深淵へと沈み込んでしまった少女を、青年は、己の無力さを噛み締めながら、ただ見守る事しか出来なかった。
何時の間にか歌が止んでいた。
ただ、遠く小鳥の囀る声と風が木の葉を渡る音だけが微かに響く中、青年は、ぽつりと自分の名を呼ぶ声を聴いた。
「アルフォート」
それは、久しぶりに聞く、歌以外の少女の声だった。
視線はまだ空に向かったままだが、確かに自分を呼ぶ声に、青年の心は歓喜に震えた。
「ここにおります、カエ様」
喜びに弾みそうになる声を抑え、何時もの調子で答えた青年は、次の言葉に息を飲んだ。
「私の役目は終わった筈なのに、なんで私はここに居るのかしら」
答える言葉を持たず黙り込むアルフォートに、少女は気にすることなく淡々と言葉を紡ぐ。
「帰りたい。帰りたいの。家族や友達の所に。あの日は、高校に受かったご褒美に、買い物に行って外食する筈だった。高校が別れちゃう友達とも休みの間に遊びに行く計画、いっぱい立ててたのよ」
表情は変わらぬまま、カエの白い頬を涙が伝う。
閉じ込めた激情が、溢れ出そうとしていた。
「どうして?どうして私だったの?異界の人間なら私以外にいっぱいいたじゃない。どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの?
私、何か、悪い事したかなぁ?」
ほろほろと涙が流れる。
「帰れるって、帰してくれるって言ったのに!嘘だった。帰る方法なんて無いって。代わりに王子様の婚約者にしてやるからって………。そんなの、望んで無いのに!!」
カエが叫んだ瞬間、空気の質が変わった。
先程まで晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込めはじめる。
「……みんながみんな、悪い人じゃ無い。そんなの分かってる。……そもそも、この世界を救いたかっただけで、私を召喚した人達だって悪い人なんかじゃ無いのかもしれない。だけど………。
あまりにも身勝手な大人達の言い分に、少女の心は磨耗しきってしまったのだろう。
もしも、あの日。
適当な甘言を囁くのでなく、あくまで誠心誠意願っていれば。
心優しい少女は時間はかかったとしても、きっと自分と心に折り合いをつける事ができていただろう。
だが、その時間すら惜しいと適当な希望を持たせる事で都合良く動かしてしまった。
力があるとしても、まだ成人前の子供。
チヤホヤされるうちに、里心など忘れるだろうと自分勝手な解釈で。
カエの中から溢れ出した魔力がこの世界に影響を及ぼそうとしていた。
どこか遠くで雷の脈動が聞こえる。
「苦しいよ。アル。………このままじゃ、恨んでしまう。せっかく助けたこの世界を、今度は私が壊してしまいそう」
ようやくアルフォートを見たカエの顔は涙でぐちゃぐちゃで、まるで迷子の子供のようだった。
「アルやカレン、他にも私に優しくしてくれた人達がいるこの世界を壊してしまいたく無い。だけど、この世界のせいで私は家族から引き離されたって思っちゃう私もいるの。苦しくって、心がバラバラになってしまいそう」
「カエ様……」
異変を感じて続々と人が集まってくる。
いち早く駆けつけた、かつての旅の仲間やカエ付きの侍女達も、あまりにも悲痛なカエの表情に言葉を失っている。
時に拗ねたり怒ったりして見せることはあっても、基本カエは陽性の少女であった。
その彼女が初めて見せた陰性の気配は、恐怖よりも痛々しさを感じさせるものだった。
このままでは、本当にカエが壊れてしまいそうで、だが、普段から無口な青年は、その心をどのような言葉にすれば良いのか分からなかった。
だから、アルフォートは、物心ついてから厳しく律していた自分の心を自由にしてやることにした。
結果。
アルフォートは、苦しげに泣きじゃくる小さな体をその広い胸にしっかりと抱きしめていた。
突如、たくましい腕の中に囲い込まれたカエは、驚きのあまり息を飲んだ。
1年の間ずっと共にあった寡黙な騎士は、必要最低限すらもカエに触れようとはしなかった。
他の人達のように、言葉を重ねるでなく、宥めるような笑顔で近づいてくることもなく、ただ、一定の距離を置いてずっと側に居てくれた。
そして、本当に弱っている時だけ、そっと手を差し伸べてくるのだ。
しかも、そうしているのが自分だと出来るなら気付かれたくないというように、ひっそりと。
泣き疲れて眠った枕元に何時の間にか置かれた一輪の花。
疲れた時には目にも可愛らしいキャンディ。
侍女から髪に結ばれた薄紅色のリボン。
気がつけば、そんな些細で、だけど、思わずカエが笑顔になってしまう物が身近にあった。
隠れて泣いていたから、誰も気づか無いはず。疲れていても、口に出したことなんてない。薄紅色はカエの好きな色。だけど、それを言ったのは好きな花の話をしていた時の些細な1言。
どれもが、カエを注意深く見ていなければ分からない筈の事で、そんな人をカエはアルフォートしか思い浮かばなかった。
自分の三歩後ろにいてくれる、何を考えているのかちっとも分からない無表情の黒づくめの騎士。
大きな体は威圧感たっぷりで、だけどカエは一度だって怖いと思った事は無かった。
この世界で最初の信頼して良い人だと思った。
ひっそりと置かれる贈り物をどんな顔をして手に入れているのかと想像してはくすくすと笑っていた。
だから、哀しかった。
だから、辛かった。
騙されたと知った時、アルフォートも知っていたのかと、騙していたのかと思って。
なぜならアルフォートはカエを召喚した王国が用意した護衛だったから。
そして、たぶんカエが逃げ出さないための見張りでもあった。
(そうだよ。最初から、あっち側だったんじゃん)
そう、思って。
だけど、一度信頼した心は切り替えるなんて出来なくて、シクシクと痛んだ。
だから、思い通りにならない心は見ないふりして人形になろうとしたのに、アルフォートは、変わらぬ距離で相変わらず側にいてくれた。
言葉はない。
表情も変わらない。
だけど、瞳の奥が心配そうな光をたたえている事にカエは気付いた。
目を閉じたカエを眠っているものと判断したらしい彼が、小さな声で祈りを捧げるのを聞いてしまった。
カエに救いを、と。
だから。
カエは、救いを求めてみる事にした。
このままだと破壊の衝動に負けてしまいそうだから、助けて欲しくて、手を伸ばしたのだ。
閉じ込めていた心を解放して、言葉にする事で。
そして、今。
カエはアルフォートの腕の中にいた。
なんで、こうなったのかよく分からない。
分からないけど、伝わってくる温もりと少し早い心臓の音はバラバラになりそうなカエの心を、確かにつなぎとめる事に成功していた。
「恨んでもいいです。そうしたいのなら、壊してしまっても構いません」
そうして、アルフォートが告げたのはカエにとっては驚きの言葉だった。
思わず顔を上げれば、驚くほど近くにアルフォートの顔があった。
その瞳はどこか苦しげに眇められているが、決して逸らされる事なく、真っ直ぐにカエを見ていた。
「どうせあなたが救わなければ壊れていた世界です。あなたには、その権利がある」
「………いいの?」
せっかく救われた世界なのに。あなた達はその為に私を呼んで、貴方はその為に私のそばに居たのでしょう?
万感の思いを込めたカエの言葉にアルフォートは、ふわりと笑った。
「カエ様がしたい事をなされば良いのです。私はいつでもここに居ます」
それは、長い旅の中で何度も繰り返された言葉だった。
カエが、迷う時、苦しい時、アルフォートはそう言ってカエの背中をいつでも押してくれた。
そうして、いつだって。
「側に……居てくれる、の?」
掠れた小さな小さな声に、アルフォートはしっかりと頷いた。
「あなたを元の世界に帰してあげる力は私にはありません。あなたの父母になる事も友になる事も難しい。だけど、側にいます。あなたが望む限り、この命をかけてあなたを守りましょう」
剣を捧げたでしょう?
そう言って微笑むアルフォートはとても綺麗で、込み上げてくる何かが溢れてしまわないように、カエはぎゅっとアルフォートにしがみついた。
「ここはイヤ。元の世界に帰れなくても良いから、ここじゃないどこかに行きたい」
「分かりました。掴まっていて下さい」
顔もあげぬまま呟かれた言葉にアルフォートはあっさりと頷くと、小さく転移の魔法をつぶやいた。
そうして、世界を崩壊から救った異世界の姫巫女は、役目を終え姿を消した。
たった1人、常に共にあった黒づくめの騎士だけを連れて。
その後の彼女達を知るものはだれもいない。
「アル!どこに行く?どこに行きたい?!」
身軽な旅装束に身を包んだ少女が、弾むような足取りで前を進んでいくのを、黒ずくめの青年は苦笑と共に見守った。
「どこでも良いですよ。時間はいくらでもあるのですから、カエ様の行きたいところへ」
「アル!様呼び禁止って言ったでしょ?今度言ったら私もアル様って呼ぶからね!」
振り返り抗議してくる少女の頬は不満を表すようにプックリと膨れている。
「それは勘弁してくだ「敬語も禁止!だいたい、アルの方が年上なんだから敬語使われたらわたしが何様ってなるでしょ!」
言葉に被せるように禁止事項を増やされ、青年が困ったように眉を下げる。
「この話し方はもう癖みたいなもので………努力し……する」
言い訳しようとして睨まれ、青年は白旗を上げた。
それを少女は明るい声で笑い飛ばす。
「まぁ、アルが言った通り、時間だけはたっぷりあるんだし、おいおい慣れてね」
「……了解」
そう。
前とは違う、目的のない旅は始まったばかりでどこに行くのも何をするのも自由だ。
カエは、この世界に来て初めて心の底からワクワクするのを感じた。
見た事のない土地や人。その土地ならではの料理や祭りもあるだろう。
軍資金はたっぷり貰ってきたし、隣には誰よりも信頼できる人が居る。
足りないものは何も無い。
「じゃ、とりあえず隣の国目指して出発〜〜!!」
少女は、元気よく足を踏み出した。
2人の旅は、始まったばかりだ。
2人はこのまま諸国漫遊をのんびり続けていくのでしょう。そのうち恋情も育っていくと……。たぶん?