押利鰤鰤エセエッセイ集 鰤鰤ですよ
・不条理の神様
世の中というものは本当に不公平で、矛盾に満ちていると思うのは、私だけではないだろう。
パチンコ屋で両隣の台に座るお爺さんとお婆さんが、ドル箱を積み上げているのに、二人に挟まれた私だけが、湯水のようにお金が台に溶けていくというのは、どんな因果律であるのかと。
これは呪いか、前世のカルマか。
私はどんな業を背負っているのだろう。
「みたらし団子が食べたいです!!」
同じ会社で働くI君からもたらされた、会社の近所の和菓子屋が何十周年とかで、その開業日に団子が一本50円になると言う情報を聞くなり、新人のOさんが私にそう訴えたのである。
「……」
言っておくが、私は決してケチではない。
守銭奴ではあるかも知れないが、自主申告として決してケチではないと言っておく。
時が時ならば、北海道生まれで有りながら、宵越しの金は持たなねぇ!!と言う、江戸っ子気質の男である。
二十歳近く年下の新人であるOさんに、みたらし団子の四、五本を食べさせてあげるくらいの気持ちはいつでも持っていると言って良い。
しかし、そんな江戸っ子気質が災いし、現在の所持金は四百円である。
お金がなければ買ってあげられないのである。
給料日まで缶コーヒーを一日一本しか飲むことが出来ない男に、たとえ娘と呼べるかも知れない年齢の後輩に、みたらし団子一つさえも買ってあげる事が出来ないのは不徳の致すところであると言えるだろう。
残念無念である。
閑話休題。
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「良いことなのか…それとも、悪いことなのかは、分からない。でも、多くの人間がそうであるように、俺もまた自分の生まれた国で育った。そして、ごく普通の中流家庭に、生まれつくことができた。だから、貴族の不幸も、貧乏人の苦労も知らない。別に、知りたいとも、思わない。子供の頃は、水軍のパイロットになりたかった。ジェットに乗るには、水軍に入るしかないからだ。速く、高く、空を飛ぶことは、何よりも素晴らしく美しい。でも、学校を卒業する2ヶ月前、そんなものにはなれないって事を成績表が教えてくれた。だから宇宙軍に入ったんだ」
王立宇宙軍 オネアミスの翼 より
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私の好きな「王立宇宙軍」のオープニングで語られるモノローグである。
早い話が「人生って、思った通りには行かないよね」みたいな意味合いだと思うのだけど、確率的にも、統計的にも運から見放された私の背後霊は貧乏神であるような気がしてならない。
捨てる神があれば、拾う神さえいない。
生きている事が奇跡というよなものであるのかも知れない。
そう言えば、私が生まれたときは酷く未熟児で、医療の進んだ今ではそうでもないのかも知れないが、2300グラムでこの世に生まれ落ちたときに、呼吸をしていなかったそうである。
産婦人科の先生が、私のお尻だったかどこかを叩いてやっとか細い声で泣き出したそうなのだけど、その時に全ての運というものを使い果たした気がしないわけでもない。
一撃必殺である。
享楽のパチンコ台なら、プライスボタンが勢いよく飛び出る感じであろうか?
キター!!!!
と思ってボタンを叩いたら、あっさり外れる事の恐ろしさ。
そんな台は二度とあたらない気がするのは体験談であると言っておく。
確率的には50パーセント(メーカ発表)である。
それを人生の様々なターニングポイントで、悉く外し続ける男であった。
広瀬香美が「冬の女王」と呼ばれ、後に「ツイッターの女王」と呼ばれるようになった如く、華麗に転進したいものではあると思うのであるが、それはそれでまた困難が伴うのであった。
■ 批評と現実
直接身近にいる人の中で、このブログを私が書いている問う事を知っているのは、同じ会社で働くI君がこんな事を言う。
「どうしてあなたが書く物語は、救いようのない破滅的な話ばかりなのですか!?現実が辛いのに、物語の仲間で悲劇で終わってどうするんですか?せめて物語の中くらいは楽しい話を読みたいと思うのが、人の心の中だと思うでしょう?心にどれだけ深い闇があるというのですか?」
「そんなに極端な話は書いてないだろう?主人公に取ってみれば、あるいみハッピーエンドに思えるものばかりじゃないだろうか」
「バッドエンドですよ!!会話文でおちゃらけて、楽しげな雰囲気ですけど、ラストはよくよく考えれば、何も解決していなくて悲劇です」
「日本人とイタリア人は悲劇が好きなのさ。だから一般的な人の好みを考えれば、悲劇な形で終わるのも、ありといえばありなんだよ」
ふと頭に浮かんだガンスリンガーガールという漫画の中で使われたセリフを引用して私は答えたのだった。
確かにI君の様に、漫画やアニメや映画や小説などの娯楽において、その中では現実というものから離れて楽しい話を読みたいという人はいるという事は知っている。
私もそう言うものは嫌いではなく、もちろん好きなのではあるけれど、それとは逆にの方向に針が振れた話も好きなのであったのだ。
「そんな話ばかり書いていると、闇に引きずられてしまいますよ?それで、あなたが某かの事件を起こしたら、犯人の心の中の闇を解き明かすとか言われて、みのもんたに朝ズバの中で、私にはわかりませんねぇ〜とか言われちゃうんですよ」
「それは嫌だな」
「それでまた規制ですよ。犯人に影響を与えたような作品は規制されちゃうんです」
「そんな時は朝ズバに影響されましたと言っておく」
「何の解決にもなってねぇ!!」
・ここまで書いて一眠り。
今日のブログ投稿分を書き始めたのはかなり早い時間だったのだけど、あまりに眠いので床に横になり一眠りして目が覚めたら、只今午前三時である。
浅い眠りの中で、波瀾万丈、抱腹絶倒、豪華絢爛、春夏秋冬な夢を見ていた気がするのだけど、目覚めと共にすっかり忘れてしまっていた。
よくよく考えてみれば、このところ、目が覚めてからも覚えているような印象深い夢を見なくなった。
夢日記を付けているので、前はかなりの頻度で物語に起承転結があり、総天然色フルカラーの尺が2時間のハリウッド映画に匹敵するような夢をよく見ていたのだけど、そん鮎目を見る機会が減ってしまった。
その理由は分からない。
心が疲弊すればするほど、そんな夢を見る事が多かった気がするのだけども、今ではそんな夢を見ることが出来ないほど、現実というものが夢の中にまで浸食しているような気がしてならないのだ。
最近見て覚えている夢と言えば、印刷工なので印刷して断裁しておかなければならない印刷物を、印刷までやっておきながら、断裁するのを忘れていて納期に間に合わなくなるという夢である。
何の楽しみもない夢だと思う。
・忙しい日々
何に追われるというわけじゃないけども、あえて言うなら仕事と時間と貧乏に追われる日々だと言っておく。
金がないのは自分の所為だと理解はしているのだけれども、仕事が忙しいのと時間がないのは私の所為ではない。
無理な日程と、能力を超えた量の仕事が詰まっているのである。
最終的に納品が間に合えばいいですよと、段取りを組む担当者は思っているに違いないのだが、単純計算で二日分以上の仕事を、一日でこなさないといけないようなものでそれが一週間以上続くのである。
やらないんじゃない、時間が足りないんだと。
・仕事
今は印刷会社勤務なので、「お仕事は?」と聞かれれば、「印刷会社で働いています」と答えればいいので、人に説明するのは簡単なのだけれども、倒産によって解雇された前の会社で働いていたときは、他の人に説明するのが難しかった。
「製版会社の色校正部」
単純に言えば、これですむ話なのだけれども、そもそも「製版会社」といわれても、何かの版を作る会社だと理解は出来るかも知れないが、それはどんなものであるかという事は、多くの人が理解できない事だからである。
・報われない
仕事が忙しい。
寝ないで仕事をしても、終わらないくらいに日程が溢れている。
納期が切られてくるのだけれども、どうやったらそんな日程で終わるんだというような酷い日程である。
身体が二つあっても、終わらない様なレベルの混み具合。
「そんな日々がずっと続く訳じゃないんだから、この不景気に、ある時にやらないでどうする」
そんな檄が飛ぶのだけど、こんな日が一週間も続けば精神的に参ってしまうのは当然の事であるように思うのだが、長く働いていると、そんな激動の日々さえもぬるっと過ぎ去っていくようなこなし方を覚えてしまうというのはある意味当然の事なのかも知れない。
そうでなければ、心が持たないと言っておく。
「こんなに仕事を頑張っているのに、どうしてパチンコは出ないんでしょうねぇ」
ため息と共に一緒に働いているI君が断裁機を操りながら、そんな事を言った。
「世界はそう言う風に出来ているのさ」
私はモニターを見つめつつ、そう答えるのだ。
薄ら笑いで。
「夢も希望もないじゃないですか」
「夢なんてものは、夢を見れる人だけが見るものなのさ。俺たちが見る事が出来るのは、絶望と失望と悪夢くらいなものだよう」
「何か良い事を言っている!?」
時計を見れば既に午後十時を回っており、確かうちの会社の定時は夕方五時だと思ったのだが、これは一体どういう事であるのかと憤った。
頭の中で流れるのはオルゴール調で流れるスマップの「世界に一つだけの花」であったという事は、あまりにも悲しいのでI君には言わなかった。
・散髪
日曜日の夕方、突然、携帯のバイブが震えた。すでに携帯としての役割よりも、ネットを見たり、ワンセグを見るための存在として活躍している存在だったので、本来の機能である電話とメールは久しくその機能を使う事はなかったので、時々鳴ったりすると非常にびっくりするのである。
見てみると、I君からのメールであった。
「髪切るのを失敗した!!」
この一年ほど、散髪に行く機会を失って、伸びに伸びきったI君の髪の長さは、キムタクが一番長かった頃に匹敵する長さだったのだけど、どうやら散髪にいった様なのだけど、どんな風に失敗したのかという事は書かれてもいないし、画像も添付されていなかったのである。
わざわざメールを送ってくるくらいである。
モヒカンとか、チョンマゲとかを想像したのだけど、おされなI君の事であるからさすがにそんな事はないだろうと思い、また大げさな事を言っていると思ったのであった。
実際、次の日の朝に合ったI君はもの凄く短くなって、イガグリの様になって現れたのだけど、個人的な感想は普通じゃん。
・印刷と言う世界
去年の十一月に退社した女の子から、同僚であったI君のところへ電話があったそうだ。
何でも同じ業界に居るマイミクから、自分が勤めていた会社を辞める営業が居るらしいと言う話が伝わってきたので、誰が辞めるのかと気になったらしい。
彼女が辞めて既に半年以上が経過しているわけだけれども、彼女はまだ再就職先を探している自由人であった。
いい身分であると思う。
しかし、在社中は天涯孤独のお一人様主義者であった彼女も、今ではすっかり世俗に馴染み、同郷の高校時代の後輩であったという大学院生の彼氏も出来たという。その彼氏は来年の大学院の卒業の後の就職先も決定しており、状況によっては海外勤務となるので、彼女もその時は彼氏に付いていくのだそうだ。
話を聞けば聞くほど、勤めていたときよりもはるかに希望に満ちた生活をしていて、ほかに何を望むのかと言いたいところである。
「人間、働いていないとダメになります」
お金と心に余裕のある人ではないと言えないようなことを言っていたそうだ。
そんな彼女が職探しにハローワークに行った時にこんなことを言われたそうだ。
「印刷関係ですか……前職もそうだったから分かると思いますけど、どこもかしこも同じです。就職先としては、とてもお勧めできるような状態ではありません」
なんて、良心的な職員さんなのだろうかw
もちろん、職安で斡旋した先が、とてつもなくブラックな会社で後で揉める事になるのを避けるという理由もあるのだろうけども、親身になってくれるのはとても良いことだと思う。
・こんな時間に
帰宅したのは午前1時であった。
もう明日じゃん!!と思ったのは一緒に退社したI君もだろう。
そして今日も忙しいのはすでに解りきった予定である。
印刷会社の基本的な業務とは、
受注
制作
製版(分解含む)
(ここが今、胆管癌で有名な色校正が入る場所。現在は他にインクジェット出しもある)
印刷
加工(断裁、丁合、製本、折り、ラミネート、スジ入れ………)
納品
基本的には分業でやっている訳なのだけど、オンデマンド印刷(デジタル印刷)の部署である私が所属する部署では、
受注 制作 製版(データー弄り) 印刷(デジタル印刷・出力)
加工
までやっている。
I君が。
一人印刷会社と呼べる存在である。
しかし、制作の仕事が入ると、なかなかそれに集中できないために、私が出力と断裁をやっています。
二人でやっていてこの時間なのですから、私が部署を移動してくるまでに、一人で全てやっていた去年の4月ぐらいがどんなに忙しかったかと解ってくれると思います。
・大器晩成
その昔、手相に星占い、干支占いに姓名判断などの占いを見てみると、ほとんどの占いで大器晩成という結果が出た事があった。
大物に育つのには時間がかかるのか、それとも幸せを掴むまでに時間がかかるのかどうかという事は解らないのだけど、早い話がそれまでの物事の積み重ねが実るまでには時間がかかるという事であるように解釈している。
人生も終盤に差し掛かった頃にようやく報われる日が来るというのは個人的にはあまり意味がないように思うし、その日が来る前に人生が終わってしまうと全てが台無しであるように思う。
人の人生というものは、桜の花びらに例えられるが如く、短くて儚いものであるのだ。
・綾波文庫
綾波レイと言えば、言わずと知れた新世紀エヴァンゲリオンに登場したキャラクターである。
現在は劇場版エヴァンゲリヲンも随時公開されているが、私はそれを一度も見た事はない。
数年おきに劇場で公開されるスタイルという事もあり、全てが公開されてから、発売されたDVDで一挙に見ようと楽しみにしているのだけれども、それがいつの事になるかは解らない。
という事で、私にとって綾波レイとはテレビ放送版と旧劇場版の綾波レイであり、貞本義行によって連載されている漫画版の綾波レイであると言っておこう。
スピンオフ作品が漫画でいくつかあるのだけど、そちらの方はほとんど読んだ事はない。
そう言えば 滝本 竜彦の小説?エッセイ?の「超人計画」 (角川文庫)では、主人公の脳内彼女として現実に降臨し、影ながら主人公を応援すると言うヒロインとして登場している。
そこで考えたのは、綾波レイを主人公とした小説であった。
いくつかのタイトルとあらすじ
・我が輩は綾波である
・綾波失格
・綾波姉妹
・罪と綾波
・綾波の糸
・綾波寺
・綾波、畑で掴まえて
・世界の中心で愛を叫んだ綾波
・宇宙の綾波
・綾波ちゃん
・野菊の綾波
・綾波の話
・桜の木の下の綾波
・綾波の王様
・綾波船
・浦島綾波
・走れ綾波
・綾波病
・綾波ニモマケズ
・注文の多い綾波
・綾波の伝記
・よだかの綾波
・綾波鉄道の夜
・セロ弾きの綾波
・綾波地獄
・とある死海文書の綾波
・綾波の旅
・綾波と香辛料
・あやドラ!!
・綾波を捨て街へ出よう
・アヤナミハイウェイ
・夜は短し歩けよ綾波
どうも、文学作品は暗い傾向がありますね。
・帰り道
帰り道に済んでいるI君を乗せて帰るのが日々の日課になっていて、Oさんが四月に正社員となってからは、近くの地下鉄の駅まで送り届けるのが追加された。今日はOさん家の近くを通って帰る人と同じ時間に退社したので、Oさんは乗ってはいなかった。
「すみませんけど、どっか本屋さんに寄って貰えますか?」
私自身は日課のように本屋に寄っているので、I君に頼まれて当然のようにOKしたのであった。
「どこの本屋が良い?」
「どこでも良いですよ」
「じゃあ、この辺りでは一番大きい本屋に行こう」
ついいたのは川沿いにある大きな本屋で、見渡す限りの本屋であった。遠くには文具売り場が、書籍売り場と同じ様な広さであり、CD売り場もまた同じ様な広さで広がっていた。
そこでI君は小説を何冊か買い帰路についた。
I君を下ろし、私はまた別な本屋に向かう。
ぐるっと本屋を一周し、店を出るとまた別な本屋に向かう。
そこは24時間経営の店で、基本的にはエロ系の店なのだが、一般書籍も売っていて、帰りが遅いときなどは非常に重宝する店であった。
捜していた本があったので、カウンターに持っていくと、
「少しお待ち下さい」
と店員に言われた。
実はアダルトグッズコーナーには顔が見えないカウンターがあり、そこに先客がいるようであった。
その客が買ったと思われるブツを店員が精算していた。
ピンクのケバイブラジャーとパンティーのセット。
パンスト。
AKB風制服っぽいブラザーとネクタイとスカート。
あまりの大人買いに店員も梱包作業に追われ、私の精算が始まらないのである。
しかし、これを彼女に着せるのか?それとも嫁に着せるのか?まさか自分で着るのか?
どれを選択したとしても修羅の道である事は疑いようも無い事である。
梱包が終わり、商品を店員が客に渡したようであった。
私の清算中、レジの後ろの通路を、衣装セットを買ったと思われる人物が通り過ぎた。
やせ形で小柄な四十代半ばのオッサンだった。
自分で着るのか……
・家出
つい最近、家出人の捜索チラシを印刷した。ちょうどいなくなってから一週間くらい経った時点の話だった。
「一週間で捜索願いとか、捜索チラシとか早くないかな?ウチ姉ちゃんなんて、いなくなってから、もう2年以上経つけど、まだ捜索願いすら出してないよ」
そんな事を私が言うと、
「だからあなたの基準と世間一般の基準を一緒にしないで下さいと何度も言っているじゃないですか」
などとつれない事を言うI君であった。
後日、チラシの効果があったのかどうかは解らないけど、警察に補導されて実家に戻る事になったようだ。
そんな中で、相変わらず姉はどこにいるのか全くもって解らない。
いろいろあって出て行ったのだろうが、何の音沙汰もないところを見ると、どこかで慎ましく暮らしているんではないかと思う。
男がいるとも考えられるが、男運のない姉の事だから、その男との関係が終わったときに戻ってくるのではないかと思う。
まぁ、今現時点で戻ってこられても、こちらとしてもいろんな問題を抱えているので、戻ってこられても困るのだけど。
いま戻ってこられたら、業火に焼かれているところに、油をかけられるような自体になりかねないと思う。
・団扇
「何か案があったら作って良いですよ」
ちょうど仕事で某イベントで使われる団扇の制作をしているI 君がそう言った。
制作と言っても、団扇の骨組みに張り、降ったときに風を起こす部分の図柄の制作で、シールで貼る部分になっているところのデザインである。
そこの部分を好きに考えて良いという。
まぁ、型抜きされたシールはあっても、貼るための骨組み部分が無いのであるけれど。
フォトショップとイラストレーターを駆使し、作っているI君とOさんであるのだが、そんなスキルがない私は、相田みつおの如く、棋士が持つ扇子に書かれた文章はどうであるかと思いついたのであった。
いか暫く企画案
・ただいま節電中
・エコ
・生きろ
・わたしはたぶん、三人目だから
・ドSですから
・金がない
・貧乏神
・疫病神
・般若心経
・愛
・人はパンのみで生きるにあらず
・死後、裁きにあう
・猛暑
・無理×無理×無理
・幸せはいくらで買えますか?
・天誅
・トンカツ
・○
・×
・名刺
自分の名刺を持ったのはつい最近の事であった。と言っても三年くらい前の話であって、その時に貰った名刺がほとんど手つかずで残っているのは公然の秘密という訳でもなく、ただ単純に使う機械がなかったと言う事だったりする。
そんな私にとって、一日の仕事の半分以上を占めているのが名刺である。
自分の名刺は連絡用に親に渡した何枚かしか使っていないと言うのに、人様の名刺を朝から晩まで出力しているのである。
多いときには出社から、夜遅くまで名刺だけを出し続け、それを名刺専用自動断裁機で切り、ケースに収納と言うのを繰り返すのである。
無我の境地である。
現在は他に大口の仕事が入っていて、その合間合間に名刺を出力しているのだけど、多いときで個数合計3000枚ぐらいが一日の名刺の出力枚数だろう。
それが多いのか少ないのかは、他で勤めた事が無いのでわからない。
4c/4c 4c/スミ 4c/0c スミ/スミ スミ/0c
が一般的であり、他にすでに4cが入っていて台紙となり、それに名前と個人情報を刷り込むというパターンがあるのだけど、大抵の場合は上記のいずれかとなる。
データー処理し、出力機に送り、紙を機械にセットする。
コート系
マット系(ユーライト・マットポスト・トップコートマット……)
上質系(上質)
基本、どんな紙でもやりますが、紙によっては機械での通りが悪かったり、付が悪かったりします。
厚さもいろいろありますが、名刺だと4/6版の紙で180キロが一番多いです。
・頑張れば……
最初に勤めた会社で、歳その部署から次の部署に異動したのが二ヶ月後の事だった。
一人辞めるので、その後を引き継いで欲しいという。
そこが昨今ニュースなどで胆管癌が話題になっている「色校正」部だったのである。
当時は何も解らなかったので、臭い程度にしか思っていなかったのだけど、その臭いの原因はほとんど有機溶剤であったと今なら言える。
エアコンどころか、空気清浄機すら付いていなかったので、臭いが籠もっていたのである。
機械から放出される熱もあり、夏は地獄であった。
そんなところで働いていれば、身体もおかしくなるのは当然と言えるような場所であった。
ゴム手はしていたが、マスクなどしている人はいなかったし、ゴーグルなどというものは、スキー場でしか見ないものであったと言っておく。
会社帰りの深夜に、シートベルトで警察のパトカーに止められたときなどは、「君、シンナーやってる?」などと聞かれた事もあるのであった。
印刷関係の仕事をしていて、そこで有機溶剤を使う事がありますと言えば、納得してくれるのであるが、そんなに臭うのだろうかと、自分では思うくらい臭いというものにマヒしていったのであった。
そんな日々が続く中で、私に色校正の全てを叩き込んでくれた上司のYさんがある日、言った。
「頑張っていれば、きっと良い事あるよ。俺はなかったけど」
「ないんですか……」
「この業界なんか、あと何年あるか解ったもんじゃないからな。どんどんデジタル化しているし、職人など必要とされない日が、やってくるんだから。俺はさっさと足を洗って、小さくても良いから焼肉屋を始めるんだ」
もう二十年も前の話。
Yさんは紆余曲折ありながらも、今は夢を叶えて焼き肉屋を経営し、私は今でも印刷工。
■青春
青春時代というものは、その時代からそれなりの時間が経ってから、あの時は青春だったと思うものであると感じる。
振り返るものであり、過去のもので、そしてもう戻ることの出来ない、夜空に浮かぶ星の瞬きのように一瞬でしかないそんな日々。
甘酸っぱく、ほろ苦い、美化補正されたそんな時代。
誰にでもあり、そして一つとして誰かと同じものは無いのである。
そんな事を言っている私にも、そんな時代があったのかと聞かれれば、もちろんあったと言っておきたい。
正確に言うならば
おそらく私はまだその青春時代というものの、途中過程であるために、自分自身ではその存在を認識できないのであると言っておく。
クトゥルフも青ざめるような、暗黒時代を生きてきたわけじゃないのだ。
私にもきっと輝かしい日々があり、思い出に涙することも出来るのだと思いたい。
「アホですか」
私の青春についての考察を、話半分で聞いていた我が社の期待の新人、田所さんは手を休めることもなくモニターに向かいながらそう言った。
「いいですか、現実という奴を見て下さい。どこの世界に40を目前にして青春について熱く語るおじさんがいますか?」
「ここにいる」
私は胸を張ってそう言った。
「夢遊病ですか?水前寺さんは私の人生のほとんど倍を生きているんですよ?病院に行った方が良いレベルです。バイオハザードって言う奴ですよ」
そう言われると身も蓋もなくて、M属性の私としては嬉しくなって、涙を浮かべるくらいだった。
田所さんはまだ二十歳で、実際のところはまだ専門学校に通っている学生さんだったが、三ヶ月前に就職活動で私の勤め先に何を血迷ったのか面接に来て、翌日から働き始めていた。
高卒で現場上がりの私とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、ぜひ、土下座したいレベルである。
元々、女性社員がほぼいない職場であったので、職場に一輪の花が咲いたと言って良い。
まさに鬼百合のような人であったと言っておこう。
「自分がこの会社で働き始めたときには、田所さんはまだ生まれてなかったなんて歴史を感じるよ」
「孫でもおかしくないんですからね。そんなことより、そろそろ自分の仕事をして下さいよ、おじいちゃん」
「おじいちゃんは酷いな。まだ結婚もしていないのに。夢は40過ぎて16才くらいの嫁さんを貰うことなんだから」
「はいはい、お爺ちゃんは呆けちゃったんですね。惚けにも良い惚けと、悪い惚けがありますよ。病院に行って下さい。惚けは正しい治療で進行を遅らせることが出来ますからね。あと、犯罪なら警察に通報しますから」
「合意の上だったんだ!!俺は悪いことなんてなんもしちゃいねぇだ!!」
「相手が妄想なら問題はないんですけどね。頭の中から漏らすのは止めましょうよ」
そう言って、私の頭にポリバケツを被せた彼女を私はなかなか出来る奴だなと感心したのである。
「と言うことは、何ですか?私も水前寺さんの射程圏内なんですか?」
彼女はとても嫌そうな顔をして、私と目を合わせることもなく言った。
「いいや、それは無いよ。ほら、俺ってロリコンだから、下は胎児から上は16歳までと言う年齢制限があるんだよね。田所さんはナッシングと言うことで」
「おまわりさん、こいつです~」
彼女は作業ジャンバーのポケットから、愛用のiPhoneを取り出すと、操作を始めてそう言った。
すぐに警察が来て、怒られることになったのはご愛敬ということで。
そんな楽しい毎日の職場で働けるようになるとは思っていなかった。
これはもはや青春と言って良いのではないかと思うのだ。
寝る暇も、作業の時間も全く無く、ただひたすら物療と仕事に追われる日々が普通だったのだが、彼女一人が入社してきただけでずいぶん変わったと思う。
「俺さ、夢があるんだよね」
「夢は寝ているときに見て下さいね。お薬、きちんと呑んでます?」
「ポラギノールなら毎日。もう手放せないよね。一生使い続けるのさ」
「不治の病ですね。脳味噌が」
「医者にはもう長くないって言われたよ。あと256年くらいだって」
「憎まれっ子世にはばかりっていう奴ですね。何なら背中を押してあげましょうか?」
「若い娘さんにそんなことはさせられませんよ。イク時は自分でイキますから」
「……そうですか。それは素晴らしい自己完結です。個人的には後ろから刺されたりする方が向いているんじゃないかと思いますけど」
「いやぁ、そう言う趣味は無いんですよ。罵られたりするのは好きなんですけどね。痛いのはちょっと苦手だね」
「そこは、俺、タチだから、ネコじゃないんだよね、と返すのが正解です」
「それは考えたんだけど、普通すぎるかなと思って」
「そう言えば、水前寺さんって、露骨な猥褻話、いわゆる口伝セクシャルハラスメントって言いませんね。童貞なんですか?」
「魔法使いになると言うのも夢の一つだけど、露骨な話は下品じゃないか?俺はいつまでも誇り高くありたいと思う」
「童貞なんですね?」
田所さんに襟首を捕まれて肉薄されながらも、私は作業ジャンバーのポケットから、愛用のドコモ携帯を取り出すと、涙ながらに操作を始めて、
「おまわりさん、こいつです」
と、言った。
すぐに警察が来て、結局、私が怒られることになったのはご愛敬ということで。
「俺はどうして結婚できないんだろうね。女性の目から見てどう思う?」
ある日、そんなことを田所さんに聞いてみた
「基本的に水前寺さんは結婚する気がないでしょう?出来ないと言うのはおいといて」
「何か、気に触るけど、まぁそれはあるよね。俺の俺による俺のための人生みたいな」
「基本的には、キモイ、汚い、金がないの3Kだからなんだと思いますけどね。あと、妄想癖」
「まあ、解ってはいたけれど、はっきり言われるのも気分が悪いよ」
「でも、それが現実ですからね」
寛恕はそう言って、両手を叩いて笑った。
「昔は良く、水前寺君は優しい人ねとか言われたけど、優しさだけじゃ駄目なんだろうね」
「目が腐ってますよね、そう言った人。もしくは気を使われたんでしょうね。他に言いようがなかったとか。基本的に優しい人が駄目なんじゃなくて、優しくて駄目な人が駄目なんだと思いますよ。そう言う人って、自分にも優しい駄目人間ですから」
「厳しいなぁ。おじいちゃん、血圧上がっちゃったよ」
「いっそひと思いに……」
田所さんはそう言って、笑いながら私の首を絞めていた。
ちょっと洒落にならない閉め方だったので私は意識を失って、救急車で運ばれることになったというのはご愛敬と言うことで。
こんな日々を過ごすことが出来る私は幸せであると言えるだろう。
しかし、そんな幸せな日々を過ごしすぎたせいで、勤務態度の悪さの為にクビになったと言うことはご愛敬。
■青春2
学生の頃はバレンタインデーというものが、とてつもなく嫌だった事を思い出す。
学校では朝も早くから、浮かれ気分の小猿達が初々しくも甘酸っぱく、ほろ苦い体臭を巻散らかしている。
そんな連中を教室の端から見守るのが僕の立ち位置という奴だった。
もちろん、誰に頼まれたわけでもなければ、自ら名乗り出た分けでもなく、それは運命という奴であると僕は思っていた。
家に帰れば、冷蔵庫の冷凍室が、二つ年下の弟が貰って来たチョコレートで鮨詰め状態、もしくはそこから溢れているというのは毎年の恒例行事であり、僕は母親と、七つ年上の姉からお情けで貰ったチョコレートがバレンタインデーの全てだったのである。
もちろん、それを「バレンタインデーに貰ったチョコレート」としてカウントする気は毛頭無い。
そん涙溢れるような思いはしたくなかったからだ。
「はい、水前寺さん」
そう言って、私の机の上に、田所さんが放り投げたものを見るとチロルチョコだった。
ちょっと驚いて田所さんを見ると、彼女は面倒くさそうにバレンタインデーですよ、と言った。
どうやら彼女は袋詰めになったチロルチョコを買ってきて、男性社員に配って回っている様だった。
「義理と人情、図りにかけニャ〜っていう奴です」
どうやら、いま思いついたことを満面の笑みで言う田所さんだった。
「神出鬼没な猫ひろしだね。それよりなりより、まず第一に言いたいことは、放り投げるなと言うことで、第二に言いたい事は何を企んでいるのかと言うことだったりするんだけど。それに出来れば僕はきなこ味じゃなくて、普通のチョコレートと変えて欲しい」
「ホワイトデーは焼肉で良いですから。あと、もうきなこ味しか残って無いのでチェンジは困りますよ、お客さん」
「どんだけ肉食系なんだよ。わらしべ長者も真っ青だよ。それに、バレンタインデーはチョコレートであるべきだ。きなこ味なんて邪道過ぎる」
「王道なんてそもそも知らない人生じゃないですか。いいですか、現実という奴を見て下さい。どこの世界に40を目前にしてバレンタインデーにやっと貰えたチョコレートへの不満ついて熱く語るおじさんがいますか?この、素人童貞さん」
「ここにいる。と言うか玄人を相手にしたのは一度しかないぜ!!」
私は胸を張ってそう言った。
「夢遊病ですか?水前寺さんは私の人生のほとんど倍を生きているんですよ?病院に行った方が良いレベルです。夢は寝ているときに見て下さい」
そう言われると身も蓋もなくて、M属性の私としては嬉しくなって、涙を浮かべるくらいだった。
田所さんはまだ二十歳で、実際のところはまだ専門学校に通っている学生さんだったが、四ヶ月前に就職活動で私の勤め先に何を血迷ったのか面接に来て、翌日から働き始めていた。
高卒で現場上がりの私とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、ぜひ、土下座したいレベルである。
在学中にはいくつものコンテストに応募して、入選し、コンテスト荒しとして名を売っていたと言うのを知ったのは最近のことだ。
元々、女性社員がほぼいない職場であったので、職場に一輪の花が咲いたと言って良い。
まさに鬼百合のような人であったと言っておこう。
日頃の勤務態度の悪さから、つい先日に一度はクビになった私ではあったが、他の社員が過労で倒れたとか、人間関係の悪化から退社していくというのが続き、人手不足になったので、クビが取り消しとなってまた働き始めたのは一週間前のことだった。
「今は私が先輩ですからね」
初出勤の日、彼女はそう言って私を笑顔で迎えてくれて、それからは激しく絞られる日々を送っているのである。
「僕は義理チョコにお返しはしない主義なんだよ。義理チョコをいちいち返していたら、生命保険会社の勧誘のおばちゃんにまでお返しをしないといけないだろう?」
「当然じゃないですか、それが人間社会というものです。コミュカ」
田所さんはそう言い切った。
「こみゅりょくだろ?まぁ、僕はそんな柵なんか気にしないけどね。年賀状も出さないし」
「だからクビになるんですよ。社長が水前寺さんから年賀状が来なかったって怒ってましたよ。正月休みに持ち金全部をパチンコに突っ込んじゃって、お金がなかったって言っておきましたけど」
「それが真実なんだけどね。甥っ子にまだお年玉もあげてないし」
「私も貰っていませんけど」
「僕が貰いたいくらいだよ!!」
「逆ギレされた!?……仕方ありませんねぇ」
田所さんはそう言うと僕の机の上にチロルチョコを二個置いた。
「焼肉×2と言うことで手を打ちましょう」
置かれたチロルチョコは両方ともきなこ味だった。
■ブラックコーヒー
どこで何をどう間違えたのか?と、思うことがある。
よくよく考えてみれば、全てが間違っていたに過ぎないのだけど、それを認めたくなく無い自分がいる。
認めたところで、もはやどうにもならないと言うことは解っており、認めなかったところで自分の前に山積した難題が無くなるわけではないのだ。
全ての問題は先送り。
それに利子が付いて、更に問題は大きくなっていくのだけど、全てがどうにもならなくなるまで、見て見ぬふりを決め込みたいと思う。
それが僕の生き方で、全てが何もかも最初から間違っている事の発端であると言うことを、僕は否定するつもりはまるで無い。
それを人は開き直りと言う。
「無様ですね」
僕のそんな人生観を、話半分で聞いていた我が社の期待の新人、田所さんは手を休めることもなくモニターに向かいながら、冷たい眼差しでそう言った。
その口元には侮蔑の笑みが含まれていた。
「水前寺さんは、問題をどうにかしようなんて考えてもいないのでしょう?全てが時間が解決してくれると。そして、どうにもならなかったら死んでしまえば良いと思っているんでしょう?」
僕は首を横に振り、彼女の意見を否定する。
「いいかい、田所さん。僕は自殺なんか出来ないよ?残された人に多大なる迷惑をかけることになるし、それが気になって死ぬことなんかを選択することは出来ないね」
「それは良い心がけですね。でも、この先一生、迷惑をかけ続けることに罪悪感は感じませんか?」
「僕だって、一生周りに迷惑をかけ続けて生きていくつもりはないよ!!」
僕は猛然と抗議する。
「だって、問題を先送りにするだけで、なんら解決の手段を取ろうとしないじゃないですか?水前寺さんももう40ですよ?あと何年生きられると思っているんですか?」
「出来ることなら平均寿命くらいまでは生きたいね」
「いいですか、現実という奴を見て下さい。インスタント食品が大好きで、タバコを一日一箱吸い、甘い缶コーヒーを一日に4本も呑んでいる水前寺さんが長生きできるわけが無いじゃないですか。今の平均寿命は、戦前、戦中生まれの人たちが伸ばしているに過ぎません。糖尿か脳卒中確定です」
そう言えば、僕の身のまわりに糖尿の人が多いのは気のせいではないだろう。
なんと言っても、一日中会社にいるので休憩時間ともなれば缶コーヒーとタバコである。
晩ご飯を食べるのは午後十一時過ぎであり、寝るまでの間にスイーツを食べたりする。
僕は甘党なのであった。
「それだけじゃないぞ。去年は我が一族はガン患者が多発した。我が父は悪性リンパ腫で闘病中、伯母は肝臓癌で亡くなり、その旦那さんは肺ガンで亡くなった。従姉妹は姉妹で胃ガンと脳腫瘍で倒れ、現在闘病中だからな」
「正直、そこまでだと引いてしまいます。どこの世界に癌家系であることを自慢する人がいますか」
「ここにいる」
僕は泣きながらそう言った。
「勝手に、かかってもいない病気で絶望しないでください。そんなに気になるなら食生活を見直すとか、それなりの手段を取れば良いじゃないですか?何もしないで老い先短い人生に失望しても始まりませんよ」
「それが出来れば、元より悩んだりするものか!!」
「それもそうですね」
そう、あっさりと斬り返されると身も蓋もなくて、M属性の僕としても悲しくなって、涙を浮かべるくらいだった。
そんな冷徹な田所さんはまだ二十歳で、実際のところは専門学校に通っている学生さんだったが、五ヶ月前に就職活動で私の勤め先に何を血迷ったのか面接に来て、翌日から働き始めていた。
高卒で現場上がりの私とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、自己流の僕とは月とスッポンであった。ぜひ、スライディング土下座したいレベルである。
既に試用期間も終わり、専門学校卒業と共に正社員としての採用が決まっている。
元々、女性社員がほぼいない職場であったので、職場に一輪の花が咲いたと言って良い。
まさに鬼百合のような人であったと言っておこう。
「そんな話はさておき、ちょっとこれを見てください」
「僕の生きるか死ぬかの大問題がそんな話になっちゃったのは悲しいよね。まぁ、どうでもいい話なんだけど」
僕は酷く傷つきながらも、田所さんが差し出した彼女のiPhoneを覗き込んだ。
どうも路面を写した画像らしいのだが、中央にグロテスクな感じの物が写っていた。
「……これは?」
「見ての通りの鳥の死骸です。白骨化してますけど」
「何故そんなのを写しているの?」
「朝、会社に来る途中に道路に落ちていたんですよ。きっと車か何かに引かれたんでしょうけど。カラスか何かに啄まれて綺麗に白骨化してたんです」
見ると確かに骨格標本のように骨だけが鳥の形を成していたのだけど、周りに飛び散った血や羽根が僕にはとってもグロテスクだった。
「わざわざ撮影したの?他の人から見たら気持ち悪い人だよ」
「それは分かっているんですけど、あまりにも綺麗だったんで、思わずハァハァ言いながら撮っちゃいました」
そう言いながら田所さんは満面の笑みでダブルピースをした。
「気持ち悪いよ!!」
「小学生の幼女を見てハァハァ言っている人の方が気持ち悪いと思いますよ?」
田所さんはそんな風に口をとがらせて抗議した。
「僕はリアル小学生女児にハァハァなんてしないから!!二次元女子小学生にハァハァするだけの綺麗な変態なんだよ」
「だから、綺麗な変態も、汚い変態も端から見れば同じもので、キモイです」
「今日から田所さんも仲間入りだけどね」
「一緒にしないでくださいよ。私は死してもその美しい姿を残していると言うことに興奮しただけです。性的に」
「それを人は変態と言うんだよ!!良い変態というのは、自分が変態であると言うことを理解している。悪い変態というのは無自覚な変態だ。それは正に田所さんのことだろう?僕は自覚ある変態だからね」
「まぁ、どうでも良いですけど」
田所さんは興味を失ったようで、またモニター画面に向かって作業を開始した。
「さて、喉が渇いたので、ちょっと一服してくるよ」
僕は休憩室に向かって歩き出す。
「せめて、コーヒーはブラックにしてくださいね」
田所さんが僕の方を見ずにそう言った。
「ブラックは苦いだけじゃないか」
「まだ言うか!?……水前寺さんの亡骸を撮影できる日を楽しみにしていますね」
「……ブラックコーヒーにしておきます」
全ての問題は先送りにしておこう。
いつか気が付いたら全てが解決しているかも知れない。
未来にどうにもならないことを、いま気に病んだところで、どうしようもないのだ。
もちろんそれは開き直っているだけなのだけど、僕はブラックコーヒーを飲み、タバコの煙を吐き出してそう思ったのだった。
■ お姉ちゃんチェック
卒業式のシーズンである。
自分は何から卒業してきたのかと振り返ってみれば、夜の校舎に窓ガラスを壊して回ったと言うような、ちょっとヤンチャなエピソードも無ければ、幼なじみでクラスメイトの乙女と、淡い蜜月を過ごしたというようなエピソードもない。
そう考えてみれば、年々に対応した教育機関は確かに卒業しているけれど、それは社会的な物であって、精神的な物では全く無く、勝手に追い払われるものでしかなかったのだ。
だから僕は永遠の15才を自称するし、おそらくそれはたぶん自覚的に、精神年齢は15才であるのだと思う。
早い話が大人になりきれていないのだ。
その必要性も感じなかったし、大人であるという責任感というものを持たされるのも面倒であったと言うこともある。
ただ、思い残した事と言えば、学校の制服をきたまだ見ぬ彼女と、制服姿でエッチをしたかったと言うことに尽きるだろう。
僕はAVにおいても制服物が大好きであり、その中で制服を脱がしてしまうようなAVを見てしまうと、このAVを撮影した監督は解っていないと、声を大にして叫びたくなる。
そこは制服を着たままするのが作法だろうと。
「アホですねぇ」
僕の精神的構造と、性的嗜好の一端を、話半分で聞いていた我が社の期待の新人、田所 泉さんは手を休めることもなく、パソコンのモニターに向かいながらそう言った。
「いいですか、現実という奴を見てください。人生の半分以上を生きておきながら、制服プレイを熱く思い願うおっさんがどこにいます?まぁ、そこにいるんですけどねぇ。死んでしまえ」
「どっこい、生きている」
僕は胸を張ってそう言った。
「どれだけ、絶倫なんですか?下手したら、私くらいの娘がいてもおかしくない年齢ですよ。大家族スペシャルに出られるレベルです」
「あぁ、貧乏子沢山って言う法則?しまいには娘に自分の子を産ませちゃったりしてね」
「家が狭いですからね。一人くらいなら間違いで出来ちゃうこともあるかも知れませんね。バイオハザードみたいなものですけど」
「だけど、いくら何でも田所さんが娘って事はないだろう?」
「ありありですよ、水前寺さんが二十歳の時に生まれた子なら、今年で二十歳になるでしょう?」
「……そうなのか?僕は数字に弱くてね。そう言われるとなかなかショッキングな事実だね」
「足し算じゃないですか!!数字に弱いとか言うレベルじゃないですよ?今まで良く働いて来れましたね?」
「そんな僕が働いている会社の正社員に田所さんはもうすぐなるんだよ。とりあえず、おめでとうと言っておこう。ついでに専門学校の卒業もおめでとう」
「人生、道を踏み外した!?」
田所さんはまだ二十歳で、勤め始めた頃は専門学校に通っている学生さんだったが、三日前に無事、専門学校を卒業したのである。
正式に社員となるのは四月一日からではあるが、これまでは時給換算の定時勤務だったのが、残業解禁となった。
「この前の朝礼で、正社員となったら、心が折れそうになることもあるだろうけど、めげずに頑張ってくださいと社長に言われていたじゃないか。大丈夫、僕でも二十年近く何とかやってこれた業界なんだから」
「だから水前寺さんの今の現状があるのですね」
そう言われると身も蓋もなくて、M属性の私としては嬉しくなって、涙を浮かべるくらいだった。
高卒で現場上がりの私とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、ぜひ、土下座したいレベルである。
元々、女性社員がほぼいない職場であったので、職場に一輪の花が咲いたと言って良い。
まさに鬼百合のような人であったと言っておこう。
「この業界にいる人はほとんどM属性の人ばかりだからね、ハードSの田所さんにはちょっとキツイかも知れないなぁ。一週間で二日しか家に帰れないとか、半年くらい休日がないとか」
「既に心が折れそうです。みなさんどんだけMなんですか?」
「前の会社が倒産したときに、朝礼で会社が倒産しましたって言われた後に、みんなで休憩室に行ったら、みんな笑顔だったよ。今まで良くやったよなって。で、残った仕事を片付けたと……」
「倒産しているのに!?なんか、さわやかスポーツ系ドラマみたいですね」
「俺たちはやり尽くしたんだと……」
「いやいや、やってないから倒産したんでしょ?」
「やり残したと言えばさっきのAVの話だけど、やっぱり制服物で制服を脱がせて全裸になると言うのは無しだよね」
「確かに無しか有りと聞かれれば、無しだとは思いますけどね。制服物というジャンルである意味合いが無くなっちゃうわけですから。でも、基本どうでもいい話です。そう言えば、弟の部屋のタンスからAVがたまに出てくることがありますね。タイトルが『獣皇』でした。」
「……それはまたマニアックな趣味だねぇ……獣姦というジャンルだけは理解できないよ。まだスカトロ系の方が理解できる。と言うか、なんで弟の部屋のタンスを開けてるの?」
「え?お姉ちゃんチェックなんて普通じゃないですか?月一くらいでやってますけど?」
「普通じゃねぇよ!!僕は今もの凄く田所さんの弟に同情するよ。月一で自分の性癖が暴露されるなんてどんな拷問なんだよ」
「奴もまだまだですよね。もっと隠すところに工夫しないと」
田所さんはそう言って微笑んだ。
お姉ちゃんチェック、恐るべし。
「そう言えば、水前寺さんは親と同居しているわけでしょう?そういうブツはやっぱり隠すんですか?」
「まさか、僕ももう40だぞ?いちいち、そんな物を隠すわけ無いだろう。まぁ、最近はDVDなんて買わなくなったし、せいぜいエロ漫画誌が山積みになっているくらいだよ。コミックLOとか、快楽天とか」
「殺意を覚えますね。犯罪を犯さないうちに自らの手で、プスっと……みたいな」
「あぁ、それは自分でも肌に感じないわけでもないんだけどさ、これだけは譲れない思いって言う奴だよね。エロ漫画だけが僕の全てという感じかな?」
「もう、思い残すこともないでしょう。何なら旅立つお手伝いをしますよ」
どこに用意していたのか解らないけれど、田所さんは梱包に使う白いビニールのヒモを取り出すと、ちょうど良い具合に僕の首が絞まりそうな輪っかを作って見せた。
「思い残すことなら多々あるのだ。世の中にまだ読んでいないエロ漫画がいくら存在していると思うんだ」
「むしろ世のため!!」
そう叫ぶと田所さんは僕の首にヒモを巻き付けると、力一杯引っ張り始めたのだった。
「で、殿中でござる、殿中でござる!!」
「えぇぃ、止めてくれるな、おっ母さん!!」
正直、死を直感した僕は大人げないにもかかわらず、首に巻き付いている田所さんの手を取り背負い投げをしたのである。
力一杯に。
田所さんの身体は空中で綺麗に円を描き、床に叩きつけられた。
叩きつけたのは僕なのだけど。
「……ちょっと、やりすぎたかな?大丈夫かい、田所さん?」
田所さんは起きあがると、無言でそのまま自分の席に戻り、モニターを見つめて作業を始めた。
「……た、田所さん?」
「……すいませんでした」
田所さんはそう言って謝った。
「いや、むしろ謝るのは僕の方な気がするけど」
「まさか、本気で抵抗してくるなんて思わなかったです」
「抵抗するよ!!死にたくないもの!!」
「たいした人生じゃないので、もうどうでも良いのかと……」
その目には涙が浮かんでいた。
「それはそれで、酷すぎるよ!!」
もう少しで人生を卒業しなければならなくなる所だったけど、できれば、どんなに酷い人生であったとしても、もう駄目ですよ、もう無理ですよと、最終判断が下されるその日までは生きてみたいと思う。
その日までに、僕はいろんなものから卒業できるかと考えてみれば、それはやはりこれまでの人生通りに無理なのは解っているつもりである。
・負け犬達
世の中を二つに分けてみたとして、勝ち組と負け組みがいるとするならば、どう考えてみたところで、私が負け組みであるということは、間違いないことであるように思う。
「その考え方が既に負けているんですよ」
と、I君が言う。
「そうやって逃げ道を用意しておく事によって、自分と言うものを守るわけです。良くならないなら、せめてこれ以上、悪くなりたくない。そんなところじゃないですかね?でも現実と言うやつは残酷で、現状でさえ最悪までの途中経過でしかないと言う」
「むしろ、とことん落ちてやるみたいな?」
そんな二人の会話を聞いていたOさんが言うのだった。
「そう言うことは言うもんじゃないですよ。もっと人生前向きに考えなきゃダメですから」
あぁ、Oさんはまだまだ勝ち組なのだ。
まだ若い彼女は、いくらでもやり直すチャンスはいくらでもあり、未来はまだまだ広がっているのである。
「そう思ったこともありました……でも、今は遠い昔の話です」
「鰤鰤さん!!(怒)だから、そう言うこと言うんじゃねぇってばよっ!!」
「ごめんなさい」
ちょっと素の出たOさんであった。
しかしそんなことを言われたところで、現実と言うやつはどうしようもないのである。
もう、まいっちんぐである。
「でも考えてみれば負け組みという存在がいるからこそ、勝ち組という存在があるのであって、両者はどちらかが掛けたら存在しないことになる。ならば、そんな世界なんて滅んでしまえばいいのに」
私は遠い目をして言う。
「なんかどこかで聞いたエヴァンゲリオンみたいですけれど、世界は鰤鰤さんだけのためだけに存在しているわけじゃないですからね。どちらかといえば切り捨てられることになるのは負け組みである僕らのほうで間違いありません。カット、リストラ、そんなもんですよ。せいぜい」
何気に酷い事を言うI君であった。
こんなささやかな会話なのだけれど、世の多くの人々が似たような話をどこかしこでしているのではないかと思う。
中には異常に前向き、ポジティブシンキングな人を見かけるけれど、社会的に成功しているならばそれも理解できるが、どう考えてもお前は俺と同じ世界の人間じゃないかと思う人がいる。
認識していないのは本人だけであって、その空回り感を何かほかのエネルギーに転換できたら、夏場の電力不足も解消できるのではないかと思うくらいである。
気がついている負け犬は、いい負け犬だ。
気がついていない負け犬は、悪い負け犬だ。
そんな自己弁護を語りつつ、おしまい。
・病
「どうでもいいですけど、僕がなんでそんなに上から目線なんですか。事実と虚構を織り交ぜて、僕が言ってもいない事をあたかも僕が言っているように書かないでくださいね」
そんな事を横にいて原稿チェックをしてもらったI君に言われた。
現在、謎の腹痛に悩まされ、満身創痍のI君であった。
近々、胃カメラを飲む決意である。
「言っていることは、だいたい同じ。後は空気を読みました的な?」
「僕が嫌な奴みたいじゃないですか!!」
「そんな事はないだろう。悪魔で話を展開させるのに必要な登場人物であって、実在する団体、企業、個人とは一切関係のないノンフィクションだよ?」
「それを言うならフィクションだ!!意図的に間違えないでください!!」
そんな中で「けいおん!!」の平沢唯のごとくクーラーが苦手なOさんが体調不良で早退することになったのである。
「おさきにしつれいします」
死人のような声で帰りの挨拶をするOさんを見送りながら、I君が言った。
「鰤鰤さんは健康ですね。でも、そのうちいつかいきなり大病を患って、突然倒れるタイプですよね。周りの人がさっきまでは元気だったのにと涙を流す的な」
「人生50年と言うじゃないか。太く短く美しく。それが美意識と言う物である」
「短いじゃないですか、もう少し、平均寿命まで行きましょうよ」
「そんなに生きたところで何があるというのだね?そこには孤独しかないだろう?独身でいつか親族も死に絶えて、一人寂しく孤独死というのは悲しいだろう?130とかで」
「生きられませんよ、そんなに!!しかも野望がでかいですね!!まぁ、とにかく40も目前であるわけだし、一度人間ドッグにでも行ったらいいんじゃないですか」
「この間、会社で健康診断やったじゃない?」
「あんなので何が分かるというんですか。しかも、それで高脂血症とか肝臓とか引っかかったって、再検査に行かないじゃないですか」
「気合だな」
「それで治るなら病院は要りませんよ」
・酉が目を覚ますころ
何をしているというわけではないのだけれども、会社から帰ってきて蒲団に入って目を閉じるまでの時間を無駄に過ごしている気がしないわけでもない。
そもそもが、家に帰ってくる時間が遅いのだから、さっさと次の日の事を考えて寝てしまえばいいのだろうけれども、それはそれでもったいない気がしてしまい、なかなか寝よう言う気が起きないのである。
そんな風にグダグダしているうちに、窓の外から鳥の鳴き声が聞こえ始めてしまうのである。
それは鴉だったり雀だったり、もっと別な鳥だったりするのだけれども、その鳴き声が聞こえ始めると共に、真っ黒な空が次第に明るくなり始めるのである。
夜明けである。
そんな時間まで起きていてしまった事を後悔しながらいそいそと蒲団に入って目を閉じる。
だからといってすぐに眠れるわけでもなく、しかし寝なければ次の日に響いてしまうのは必須だ。
起きていたところで、何ら生産性のある事をしているならば、それが未来に花咲く事もあるだろうが、何もしていないのである。
それならば、さっさと寝てしまえばいいのにと自分でも思うのだけれども、それが出来ないのは、何かしなければならないと思う未来への不安の存在であろうか。
鴉の鳴き声が遠くで聞こえる。
それは不安な暗示でもあるかの如く。
・トイレ
「最近はどこもかしこもトイレが綺麗なんですよ。かえってトイレが使いづらいくらいに。なんでも綺麗なトイレの方がお客さんが入るとかで」
そんな事を仕事中にOさんが言っていた。
「まぁ、綺麗なトイレの方が、確かに汚いトイレよりもいいけどね。たまに住めるんじゃねぇか、このトイレ?と思う事があるけどね。僕の部屋より綺麗だと」
I君がそれに答えている。
ここは斜め上を行ってこそ年の功というものである。
「トイレと言えば、公園の多目的トイレでエッチをする高校生がいて、そのトイレに自治会から注意書きが貼られた上に、夜間閉鎖されたトイレがあるそうだよ。中が広いからラブホ代わりに使われるとかで」
私はネットで目にした知識を披露する。
「まじですか。でもお金無いいですからね。高校生は。家じゃあずましくないだろうし。だから多目的トイレと言う事なんでしょう。まぁ、僕の地元じゃ人がいないので野外という選択肢はあるのですが」
「青姦ですか!?」
Oさんにヒットしたようだ。
「ちょっと住宅地から離れたら、そこは未開の大自然ですからね。どこでも好きなときにやり放題ですよ」
「公道だって車も滅多に通らないところがあるだろうからな。路上でも可能だな」
「前略、道の上よりっていうAVが出来そうですよね。困るのは夏場は虫が多くて、冬場は凍死する危険があると言う事くらいです」
「でっかいアブとかいるからな。大事なところが刺されたら、それはそれで2倍速だな」
「マジですごいですよ。汗もかくから寄ってくるわ、寄ってくるわ。ミツバチで髭が出来ちゃう写真を見た事があるけれど、あんな感じです」
「虫除けスプレーは必須だね」
「後は雨ですかね。5月末でも雪が降る歳があるくらいですから、夏場でも冷えるんですよ」
「そこは雨天決行だろ」
「どんなイベントなんですか」
「ところで……」
「はい?何ですか?」
「何でそんなに生々しい話が出来るんだい?」
・へべれけ天使
五月と六月に退社した元社員2名の送別会が行われた。
すでに退社してから最大で2ヶ月以上が経っているが、それぞれの都合が合わなかったりして延び延びになっていたのだった。
昨年末の忘年会では飲み過ぎたのか、それとも出された料理にあたったのかはわからないのだけれども、忘年会から帰って一度寝た後に吐きまくり、眼球の毛細血管が切れて充血すると言うほどの醜態を晒してしまったので、今回の飲み会ではそんな事にはならないと心に固く誓ったのである。
乾杯の後、ジョッキに注がれたビールを飲み干す。
後は野となれ山となれである。
「ようし、ここはお前の担当だ」
そう言われて
ライムサワー
レモンサワー
ピンクグレープフルーツサワー
ゆずサワー
を、ビール三杯呑んでから呑みきる。
レモンサワーに日本酒を入れられたのは愛嬌である。
他に梅酒ロックを飲んだりもしたが、それほど酔う事もなく閉会。
一つ言わせてもらえば、もっと肉が食べたかった。
刺身やサラダはたくさん出てきたが、串物は無し。
ステーキはあったが、量が……
飲み放題のコースだから仕方ないのか。
「ちょっと、聞いて下さいよ」
会計を終えた幹事が外で喋っている私たちの所に来た。
「会計したら、全額キャッシュバックでしたw商売になるのかよって言うwドリンクの金券ですけどねw」
なんでも金券だけでもの凄い厚みの束を貰ったという。
それくらいしないと、客が集まらないんですかね?
追伸。
今回は吐きませんでした。
・呑んだら呑むな 乗るなら乗るな
日曜日の午前九時に目を覚ます。
正確には午前四時過ぎに目を覚ましたのだけれども、前の日に呑んだ酒のせいで身体が重かったり、動かなかったりしたので、その後は寝たり起きたりを繰り返していた。
起きるのにはまだ早いし、起きたところで何かするわけでもない。
ただ一つ、会社に置いてきた車を取りに行かなければならないくらいだった。
飲み会があるのは事前に解っていたので、家に車を置いて公共の交通機関を使って行くと言う選択肢もあったのだけれども、そうなるといつもより一時間以上早く家を出なければならなくなってしまう。
通常は午前7時半前に家を出るので、少なくとも午前六時半前には家を出なければならない事になってしまうのである。
それは御免被りたい。
だから車でいつも通り会社に行き、飲み会の開始時間が午後八時と若干遅めの設定だったので、仕事の量次第では、いったん家に帰って車を置いてこようと思っていたのだけれど、それは叶わず、車を置いていく事にしたのであった。
JR新琴似駅までは歩いて20分の距離があり、そこから学園都市線に乗り、札幌駅に着くまでに待ち時間を含めて30分ほどかかった。
そこで乗り換えて、隣の苗穂駅に行きたいのだけれども、苗穂駅で止まる電車がどれか解らず右往左往する。
間違って快速に乗ってしまったら苗穂駅は通過してしまうのである。
最悪は新千歳空港に着いてしまう恐れもあったのだが、江別行きの普通列車に乗れば良いとわかり、電車に乗り込む。
苗穂駅まではあっという間につき、駅を出ると豊平川に向かって歩き始める。
風が少し強いが、天気は良く、来ている作業ジャンバーは失敗したなと思うが、我慢して歩く。
豊平川にかかる橋の上を渡っているときに、豊平川の川底が見えた。
思ったより浅かった。
いつもは車で通る道だけれども、歩いてみると豊平川の川底は浅いと言う事が解った。
別にどうでも良い事だ。
会社に着き、車に乗って家に向かう。
ここまで来るのにかかった時間は約2時間だったけど、家に着くまでは40分だった。
車がないと暮らせない街、それが札幌。
・花飾り
いまの会社の前に勤めていた所は、製版会社であった。
透明なフイルム状の版に紫外線が透過しない部分を作り、アルミの版の上に感光剤が塗られているので、インクをつけたい部分を隠し、インクを付けたくない場所を感光させ版を作るのだけど、その透明なフイルムの版を作っていた会社であった。
もう倒産したけれども。
私はそこで、いま何かと胆管癌で有名な色校正という部署にいたのである。
換気扇もなければ、空気清浄機すら無く、湿度管理も温度管理もされていなかった。
溶剤の臭いは酷く、営業部長に室温が機械熱で上がるので、開けていた部屋のドアを「臭いから開けるな」と言われるほど充満していたのである。
後に空気清浄機が取り付けられたのだけど、部屋の中を循環させるだけだったので、あまり意味はなかったように思う。
そんな会社の末期の頃の話。
バブルは弾け、バブル時代に投資した設備投資のローンは残り、仕事は激減し、単価が安くなってしまっていた。
そんな状況では、経営が厳しいのは当然で、社員をリストラする事になったのであった。
全従業員は40人くらいだったのだが、10名ほどを一気にリストラした。
一人、「私をリストラしたら何をするか解らないから、もしリストラしたら夜道に気をつけろ」と言った人がいたのだけれど、その人はリストラ通告を受けても会社に来つづけて、リストラの話はうやむやになったのだけれども、ある日事件が起きた。
いつも通り会社に出勤すると、会社の玄関前に人だかりが出来ていた。
それは道を挟んで向かいに建つ会社も同じで、私が勤めていた会社の方を従業員総出で見ているのである。
何事かと観てみると、会社の営業車のボンネットの上に花が飾られていた。
お葬式とかでよく見かける、白い菊の花だった。
それがまるで祭壇のように、フロントガラスを中心に綺麗に飾られていたのである。
営業部長はカンカンであった。
あまりにも手の込んだ事をしていると言う事に大笑いしている私を睨み付けていったのである。
「見せ物じゃねぇ!!」
その言葉をきっかけにして、向かいの会社の従業員も、私が勤める会社の従業員も建物の中に入っていったのであった。
2013/01/02に見た初夢 飛ばない飛行機乗り
こんな初夢を見た。
雲ひとつ無い青空を見上げていた。戦時であるのだけど、そんな雰囲気は感じさせないのどかな日々を過ごしている。自分は戦闘機乗りで、横には自分が飛び立つときに乗り込むことになっているプロペラ式の単座式戦闘機があった。実際の所は、自分がこの基地に配属されてからはまだ一度も出撃してはいない。出撃していないどころか、そもそも空中戦というものをしたことがない。情報では自分の所属する勢力サイドは、かなり劣勢にあると言うことなのだけど、自分がいる基地の辺りの地域には敵機の襲来がなかった。
基礎訓練は終了していたが、実戦経験もなく訓練時間は圧倒的に不足している。だけども、燃料不足と言う問題があって、実戦以外の飛行は厳しく規制されていた。
「本当に戦争をしているんですかね。自分は敵の機影なんて見たことがありませんよ」
自分は機体を整備している年配の整備士に聞いてみた。
「ここらは平和なもんさ。だけど、南の方じゃずいぶんやられているらしい。戦闘機があっても、飛ばすパイロットが戦死していないそうだ」
「じゃあ、自分らがそちらに行けば良いんじゃないですかね?ここにいてタダ飯食っているくらいなら、その方がいいんじゃないんですか」
「馬鹿だな、そうなったらいざと言うときにここはどうするんだよ?」
「それはそうなんですけどね」
「それにな、死ぬべきものが死ぬのは仕方がないが、死ななくて良いなら死なない方がいいだろう?」
「なるほど」
「まぁ、そん時がきたら、嫌でも飛ばなきゃならないんだ。その時までのんびり過ごしたところでバチはあたらないだろう」
そんなものかと改めて見上げると、やはり雲ひとつ無い青空が広がり、真昼の陽射しが眩しくて、自分は目を細めた。
■巣立ち
小六から不登校となり、中学に一度も登校せずに卒業した甥っ子の正壱が、九年近くに渡った自宅警備の仕事を棄てて、世の中にでる事になったのは今年の三月の中頃の事だった。
その間に母親である私の姉が、家を出て行き消息不明になるなど色々あったりしたのだけれども、私の弟が勤めるラーメン屋に皿洗いのバイトとして雇われる事になったのである。
最初は本人も勤まるかどうか不安であったようで、叔父さんである私の弟となかなか連絡を取ろうとしなかったのだけれども、直接乗り込んできた叔父さんに良いように説得されたようであった。
しかし、小学生の頃から家に引きこもってテレビゲームとビデオ鑑賞だけに費やしてきた日々の反動というものは大きく、地下鉄の乗り方を教えるところから始まったのである(バスは諦めた)。
四月で二十歳になった。
右も左も解らない。
これは隠喩的な意味ではなく、方向的な意味の話である。
「右ってどっち?」
「箸を持つ方」
「俺、箸使えないからフォークで食べてるんだけど」
「フォークを持っている方」
「じゃあ、左はどっちなの?」
「反対の方よ」
「前とか後ろじゃなくて?」
そんな感じだから、地下鉄に乗る時も、一番最初に地下鉄の乗り方を教えた時に下りた入り口からでないと地下鉄に乗れないのだという。
どこの入り口から地下鉄の駅に下りたとしても、中で繋がっているのだからどこから入ったとしても同じだとは教えたのだけれども、理解するつもりはないらしい。
そんな感じなので、同居する私に祖父母は勤まるのかと心配であった。
一日でイヤになるのではないだろうかと。
一日でクビになってくるのではないだろうかと。
そんな心配をよそに、事情を理解してくれている勤め先というのもあるかもしれないのだが、週に4日くらいのペースで、すでに二月近く続いているのである。
繁華街で朝までやっているラーメン屋であり、勤務時間は午前0時から午前八時までの勤務で、すっかり昼夜逆転の生活なのだけれども、もともと昼夜逆転の生活をしていたので、あまり苦にはなっていないようである。
言葉遣いやら、一般常識などをバイト先の店長に叩き込まれており、いろいろと勉強しなければならないよと言われ、ひらがなの書き取りも始めた。
それは小学校でやるレベルじゃないかと思ったのだけど、そう言うレベルであるというのが現状であり、本人もそこを自覚するところから始めたようだった。
「仕事はどうだ」
と聞いてみたところ、
「面白いよ。もっと早く働き始めれば良かった」
と、言っていた。
ちなみに始めてのバイト代は95000円だった。
正壱がフルタイムでバイトしたら、手取で私とほとんど差がないと思う。
■ゴールデンウィーク 1 ベッド
目が覚めてベッドの上で起きあがると、ベッドから嫌な音が聞こえた。
使っているベッドは小学校低学年の時に我が家にやってきた木製のベッドで、それから三十年以上使ってきた年代物であった。
最初は二段ベッドだったのだけど、大きくなるに連れて自分の部屋を持つようになると、二つに分離して使っていた。
もう一つの方は、弟が使っていたのだけれど、高校を卒業して就職と一人暮らしをすることになった時におそらく廃棄されたのだろうが、その詳細は知らない。
そのベッドが壊れた。
布団を乗せる板が割れ、その板を乗せている部分の木の板が、打ち付けられていた釘が抜け、外れかかっていたのである。
長い事使ってきたので、当然のように元は取れていると思う。
処分したところで、ベッドでなければ寝られないという事もない。
まぁ、困るのはベッドが無くなると、布団を敷く場所が無いという事であるのだけれど。
まぁ、使えなくなるまで使おうと、割れて半分沈み込んでいるベッドで寝ていたら、只今屋内清掃中の父親が入ってきて、沈み込んでいる私の姿を見て、状況を把握したらしい。
大工なので道具は揃っているという事もあり、さっそく修理を開始。
30分ほどで修理は完了し、親父が言った。
「3500円」
■ゴールデンウィーク 2 オーバードーズ
シャレにならないのでやめて下さい、母さん。
■ゴールデンウィーク 3 大掃除
姉が出て行ってから5年。
最近、アルバイトを始めた甥っ子が引きこもっていたのが8年。
引きこもっていた間に堆積したゴミを片付けるという作業に、私の親父はゴールデンウィークを費やしていた。
正確に言うならば、この時期は大工をしている親父には仕事が無く、ずっと自宅待機の休みが続いていて、それを契機に甥っ子の部屋を掃除を始めていたのだけれど、部屋の掃除だけではなく、着る事のない衣類の処分も始めたのである。
ほとんどが今はいない姉の服で、六畳一間をゴミ袋が埋め尽くすくらいの量があった。
それらを全て棄てると宣言したのである。
明らかに一度も着用していない衣類がわんさか出てきて、親父はブツブツと文句を言いながら片付けていく。
状態の良いものは私が古着屋に持っていき売る事になった。
大きい衣装袋6つを売り飛ばした。
3000ちょっとになっただろうか。
それでもまだまだ、家の中には大量に処分を待つ衣類が残っている状態であった。
一着、5円とか、10円、高くても30円の買い取りであった。
当然のように値段の付かないものも多く、それらは回収する事となったのだが、見てみると下着類とかあるし。
いくら使ってないとは言え、買い取ってくれないだろう。
■スマホ
手が滑ったしまって、スマホをアスファルトの上に落としてしまった。
乾いたいい音がして拾い上げてみると、画面にヒビが入っていた。
標示自体は真っ暗で、電源は入っていても何も映る事はない。
仕方ないので、保証を使って取り替えてきた。
修理しますか、保証使いますか、機種交換しますかと聞かれたのだけれども、結局は保証を使った。
あと2ヶ月で分割が終わるので、機種交換という手も普通の人ならあるのだろうけど、色々あってそれは無理なので選択肢にはなかった。
また一から使い方を覚えるというのも面倒であり、もともとほとんどの機能を使いこなせていないのだから」、新しい機種にそれほど執着もない。
同じ機種だが、OSのバージョンアップによるものかはわからないけど、操作が微妙に変わっている。
文字入力はキーボードでローマ字入力にしたいのだが、ガラケー入力から切り替えられなかったり。
甥っ子もアルバイトをするようになってスマホを手に入れた。本当はもう少しアルバイトになれて、収入が安定してから買えと爺さんにはきつく言われていたのだが、iPhoneを入手。
身分証もないのにどうやって入手したのかと思えば、弟が名義人になっているのかも知れないが、支払いは甥っ子がしていくのだろうけど大丈夫かと思う。
そんなわけで甥っ子とラインで繋がろうと家に帰ってから声をかけると、中国人とトークでアニメについて盛り上がっていた。
俺より友交関係広いな。
■健康診断
今年も会社で健康診断。
40歳以上なので検便の容器を事前に渡されていたので、二回採取。
いざ本番という事で、尿検査、体重、視力測定、血圧測定、問診、聴力検査、採血、心電図、胸部レントゲン撮影。
尿検査→問題なし
体重→去年より+4キロ
視力検査、0.8 0.9
血圧→高いので二回測定
問診→血圧高い 痩せろ お腹周りの肉を落とせ 月に一キロずつ秋までに落とせ。
聴力検査→問題なし
その他→後日
血圧は、今年の初めにインフルエンザにかかり病院へ行った時に、初診という事で血圧を測ってみたら高かったので、引っかかるかなと思っていたら案の定。
「もう42だし、血圧計を買って、毎日計る習慣を付けなさい」と言われ……
「もうね、ブクブクですよ。顔なんてパンパンじゃないですか。独身男性42歳として、どうなんですか。このまま老いていくんですかたった一人で。おひとりさまで」
高血圧と、ダイエットを早急に診察で進められたと言う事を、上司にして、後輩でもあるI君に伝えると、着々と私の通ってきた道を進んでいる自分の事を棚に上げてそう言った。
「人生は太く短くだ」
「そもそもあなたの人生は、短いかも知れませんが太くは決してないですから。それは自分でよく解っているでしょう。だいたいもう42ですよ。厄年ですよ。体も衰えて、いろいろな所にガタがくるお年頃です。どう考えたって、このまま逝けば脳梗塞か、糖尿病です。厄払いには行ったんですか?」
「役者というのはな、『役が付く』と言う事で、厄払いには行かないって、役所広司がそう言ってたから俺もいかなかったよ?」
「いつから役者だったんですか?てっきりただの印刷工だと思っていました」
「生まれた時からだ。人生という名の舞台で、俺という名の役を演じているのさ」
「喜劇で一人芝居ですね。観客すらいないと言う」
「カーテンコールは任せたよ」
「ただっ広い観客席にたった一人だなんてどんな拷問ですか」
「Let It Goの大合唱もあるよ」
「ねぇよ」
■すっぽかし
午前0時を回ったところで、スマホの通知音。
みるとフェイスブックのメッセンジャーに弟からメッセージ。
「正壱、仕事なのに来ていない。寝ているだろうから起こして連れてきてくれ。クビになるぞ」
たしか午前中に今日は休みだと甥っ子の正壱は言っていたのだけれども、勘違いなのかシフトが変わったのか解らないけれども、どうやら隣の部屋で寝ているのは間違いない。
と言うか、正壱にスマホを持たせたのは私の弟であり、引きこもっていた正壱を引っ張り出して自分の勤め先で働かせるようにしたのも弟である。
俺に連絡していないで、直接で正壱に連絡を取ればいいだろうと思う。
と思っても、やっと働き始めたというのに、ここでクビになってもあとが面倒なので、正壱を起こしに部屋に行く。
「正壱、起きろ。仕事だってさ。おいちゃんから連絡来ているぞ」
そう言いながら体を揺らし、頭を揺さぶり起こそうとするのだけど、全く目を開かない。熟睡しているようであった。
「仕事クビなるぞ、とりあえずバイト先に連絡入れろ」
そう言っても全く動かないのである。
よく見ると、指で耳の穴を塞いで寝ている。
しかも力強く。
「おまえ、目が覚めているだろう。そんな風に耳押さえて寝れる奴はいないって」
三十分ほど体を揺すったり、声をかけ続けたのだが、それでも目を開ける事はない。
その間にも弟からはメッセンジャーで、
「なんとかしてくれ」
と来るのだが、起きないものはどうしようもないのである。
仕方ないのでスマホの電源を落とし寝る事にした。
あっしには、関わりのねぇことですので。
よくあさ起きてからスマホの電源を入れてみると、放置された弟から大量のメッセージ。
「おまえおぼえてろよ こんどあったらなかすぞ」
その文章に兄は泣けてきた。
結局の所、もともと正壱は休みだったのだけど、他のアルバイトが急用で出られなくなったので、22時過ぎに正壱へ声がかかったとのことだったのだけど、23時には家を出なければならないのに、電話を切った後に寝てしまったそうで。
■母の日
働くようになって、自分で自由に使えるお金を持つようになって二十数年の月日が流れている。
当然のように自分はそれだけ歳を重ねているわけで。
だけども、世間一般の同い年の人と比べれば、手にしていないものが多いと思う。
もちろんそれらほとんどの原因は自分自身にあるわけで、それを今さら嘆いたところでどうにかなるわけでもなく、どうにしたいと思っているわけでもないのだけれども。
まぁ、平均以下であるという自覚は持っているつもりだ。
特別何かあったわけでもなく、これという思いがあるというわけでもないのだけれども、自分は母の日に、母親へ何かを贈ったという記憶がない。
と言うか、何も贈っていないと言う記憶しかない。
これは父の日も、勤労感謝の日も同じ事なのだけれども、テレビや何かでその日のイベントを特集したりしているのを観たとしても、何かを贈ろうなどとは思わなかった。
母の日や、父の日というものは、日頃の感謝を伝える日だったと思うのだけど、感謝する事に思い当たる事がないからだ。
確かに産んでもらった恩であるとか、育ててもらった恩であるとか、そう言う事を強調する表現があるのだけど、それって最低限度の親としての責任であろうと思う。
もちろん、そんな最低限度の責任を果たせない親が数多くいるという事は、報道やら、ウチの姉ちゃんとかで知っているつもりなのだけど、やっぱりそれは基本原則として最低ラインの基準であると思う。
できないならば、親になるなと。
「だから見ろ。親にならない私の正当性を」
「そんなのを詭弁と言うんですよ。ならないとなれないのでは意味合いが違いますから」
そんな事を言いながらも、自分も親になるなんて考えられませんけどねと、上司にして、後輩でもあるI君はそう言った。
「それはそれとして置いておいて。可哀想じゃないか、貧乏人の子は貧乏人しかなれないんだぜ?中学出たら働けなんてそんな酷い事は言えないよ」
「頑張れよ。まぁ、頑張った所で報われる事はないと10年も働いていればわかってくるんですけどね」
「I君なんてまだいいさ。営業のN君なんて、今年で36だけど、手取で15万越えてないんだぞ。毎日深夜0時を越えて働いて、休日も出勤してるのに。馬鹿じゃないかと思うよ。コンビニで同じ時間だけ働いた方が絶対に手取が多いもの。なんで、ここで働いているのって思うもの」
「Mさんは仕方ないんですよ。30になるまで就職した事無かったんですから。大学の経済学部出ているのに、経済のけの字も知らないし、興味もないんですからね。心の安らぎはお馬さんだけなんですから。休日出勤も馬券売り場に行くついでに出勤しているだけなんですから、本人は気にもしていませんよ」
「けどさ、ギャンブルで本命しか買わないって意味解らないよな。大穴狙いの一発勝負こそがギャンブルの醍醐味だろ?」
「それで、失敗した人に言われる筋合いの無いことですけどね」
「人生チョンチョンって言うじゃないか。終わりでプラスマイナスの辻褄が合っていればそれで良いって」
「明らかに下り坂ですけどね。底なし沼とも言いますけども」
「負の連鎖は俺らの代で止めねばなるまい」
「僕も含んでいるんですか?」
「もちろんだ。俺のこんな人生であるけども、今のI君と同じ歳であった頃の自分を思い出してみれば、もう少しマシだったと思うんだ」
「余計なお世話です」
「そんなのが親のせいだとは言わないけれど。そんなのが親のせいだとは言わないけれど。そんなのが親のせいだとは言わないけれど」
「なぜ三回言う。まぁ、三歩譲って、親のせいというものがあるとしましょうか。だけども、だからといって親の悪いところだけをまねなきゃいけない理由なんて無いんですよ。悪いところと気が付いているのならば、まねなきゃ良いだけのことなんですから」
「それができたら苦労はないし、今の自分はないだろう。時間というものは巻き戻すことはできないのさ」
「どうせ巻き戻したところで、同じ結末になるんでしょ」
■悪筆
小学六年生から始まった引きこもりの日々から卒業し、アルバイトを始めた甥っ子の正壱だったのだが、二ヶ月ほどで終止符を打った。
もともと一日持つかどうかと思っていたので、それからすればかなり持ったと言えるのだけれども、いきなり客商売はハードルが高かったのかも知れない。
そんな正壱は、小学生の頃から何ら進歩のない知識と常識を変えるべく、みずからいろいろと動き出しているようなのだけど、その一つが字の書き方の練習である。
五十音の書き方を、二十歳になってから始めたのである。
しかし、私もあまり甥っ子のことを言えたものではない。
自分自身が悪筆なのだから。
どれくらい汚いかと言えば、自分で書いているのに、ときどき読めない時があるくらいである。
そんな話を会社帰りの車の中で、後輩にして、上司であるO君としていた。
「天才には字が汚い人が多いんだって、テレビでやっていたよ。思考に手の動きが付いていかないとかなんとか言ってた」
そう言うとO君は遠い目をして言う。
「大丈夫ですよ。猿が木から落ちたって、弘法も筆を誤ったってあなたが天才と言うことはありませんから」
「ベストセラー作家にも字が汚い人が多いらしいよ。その字を解読できる人が担当編集者になるとかで」
「印刷工がベストセラー作家になんてなりようがないから問題ありませんよ。天才と馬鹿は紙一重って言うじゃないですか? あなたはどう見たってただの馬鹿の方です」
「ツッコミに愛がないよね。愛がないツッコミは笑えないよ」
「芸人を目指しているわけじゃありませんからいいんですよ。そもそも笑いを取りたいわけでもありません。ただ、現実っていう奴を見やがって下さいって言うだけです」
「そうか、俺は紙一重で馬鹿なのか。惜しいことをしたものだ。あとほんの少しで俺は天才だったのに」
「ほんの少しで天才とか何ですか。少しも何もありませんよ。馬鹿はバカしかないんです」
しかし、いくら親しいとは言えども、十も離れた後輩に馬鹿バカ言われるというのも面白くないもので、私は少しムッとしながら言うのであった。
「いいかい?俺は確かに馬鹿かも知れないが、あんまり馬鹿バカ言われるのも、いくらM属性とは言えども面白くないものだよ。できれば可愛い女の子に足蹴にされながら言われたいと願う」
「それはどうでも良いとして、馬鹿の他にアホと言う言い方もあるじゃないですか? 馬鹿とアホって何が違うんですかね?」
「馬鹿というのは、頭が可哀想な奴だな。アホは行動がおかしい奴の事なんじゃないだろうか?」
「馬鹿な事を、わかっていてやっている人をアホと言えるでしょうね。計算高い人」
「俺は馬鹿と言われるよりも、アホと言われる人になりたい」
「馬鹿でアホですから大丈夫です」
■健康診断
ゴールデンウィーク明けに会社で行われた健康診断の結果が戻ってきた。
自分自身の結果としては思った以上に悪くなくて、再検査というような状況になることもなかった。
検査前は隊長不良もあり、今年はかなり悪いのではないかと思っていたのだけど、血圧と血液、肝臓がちょっと要観察と言うだけで、あとは問題ナッシングであった。
社内の方では再検査(主に血便)で引っかかった人が数名いるのだけど、働き始めて既に二十年以上が経つのだけど、再検査に行った人を見たことがない。
きっと、再検査で悪いところが見つかってしまうと怖いので、再検査に行かないのではないのだろうかと思うのだけど、それを確かめる手段はないのである。
「四十過ぎのオッサンより引っかかっているとはどういう事なんですかね」
そう言ったのは、後輩にして、上司でもありO君であった。
休憩時間に、彼の持つ診断書を見せてもらうと、確かに主食がインスタントラーメンである彼の普段の生活を見てみれば、納得の数字と言えるであろう。
「君も三十過ぎのオッサンだからだよ。若き日々というものは、既にとっくに無くなってしまっているのだから」
「なんかムカつきますね。でも、あなたもきっと長生きなんてできないから、むしろ同情しますね。その歳でもう血圧が150とか、すでに通院レベルですよ」
「アルバイトのTさんなんか、健康診断が終わってすぐに総務課長が、検査に来ていた人に呼ばれて、もう危ないレベルですよって言われたらしいぞ。ぽっくりいつ逝ってもおかしくないとか。それに比べたら俺らなんて、まだまだ健康体に分類されるだろう」
「Tさんはヤバイですね。元々酒飲みで、今じゃ立派に指先がプルプル震えていますからね。休憩時間に自分の車の中で休憩している時に飲んでいる水筒の中身は、ウィスキーじゃないかという噂もありましたよね」
そんな話をしていると、休憩室に入ってきたのは営業のM君だった。
大学の経済学部を卒業後、警察官を目指して採用試験を受け続けたが、受かることなく、アルバイトと競馬に30を過ぎるまで費やし、始めて正社員になったのが、我らが勤める会社であった。
本人も、訳のわからないままに営業として採用され、怒られ要員として今日にいたる。
残業は月に200時間を越え、休日出勤は月に4回はしているという強者である。
年齢的には私とO君のちょうど間であるのだが、入社して7年間、一度も昇給していない給料の手取は14万8千円。
普通に同じ時間をアルバイトしていたならば、その倍は貰えてもおかしくないのであるが、正社員という立場にのみしがみついて、成長しない営業トークで胃を痛める日々であった。
「Mちゃん、健康診断はどうだった?」
私がそう聞くと、M君は浮かないかをして言う。
「再検査でした。私はどうも下血しているみたいです」
「下血って、血をお尻の穴から垂れ流しているわけじゃないでしょ?便に血が混じっていたという話で。そう言えば、いつもお腹痛いって言ってますけど、胃潰瘍じゃないですか?」
O君はそう言う。
「間違いなくストレスだね。寝てない、怒られる、怒鳴られる、売上げがないだものな」
「僕の親戚で、ある日突然、胃潰瘍で血を大量に吐いて亡くなった人がいますけど、会社の中で死ぬのはやめてくださいね。気持ち悪いですから。我慢強いというのにも、限度があると言うことを知っていた方が良いですよ」
■ 異動
デスクトッププリプレスオペレーターとして、2011年の秋からそれまでの印刷工としての日々に別れを告げ、手はインクで汚れることなく、高温、高湿度の中での肉体労働とは正反対の、パソコン画面上とデジタル出力機の操作を生業とする、今的な職場で過ごしてきたのだけれど、この度、会社の都合上でまた異動することになり、その場所は元いた印刷工場である。
印刷工場の高齢化が進み、上は76(会長)を筆頭に平均年齢が50歳の現場であると言うこともあり、肉体的な限界の声も聞こえ始め、実際に体調を頻繁に崩し、休むことが多い人が出るようになったので、現場経験のある「若者」として、投入されるに至ったのである。
もちろん最年少である。
「お別れですね。ここはなんの問題もないので、印刷で頑張って下さい」
そんな事を作業中の画面から目を離さず、切れたナイフの如き冷たい口調で言うのは、私がデスクトッププリプレスオペレーターとして新たなる人生を始めた頃に、ちょうど専門学校卒業予定で入社してきた我が課の紅一点、O嬢であった。
「鰤鰤さんがいなくなっても、何も問題はありませんよ。むしろ作業が捗るくらいです。営業から異動してきたMさんもいますから、戦力的にマイナスになることなんてありませんよ」
「哀しいくらいに、思いやりも愛情も何もないよね、Oさんは。心に何も思うことが無くたって、ここは一つ、寂しいですよとか言っておこうよ。それが大人のマナーっていうやつだろう。俺が何かしたとでもいうのかい?」
「何もしなかったんですよ。そこが問題なんですよ。新しいことを覚えようとはせず、現状に満足し、向上心の欠片もない。それじゃあ。社会人として駄目なんですよ」
そう言う彼女の視線の先を見てみると、てっきり作業をしていると思っていたらインターネットを見ていたようで、そのサイトのキャッチコピーは、
「ブラックで自分の可能性を埋もれさせない。できる女性のための就職情報」
みたいなことが掲載されていた。
「いいかい?上を見たところできりがないし、ここより下は無いと思うかも知れないけれど、以外と底は底なしで、藻掻けば藻掻くほど泥沼にはまることも多いんだよ。過去に一緒に働いていて、辞めていった人たちの中でその後に生活が良くなったと言う人の話は聞いたことがないけどなぁ」
「それが努力した結果であるならば、まだ理解もできますよ。だけど何もしないで泥沼の底で漂っているだけというのは駄目ですよ」
「努力といのはひとそれぞれに、努力できる総量の違いがあって、もの凄く努力できる人からすれば、ほんの少しの努力しかできないのに力尽きてしまう人を見た時に、その人は努力してないと見えるかも知れない。だけどその人は、その人ができる最大限の努力をした結果なんだよ。蛙だって、アメンボだってって言うだろう?」
「蛙やアメンボに努力するという思考はないと思いますけれど、それについてはもはや水掛け論の戯れ言ですね。考え方の一致は無理でしょう」
「なんとかなるさ」
「どこかのドラマのタイトルを出さないで下さい。むしろその考え方の結果が今の現状であると言えるじゃないですか」
「けどさ、その俺とほとんど同じ状況の職場で働いている事をどう思う?」
「……盲点ですね」
「そう言えば、俺もOさんと同じ年齢の頃は同じように考えていたよ。俺はここで羽根を休めているだけなんだ。そのうちここから飛び立って、自分がいるべき場所に行くんだって思ってたよ」
「……地獄絵図ですね」
「人はこれを負の連鎖と呼ぶ」
「私を巻き込まないで下さい」
■カツレツ
職場での一日は朝礼から始まる。
正確に言うならば、掃除とか、午前中に納め無ければならないものの準備とか、細かいことは色々とあるのだけれども、社員が集まる朝礼が、仕事の始まりと言っていいだろう。
朝礼では、社員が持ち回りで朝礼用の冊子を読む。
内容的には社会人としての心得とか、仕事を進める上での心構えとか、そういったことが一日一テーマで書かれている。
読んでみれば、ごく当たり前のことであったり、そんなものは理想論だろと思ったりするわけなのだけれども、当然のように反論する社員はいない。
なぜなら、さっさと朝礼を終わらして、作業に戻りたいからであり、反論したところでなんら有意義な結論と結末をもたらさないと言うことを理解しているからだ。
正直言うなら、ここに書いていることを実戦できるのであるならば、そもそもこんな本を読む必要はないのだ、と思っている。
流れ流れて辿り着いたのが、今の状況なのであり、そもそもそんな冊子を使って朝礼をするようになったのは、会社の業績がかなり悪化し始めた頃だった。
さらに言うならば、以前勤めていた会社でも全く同じ冊子を使って、朝礼をしていたのだ。
けれどもそこの会社でもその冊子を使い始めたのは、バブルが弾けて資金繰りが悪化し、社員のリストラや、経営陣の交代と言ったゴタゴタし始めた頃からで、意識改革とかなんとか言っていたが、結局は倒産してしまったのである。
だからあまり良い印象を持ってないのである。
会社の状況が悪いのであるならば、それに何らかの手を打つべきであり、打ったその手が「社員の意識を変える」という、根本的な解決方法でない事の方が問題であるように思う。
やるべきは会社の経営をどうするかと言うことであり、社員同士のコミニュケーションを取るとか、挨拶をきちんとすると言うことは、最重要課題ではないはずである。
なにはともあれ、会社がやると決めた以上は、やらないわけにもいかない。
そして、私の何度目かの朗読当番の日がやってきたのである。
自分としては割と読む方は下手ではないと思っているのだが、その日はいつもと調子が違った。
「あいひゃつは、ひひょとの関係を繋ぐ基本的なひゅだんでしゅ」
呂律が回らない。
「わひゃひたちは、ひゃかいじんとして……」
なんとか読み終わったけども、酷い有様だった。
その日は朝からあまり人と話していなかったから、口が上手く廻らなかったからだろうか。
「どうしたんですか、ぜんぜん口が廻っていなかったじゃないですか。小渕元総理が倒れる前にやっていた記者会見を思い出しましたよ。脳に異常でもあるんじゃないですか」
そう話しかけてきたのは我が社最年少にして、確固たる自分のポジションを確立しつつある我が課の紅一点であり、付いたあだ名は「不機嫌姫」のO嬢であった。
勤め始めてもはや三年の月日が流れており、初々しさも霞み始めて、一考に上がらない給料のせいか、ブラックと誰もが認める勤務時間の長さの為か、最近ではご機嫌斜めの日が多く、一部ではそんな彼女の態度を問題視する声もあると聞く。
私に対する態度は入社以来変わらないのだけど。
「自分でもビックリだよ。こんなにカツレツが悪いとは自分でも思ってなかったよ」
「なんか美味しそうですけど、私は切ってあるトンカツの方が好きですよ」
「滑舌ね」
「普段人と話す機会が少なすぎるんですよ。もっと会話をしなくちゃ駄目ですよ」
「O嬢とは普通に話しているけどね」
「私もだいたいなに言っているか聞き取ることはできませんけど、付き合いで返事しているだけですからね。事務的に」
「泣きそうだよ」
「泣く時はひゃっひゃっひゃっとかみたいな感じで泣くんですかね。それはそれでキモイですけど」
「泣く時にひゃっひゃっひゃっって泣くヤツはいないと思うけれど。どんな妖怪だよ、それ」
「一反木綿?」
「ゲゲゲの鬼太郎世代として言うならば、イメージが湧かないよ。せめて子泣き爺にしてくれないか」
子泣き爺だってひゃっひゃっひゃっとは泣かないとは思うけど。
「そう言えば、子泣き爺って滑舌が悪そうなイメージがありますよね。子泣き爺でチュー、バブーとか言いそうです」
「バブーって、イクラちゃんかよ。最近の子泣き爺は知らないよ。俺が知っているのは、せいぜい夢子ちゃんが出ていたシリーズまでだ。ネコ娘が萌え系キャラになったシリーズは見たことがないし」
「ああ、大泉洋がネズミ男のヤツですか」
「実写じゃないか。それは見たこと無いよ。俺がよく見ていたのはゲゲゲ鬼太郎の一期と二期だ。鬼太郎に憧れた俺は、親に下駄をねだって買ってもらって、毎日履いていたくらいだ」
「子供の頃が合ったなんてビックリですよ。今の姿から子供の頃なんて想像できませんね」
誰だって子供の頃はあるだろう。
そんなことを言うO嬢だって、子供の頃はあったのだ。
「私は中学生くらいですけど、中二病を拗らせていましたね」
「拗らせてたんだ」
「BL関係の同人誌を買いあさり、友とそれについて熱い議論を交わしたりしてましたね。今はすっかり卒業しましたけど」
「まあ、麻疹みたいなものなんだろうけれども」
「今は枯れたおっさんが、女王様にオカマ掘られてヒィヒィ言っているのとかが好みですね」
「いや、悪化してるし」
■ 鈍色の日々
夜遅くまで起きているわけでもないのに、日中に眠くなり、落ちそうな意識と重い瞼と戦っている時間が長くなっている今日この頃であった。
これは睡眠障害か何かかとも思う。
もうすでに四十の大台を突破して、若者でいることはできず、立派なおっさんとしての道を着実に進みつつある自分の健康状態に、不安がないわけではない。
むしろ健康診断で血圧が引っかかったりして、不安要素は歳と共に増加しているのである。
窓から見える外の景色は、灰色の厚い雲に覆われて、まだ午前中であるというのに外は真っ暗であった。
激しく降る雨はアスファルトを濡らし、高い湿度が不快であった。
気持ちは重く、体は重い。
沈みがちになる心はが何もかもを投げ出してしまいたくなるのだけど、常識的に考えてみれば、生活もありそんなことをするわけにはいかない。
元気、勇気、ぽぽぽぽポンキッ○ーズである。
空元気でも無いよりはマシであるので、振り絞ってでも外面を良くしようと思うのだけど、なかなかそれは今日の自分には難しく思えていた。
「なんか、今月に入ってから社内の雰囲気というものがもの凄く悪くなっているように思うんですよね。モチベーションが低いというか、なんと言うか」
そう言ったのは、上司であり後輩でもあるI君であった。
「……まあね。人事異動とかの発表があったし、会社は儲かってないし、夏のボーナスはそうなると出ないし。良い事なんてなんもないからね」
自分のモチベーションの低さにはI君にはまだバレていないようではある。あくまでI君が言っているのは車内全般のことであり、私のことではない。
私のモチベーションの低さがばれてしまったI君に怒られる。
「モチベーションが低いとか、仕事してから言って下さい」と。
わたし自身からしてみれば、人事異動の犠牲者であるのだから、モチベーションが低くなるのもおかしくないと思う。
そもそも異動したところで会社にメリットはあったとしても、私にメリットは何もない。
これからの時代に異動する先の部署はまったくもって、前時代的であり、今後は失われていく職種であり、潰しが利かないのである。
それでも会社の中を合理化して、生産性を上げるという会社側の言い分があるので、異動することには了解しているだけであって、納得はしているわけではなかった。
「頑張って頑張って、でも会社は儲からないと言うから、もっと頑張って、寝る暇を惜しんで働いても儲からなくて、昇給もボーナスもなくやってきたのに、仕事が少なくなっている今の現状でもっと頑張れと言われても、もう頑張りようがないだろう。これ以上、どうしろと言うんだろうな」
「どうですよね。月の売り上げ目標を達成していた頃でさえ、まだまだ会社には余裕なんて無いんだから、もっと稼げと言っていたのに。売り上げ目標に届かなくなってから、もっと頑張れと言われたところで、仕事の総数が減っているんだからがんばりようなんて無いですよね」
「人間関係も最悪だし。誰と誰とは仲が悪くて、口も聞かないとかね」
「大人なんだから、仕事に影響しないようにやってくれればいいんですけどね」
「おもいっきり影響しているからな。殴り合いまでしないのが幸いレベル」
「殴り合ってもおかしくない人はいますけどね。社長と専務とか」
「ルーズベルトゲームかよ。まぁ、社長も頭に血が上りやすい人だからな。怒り始めて、怒っている自分に腹が立ってきて激怒に発展とか。俺は怒りで震える人というのを、社長で初めて見たよ。体中がプルプルしてるんだぜ?沸点が低すぎるんだよ」
「若い社員と口げんかになって、自分の机の上をひっくり返してパソコンを叩き落として壊し、新しいの購入してたりしましたからね。お前は星一徹かよと」
「俺はその時、柱の影から見守っていたけどな」
「姉ちゃんですか」
「でもよくよく考えてみれば、ウチの会社を辞めていく人の八割は、社長と揉めて辞めていくよね」
「ちなみに去年辞めた人は、全員そうでしたけどね」
「社長というのは孤独なんだよ。言いたくないことも、言わなきゃならないんだ。俺は社長を支持するけどね」
「裏切った!!」
■ループ
「ひぐらしの鳴く頃に」と言う、元はパソコンの同人ビジュアルノベルから始まり、アニメや漫画やゲームに小説になった話がある。
同じ世界を何度も繰り返して、そのループからの脱出を目指すのだけれども、そのパターンでヒットする物語が以外と多いような気がしてならない。
「涼宮ハルヒ」シリーズでも、エンドレスエイトという最強にうざい話がある。
アニメではほとんど同じ話を8話を使って放送した。
ほとんど放送事故レベルである。
いま現在アニメ「メカクシアクターズ」が放送されているのだけど、元はニコニコ動画で発表されたボーカロイド曲が元になっており、多重展開するラノベ版、漫画版それぞれが微妙に展開が違うらしい。
微妙にループというわけではないんだけど、平行する複数のメディア中でベースとなる物語があって、そのストーリーの展開が木の枝のように分岐していくのである。
そう言えば、トムクルーズ主演で作られた日本のライトノベルが原作のハリウッド映画が近々公開されるらしいのだけど、それもループの話だったりする。
兵士になった主人公は、闘いの中で死亡するのだけれども、目が覚めると兵士になった日に戻り、訓練を経て戦場に戻り、同じ日にまた戦死して兵士になった日に戻る。
この時トム・クルーズが演じる主人公は、死ぬ前の記憶が残っており、戦っては死に、戦っては死ぬと言う中で培った記憶と経験で、主人公は短期間で最強の兵士になっていき、その戦場を生き抜こうとするらしい。
記憶の蓄積と言えば、森博嗣の小説『スカイ・クロラ』も同じである。
寿命では死なない少年兵達の話なのだけれども、戦場で死んだとしても、その経験と知識は同列の個体に引き継がれていた。
現実的に考えてみれば、割と卑怯な手段である。
昔の言葉でいるならば、「リセット」であろうか。
家庭用ゲーム機で、不利な状況に陥ると、ゲーム機に付いているリセットボタンをおして、強制終了させやり直すヤツである。
これがDSの「おいでよどうぶつの森」シリーズならば、リセットさんに怒られるパターンである。
■2014/06/16に見た夢
こんな夢を見た。
厄介な事態に陥っていた。
ちょっとしたことから、とある世界的犯罪シンジゲートに命を狙われることになってしまった。
成田から乗り継ぎ、ドバイを経由して乗っていたフランス行きの飛行機は、アルプス山脈上空で爆弾テロに遇い、スイスとフランスの国境線近くで墜落してしまったのだ。
それは当然のように私を狙ったテロであった。
なんとか無傷で助かった私は、被害にあった他の乗客達とは別れ、身辺警護の目的でアメリカ合衆国から派遣されたエージェントで軍人の女性、スター少尉と目的であるパリを目指すことにする。
墜落現場からほど近いスイスの片田舎で、村人から古い車を購入する。
もちろん支払いはブラックカードだ。
車に乗った瞬間、国籍不明の対戦車ヘリ部隊の襲撃を受けた。
「ちょっと運転が乱暴になりますから、舌を噛まないように口は閉じていて下さいね」
スター少尉はそう言うと、車を発進させ森の中の道無き道をありえないスピードで走り抜ける。
それでも相手は空を飛ぶヘリである。
逃げ切るのは至難の業と思われた。
森を抜けるとアルプス山脈を通る道に入る。
左右は断崖の絶壁であり、逃げ場はないのである。
「ちょっと運転変わって!!」
スター少尉はそう言って助手席の私にハンドルを預けると、自分は後部座席に異動した。
私は空いた運転席に異動し、アクセルをベタ踏みにする。
「反撃やっ!!」
スター少尉が後部座席でそう叫んだ。
振り返ると、窓から箱乗り状態になったスター少尉が突き出した左手の手首から先が爆炎をあげてヘリに向かって飛んでいき撃墜したのだった。
「みたか、ロケットパンチや!!」
スター少尉は嬉しそうな声でそう言った。
「けどな、これ使うと補給を受けるまで手のひらが無いねん。禁断の奥義やな。しかもウチは左利きやし」
スター少尉は少し困った顔をして笑ったのだった。
その後、私達は度重なる敵の襲撃と妨害を受け、何度も窮地に追い込まれた。
スター少尉の隙を付き私は敵に捕らえられ、酷い拷問を受けたりしたのだ。
しかしスター少尉の活躍と犠牲により、私は適地より逃げ出すことに成功したのだった。
その時、スター少尉は首から上の頭部だけになっていた。
「どこかに隠れて!!」
頭部だけになって私の両手に抱えられたスター少尉が、敵の本部から逃げ出したばかりの私に言った。
港の倉庫街なので隠れる場所はいくらでもある。
彼女は、残してきた体に仕込んであった高性能爆弾を爆発させ、敵を殲滅させるつもりである。
私は鉄製のゴミ箱の中に身を隠した。
その瞬間、もの凄い爆音と衝撃波がやってきたのである。
「これはヤバイかも。街一つ吹き飛ぶ威力だから」
敵の本部からは一キロ以上離れたはずであるのに、私はまさに火中の人となったのである。
「聞いてないよ!!」
そう叫んだつもりだったけど、その声は自分でも聞こえなかったのであった。
それから半年の月日が流れ、私の傷も癒え、犯罪組織はスター少尉の働きにより殲滅され、私は追われる身分ではなくなり、日本の東京の片隅で、平和に暮らせることの幸せを噛みしめながら新しい生活を始めていたのだった。
スター少尉とは敵の本部を爆発したあの日以来会っていない。
■早朝ハイテンション
部屋の戸が勢いよく開いた瞬間に目が覚めた。
部屋に入って来たのは親父で、少し焦った表情で慌てている様子で言う。
「正壱(仮名)が仕事に来なかったんだってよ。家にも帰ってきていない。お前、昨日はどこまで送っていった?」
午前0時の仕事に合わせて、通勤時間を考えると、いつもは23時に家を甥っ子である正壱(仮名)は出ていた。
いつもは地下鉄の乗り場まで、正壱の祖父であり、私の父親が車で送っていたのだけれど、昨夜は家を出る直前に親父が足を吊ってしまったために、急遽代打で私が正壱を地下鉄の乗り場まで送ってやったのだった。
その正壱の消息が知れないと言う。
スマホの時計を見てみると、午前六時になったばかりだった。
「地下鉄乗り場へ下りていく姿は確認したけど。連絡は取れていないの?」
「どうも、地下鉄のホームで待っているウチにベンチで寝てしまって、終電が終わってから地下鉄の駅員にシャッターを閉めるから出て行ってくれと言われて起こされたと、メールで連絡があったきりなんだと。その時に、スマホの電池の残量が残り少ないとも書いてたったらしい」
居間に降りてみると、弟が家に来ていた。
今年の三月に弟が、いつまでも引きこもっていてもどうにもならないし、自分が働いている店で人手が足りないからバイトを募集しているのだけど、来ないので正壱を簡単な仕事で働かせると言い、本人を納得させて連れて行ったのだが、その弟の面目も丸つぶれであるので、かなり殺気立っていた。
「どうした。朝からずいぶんご機嫌だけど、なにか良いことでもあったのか?」
そんなことを言いようものなら殴りかかってきそうな感じであった。
とりあえず、家にはいないことだし、早朝でもあるので、営業している近くの店は限られており、祖父と二人で探しに出かけることにしたようであった。
ちなみに私はまだパンツ一丁だった。
まだ寝起きである。
ライントークでメッセージを送ってみるが、やはり電源が切れているのか昨日から送っていたいくつかのメッセージに既読の標示は付いていない。
私もすぐさま着替えて家を出て、思い当たる場所を車で走ってみたが見つかるわけがないのである。
せめてスマホが繋がれば、話でもできるのだけど、その可能性は薄い。
そのまま仕事に行こうかと思ったのだけれども、気になるので時間にもまだ余裕があるので一度家に戻ることにしたのだった。
警察に捜索願いを出さねばならないかと思いながら家に着くと、親父の車が止まっていて、私に気が付くと「いた」と口を動かした。
「どこにいたのさ」
車を降りた私は、親父にそう聞いた。
「近くの公園のベンチに座ってた。二時間かけて仕事先まで行ったんだけど、中に入れなくてまた二時間かけて歩いて公園まで戻ってきたんだとよ」
気持ちは解らなくはないが、そんなことをしてしまえばさらに状況を悪化させると言うことくらいは解らないはずがないのだけども、状況を悪化させても出勤するという選択をすることはできなかったようである。
「あの野郎、自分で何もできないと解っている正壱を連れて行って、それで仕事ができないからと正壱をぶん殴るとか何様のつもりだ」
親父の怒りの矛先は孫ではなく息子に向かっていたのである。
「7年も学校にも行かず、働きもせずに引きこもっていて、なにもできないと解っていて面倒をみるからと連れて行ったんだろう。それなのに何もできないのが限度を超えているとか意味わからんだろう?こっちは最初から言ってたんだからよ。何もできないぞって。あいつ言ったからな。全部自分が被ってるんだぞって。当たり前だろうが、その覚悟もないのに連れて行ったのかって
。身内を紹介して一緒に働くというのはそう言うことだろうが」
「俺もそう思ってたんだけどな。俺はとてもじゃないけど一緒に働こうとか思わない」
「偉そうに自分のことは棚に上げて、正壱に説教するのさ。だから、言ってやったのさ。お前、いい加減にしろよ。さんざん借金作って親に被させておいて、どの口でそんな偉そうな口聞けるのよって。そしたらよ、後は二人で話すから、年寄りは黙ってろ。さっさと消えてくれだってよ。ぶん殴ってやろうかと思ったけど、周りの目もあるからな。言い合いになって、殴り合いになって近所に警察でも呼ばれたら困るから黙っていたけどよ」
テンション高いな。
まだ朝の七時だぜと思ったが、きっと同じ居場所にいたら、私もかなりキレキレになっていたとは思う。
「で、結論は?」
話が長くなるのも、出社時間まで限りがあるので聞いてみた。
「もう行きたくないってよ」
2ヶ月お勤めご苦労様でした。
■だんごだんごだんごむしのこうびはどっぐすたいる
「え?ゾウリムシじゃなくて?」
「ゾウリムシじゃないですよー、ダンゴムシですよー。ウチのマンションの周りには両方いますよ?」
何でその話になったのか、今となってはすっかり思い出せないのだけれど、すでに入社して三年目を迎え、社内に置ける立ち位置と、ポジションを手に入れた同僚のOさんは自信に満ちた表情で、そう言った。
「ダンゴムシの存在は知っているけど、子供の頃から一度も自分の生活している範囲では見たことはないよ。だってダンゴムシを見たことがないから、ゾウリムシを捕まえては体を無理矢理丸くして、ダンゴムシって言っていたくらいなんだから。たぶんこの街にはダンゴムシは生息していないんじゃないだろうか」
私はそう言った。
「いや、いますって。毎日見かけますもの。コロコロしていて可愛い奴なんですよ。じゃぁ、こんど捕まえて持ってきてあげますよ」
「いや、いいから」
ネットで検索してみると、やはり本来ならば私の澄む地域はダンゴムシの生息圏ではないのだけど、内地から引っ越しなどで付いてきたダンゴムシの繁殖が限られた地域で確認されているという。
ゴキブリも同じである。
「きっとOさんの住むマンションに、内地から引っ越してきた人がいたりして、それでOさんの近所で局所的に繁殖したんだろうね」
私がそう言うと、Oさんは納得したようで、
「こんど捕まえてきますから」
と笑ったのだった。
「それで、昨日仕事から帰ってダンゴムシを捕まえようとして捜したんですけど、ぜんぜん捕まらないんですよ」
翌日の朝一でおはようございますの挨拶と共に、ダンゴムシの話を始めるOさんであった。
「いつもは沢山いるのに、捜し始めると見つからないなんて、まるでマーフィーの法則かと思いましたよ。それで仕方ないから少し大きめの石をひっくり返したりしてみたんですよ。そうしたらようやく見つけたんですけど、何かいつもと違うんです。よく見たら……交尾してたんですよ」
Oさんは満面の笑みでそう言うと、スマホで撮影したダンゴムシの性交画像を見せてくれた。
「犬とかと一緒ですよwワンワンスタイルですよw」
「初心者に優しい後背位っていう奴ですね」
まるで昆虫図鑑の貴重な写真のようなダンゴムシの性交画像を見せられたのだけど、さすがにちょっとリアルで引いたよ、Oさん。
■疵
仕事が終わって家に帰ると、正壱問題はだいぶ片づいたらしかった。バイトを辞めるそうである。
双方いろいろ言い分と事情はあるのだろうけど、もう正壱の心は少なくとも今の職場には無いようであった。
ここ暫く、ずっと行きたくないと思っていたそうであった。仕事ができないから怒られる。怒られると行きたくなくなる。それでも、口にすることもなく頑張っていたようではあるが、連絡の行き違いでバイトをすっぽかしたとか、それで説教喰らうとか、またすっぽかしちゃったとか。
最初は優しく迎えてくれたバイト先の人々も、ここ数日で態度がすっかり変わってしまったのだという。
激しく叱責され、飛んでくる拳。
それでも働かなければならないと思う気持ちと、行きたくないと言う気持ちのせめぎ合いが、いつも乗っていた時間の地下鉄に乗り遅れたことで、すっかり気力を無くしてしまったのだという。
仕方ないじゃん。それが仕事だし。それで、仕事をしなくて良いなら俺も働いたりしないって。
と、正直言えば私はそう思ったのである。
経済的に余裕があるわけでもなければ、何でも選べる学歴があるわけでもない。
雇われたという事が幸運と思うか、そうは思わないかは、それぞれの人の考え方であり、頑張るにしても、頑張れるそれぞれの人の心の器の大きさは、人それぞれに違うのであるから、誰かにはまだまだ余裕で頑張れる器の大きさがある人もいれば、コップ一杯の量に表面張力だけで溢れそうな頑張るという気持ちの持ち主と、本来ならばさほど問題になるような話でも問題はないのである。
明け方の公園のブランコの上で、星空を見上げながら、どれだけの時間を過ごしたのかは解らないのだけど、あと家まで200メートルくらいしかないのに、家に帰ることもできずに佇んでいたと言う姿が切なく思う。
少しは家を出て行った母親の気持ちがわかるようになっただろうか。
解らなくていいんだけども。
■宇宙兄弟
「宇宙兄弟」のアニメは見たことがないのだけれども、原作の漫画は1巻から20巻までならばもう10回くらい読んでいると思う。
なぜ20巻までかと言えば、パチンコ屋の休憩所にある漫画コーナーに、20巻までしかないからである。
もちろん、掲載誌であるモーニングでは毎週欠かさず読んでいるので、全話読んでいると言えば、読んでいることに間違いはないのだけども、ここで言う10回はコミックスで読んでいる回数のことである。
昔のようにパチンコで一日に何万も使っていた頃とは違い、いまは1パチで千円の負ければ、後は休日の時間つぶしである。
花の慶次や、エヴァンゲリオン、ワンピースにナルトなど、人気がある作品が中途半端な巻数で揃っているのだけれども、ここで何度も読み返すのは「宇宙兄弟」だけだった。
個人的には宇宙系漫画は好きな方であると言って良いと思う。
それも宇宙の彼方で異星人と戦うとか、異形の神々とかいう作品よりも、いまの世界のほんの少しだけ未来。
科学も異常に発展しているわけではなく。あくまでも今の科学技術の少し先の未来と言うレベルの世界観の話が好きなのである。
「ふたつのスピカ」
「ムーンライトマイル」
「プラネテス」
そして「宇宙兄弟」である。
時間的には「ふたつのスピカ」の少し昔か同時期。
「ムーンライトマイル」の初期
「プラネテス」の登場人物達の二世代前。
人類がやっと月面上に基地を建設したくらいの話である。
そう言えば、世界が変わってしまうけどアニメ映画「王立宇宙軍」はその世界で人類初の有人ロケットを打ち上げる話だったのだけれども、これらに共通しているのは「夢を諦めない」と言うことだろう。
それぞれの作品の登場人物に共通しているのは、何度も挫折を味わいながらも、それでも夢を諦めることなく、前に進み続けて、夢を達成してしまうということなのだけれども、そこはやっぱり物語であり、ドラマであり、漫画であってアニメであるから、主人候補正というものがかかるので、主人公は夢を現実のものにしてしまうのである。
夢を目前にして主人公が簡単に諦めてしまうのでは、物語がそもそも成立しないのである。
もちろん、そんなことを主人公や登場人物が口にする場面は良くあるのだけど、それは大抵の場合本心ではないだろうし、その言葉を撤回するまでの心の葛藤を読むことが、面白いと感じるのではないだろうか。
少なくとも、私は面白いと思う。
「宇宙兄弟」で宇宙飛行士を目指すムッタが、あなたの敵は誰ですかと聞かれ、こう答える。
「私の敵はだいたい自分です」
夢を一度あきらめて、別の道に進んだ自分の過去を振り返ってそう言うのだけれども、諦めた道に戻ってくるのも主人公属性であると言える。
■ 2014/07/18に見た夢 ガン
四月に受けた健康診断の結果は、自分からしてみれば、思った以上に好成績だった。
確かに血圧が高いという新たなる不安要素は増えたものの、それ以外の数値は改善されていたように思う。
日頃から不摂生な日々を過ごし、二十歳の頃から比べれば二十キロ以上も体重が増えているというと言うこともあり、健康診断の結果を知るまではかなり不安であったのだけども、その不安も解消されたのだった。
それからしばらく経ち、血圧の高さも気にならなくなった頃、勤め先に加入している生命保険のおばちゃんがやってきたのだった。
おばちゃんと始めて会ったのは、私が働き始めてすぐの頃だったので、高校を卒業したばかりの十八の頃で、それから五年かけて落とされた私がおばちゃんの生命保険に加入してから、もう二十年近く経っている。
今にして思えば、かなり強引な勧誘の仕方で、ほとんど違法行為だったんじゃないのかと思う。
ツイッターなどに、そのあまりの勧誘の酷さを動画付きで投稿して、訴えてやろうかと思うレベルだったのだけれども、当時はツイッターどころか、携帯電話を誰もが持っているという時代ではなかったので、そんな事はできやしなかった。
おばちゃんとは久しぶりに会った。
以前の会社が倒産して以来なので随分長いこと会っていなかったのだが、おばちゃんは依然と変わらぬ感じで私に言った。
「押利さん、健康診断に引っかかっているけれども、ちゃんと再検査に行きました?」
そんなはずはないと私は言う。
「数値的には再検査が必要な所はなかったはずだ。だいたい何でおばちゃんがそんなことを知っているんだよ」
「数値的に基準値を超えていれば引っかかってるんですよ。早く再検査に行ってきなさい」
私は手を取られると引きずられるようにして病院に連れて行かれて再検査を受けた。
「ガンです」
検査を終えて診察に移ると、医者が表情のない顔でそう言った。
「すぐに入院して頂きますが、もうあちこちに転移しまくっていて手の施しようがありませんので、覚悟しておいて下さい」
「マジですか!?と言うか、患者にはっきり言っちゃうんですね?配慮とかいっさい無しですか?」
「希望を持たせても申し訳ないですし」
医者はそう言った。
とりあえず、入院しなければならないので、その事を同居する両親に伝えなければならない。
ついでに、勤め先にも伝えなくてはならない。
自分一人で死んでいくのは仕方がないが、それを誰かに伝えなければならない作業というものは、非常に気が重い。
私は携帯で親父に電話する。
「もしもし、俺だけど。ガンで入院することになったから」
親父は言った。
「がーん」
ここで目が覚めた。
目が覚めてからも、入院費のことや、自分がいつまでいきられるのかということを考えていたのだが、保健のおばちゃんはもう10年以上前に無くなっていたり、行った病院も今年の春には閉鎖され取り壊されていたの思いだし、夢だと気が付いた。
■ 人間強度
「最近自分は大人になったと思うことがあるけれど、けどそれは人としてどうなのだろうと思うことがある。人として残念な事になって来ているのではないかと。それは人間強度の低下では無いだろうか」
そんな話を良くする。
何かを得るために何かを失い、むしろ失うものが多い気がするのは私だけではないように思う。
「だから、私は大人になんてならないのさ」
本心と裏腹に、そんな宣言をする私に対し、同僚であって、後輩であり、上司でもあるI君は言う。
「本末転倒とはまさにその事ですね。アンタにぴったりな言葉ですよ。むしろ辞世の句と言っても差し支えないレベルです」
横にいる我が課の紅一点、新人と呼べる時期は過ぎ、すでに重鎮と呼べるレベルに育ったO嬢も言う。
「人生とは立ち向かってこそ人生です、人は立って生きるのですよ。だから人生なのです。逃げても良い場面で逃げることまで否定しませんが、逃げ回るだけでは何も解決しないのです」
「逃げ回る時だって立って逃げるさ。かっての過去の経験と積み重ねで、そこに自分の勝機があるかどうかなんてすぐにわかるものだ。それに私は解決するつもりなど毛頭無いから、全ての問題は先送りにしてやるさ」
私がそう言うと二人は深いため息をつき言った。
「まあ、良いですけどね。もう異動するわけですし」
「サヨナラです」
こうして私は新たなる部署へと異動することになったのである。
異動していきなり、午前様の日々。
それが二週間も続くと、他に時間を割く余裕が無くなっていく。
元の部署がどうなっているかなどと言う事も知らなかったのである。
「どうした、I君」
休憩室で黄昏れていたI君に声をかけた。
そもそも休憩室で一服する事すらなかなかできなくなっていた私にとっては久しぶりの休憩室であった。
「O嬢が営業の課長と揉めたんですよ」
「何で?」
「客からのデータの入りがきちんと予定の時間に入ってこなくて、それで何度も問い合わせをいてたんだけども、その時の営業課長の対応が適当だったんで、O嬢の態度も悪くなって、その態度に営業課長が切れたという。Oさん、態度悪いとか言われてましたよ」
「たしかに悪いからな。でも、O嬢の言い分としては営業課長の対応が酷いからと言うことになるんだろうね」
「言われた後に壁をパンチしてましたからね。会社の壁に穴を開けたのは社長と僕とO嬢の三人になっちゃいます」
「ものに当たるのってどうかと思うよ。ちなみに俺が異動した先の課長は安全靴の鉄板が入った部分で俺の尻を蹴り上げるけどね」
「虐待か!!」
「セーラー服姿の女子高生に蹴られるならともかく、40代半ばのおじさんに蹴られて興奮する性癖はさすがに持っていないんだけどね」
「興奮するかはともかく、それ以来、O嬢の機嫌が悪いんですよ。怖いんですよ。明日にでも辞表を持ってこられたら困ってしまいます」
「人間性はともかく、O嬢は仕事ができるからね」
「手が早いんですよ。早すぎて仕事が終わってしまって、何もしていないように見えてしまう部分がありますから、あまり会社の評価は高くないと言う」
「仕方ないよ。バイトで働いている方が給料良いくらいなんだから。文句を言うのは筋違いだよな」
「手取はきっと12万くらいですよ」
「ありえないよな。その倍もらってもおかしくない仕事をしているのに」
「ただ、辞められると僕が困るわけです。負担が増えるし」
「生かさず、殺さずがモットーなのに、それすら会社は理解していないと言う」
■黄昏コミュ
「ちょっと出かけてくるから」
母がそう言って、外出する準備を始めた休日の昼下がり。
「どこ行くの?」
私がそう聞くと、近所のスーパーに行くという。
買い物ならば、ほんの少し前に私が車で連れて行って、済ましてきたばかりであるのだけれども、買い物に行くわけではないらしい。
なんでもそのスーパーの中にある休憩所で、友達と会う約束をしているそうで、そこでコーヒを飲んだり、買ってきたドーナッツを食べながら話をするのだそうである。
そんな語らいの場に、6〜7人の老人が常に集まってくるのだという。
おやつやら漬け物やら、大根などを交換し、着なくなった衣類の交換もしているらしい。
店にとってはいい迷惑だろう。
「80歳のお姉さん(母は70なので)は良く男の人に声をかけて、投げキッスとかしているの。だから他の店で出入り禁止になって、いまの店に流れてきたのよ。男好き見たいなんだけど、ちょっと痴呆が入っているから本気で声をかけているのを見たりするとちょっと怖いわね。着る物も派手だし、化粧も凄く濃いの。私と仲のいい人は、未亡人なのね。一人暮らしだから暇みたいで、最初はその人と二人だけだったんだけど、いつの間にか増えたの。その人は糖尿だから自分じゃ食べられないからって私にいつもお菓子を買ってきてくれるんだけど、私もいつも買ってもらってばかりじゃ悪いと思って珍味なんかを買っていくと、出すんじゃないよ、しまいなさいってちっとも受け取ってくれないのよ。糖尿だからというのもあるんだろうけど」
なかなか濃いメンバーであると思う。
しかし、まだまだ上がいる。
「もとヤクザだったっていうお爺さんがいるんだけど、アル中なのね。だけど本人はまったく飲まないっていうんだけど、いちど現れるなり酔っぱらっていて、他のお爺さんをいきなり持っていた杖で殴り始めたりしたの。金貸しをしているらしいんだけど、アレは悪い男だわ。殴られていたお爺さんは実は段持ちなのね。空手とか柔道とか。だから手を出すと傷害罪になるからって、いっさい手を出していなかったけどね」
私は心の中で避けろよと思ったが、それは言わなかった。
何が面白いのか解らないが、不良中学生が夜中のコンビニの前に集まるようなものかと思った。