001 で、どうする?
「で、どうする?」
森を訪れた俺は、その森の中にぽつんと佇む小屋の中で、一人のババア……げふん、老女とであった。
彼女の名前はバーバラ・バートン。この国に使えるマテリアルハープの使い手であり、熟練のオーラ使いなのだとか。
ちくせぅ。ハープ使いの女性でバーバラなんて名前なもんだから、俺ぁてっきり美女かと……。
「バーバラ・バートンじゃ。長いんでババでよいぞ」
「俺は天野 遼。宜しくババ様」
で、俺もババ様と呼ばせてもらう事に。
で、このババ様に、俺が勇者として召喚されたうちの一人で、オーラの才能とやらを持っていると判断された事、更にババ様との繋ぎを神官さんに頼んでいたら、何故か歓迎会に向う最中にこちらに誘導された事などを話した。ら、何かババ様に物凄く同情的な目で見られた。
「そりゃおんし、間違いなく棄てられとるぞ」
「えー……いやまぁ、何となく予想はしてたけど……」
まぁ確かに、人間を維持するというのは実はかなり金がかかる。勇者といえど今現在は素人そのもの。それを一端の戦力に鍛え上げるには、半年、最低でも3ヶ月は必要と成るらしい。が、然しその間勇者達を食わせるのにも当然金がかかる。
此処からはババ様の予想なのだが、スフィーア王国は、そのあたりの計算がかなり雑だったのではないだろうか、とのこと。「勇者一人じゃ戦力不足だよね」「んじゃ、一杯勇者様召喚しようぜ!!」という脳筋というか短絡的な思考で勇者を召喚したはいいものの「やっべ人数多すぎワロス」「やべぇ、資金たんねぇ(藁)」となり、結果的に「しゃーねー間引くか」という結論に至ったのだろう、という事。
「この国は昔っから馬鹿が多いからの」
とはババ様の言。自分の属してる国にその言い草は言いのだろうかと聞いてみると、どうやらババ様、この国の出身と言うわけではなく、その昔は国家に属せず世界を旅する流しの心霊楽士をやっていたらしい。その後旅の最中に名を挙げ、大陸中央の帝国で活躍し、その後隠居先としてこのスフィーア王国を選んだのだとか。
理由は簡単。物流が貧弱でヒトの流入も無く、情報伝達も遅い。
良く言えば牧歌的。ストレートに言えばど田舎。
資金的には稀少鉱石の産出や高品質な武器防具などの輸出入、その関税で多少の余裕はあるらしい。が、所詮は多少の余裕。そんな資金事情だからこそ、俺が間引かれたのだろう。
「で、おぬしは如何する心算なのかの」
一通り事情を話し終えた頃、不意にババ様がそう問い掛けてきた。
如何する、といわれても。いきなりこの世界に呼び出されて、勇者として活動するのかー、とか思っていたら、いきなり皆から引き離されて此処に送りつけられたわけで。
如何する、といわれても、早々いきなり何かを思いつけるわけではない。
「細かい目的ではのうて、大雑把な目標じゃ」
「あ、ならとりあえず帰還を目標にしたい」
大雑把な目標でいい、と言うのであれば、事は簡単だ。俺の目標は現世への帰還、その一択だ。
因みにババ様に元の世界に帰る方法はあるのか、と聞いたところ、ババ様の返答は「わからん」と言うものだった。
「例えば、馬に乗りながら手を伸ばし、その手に木の葉が引っかかった。これが召喚じゃ。での、この木の葉を元の場所に戻す。これがおぬしが元の世界に帰る方法に当るのじゃが……木の葉が何処から来たか、など馬に乗って走っていれば、正直解ら様にんなるわな」
「なんたるアバウト!」
理論上、世界を渡る事は出来るらしい。世界の外側に門を開く。それ自体は魔力かオーラがあれば、もんの術式を組み、ソレを起動させることで動かす事はできる。
ただ最大の問題は、元の世界の場所をつかむ事。時間の流れすらも曖昧な『世界の外』において、元いた世界をピンポイントで選び出すのは至難の業。下手をしなくても、元の世界の百年前後に帰れれば良い方で、下手をすれば全く別の異世界にたどり着く可能性もある。
元の世界、元の時間に帰る、なんていうのは、奇跡が三つ四つ重なっても可能かどうか、と言うレベルらしい。
なんてこった。それじゃ俺はもう二度とジャパニメーションを楽しみ、優雅なネットサーフィンを満喫する事が出来ないというのかッッ!! ガッデム!!
いや、待て、ウェイト、ステイ。ババ様も言っていたではないか、理論上は可能なのだ、と。問題は元の世界、元の時間の座標を知る方法。
ソレを知る方法は何か無いのか、とババ様に聞くと、「あるいは神霊ならば」という答えが返ってきた。
神霊? 神様いるの、この世界?
「おぬしの世界には居らんかったのか?」
ババ様曰く神とはこの世界の運行を司る力有る存在で、永遠の時を生きる存在なのだとか。
とはいえ全知全能の神であるのはあくまで創世の地母神のみで、その他の神々は各々の司る分野の専門家のような物なのだとか。
もしかすると、あるいはその神族の中に、時空間、もしくは異世界に関する知識、あるいは魔導を司る物が居れば、世界を渡りもとの世界に帰る事が出来るかもしれない。とはいえそもそも神族が何処に住んでいるのか、如何すれば出会えるのか、というのは解っていないことだ。
過去にも何度か勇者と呼ばれる存在がこの世界に召喚されて入るが、その大半が一度は故郷の世界に帰る事を目指し、然しソレが不可能と判断し、結果その全てがこの世界に骨を埋めている。
「あるいはこれは元の世界との別れを受け入れるための儀式になるかもしれんぞ?」
「まぁ、そのときはその時だけどさ」
それでも、何もせずにただ諦める、と言うのは何か格好悪いだろう。
「因みに魔王退治は如何するのかの?」
「あ、ソレは放置で。自分の世界くらい自分で救え」
内心、自分達で尻拭いできないなら大人しく滅びろ、なんて付け加えつつ。そんな俺の内心を読んだか、ババ様は小さく苦笑した。
「まぁ、勇者と言うのは基本高い資質を持って呼び出されるという。おぬしの学友等もそう簡単にくたばりはせんだろうし、ぬしが関わらんと言うのであれば、ソレはそれでよいのではないか?」
思い返すのはウチの学校の面々。まぁ心配といえば心配では有るのだが、ウチの学校の面々はいろいろな意味で凄い連中が多い。普通に高性能な生徒会長とかも居れば、特殊な部類で服飾科のマッチョオカマとか、料理の鉄人少年とか、格闘園芸部員とか。何処の超人だ手前と言うような奴が所々に混じっているのだ。
あいつ等は多分大丈夫だろう。いざとなればこの世界でも各々の特技と勇者補正で何とかやっていけそうなしぶとさを持っている。というか寧ろ不味いのは俺のほうだろう。
俺はネトオタ、ゲーオタだ。体型こそ中背を保っては居るが、運動能力はそれほど高いわけではない。
精々がトリビア、ネットやゲーム、その他様々な情報媒体に触れる中で身につけた小ネタのようなものくらいか。
仮に俺がこの世界で生きることを選ぶとしても、帰還の道を探し続けるにしても、少なくとも話を聞く限りこの世界は地球とは違って相当デンジャラスな世界だ。
魔王が存在し、魔物が跋扈し、王政が現行制度で、奴隷制度も国によっては存在しているらしい。
そんな中に、平和ボケした日本人の俺が出て行けば、間違いなくカモになる。まぁ奴隷にして売れるか、と聞かれると、体力も無い男である俺なんかが売れるとは思えないし、下手をするとそのまま処分、何て可能性も十分に考えられる。
つまり基本はオワタ式――一回のミスが命取りになる、と言うレベルでの行動を心がける必要があるのだ。なんて無理ゲーな。
「まぁ、なんにしても今日はもう襲い。おぬし、飯はくったんかの?」
「いや、飯に行く前にこっちに引っ張られたから……」
「うむ。ならまぁ、ワシの飯、鍋の残りがある。今日はソレを喰ってもう寝てしまえ」
――一晩寝て、すべてはそれからだ。
そう言うババ様。若干こちらを気遣ってくれているのだろうなー、と言う気配を感じつつ、とりあえず今日は大人しく彼女の言葉に従う事にし、鍋の残りを腹に入れて、小屋の隅を借りて夜を明かしたのだった。
■バーバラ・バートン
通称ババ様。豪奢な名前に反して、スフィーア王国の背に存在する名も無き森の入り口に小さな小屋を建てて住んでいる。
過去大陸を旅の歌祓いとして巡り、大陸中央に存在する『帝国』などでは良く名の知れた心霊術士。
■天見 遼 Haruka Amami
ヒロインっぽい名前が地味にコンプレックスな主人公。基本ネトオタで、若干古い表現を好む。オタだがスポーツが嫌いと言うわけではなく、季節物スポーツやマイナー所に多く触れている。
心霊術の特性と同じく、色々出来るが特化して出来るというわけではないタイプ。