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野沢菜には日本酒か


 しゃくしゃくと良い音をたてながら野沢菜をつまむ。地元でなければあまり食べられない味わいに自然と少女の頬が緩む。

 塩気と旨みが口いっぱいに広がったところで、ずずーーっと番茶で口内をさっぱりと洗い流す。野沢菜、お茶うけにぴったりであるなぁ、と幸次は満足げに頷く。

 長野の温泉街に移動し、数日ほどスキーを楽しみ、本日は温泉街でのんびりと蕎麦屋で遅めの昼食である。折角だからと、頼んだ野沢菜づけがうまい。


 ……とはいえ。


「はぁ、お(かん)飲みたい。呑みたい」


 向かいに座る、美味そうにお猪口を傾ける男を睨みながら唸り声を上げる。

 流石に旅行先の蕎麦屋で渋く一杯やる少女などありえないだろうということで幸次は熱いお茶を飲む。野沢菜をお茶うけにしている姿は、また別の意味で(見た目は)年頃の少女が見せる姿ではないのだが、精神的には熟年夫婦の二人にはその辺、気が付いていないようである。


「いらない騒ぎ起こすくらいなら、がまんがまん。ん、美味しい」


 地酒をきゅっと旨そうに呑む美穂は、今は男性の姿だ。精霊が憑くにあたって「自分が思い描くいい男のイメージ」を思い描いた結果、ややくすんだような金髪、浅黒く日焼けした肌、そして幸次と同じ深緑の瞳。甘いマスクと背格好は、男だった時の幸次とは正反対だ。この姿になって呆然自失の状態から復帰した幸次は、この姿を見て大いにむくれたものだ。「美穂はこんなの(金髪のイケメン)が好みだったのか!」と。


 まあ、正直以前の幸次と同じような姿になどなりたい者もいないだろうし、幸次自身も自分に抱かれたいなどと露程も思わないのであるが。






 トイレで自身の物件を見た美穂が大騒ぎし、駆けつけた幸次がその威容に絶句しつつ小用のレクチャーをするなど、揃って性別が反転した夫婦は大騒ぎしつつ、その姿にふさわしい習慣を身につけようとしたのであるが……

「うぇぇぇ! こ、これっ! どうするの、幸次ぃ!?」

「……うわぁ……どうするんだこれ」


 一緒に入浴している最中にそれは起こった。




 夫婦二人、ぎりぎり入れるくらいの浴槽である。今となっては、幸次よりずっと大きくなった体を持つ美穂が幸次を抱えるように後ろから抱くのである。

 すっぽりと自分の両手におさまる瑞々しい、滑らかで少し華奢で柔らかい幸次の肢体。


 ……と、意識し始めた途端、これまで経験のないような突き上げるような感情がむくむくと湧き上がってきたのである。それはもうむくむくと。

 端的にいうと、美穂は幸次に欲情した。男性を司る部分が隆々とそそり立つ光景に、夫婦は揃って顔を引き()らせる。


「ふむ。聖女の肌はやはり心地よいな」


 固まる2人(美穂はさらに固まっている部分があるのだが)が佇む浴室に、蒼炎の精霊の声が響く。


「おお、我が依代たる美穂も準備はできておるな。さあ、共にこの躰を存分に味わお……うぷっ! 冷たい! 冷たいから!」


「幸三、邪魔」


 ぴゅぴゅっと指先から冷水を美穂の頭上に現れた蒼炎の精霊=幸三(命名、幸次)は慌てて美穂の体の中に逃げ帰っていく。


「その名で呼ぶなぁ!」


 やれやれと、浴槽に入りなおす夫婦。


「……」


 不意にはぁ、とため息をついた幸次にビクリと肩を震わせる美穂。気がつけばその手は幸次の体をまさぐり、例の部品は例の如き状況に陥っていた。もうどうにもならないのである。


「……幸次、あの……」


 気がつけば、自身の呼吸も荒くなってきている。なんということだ、こんなのとても抑えきれないぞ。以前男だった幸次が自分を求めてきたとき、邪険にしてしまったことがあるような。こんなのしょうがない。いままで自分はこれを甘く見ていたのだ。



 そうだ、自分も良人(幸次)も共に両方の性別を経験したのだ。それはお互いが性別を超えて性癖を理解できる稀有な(というか両性経験したカップルなど存在しないのであるが)夫婦なのだ。ということは……

「あの、私、幸次のことをずっと愛してた。今思えば、子供のころからずっとだった」


 え……? と、幸次は振り向き、向かい合わせになる。その目は大きく開かれている。子供のころからって。やけにませてたんだなぁ、という言葉は飲み込んでおく。


 夫婦はその深緑の目を合わせて見つめ合う。


「は、はは……」


 きゅっと膝をたたんで小さな体をさらに縮こまらせ、どう反応したものか、困ったような(実際困っている)笑いを浮かべる幸次。


 ちゃぷ……ちゃぷ……と浴槽のお湯が揺れる音だけが響く。幸次は随分と居心地の悪い思いに身じろぎをして、こほんと咳払いを一つ。


「あ、あー、俺も最初から……うわぁ!」


「幸次、幸次!」


 いっぱいいっぱいになった幸次がしどろもどろに答えようとしたところに、同じくいっぱいいっぱいになっていた美穂が襲いかかった。


 ピンポンピンポン。


 キッチンと、浴室の間はインターホンでつながっている。その呼び出し音に続く声。


「はいはーい! お2人とも仲がいいのはいいけど、恥ずかしいからそれくらいにしといてねー! 聞こえてるからね!」


 娘の声に、2人はバツが悪そうに苦笑いを交わし、そそくさと浴室を後にした。





 ぽりぽりと野沢菜を齧りながら、あの時のことを思い返す。


 あの時は、結局悶々としながら布団にもぐったのだが、一緒に寝ている美穂が猛獣のようでひどく恐ろしかった。あんなに性欲に振り回されるのかと、元男としては少しだけ美穂が気の毒にも思う。


 余裕のある雰囲気で、盃を重ねる美穂を眺めていると、「ん?」と目を合わせてくる。


「ふふ、いや、別に?」

「うん? うん」


 幸次は自分で気が付いているのか、年頃の少女が愛する者に対するような、愛おしそうな表情で自分の良人を見つめている。勿論、美穂が幸次に返す表情も、だ。


 傍から見ると、正しくお互いを想う恋人同士の桃色空間が作られているのであった。



「野沢菜うまいな」

「ん? うん……うん?」


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