サンドイッチとジン
「こんなものか」
ストラップの先に付けられているマスコットの裏側に、ごく小さな術式を構築・展開してほぅっと息をつく。
机の上に置いてある小さな置時計に目をやると、うぁぁぁぁぁっと、凡そ美少女然とした外見とかけ離れている呻き声をあげて腰を伸ばす。昼をほんの少しだけ過ぎた時間帯。
欠伸と共に出た涙をゴシゴシこすりつつ、妻が作ったサンドイッチに噛り付く。中身はトマトとハム、もう一つは卵焼きとマスタードの組み合わせか。ハムの塩加減と、トマトの酸味が絶妙だ。
妻はパートとジム通い。夕方まで帰ってこないし……少し昼寝でもするか、とデスクの引き出しを開ける。今日はジン。青い瓶のボンベイサファイア。見た目が気に入ってるだけなんだけど。
グラスにほんの少しだけ。いい香りがする。胸がすうっとするような。
「ふうっ……」
ふわりと感じる酩酊感に頬を染めて顔を綻ばせて、座布団を床に敷いて横になった。
夕方に差し掛かる時間帯。幸次は空間転移を繰り返していた。どうやら美衣が魔具を使用したらしい。眠っていた幸次は跳ね起きると転移を始めた。
目指す魔力の発生地点へ。一度で絞り込むのは難しい。街の複雑さと建物の内部に詳しくないと、一度で転移は自殺行為だ。
初日は、始業式とクラス替え、HR、などで終わるため、今日は早い帰宅である。
美衣は友人と商店街の中にあるショッピングモールでドーナツとコーヒーとおしゃべりのひと時を過ごした後、一人でモール内の本屋で参考書を買い求め、こちらを凝視している男がいることに気が付いた。
年の頃は30くらいだろうか、チノパンと薄手のジャケットというどこにでもいそうな服装だ。
顔は深くかぶったキャップでよく見えないが……その男の口がぼそぼそと動き。
「お嬢さん、そのアーティファクト、どこで手に入れたんだい?」
どうなっているのか、10mほどは離れているはずであるというのに、耳元で囁くように声が聞こえた。
美衣は全身の毛が逆立つような錯覚を覚え……全力でその場から走り去る。エスカレーターを駆け足で下り、他の客にぶつかりそうになる。すみません、と謝りつつどうにか男を撒こうと走り続ける。
ちゃちゃちゃーんちゃちゃちゃーちゃちゃちゃちゃん♪
現在、美衣の頭の中では何故か、運動会でよくかけられているBGMがループしていた。
走る、走る、走る。
ようやく見つけた女子トイレの個室に飛び込み、カギを掛ける。
ここで一息つこうと、ほっと息を吐く。
「鬼ごっこはここで終わりかい?」
個室なのに! ほっとした美衣のすぐ後ろから男の声が聞こえた。
混乱する頭で美衣はスカートのポケットからそれを出す。辺りに人は居ないはず……
「ほう……それが君が持っている……すごい力を感じる。素晴らしいよ!」
相手を見るんだっけ……と美衣が向き直り、無言でそれを放り投げた。数10センチしか離れてないが。
「そう、おとなしく渡してくれれば……ってぶはぁ!?」
吹き飛んだ! 成功だよお父さん! と心の中で感謝の言葉をつぶやきながら、扉を開けて出ようとするが。
「やってくれたなガキ!」
あれっ!? 浅かった感じなの?
男は、美衣の腕をつかみながら、もごもご何かを唱える。さすがに恐怖で動けない美衣を掴んでいる手が淡く発光し……
「うちの娘がお世話になっているようで」
男の背後から鈴を転がすような声がする。
トイレの個室に少女が2人と男が一人。
「その術式……拙いですが、それでも発動したら何が起こるかご存知ですわよね?」
幸次は怒っていた。ウチの娘に何してくれてんだよこの野郎。
この術式は発動したら、腕が吹き飛ぶくらいの威力を発揮するはずだ。幸い魔力がまだ術式に満ちていないようだが……結果はどうあれ、許せることじゃねぇよなぁ!
美衣は混乱していた。
わよ? 何その口調。じゃなくて術式? この人も魔法使うの?
と、自分を掴む手を凝視する。
「美衣、ちょっとお仕置きしていくから、先に帰っててくれる? これ、代わりの」
と言って、ストラップを渡す。そして、美衣を掴む手をそっと撫でると……
「なっ!? 消えた? お前……なんなんだよ」
美衣を掴む手から発せられていた、淡い光が消えていた。男の顔には脂汗が浮かぶ。
このガキ普通じゃねぇ……
「じゃ、うちの前まで転送するから」
と、美衣の頭に手を伸ばした瞬間、僅から揺らぎを残して美衣の姿がこの場から掻き消えた。
それを見て、またも男の目が驚愕に見開かれる。目の前のこの子供は人間なのだろうか。
男がいうところの「力」、少女がいうところの「魔術」、男の知識によると、何の触媒もなくイメージを具現化させるための詠唱もなく「力」を発動できるなど、聞いたこともない。そもそも、相手を消す――転移させることなどそのような力も聞いたこともない。
さて……と少女は男に向き直る。
「自分が何をしたかわかっているようだし。あなたも転送するわよ。私と一緒に、ね」
個室から2人の姿が掻き消えた。
もはや、鍵のかかった個室には、誰一人いない。
普段温厚な人が怒ると怖い、的な。まだ続く!連載って感じ!
※ 誤字と表現不足な箇所を修正・加筆しました。まだ足りないけど。




