報せ
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使者が“竜の居場所を突き止めた”との報せを持って来たのは王子がディアマンティスの重さに慣れ、片手でも扱える様になったあたりだった。
「山脈の一番高い山、その麓の迷いの森を抜けた岩肌の洞窟に竜は居ます」
その山の北側は山脈が一部途切れアズウェルへの街道が通っている。王子もアズウェルへ行く際何度も通った。
「街道からは抜けられぬのか?」
「街道からだと切り立った崖の斜面を進む他ありません“迷いの森”と呼ばれる深い森を抜けるのが遠回りな様でいて一番近道なのだそうで……」
村長を脅してまで聞き得た情報だが、実際に行ってみた訳ではない。
使者の役目は“竜の居場所を突き止める事”だ。
これ以上王子の茶番になど付き合っている暇はない。
一方王子は、使者に葡萄酒を振舞い、喜びで浮かれている。
「祝杯を上げよう。余の願いが成就する。その前祝いだ」
使者が杯を口に運びながら、心の中で『竜に喰われてしまえ』と、悪態を吐いている事も知らずに。
使者は報酬を受け取ると足早に去って行った。
それでも王子は一人で葡萄酒を飲み、たいそう機嫌が良い。
この金の杯に、葡萄酒では無く竜の血が注がれるその期待。
否、杯は婚礼様に贅沢なものを作らせよう。繁栄を意味する蔓草の浮き彫りを配し、そうだ、宝石もちりばめよう。
深紅の血を湛えた眩しい程に光り輝く金の杯。
それをアズウェルの姫君が野苺のごとき瑞々しい唇で飲み干す様を、思い浮かべ恍惚となっていると、周りが賑やかになっていた。
何事だろう?と父王のもとへ行くと、アズウェルの使者が書簡を携えて来た所であった。
「ふむ、王子が最近アズウェルを訪れぬから姫君が機嫌を損ねたか?それともアズウェル王からの婚礼の催促か……」
そんな事を言いながら美しい飾り模様の付いた羊皮紙を広げた王は、その文面を読むと急にだまり込み険しい表情になった。
葡萄酒の酔いが回っている王子はそんな父王の様子には気付かず「父上、書簡には何と?」と訊く。
王が無言で差し出した書簡を読んだ途端、王子の酔いはすっかり醒め、一瞬のち、ヴェロアの城中に凄まじい叫びが響き渡った。
それは、怒りの咆哮とも嘆きの慟哭ともつかぬおよそ人間が出せぬ様な声だ。
狂った様に叫び続ける王子を王さえもたしなめようとはしない。
なぜなら、書簡には
アズウェルの第三王女が流行り病で亡くなった報せがしたためられていたからだ。