ヴェロアの王子
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ヴェロアの王子・べリアルは容姿の美しさもさることながら文武両道に優れ心根の優しい青年である。
それが何故、近隣諸国や領地の者から“変わり者”と呼ばれているのかと云うと“竜討伐”の為の軍勢を自らが創り指揮しているからだ。
竜の強硬な鱗や皮膚を突き通す風変わりな剣や斧を鍛冶屋に作らせたり、兵士の訓練も、風変わりであった。
戦の訓練ならまだしも、もう既に殆どが絶滅して居ると云われている竜の為に無駄な労力と時間を惜し気も無く使う王子に、父であるヴェロア国王は頭を痛めていた。
「王族が竜の血を飲むことにより不老不死の躰を手に入れ、この国の栄華が永遠に続けば素晴らしいとは思いませぬか? 父上」
王子はそう云うが、竜の血などと云うお伽噺を信じているとは。他は非の打ち所の無い青年であるが故にそれだけが磨き抜かれた宝玉に付いた一筋の深い傷のように、王子の評判を落としていた。
王子が不老不死の妙薬と云われている“竜の血”に拘るのは他にも理由が在ったのだが。
王子には許嫁が居た。
親同士が勝手に決めた婚約者だが、一目見るなり二人は相思相愛の仲となった。
どちらかがどちらかの国を訪れた際は、時の経つのも忘れて語り明かしたり、王子の弾く竪琴で姫が美しき歌声を披露した。
この大陸で一番の美姫と謳われる東の国アズウェルの第三王女。
肌は象牙の様に白く、漆黒の髪は宵闇に星をちりばめた様に輝き、瞳に至ってはまるで黒曜石を嵌め込んだようだった。
若々しく細くしなやかなその躰、そして何より優しげで美しいその顔を永遠のものにしたかったのだ。
「王子、危ない事はお止めください、永遠の若さや命など無くても私は充分幸せにございます」
ある日、竜討伐の話を訊いた姫君は王子にこう詰め寄った。が、
「何を申す、その美しさが永遠に保たれ、そして何千年も一緒に暮らせるのだ、こんな素晴らしい事は他にあろうか?」
王子はまるで聞く耳を持たない。
「私の幸せとは、あなた様と一緒に歳を取り、やがてその生涯を閉じた時に一緒のお墓で眠る事です」
姫君は王子が、自分の若さや美しさだけが目当てなのだ……と、悲しみにうちひしがれた。
王子は勿論、アズウェルの姫君の外見だけを愛している訳では無かった。
その優しく知性と教養にあふれた内面も王子の心を掴んで離さなかったのだから。
だからこその永遠の若さ。
この姿も心も美しき者が老い、そして朽ちて行くのを見たくは無い。
不変の愛と美しさを手に入れる事の何処が馬鹿げていると云うのだ?
べリアル王子はそう思う。
使者から竜の居場所を突き止めたとの知らせが有れば直ぐにでも軍隊を率いて向かう所存。
二人の婚礼の儀に、金の杯に竜の血を注ぎそれを酌み交わす事を夢見て。