竜の時間を生きる者
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死期迫る竜は食欲も無くなり、葡萄酒やスープをほんの少しだけ口にする程度だった。
しかし、意識が混濁している訳でも、動けない訳でも無く、洞窟中を長く重い尻尾を引き摺りながら歩いていたし、守り人に学問や魔法を教える時もしっかりと教授した。
「若い頃は牛を十頭丸飲みしても足りなかったものだが……我々竜は、死期が迫ると先ず食欲が落ちる。そうして数百年掛けて段々と弱って行き、朽ち果てるのだ」
淡々とした静な口調で話す竜は、守り人にとって親代わりであり、友人であり、師匠であった。
巨大な躰を持つ竜は生きるのも大変だが、死ぬ時も大変なのだ。
「私もそうして死ぬのだろうか? 」
守り人は竜に尋ねる。しかし、竜は笑って云った。
「御主が死ぬのは、まだまだ気の遠くなる程先だ。しかし、その時が来たらきっとこう思う筈だ“やっと死ねる”と」
死ぬ事が安らぎなのだ、この長寿の猛き生き物は。
安らかで幸せな最期を迎えさせる事、それは守り人の、竜に対する恩返しの積もりだ。
「ところで、新しい服を着ているな。村人から貰ったのか? 」
以前着ていた服と似たような色と形なのに。老いたとは云え目は人間の数倍も良いと云われる目敏さだ。
「薬の礼にと……」
「良い事だ。御主は竜の時間を生きねばならぬとは云え人間だ。人間との交流を絶ってはならぬぞ。この世で一番恐ろしいものは戦でも病でも死でも無く“孤独”だからのう」
その孤独を生き抜いた者が云うのだから間違いは無い。
心無しか竜はそう云った後、洞窟の奥を見ていたような気がした。そこには彼の妻と子の骨が眠っている。